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しっぽや(No.174~197)

そして迎えた食事会の日。
この日は黒谷も俺も仕事を休みにしてあった。
食事会の場所は家なので、黒谷に来てもらい買い出しに行く。
俺と黒谷で用意したいからと、祖母ちゃんと母さんには出かけてもらっていた。
きっと近所のファミレスで、親子でまったりしているだろう。
それとも緊張しているだろうか。
まだぎこちなさの残る親子団欒、そこに息子のバイト先の上司が来るのだからリラックスは出来ないよな、と今更ながらに思い至った。
黒谷と家族を会わせたいというのは、完全な俺の自己満足だ。
猫達に料理を教えているから祖母ちゃんは化生に慣れているが、両親はどの程度馴染んでくれるか緊張してくる。
そんな俺の気持ちを読んで
「お父様に喜んでいただけるよう頑張りましょう」
黒谷が頼もしく頷いてくれた。

「そうだね、メニューとか凄い考えて決めたもんな」
俺は黒谷の部屋で2人で悩んだ時間を思い出す。
父さんがどんな食べ物が好きか、俺は全然知らなかった。
それどころか正確な年齢も知らず、誰にアドバイスを貰えば良いかどうかもわからなかったのだ。
悩んだ末に年齢が近いであろうゲンさんと桜さんと月さんにメールして聞いてみたが、3人とも『子供が自分のために作ってくれたなら何だって美味しい』という、もっともな答えしか返ってこなかった。
そう言われても小学生の子供が親のためにカレーでも作れば感激もしてもらえるが、大学生になる子供が何を作れば喜ばれるかどうにもピンとこない。
取りあえず、太巻きが得意だと言って誘ったから太巻きだけは最初から決定事項だった。

結局、黒谷が作ってくれる俺の好きな料理を出すことに決めた。
『俺はこれが好きなんだ』って父さんに教えたい気持ちがあったのかもしれない。
俺の好きなものを知ることが、あの人にとって意味のあることなのかは疑問だが、それ以上良い案が浮かばなかった。
『父さんの口に合わなくても、俺は美味しく食べられるからいいや』と、少し自棄(やけ)にもなっていた。


スーパーから大量の荷物を持って帰り、早速台所で調理を開始する。
太巻き用のご飯を炊くところから始め、肉に下味を付けたり太巻き用の具を用意したり、やることは大量にあった。
「料理って、一から作ると手間かかって大変だよな
 黒谷、いつも美味しいお弁当とかありがとう」
生姜を刻む手を休め、俺は黒谷にお礼を言う。
「日野が喜んで食べてくれるので、手間ではありませんよ
 楽しみながら作れます」
黒谷は薄焼き卵を焼きながら笑って答えてくれた。

ご飯が炊きあがったので、以前作った黒谷と白久イメージの犬をアレンジして絵本のキャラクターに見えるような太巻きを作っていく。
赤い鼻とマフラーはサクラデンブ、黒い毛はゴマ、青のりで青いマフラーを再現する。
キャラクター太巻きのコツはつかんでいるので、何とかそれらしく作ることが出来た。
きれいに切って重箱に並べ、レタスやプチトマトをのせると、かなり可愛らしくなった。
のぞき込んできた黒谷に
「素晴らしい出来です、お父様、プロが作ったんじゃないかと驚かれますよ
 僕も食べるのが楽しみです」
そう誉めて貰って、満足することが出来た。

豆ご飯を仕込み終わった黒谷が、唐揚げを揚げ始める。
俺はスープに入れるアジツミレを作っていた。
「これは俺の得意料理、って訳じゃないけど
 前に桜さんが作ってくれたの美味しかったから、父さんにも食べてみて欲しいって思ってさ
 魚って自分で下ろせなくても、スーパーで頼めばやってくれるんだね
 ツミレにしたいから三枚下ろし皮引きまで、って言ったらすぐわかってもらえたよ
 桜さんに教わって良かった」
叩いたアジをボウルに入れて生姜、ネギ、片栗粉を加えかき混ぜる。
塩と胡椒で味を調え、煮立った鍋にスプーンを使い丸めて落としていく。
「新郷は値引きしてある魚の調理を頼むのは御法度だ、と言ってましたね
 調理をしていないから安く売ってる魚なのに、さらに値段が下がったところに無料サービスさせるな、と
 自分だったらあんな安い金額で調理までして魚を売らない、と息巻いてましたっけ」
次々と油から唐揚げを引き上げて黒谷が言う。

「そりゃ1匹1匹釣り上げるのと網でまとめて捕るんじゃ、かかる費用は違うよね
 って、新郷はすっかり魚マニアだなー桜さんの影響?」
「犬だったときもよく魚は食べていたそうですか、飼い主の影響は大きいでしょう
 桜さんの趣味の読書はどうしてもピンとこないらしいので、共通の趣味になった釣りや魚の知識を増やすのが楽しいようです
 かく言う僕も、走るとことが前より好きになりました
 着る物や履く物によって走り易さが変わるというのは驚きです」
黒谷は揚げ終わった肉をキッチンペーパーの上に置いて、油を落としている。
俺はスープの味の最終調整をし、ツミレに火が入ったことを確認して火を消した。

「また、一緒に走りに行こう」
黒谷と話しながら作業が出来ている今の状態が、とても楽しかった。




2時。
少し遅めのランチになってしまうが、それが父さんとの約束の時間だった。
その前に鍵を回す音、ドアが開く音が聞こえた。
「祖母ちゃんと母さんが帰ってきたみたい」
しかしダイニングに入ってきたのは3人だった。
「せっかくだから、2人で迎えに行っていたのよ」
そこには緊張した顔の父親も一緒に立っていた。
心の準備をする前に対面してしまい、こちらも緊張する。
「お目にかかるのは2度目ですね、こんにちは
 ペット探偵しっぽや所長の影森黒谷です
 バイトに来ていただいている日野にはとてもお世話になっております
 本日は僕も調理を手伝いました
 お口に合うかどうか、是非、ご賞味ください」
場を和ませるように黒谷が率先して挨拶し、お辞儀をする。
「ああ、いえ、その節はお見苦しいところをお見せしてすいません
 日野の父です」
父さんは慌てて頭を下げたが、『日野の父』と言う言葉が少し誇らしげだったように聞こえ、何だか嬉しい気持ちになっていた。


いつもは3人で囲む食卓を、今日は5人で囲む。
当然料理はテーブルに乗り切れないので小さめの皿に盛って出し、台所でお代わりを待機させていた。
メインの太巻きと、黒谷の豆ご飯で作った薄焼き卵巻きコムスビは重箱に詰めてテーブルの真ん中に置いてある。
「これ、日野くんが作ったの?リーサとガスパーにそっくりだよ!
 凄い、料理の才能あるんだね
 食べるのがもったいないくらい可愛い」
キャラクターは少し歪んでしまっていたが、父さんは芸術品のように誉めてくれて照れくさい喜びでいっぱいになった。
「こちら、黒谷さんが作ったんですか
 グリーンピースの甘さと塩加減が絶妙で、生姜のアクセントを薄焼き卵が優しく包み込んでる
 これ普通にお店で売れるレベルですよ
 唐揚げも柔らかくてジューシー、揚げ具合が良いんですね」
合格祝いで行ったレストランでの食事の時より、父親は沢山食べていた。

「アジのツミレ、癖がなくて美味しいわね
 皆野君知ってるかしら、今度一緒に作ってみましょう」
「野菜もいっぱい入ってて、健康にも良さそう
 ひーちゃんがこんなに料理上手なんて、知らなかったわ」
ツミレのスープも好評で
「魚料理が得意な知り合いに教えて貰ったんだ
 その人が捌くケンサキイカの刺身が美味しいんだよ」
俺はちょっと得意な気持ちになっていた。
「日野くんは、良い人間関係に恵まれてるんだね」
父さんが安心したような顔を俺に向ける。
黒谷に会う前の俺だったら、ブチ切れていたであろう言葉。
けれども今の俺は心の底から
「うん、しっぽやの良い知り合いがいっぱいいるんだ」
そう答えることが出来ていた。

そんな気安い流れがあったからだろう、俺は思わず
「大学卒業したら、俺、しっぽやで働きたい
 それで、黒谷と一緒に暮らすよ」
今まで家族に語ったことなど無い将来の夢を告げてしまっていた。
言った後、直ぐに『しまった、黒谷と暮らすってカミングアウトまではしなくて良かったのに』そう気が付いて真っ赤になって俯いてしまう。
今までも散々黒谷の部屋に泊まりに行っていたけど、きちんと言葉にして宣言したことは無かったのだ。
祖母ちゃんも両親も呆然として俺と黒谷を見つめている。
黒谷は俺の指示待ちなのだろう、黙ってことの成り行きを見守ることにしているようだった。

「一代一主…」
黒谷を見つめていた父さんが、ポツリと呟いた。
「え…?」
甲斐犬の特性を表す言葉をいきなり口にされ、俺は驚いて父さんの顔をマジマジと見てしまう。
「あ、いや、きっと黒谷さんなら、日野くんのこと守ってくれるんじゃないかって思ったんだ
 きちんとお付き合いしてくれるというか…」
父親は言いよどんで母さんの顔を見る。
「テツのこと思い出したんでしょ
 黒谷さんはテツより黒毛が強いの、リュウちゃんの方が似てる」
母さんは意味ありげに微笑んだ後
「テツ、ってお父さんが学生の頃飼ってた甲斐犬なの
 リュウちゃんが死んじゃって落ち込んでた私に、学校の先輩が『家の犬を見に来ないか』って声かけてくれてね
 それがお父さんとお母さんの馴れ初め」
そう教えてくれた。

初めて聞く話に混乱する俺を余所に
「甲斐犬好きの両親から産まれた子が、甲斐犬みたいな人を好きになるのは当たり前だと思う
 黒谷さん、ひーちゃんのこと、よろしくお願いします」
母さんは黒谷に頭を下げていた。
「よろしくお願いします」
父親も慌てて頭を下げる。
祖母ちゃんはニコニコしながら、そんな俺達を見ていた。
「日野は元より、皆様のこともお守りいたします」
黒谷の言葉を家族は誰も変なものだとは思ってないようで、頼もしそうに見つめてくれた。


家族団欒食事会は大成功だった。
「これで僕も正式に群の一員になれたのですね」
黒谷はホッとした顔で胸をなで下ろしている。
「両親が揃って甲斐犬マニアだなんて、知らなかったよ
 黒谷と付き合ってるのうるさく言われなくて助かったけど」
黒谷を駅まで送るため2人で夜の道を歩きながら

『あの両親を選んで生まれてきて、黒谷と会えたことは運命だったのかな』

そんな、中二病全開なことを考えてしまうのっであった。
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