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しっぽや(No.174~197)

side<HINO>

大学合格のお祝いに父親がレストランを予約して食事の席を設けてくれた。
三つ星レストラン、とまではいかないけれどファミレスではない店だった。
父親と母さんと祖母ちゃんと一緒にテーブルに座り、俺にはもう一生縁がないと思っていた『家族団欒』なるものを味わえて胸が熱くなっていた。
しっぽや関係者も皆『家族』ではあるが、壊れてしまった家族の距離が少しだけ戻ってきた気がして感慨深かった。

とは言え、まだ父親に対してはどう接して良いか戸惑う気持ちの方が大きく他人行儀な態度になってしまう。
『父さん』と呼ぶことすら出来ないでいた。
それは向こうも同じ様で
「コースで頼んであるけど、追加もして良いからね
 いっぱい食べるって聞いたよ、陸上やってるんだって?
 凄いね、僕は文系だったから体を動かすことは不得意で」
俺に対して親しげに話しかけてくれるが、主語がなかった。
「ありがとうございます、じゃあ、チーズハンバーグとグリルチキンとマルゲリータとペペロンチーノ、追加していいですか」
俺の方も敬語で答えてしまう。
「もちろん良いよ
 すいません、追加をお願いしたいんですが」
父親は笑顔で答え、店の人に追加オーダーを伝えていた。

再び食事を再開した父親に母さんが視線を向けて、小声で『ほら、追加がくる前に…』そう囁いた。
父親は少しモジモジしていたが意を決したように『ゴホン』と咳払いし
「食事以外に何かプレゼントを、と思ったんだけど何が良いか思いつかなかったんだ
 それで、あの、本当に何のひねりもなくてアレだけど
 一番役に立つかな、と思って
 これで大学生活で必要な物や欲しい物を買ってください」
そう言って封筒を差し出してきた。
戸惑って祖母ちゃんと母さんを見ると、微笑みながら頷いている。
「ありがとうございます」
俺はその封筒を手にとった。
封筒には以前に父親から貰ったお守りが入っていた袋と、同じ絵本のキャラクターが描いてあった。
父親にとってこのキャラクターは、俺のお気に入りだとわかる唯一の物のようだった。

中身を改めると、1万円札が10枚も入っていた。
「え、こんなに?」
大学に合格した子供に父親が渡す額として妥当かどうかの判断はつかないが、長く会っていなかった子供に渡す額にしては多い気がする。
「一緒に暮らしていれば、きっともっとお小遣いをあげてたと思うよ
 それを考えると少ない額でごめんね」
気弱そうに微笑む父親の顔を見て、また胸が熱くなってくる。
去っていった父親に忘れられていた訳ではなかったことが、自分でも驚くほど嬉しかった。
「大事に使わせてもらいます
 買い食いしないで、参考書とか、大学で使うものを買うのに役立てます」
手の中にある封筒が、父親との絆のように感じられた。

祖母ちゃんが封筒のキャラクターに気が付いて
「あら、日野が小さいときに好きだったワンちゃんね
 絵本読んで、っていつもパパにねだってたの、懐かしいわ」
そう言って微笑んだ。
「セリフとか空(そら)で言えるほど読んだんですが、今ではすっかりお話を忘れてますね
 歳だなー」
父親は苦笑して頭をかいている。
「でも、その封筒を見ていて思い出したことがあったんです
 こっちの白い子は『リーサ』って名前で呼んでたけど、こっちの黒い『ガスパー』のこと『クロヤ』って呼んでたなって
 何で関西風に『黒や』なんだろうって、可笑しいやら可愛いやら」
「テレビでお笑いか何か観たのかしら、子供のツボってわからないものね」
父親と祖母ちゃんは先ほどより砕けた雰囲気で笑いあっている。
しかし父親の発言は、俺にとっては衝撃的なものだった。

自分ではすっかり忘れていたし、話を聞いても当時のことは思い出せない。
けれどもきっと『クロヤ』は『黒谷』のことだ。
過去世の記憶の断片が、まだ白紙に近い幼い頭の中に残っていたのだろう。
俺は生まれたときから黒谷を知っていて、ずっと求め続けてきた。
黒谷も俺の家族同然だ。
黒谷が父親を見つけてくれたおかげで、今日の家族団欒を取り戻すことが出来た。
それなのに、この場に黒谷が居ないことがとても寂しかった。
黒谷にも家族と一緒に食卓を囲って欲しい。

「あの、よかったら今度家に来てよ、俺、太巻き作るの上手いんだ
 父さんにも食べてもらいたい
 ちゃんと紹介したい人もいるし」
俺は思わずそんなことを口にしてしまっていた。
気負うことなく『父さん』と呼ぶことが出来た自分にビックリする。
父さんもビックリした顔をしていたが、すぐに嬉しそうな笑顔に変わっていき、伺うように女性陣の顔を見た。
祖母ちゃんは笑っていて、母さんは目を潤ませていた。
「日野くんの都合がいい日に、いつでもお呼ばれするよ」
俺の名前を呼んで照れくさそうに笑い何度も頷く父さんを見て、数年前の惨めな気持ちが癒されていくのを感じた。

黒谷が俺にもたらしてくれた幸せはとても大きな物なのだ、と改めて思うのだった。




合格祝い食事会の数日後、バイトのためにしっぽや事務所に行った俺は早速黒谷に相談する。

「お父様とのお食事の場を設けるのは、とても素敵なことだと思いますよ
 日野の手作り料理なら感激されること間違いなしです」
微笑む黒谷に
「でさ、黒谷にも来て欲しいんだ
 前の時は慌ただしくなっちゃったけど、もっとちゃんと黒谷のこと父親にも紹介したい
 一緒にいるのが当たり前の大事な人として、家族の一員として受け入れて貰いたいから
 祖母ちゃんと母さんにはもう『公認』みたいな感じだけどさ
 それに黒谷にも料理作るの手伝って欲しいなって、ダメ?」
俺は伺うように聞いてみた。
「僕も、日野の家族として受け入れて貰えるんですか?
 群(むれ)の一員に加えていただけると」
黒谷は頬を染めて瞳を潤ませている。

「和銅には家族と呼べる人がいなかったから俺達2人っきりだったけどさ
 その前、犬の時の黒谷は武家屋敷で何人かと暮らしてたんだろ?
 犬って家族は多い方が良いのかな、って気になってたんだ
 空がカズハさんの両親のとこに行くの、羨ましそうに見てることがあったから」
俺の言葉に黒谷は苦笑をみせた。
「あー、いえ、犬だったときは本能が強すぎて、あのお方以外に気を許してはいませんでした
 自分はあの屋敷のNo.2くらいの気持ちでしたからね
 奥様とお子さま、2名ほど居た下働きの者には恐れられていましたよ
 今風に言うと『イキっていた』という感じでしょうか」
「そっか、個体差もあるけど甲斐犬は一代一主だもんなー」
俺も思わず苦笑する。
朗らかで人当たりの良い黒谷を見ていると、つい甲斐犬の特性を忘れてしまう。

「僕が変わっていったのは、化生の仲間と出会えたからです
 彼らの過去を聞き自分なりに『人間』との関係性を考えるようになりました
 番犬だった親鼻は、使用人や調度品までも含めて屋敷の中全体を守ろうとした
 シロは外から来る者が敵だけではないとして、近所の人にも愛想よく振る舞ったそうです
 もっともそれは『何かをくれるご近所さん』限定らしいですが
 焼き魚の頭や尻尾、黄色くなったご飯、蒸かしたした芋の端っこ、何だか色々と貰っていたと聞きまして…」
黒谷は言葉を濁す。
「それって、残飯処理スタッフ扱い…
 ま、まあ、白久が喜んでたなら良い、のかな
 昔は食事による犬の健康とか考えてなかったから」
そう言いながら、俺は母さんが子供の頃に隣家で飼われていた甲斐犬に給食の残りのパンをあげていた話を思い出す。
『比較的最近でも、知らない人は知らないか
 ペット探偵がやることじゃないかもしれないけど、HPには動物にあげちゃダメなものリストとかも載せたいな
 人間と動物、飼い主とペットがより良く暮らす手伝い、俺だってしたいしさ
 そうなると、犬と猫でいなくなったとき別の探し方も載せておいた方が良さそうだ
 れで見つからなければ、うちに電話してくださいとか』
俺はつい、自分の考えに没頭してしまう。

「新郷の気質は、僕に近いと感じました」
黒谷の声で、俺は我に返る。
「柴犬って、野生が強く残ってるんだよね
 独特の柴ルールがあるとか」
「最近の柴犬は、どうなんでしょうか
 新郷に言わせると『最近の柴は平和ボケ』してるらしいですよ
 新郷は熊にも向かっていく猛者で、僕以外に実戦経験がある化生ですからね
 僕としては刀を持った人間より熊の方が恐ろしいので、彼の逸話には感心したものです
 それが今ではすっかり…」
「飼い主バカと言うか桜ちゃんバカ」
俺のセリフで2人で顔を見合わせ笑いあう。
「飼い主への気持ちは、今の僕も同じだからあまり言えませんが
 過去の飼い主が亡くなった後も、彼は群の一員として奥様とお子さまを守って生を終えた
 その姿勢は尊敬に値します
 もし僕があの戦いで自分だけ生き残ってしまったら、同じことは出来なかったでしょう
 飼い主の骸(むくろ)を守って飢え死ぬか、山にでも逃げ込んで野犬となっていたと思います
 きっと化生せず、今、日野に飼っていただけている幸せを享受することも無かったかと」
そんなことを言う黒谷が可愛くて、俺は思わず彼に抱きついていた。

「幸せにするから」
「日野が幸せなら、僕も幸せです
 僕を幸せにしたかったら、まず、ご自分が幸せになってください」
荒木もタケぽんも居ない事務所なので、俺達のバカップルぶりはエスカレートしていた。

「で、僕は何を作れば良いですか?
 豆ご飯でも炊きますか?炊きあがった後に刻み生姜を混ぜると、爽やかな風味と少しの辛みが加わって美味しいですよ」
黒谷の言葉で我に返る。
食事会に誘っていたのに、黒谷を幸せにするため何をしようという思考に気を取られていた。

「黒谷の部屋でゆっくり相談したいな、今日は泊まりに行って良い?」
「もちろんです、飼い主との楽しい約束で、また幸せになりました」

俺達はご褒美の時間に向け、その日も仕事を頑張るのであった。
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