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しっぽや(No.174~197)

side<ARAKI>

カズハさんにペットショップのトリマーさん達用の名刺を頼まれた俺は、3日程で試作を作ることが出来た。
カズハさん用に作ったデータが残っていたし、書く内容も決まっていたから出来たことではあったが、何よりも作っていて楽しくなってしまったのだ。
おかげで一気に作業が進んでくれた。


「これでキャットタワー貰えるって、かえって悪い気がしてきた」
しっぽや事務所で試作をプリントアウトしていると
「季節ごとに作ってみる、とかすれば良いんじゃないの?
 1回っきりでキャットタワーじゃ、向こうが割に合わないんじゃん?
 キャットタワーっていくらするのか知らないけど」
日野が後ろからのぞき込んでくる。
「大きさにもよるから一概にはいえないかな
 でも7000~2万はすると思う」
「そっか、現物見てないし、何とも言えないか」
日野は『うーん』と唸っていた。

俺はプリントアウトした物をファイルに入れ
「修正点があるかどうか、ペットショップまで聞きに行っていいかな
 こっちの仕事は日野がいれば大丈夫だろ?」
そう黒谷に話しかける。

「黒谷じゃなく、俺に聞くべきなんじゃないの?
 この後忙しくなったら、頑張るのは俺なんだから」
日野は不満げなセリフをニヤニヤ笑いながら言ってきた。
「はいはい、ポテチ?アイス?中華まん?唐揚げ?」
「ホットスナックおまかせで」
「だってさ、黒谷」
最後に俺は黒谷に話をふった。
黒谷は直ぐに財布をとりだして
「5000円で足りますか?」
そう聞いてくる。
日野が一人で仕事をする駄賃として、俺が帰りにコンビニのホットスナックを買う流れになったことを察したのだ。
「タケぽんにも買い物行かせるんだから十分だよ」
俺は笑って答えると黒谷から受け取ったお札を自分の財布に入れ、しっぽや事務所を後にした。



名刺を作るときに本人の顔写真も使ったので、店内にいる店員さんの何人かに見覚えがあった。
カズハさんが見あたらなかったので、俺は顔だけ知っている人に
「すいません、樋口さんに名刺作成を頼まれた者です
 試作品を持ってきましたのでチェックをしてもらいたいんですが、分かる人いますか?」
そう声をかけてみた。
「え?君が作ってるの?若いのに凄いね、中学生?
 そっか、だからお金はかからないって樋口君言ってたんだ
 ちょっとまってね、店長に聞いてくるから」
相手はそう言い残し去っていった。
『すぐ大学生になるんです…』
俺の訂正は、胸の中で空しく響くのだった。


名刺のデザインは好評で、ほとんど修正点はなかった。
「それじゃ、直ぐにプリントアウトして持ってきます」
俺は張り切ってそう伝える。
「そうそう、お礼のキャットタワーだけど、あれなんだ
 1人で持って帰れる?」
店長さんが示した先には、大きな箱が置いてあった。
天上に届く高いタイプのタワーだ。
「こんなに大きいの、良いんですか?」
驚く俺に
「大きすぎて売れなかったんだよねー」
店長さんは苦笑する。
「家の車に積めるかな」
親父にでも車を出して貰おうと思っていたが、サイズ的にギリギリな感じだ。

「ナリに車出してもらう?
 あと、自分で組み立てられそりう?」
小さな子供に聞くような感じで言われたが、確かに背の低い俺や親父の手には余る気しかしなかった。
悩んでいるところにちょうどナリがやってきた。
「荒木、まだ居て良かった
 私用の名刺も頼みたいんだけど、今から追加って受け付けてくれるかな
 昨日、ふかやに名刺用の写真撮ってもらったからデータは直ぐに送れるから」
「追加は大丈夫です
 それでナリ、あの、これって…」
キャットタワーの箱と困っている俺の顔を見て
「ああ、うん、車で荒木の家まで配達するよ
 似たタイプのキャットタワー組み立てたばっかりだし、私とふかやで設置組立まで出来るからね」
ナリは安心させるように言ってくれた。

「お願いします」
「それじゃ、商談成立
 早速今日、配達する?いきなりだと親御さんに迷惑かな」
「2人とも今日も遅いし、キャットタワー貰えることは伝えてあるから大丈夫です」
とんとん拍子に話が進み、俺はホッとした。
ナリとは夕方にしっぽやまで来てもらうよう約束し、ペットショップを後にする。
帰りがけにコンビニで唐揚げやコロッケ、中華まんをガッツリ買い込み、事務所でナリ以外の名刺を仕上げると届けに行った。

再び事務所に戻ると
「荒木、私もキャットタワーとやらを組み立てるお手伝いをいたします」
捜索から戻って来ていた白久がそう言ってくれた。
きっとふかやに話を聞いて羨ましくなったのだろう。
「うん、ありがとう」
今日は白久とほとんど顔を合わせることが出来なかった俺には、仕事の後も一緒にいられるのは嬉しいことだった。


キャットタワーを持って迎えに来てくれたナリ運転の車に乗って移動しながら、今日は慌ただしかったけど充実した日だな何て思えるのだった。







side<SIROKU>

「白久!」
ミックス犬の捜索を終え犬連れの状態で事務所に戻る私に、後ろから声がかけられた。
気配からそれが誰かはすぐにわかる。
「ふかやも捜索成功ですか」
私はそう話しかけた。
彼は犬連れではなかったが、晴れやかな顔をしているのでそうであろうと当たりをつけたのだ。
「うん、トイプードルで、もう送り届けてきた
 白久は和犬っぽいけどミックスかな?」
ふかやは私が連れている犬をのぞき込んだ。
たしかに体型は和犬の様に見えるが、耳が垂れ気味で巻尾ではなかった。

「ええ、ミックスですが和犬の血が強いのですぐに私と意志疎通してくれました
 事務所に飼い主が迎えに来てくださるので、一緒に戻るところです」
「そっか、愛されてるね
 きっと君が居なくなって、飼い主はとても心配したと思うよ
 勝手に外に出ちゃダメだからね」
ふかやに言われ、ミックス犬は反省したように頭を垂れた。
「反省しているようですから」
私が取りなすようにいうと、ふかやはまた優しく犬の頭を撫でていた。

「あ」
犬を撫でていたふかやの手が、素早く動いてジャケットのポケットからスマホを取り出した。
反応の早さからして飼い主からの連絡のようであった。
「ナリ、どうしたの?
 僕は1件仕事を終わらせて、事務所に戻る途中
 うん、モッチーとかが組み立てたキャットタワーでしょ?
 組立を見てたし僕も手伝ったから役に立てるよ
 荒木の家?ナリが迎えに来てくれるの?大丈夫、行くよ
 わかった、待ってる、じゃあねナリ、愛してる」
通話を終えたふかやを思わず凝視してしまう。

「荒木のお家に伺うんですか?」
「うん、何か、キャットタワーの組立を手伝って欲しいんだって
 僕、ヤマハとスズキ用のタワーの設置手伝ったからね
 大きいタワーだから荒木が組み立てるのは大変なんじゃないかって、ナリが言うんだ」
「私にも手伝わせてください」
ふかやは飼い主との共同作業を楽しみにしていると思ったけれど、私はたまらずにそう頼み込んでしまった。
「本当?その方が助かるかも
 あれ組み立てるの、モッチーくらい大きい人の方が良いんだよね
 ナリは荒木よりは背が高いけど、ちょっと危ないかもって思ってたんだ」
ふかやが快諾してくれてホッとする。

こうして私は急遽、荒木のお家に伺う機会を得たのだった。



ナリの運転で荒木の家まで移動する。
キャットタワーなる物を意識して見たことはなかったが、箱の写真を見るといかにも猫が好きそうな出っ張りがあり、満足そうに寝そべる猫が乗っていた。
「白久も手伝ってくれるの嬉しいな」
荒木はそう言って軽くキスをしてくれた。
「お任せください、犬は共同作業が得意だと言うことをお見せします
 ふかやと立派に組み立て上げますよ」
私のことを頼もしそうに見てくれる荒木が愛おしかった。

「俺、ちょっとカシスを部屋に閉じこめてくる
 設置はリビングにお願いします、親には言ってあるんで」
荒木はそう言い残し、2階へ上がっていった。
ナリはリビングを見回し
「ここに設置するのがよさそうかな」
箱を開けて中身を取り出し始めた。
ナリが見ている組立説明書を後ろからのぞき見るが、何だかよくわからなかった。
それはナリも同じ様で
「この説明書、ちょっと端折(はしょ)りすぎじゃない?
 多分これがここのパーツで、これがこっち、どうやってハメるのかな
 ああ、こうなるんだ、成る程
 組み立てたこと無い人には分かりにくい説明書かも、手伝いに来て正解だったな」
パーツを並べブツブツ呟いていた。
ふかやを見ると
「前に組み立てたのと違う…」
少し呆然としながらパーツを見ていた。

ナリに指示され、ふかやと2人で組み立てていく。
流石に最上部にまでは手が届かず、戻ってきた荒木に脚立を借りて作業した。
それを見上げていた荒木が
「俺と親父だけだったら、絶対無理だった…
 皆が来てくれて本当に助かったよ、ありがとう」
しきりに感謝の言葉を連発するので、慣れない作業でもやる気がわいてくる。
1時間以上かかかって、やっとタワーは完成した。

「しっかり取り付けたからね、地震が来ても安心だよ」
ナリに太鼓判を押され荒木は嬉しそうに『はい』と答え
「早速、カシスを連れてくる」
と2階に上がっていった。
荒木が抱えてきたカシスは、私の記憶の中の彼の3倍は大きい気きがした。
「バーマン並…」
ふかやとナリも軽く息を飲んでいた。

「カシス良かったな、皆がお前のために頑張ってくれたんだぞ」
荒木がカシスを離すと、一目散にソファの下に逃げ込んだ。
「すいません、こいつ本当に人見知り激しくてビビりだから」
恐縮しまくる荒木に
「猫は大抵こんな感じだよ、私たちが退散したら出てきて上ってくれるんじゃないかな
 上下運動が増えればダイエットになるよ」
ナリは優しく答えていた。

玄関先まで送ってくれた荒木が
「ちょっとだけど、仕事の後も一緒に居られて嬉しかった」
そう言って少し深いキスをしてくれる。
それだけで疲れは癒え、やり遂げた満足感で心が満たされていくのを感じていた。



1週間後。
「カシス、あのタワー気に入ったみたいだけど、まだ1番下の箱より上に乗ったこと無いんだ…」
荒木の力ない言葉で、カシスのダイエットはまだまだ先のことだと知れるのだった。
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