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しっぽや(No.174~197)

「わ、凄い、これで白身魚って、教えてもらってなければ絶対思わないよ」
岩月兄さんが、頼んだハチビキの刺身を見て驚きの声を上げる。
白身魚と言っていたはずが、その身の色は真っ赤だった。
「桜ちゃんの勘違いなんじゃないの?」
俺は思わずそんなことを言ってしまう。
「ハチビキね、7匹で~もハチビキ、ってな」
ゲンが歌いながらスマホをいじり始めた。
「お、本当に白身魚だってよ
 何でこんな色なのか解明されてないみたいだぜ
 鮭みたいに食ってる物の関係じゃないかって説もあるが、生態がわかってない魚らしい
 鮭もあれで白身魚だもんな、オキアミとか食ってるから身があの色なんだと
 ブリやカンパチは赤身魚ってんだから、見た目じゃわかんねえもんだ」
ゲンはスマホをしまってジョッキを口にした。

「私たちも、見た目は人間と変わらないですが、自分でもどうやってこの姿で存在を保っているのかわかりません
 化生とは何だか、この魚のようですね
 確かに存在しているのに、詳しいことがわからない」
長瀞が刺身を見ながら呟いた。
「鯛にも似てるんじゃない?」
俺が頼んだ鯛づくしの刺身を見ている久那の言葉にハッとする。
「ここに乗ってるの、真鯛以外はあやかり鯛でしょ
 鯛という存在にあやかって、名前を付けられた魚達
 人間という存在にあやかって、似たような姿に生まれ変わった俺達」
『どうあっても、獣なのにね』と久那の寂しそうな声が続き、俺は胸が締め付けられる思いがした。

「俺は、化生達が羨ましかった
 何であんなにハッキリとあのお方の言葉がわかるのか、化生の言うことがあのお方に伝わるのか
 あのお方と一緒にお店の中に入れるのか
 俺はいつも羨ましく感じながら黒谷達を見ていたよ
 どうすればそうなれるのか考えてたからかな、死んだ後にすぐ気が付いたんだ
 『こっちに行けばそうなれる』って
 だからトンネルを大急ぎで駆け抜けて出口に向かった
 あのお方のところには還れなかったけど、岩月の元に還ることが出来た
 きっと親鼻も、あちらに行ってしまった秩父先生の元に還ってると思う
 俺達は還る場所があるから存在してる、そんなもんなんじゃない?」
ジョンは肉を切り分けながら、静かにそう言って
「ほら、良いお肉なんだから岩月も食べて」
肉片を岩月兄さんの小皿に乗せていた。

「…そうですね、ゲンの元に還る事が出来て、可愛がっていただけるだけで私の存在の全ては成り立ちます
 ゲン、こちらのお浸しもどうぞ
 ゲンが健康に過ごす手伝いをすることも、私の存在理由です」
長瀞に小皿を差し出され
「なるべく長くナガトの側に居られるようにしなくちゃな
 健康には気を付けるよ」
ゲンは素直に小皿を受け取ってほうれん草のお浸しを口にした。

「幸せは分けあえる…足せば満月になる
 ジョンもハチビキ食べてみて
 皆もどうぞ、お店の人が気を使ってくれのか人数分あるみたいだから、僕一人じゃ食べきれないや
 上品でなめらかな口触りで美味しいよ
 脂がのってても赤身みたいに癖がないね、やっぱり白身なんだ」
岩月兄さんはハチビキの刺身が乗った皿を差し出した。
「俺の方も凄い量だから、皆もつまんで
 俺達飼い主は、化生がいる幸せにあやかろう」
俺も刺身の皿を差し出した。
「和泉、2口くらいならいけるんじゃない?
 どうぞ」
久那が俺の小皿に松阪牛を2切れ、のせてくれた。
「ありがと、スパークリングの日本酒飲んでみな
 口当たり軽くて、スイスイいけちゃう
 日本酒のイメージ変わるよ、伝統に馴染み安さを加えるのもありだね
 次の黒シリーズは今までの黒シリーズの伝統的な流れの中に、身近な『和』を取り入れたいよ」
「身近な『和』って、日本犬?」
久那が少し面白くなさそうな顔になる。
「コリーは高級な『洋』
 これは取って置きのための切り札だから、安売りはしない」
俺の言葉で久那の機嫌はたちまち直ってくれた。

「日本にとって1番身近なのは、ミックス犬だと思うんだけど」
不満げな言葉とは裏腹に、岩月兄さんの顔は笑っている。
「ミックス犬は定義が広すぎて、無理だよ」
苦笑する俺に
「洋の中に和が入ればミックスじゃん
 次の黒シリーズ、俺がモデルだな
 黒は汚れが目立たないし、あのシリーズは良いよな」
ジョンは悪戯っぽく二ヤッと笑った。
「でも、黒は下手するとテカるんだよね
 和泉の服は高いし、扱いに気を使うよ」
岩月兄さんが難しい顔をすると
「ヤバい、そうだった!あんまり汚すな、ってソシオにキツく言っとかないと
 モッチーの服、どうせうちにクリーニング頼んでくるんだろ」
ジョンは焦った顔をする。
「大事にしてくれてるみたいだから、そんなに汚さないでしょ
 大丈夫、大丈夫」
俺は軽く請け負った。
「和泉がデザインした服を粗末に扱うのは、俺が許さないしね」
久那は笑顔で頷くが、その瞳は笑っていなかった。

「上司の俺からも注意しとくよ」
久那の本気を察したのかゲンがさりげなく話をまとめてくれるのだった。



懐かしい友との帰還祝いパーティーと言う名の飲み会は、店の終了時刻近くまで続いた。
「いやー、盛り上がりすぎて遅くなっちまった
 また、時間作って飲もうぜ」
店の外でゲンがタクシーを3台呼んでくれる。
「深夜割り増しになるが、飲酒運転はマズいからな
 事故りでもしたら、和泉センセの名前に傷が付いちまう」
「ゲンの店だって、支店長の不祥事は本店にも問題出るだろ」
「うちが一番ダメージ少ないのかな
 ただ一生言われちゃうと思うけどね、家の近所、スピーカーオバサンみたいな人未だに多いから」
俺達はタクシーが来るまでの時間を惜しむように、語りあっていた。

「ゲンのプランで建てたマンション、住みたかったな
 本当に化生の拠点になる場所が出来上がるなんて夢みたいだ
 そこにはゴシップを嗅ぎ回る連中を、絶対に近づけたくない
 頻繁に影森マンションに出向かないことが、俺に出来る『化生の居場所を守る事』ってのがちょっと切ないな」
別れの寂しさで、つい本音がこぼれてしまった。
「帰る場所はバラバラだけど、俺達はずっと仲間で家族だ
 一緒に住んでるだけが家族じゃない」
ゲンが俺を見ながら真面目な顔になる。
「そうだよ、和泉
 僕も年1回くらいしか両親のとこには顔出さないけど、だからって遠くに感じたことはない
 会った瞬間、会わなかった時間が埋まって自然体になれる
 今は久しぶりに会った和泉に、同じ事を感じているよ
 今度は家に遊びにおいでよ、庶民のオモテナシをしてあげるから
 マスコミにバレたら、『イサマ イズミも納得の汚れ落ち、凄腕クリーニング店にお忍び来店』って書いてもらって店を宣伝してね」
岩月兄さんが悪戯っぽく笑って誘ってくれた。
「そりゃ良いな、事務所を借りる体でうちもやってもらうか
 和泉センセ向けの物件、あったかな」
ゲンも岩月兄さんの話に乗ってニヤニヤ笑っている。
「じゃあ、2人も家に遊びに来てよ
 何て書かれるかな…イサマ イズミ量産品デザイナーに転向か?!庶民を招き意見交換」
俺もそう返し、3人で爆笑した。

住んでる場所は違っていても、家族の元に帰って来れたという安らぎが俺の心に満ちていた。




深夜を回り、自宅マンションに帰り着く。
「遅くまでご苦労さまでした」
俺は請求された金額より2枚ほど多く札を渡し、タクシーを降りた。
久那を伴い正面玄関のパネルに数字を打ち込んでドアを抜けると、エレベーターに乗り込んだ。
「帰ってきたね」
久那が優しく言葉をかけてくれる。
「ああ、引っ越してきたばっかだけど、早くもこれに乗るとそう思うようになったな」
部屋に帰り着くと、その思いは更に強まっていた。

「周りを気にすることなく久那と一緒にいられる空間が、俺の家なんだ
 久那さえいれば6畳一間のアパートに居ても、きっと安心して家だと思えるし快適に過ごせるよ」
リビングのソファーに身を任せると、久那がミネラルウォーターをグラスに注いで差し出してくれた。
「酔い醒まし」
久那はいつも俺が最適な状態で居られるよう注意を払ってくれる。
「ありがとう」
俺は受け取ったグラスの水を一気に飲み干した。

「やっぱり、のど乾いてたでしょ
 汁物が和泉には少ししょっぱかったし、刺身に醤油付けすぎてたよ」
グラスに2杯目の水を注ぎながら、久那が少し得意げな顔になった。
飼い主の状況を見分け、それに的確に対応できたと言う自信が現れた表情だった。
「長瀞の域には達してないけど、俺も和泉の体調は管理してるつもり」
久那に愛されている状況が嬉しかった。

俺は再びグラスを空にして
「じゃあ、次に俺が何をして欲しいと思ってるか当ててみて」
挑むように久那に問いかけた。
「シャワーを浴びる前に、ここで1回して欲しい
 シャワーを浴びたら、ベッドで何度もして欲しい
 寝るときは抱きしめていて欲しい
 でしょ?」
悔しいくらい淀みなく答えられ、それでも何か言おうとした俺の唇に久那の唇が覆い被さってきた。
「まずは、キスして欲しい
 深く、激しく、解け合えるほど」
追加された100点満点の答えを実践するよう、久那の唇が激しく俺を求めてくれる。
口内に差し込まれた舌が俺の舌と絡まり、優しく、強く、欲望を刺激してきた。
粘着質な湿った音が、更に欲望を加速させた。

器用にシャツのボタンを外し、服の隙間から手をさし入れてくる。
どこを刺激すれば俺が反応するのか知りすぎた久那の長い指が、俺の素肌を這い回っていく。
「ん…んん…」
塞がれた唇から喘ぎが漏れ出すと、久那はやっと唇を移動させ俺の首筋を舐め始めた。
「久那は賢くて、本当に最高の飼い犬だ」
喘ぎながら途切れ途切れに何とか言葉を発し、久那の長い髪を梳(す)くように撫でてやると彼の動きが性急な物に変わっていった。


俺達は久那の回答通りの夜を過ごす。
家族の元に帰れた喜びと、久那の腕の中こそが俺の居るべき場所であり帰るべき場所であることを実感しながら、俺は安らかな眠りに落ちていけたのであった。
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