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しっぽや(No.174~197)

side<IZUMI>

「では、懐かしき友の帰還を祝し、乾杯!」
「「「乾杯!」」」

ゲンの音頭で皆がビールの入ったグラスを合わせ、最初の一杯を堪能する。
今日は俺と久那が戻ってきたことを祝い、ゲンが宴席を設けてくれたのだ。
もちろんメンツは引っ越し前に参加した思い出のメンバーで、場所も同じ料亭だった。
それは自然体でいられる友との貴重な時間でもあった。


「和泉センセ、今日はスッピンなんだ」
ニヤニヤしながらゲンが話しかけてくる。
「まあね、気を使うような間柄じゃないじゃん
 若い飼い主にはちょっと気張って見せてたけどさ
 年相応にオジサン化しててスキンケアに時間がかかるようになったから、結構面倒なんだよ」
俺は盛大にため息を吐いて見せた。
「それを言われると、僕が1番のオジサンだ
 君たちは良いよね、スッピンだって和泉は年より若く見えるし、ゲンちゃんは年齢不詳に見える」
「ああ、ゲンのファッションは今となっては勝ちだな
 でも岩月兄さんだって髪を染めて若返ったんじゃない?
 今度、髪色に合わせて明るめの服を選んでみるよ」
また、皆のコーディネートが出来る時間が戻ってきて俺は幸せを感じていた。

「この頭、学生の頃は散々ネタにされたが、長い目で見ると確かに勝ちかもな
 この間、同窓会に出席したら皆に羨ましがられたんだ
 皆、悲惨な頭になってきて、今から戦々恐々になってんの
 子供を持った奴からは、からかったことを謝られたよ
 あの頃の俺が何の病気でどんな状態だったか、気が付いたみたいでさ
 悪ガキだったのに子供生まれたら病気とかちゃんと調べたりしてんだ、ってちょっと感動しちまったな」
『俺には子供がいないからさ』と、ゲンは苦笑をみせた。
「ゲンちゃんに子供がいなくても、ゲンちゃんを頼りにしてる若い子がいっぱいいるよ
 ゲンは皆のお父さんみたいなものだから、とんでもなく子沢山だね
 と言うか、僕も頼りにしてるし」
「俺も頼りにしてるよ
 店の管理は立地的に無理だったけど、倉庫管理は任せたから」
岩月兄さんの言葉に俺も乗っかることにした。
「ゲンは皆から頼られる人気者です」
長瀞が誇らしそうに頷いていた。

「しかし、ほんとに若い子増えたね
 高校生なんてビックリだよ、って荒木と日野は大学生になるんだっけ
 でも、あと5、6年は中学生モデルでいけそう
 もっと早く知ってたら、お揃いシリーズの子役をガンガン頼めたのに」
唸る俺に
「あの子達、30年後でも今の和泉より若く見えるかもね
 スッピンで」
岩月兄さんは他人事のように笑っている。
「俺は見たこと無いんだけど、日野情報によると荒木少年の親父さんもバケモノらしいぜ
 和泉と同じくらいなのに大学生に見えるってよ
 勤続20年近いのに、新規の営業先で新卒扱いされるらしい
 営業職としては致命的じゃね?」
ゲンがわざとらしく声をひそめて囁いた。
「マジか、流石に俺も学生には見られないな」
俺も大仰に驚いてみせる。
「和泉は顔が売れてるし、プライベートがある程度露出してるからしょうがないよ
 でも、和泉はいつまでも可愛くてキレイだ
 若い飼い主にはない『艶』がある」
久那がキッパリと宣言したので
「愛されてるねー」
岩月兄さんもゲンもニヤニヤ笑って俺達を見ていた。

「久那、可愛いのは岩月だって
 岩月が髪を染めたから、俺達の毛色が近くなったんだぜ
 仕事でも最小限の言葉で共同作業できるし、一心同体ってやつだな」
勝ち誇るようなジョンに
「俺は今度髪をカットしてもらうんだ
 和泉みたいなショートになれば、飼い主とお揃いだ
 仕事も和泉の指示通りにポーズ取れるし、撮影所で他の犬の揉め事を解決してるし、とても役に立っている」
久那も負けじと言い返していた。
そんな光景を見るて、懐かしさがわき上がってくる。
「お約束的な展開、良いね」
思わずそう言うと
「メンバーが増えた分、この手の言い合いも増えたぜ
 黒谷や白久や大麻生も参戦してるんだ
 あいつらの幸せそうな顔が見れて、本当に嬉しいよ」
ゲンが楽しそうに笑ってみせた。

「白久は一人が長かったし、黒谷は1度飼い主を亡くしているからね
 2人とも犬だったときのジョンを知ってるし、やっぱり気になってたんだ」
岩月兄さんが優しく微笑んだ。
「それを言われると、俺は大麻生が気になってたな
 久那とは2大スター犬だからさ
 あんなに真面目で飼い主に自分のことを告げられるのかな、って
 ウラみたいに深く考えない奴を選んで正解だよ
 自分の心を埋められる相手をちゃんと選んで、選ばれてるんだ
 久那達は凄いね」
俺は隣に座る久那の手をそっと触る。
「俺達みたいな化け物を受け入れてくれる飼い主の方が偉いよ」
久那は愛おしそうに俺の手を包み込んでくれた。

「後は波久礼に飼い主が出来てくれれば良いな」
何気なく呟くと
「今の波久礼は猫神様だから…」
「そう仕向けちまった俺も責任感じてるが、こればっかりはどうにもな…」
岩月兄さんもゲンも、遠くを見ながら呟くのであった。



「ワンコちゃん達、肉でも追加するか?
 俺は中生頼むけど、月さんと和泉はどうする?
 ワインは無いが日本酒はけっこー揃ってるぜ」
幹事らしくゲンがメニューを渡しながら聞いてくる。
「たまには日本酒にしようかな
 スパークリングの日本酒があるじゃん、俺、これにしてみよう
 久那、追加で松阪牛頼んだら?
 俺は最近牛肉の脂が体に合わないから、刺身のお任せ盛りにするよ
 今日のは金目鯛、甘鯛、黒鯛、目鯛、真鯛の鯛づくしだってさ
 岩月兄さんは追加する?」
俺はメニューを彼に渡す。
「ジョンもお肉食べたら?
 ゲンちゃん、僕も中生お願いするよ
 あ、本日の目玉はハチビキのお刺身だ
 桜ちゃんに聞いたことあるけど、真っ赤な白身魚なんだって
 面白そうだから頼んでみよう」
メニューを戻されたゲンが、追加を内線電話で注文してくれる。
「こんな時、日野が居てくれると色んな物ちょっとずつ食べられるんだけどな
 あいつ、オジサンの胃袋には重宝する仲間だよ」
ゲンの言葉に思わず皆で笑ってしまう。
会ったばかりの彼らのことが理解できる自分が嬉しかった。


「若い飼い主達に会って、創作意欲が刺激された
 色んな企画をやりたくて、色んな物を作りたくてワクワクしてる
 業界内での付き合いで感じることとは違うんだよなー
 全く違う分野化からのアプローチは、思いもかけない角度から入り込んできて圧倒されるよ」
俺は小鉢の煮物を口にして熱く語ってしまった。
「和泉がそれを受け止める度量のある人だからだよ
 素人の彼らからだって光るものを見つける事が出来る
 小者は石と宝石の区別もつかない、宝石は磨かないと光らないからね」
久那の言葉に
「お、業界人っぽい意見」
ゲンがクツクツと笑う。
「同世代で固まってると楽だけど、そのままって感じだもんね
 僕もカズハと知り合わなかったら、髪を染めようなんて気にならなかったもの
 白髪染めで終わらせてたな」
岩月兄さんがしみじみと語っていた。

「彼らは、しっぽやだけじゃなく古い飼い主にも新しい風を吹かせてくれたな
 化生に選ばれた仲間達だ、最高の奴らだぜ」
ゲンが親指を立てる。
「それは、僕達も最高の奴らって事でいいのかな」
岩月兄さんの悪戯っぽい笑顔に
「もちろん俺達も、俺達の前に化生と関わってくれた人達も、これから化生と関わる人達も最高ってこと」
俺はウインクしながら答えた。
「でも、人間で1番最高なのは自分の飼い主だよ」
久那が主張するので
「俺も自分の化生が1番最高!
 久那がサポートしてくれるから、突っ走れる」
俺は彼の肩に頭をそっと乗せ甘えてみせた。
「ジョンが居るから明るくなれる、きちんと人と向き合う勇気が沸いてくる、何があっても頑張ろうって気になれる」
岩槻兄さんもジョンの手を握っていた。
「ナガトが体調管理をしてくれるから、俺は余分なことを考えずにやるべきことに専念できる
 皆をサポートする事が出来る」
ゲンの優しい眼差しを受け、長瀞がうっとりしながら寄り添っていた。

「帰還パーティーと言うか、単なるノロケ大会になったな」
ゲンが長瀞の髪を優しく撫でてヒヒッと笑った。
「まあそうなるでしょ、化生と飼い主の飲み会なんて」
俺は更に久那に身をもたせかけ、グラスに残っていたビールを飲み干した。
「見栄張らなきゃいけない若い者も居ないしね」
岩月兄さんもジョンの肩に頭を乗せ、リラックス状態で小鉢の中身をツツいている。
緩みまくっていた俺達の空気は、追加の料理が運ばれてくるまで続く。
仲居さんが座敷に入ってきたときには何事もなかったかのようにきちんと座り、全員が行儀よく箸を口に運んでいた。
仲居さんが退出すると、俺達は一斉に大笑いしてしまう。
悪戯がみつからなかった子供みたいな気持ちになっていた。

「んじゃ、改めて乾杯すっか
 仲間への乾杯は何度だってやりたいもんな」
ゲンの意見に反対を述べる者などいるはずもなく、俺達は運ばれてきた新しいグラスとジョッキを打ち鳴らす。
全ての化生と化生に関わる者への乾杯であった。


「この前の歓迎会は広間貸し切りの大人数だったっが、そのうち店を貸し切りにしないと入れなくなりそうだ
 幹事が大変だぜ」
そう言いながらもゲンは楽しそうだった。
「どこかの体育館を貸し切って、立食パーティーにするとか
 でも、食事や飲み物用意するのが大変か
 持ち寄りにすればいけそう?」
岩月兄さんは『大量に作ると個性出しにくな』と悩んでいる。
「俺は金持ちらしく、魚沼産コシヒカリをどーんと50kg用意しよう」
俺は両手を派手に広げてみせた。
「そうそう、50kgもあれば日野が居ても安心…、って、自分らで炊くんかーい」
ゲンは期待通りの突っ込みを披露してくれる。
「それと大間の天然ホンマグロをどーんと1匹」
「いくら桜ちゃんでもマグロは捌(さば)けないと思うけど」
岩月兄さんの控えめな突っ込みに
「解体用の包丁も用意すれば、やってみたがりそうじゃない?」
俺はニヤニヤ笑いながら答えた。
黙り込んだ2人の顔には『確かに』と書いてあった。
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