しっぽや(No.174~197)
化生の飼い主とは言え、有名人の石間先生が僕と夕飯を食べたがるなんて夢だったんじゃないか、仕事を終えての影森マンションへの道すがら、そんなことを考えてしまった。
しかし店に残されている石間先生用の注文書が、先ほどの出来事が現実だったことを物語っている。
かなりの注文数だったが急ぎで欲しいという訳ではなかったので、結局荷物はナリが配達してくれることになった。
影森マンションの空の部屋のドアの前でチャイムを押す。
合い鍵を持ってはいるのだが、僕の気配で空が玄関先で待っていてくれるのを知っているため、出迎えてもらうことにしているのだ。
「カズハ、お帰り!
今日はご馳走だぜ、和泉が松阪牛の霜降り肉いっぱい買ってきてくれたんだ
シャブシャブの準備万端、野菜も沢山用意しておいたし、シメ用にうどんとご飯もあるよ
カズハ、オレンジビール飲む?俺、作ってあげるからね」
帰ってきた飼い主にまとわりつく犬のように、空が僕の側をウロウロしながらリビングに扇動してくれる。
リビングのテーブルの上には、美味しそうなものがいっぱいあった。
「カズハ先輩、お帰り~、お先、いただいてます」
ウラがビールのグラスを掲げてみせた。
「家主より先にくつろいじゃってごめんね」
石間先生はワインを飲んでいるようで、それに併せてだろうクラッカーとチーズとサラミのプレートやカプレーゼ、サーモンマリネが並んでいた。
ウラの側にはシュウマイや春巻き、エビチリ、中華チマキがある。
有名中華料理店の包み紙がテーブルの下に置いてあった。
「はい、カズハ」
僕がテーブルにつくと、空がすかさずオレンジジュースで割ったビールを持ってきてくれる。
空の席には飲みかけのカフェオレ入りグラスがあった。
「新たな飼い主との出会いに、乾杯しよう」
石間先生が音頭をとってくれて
「「「乾杯」」」
皆でグラスを触れ合わせた。
「石間先生、先ほどは沢山のお買い上げありがとうございました」
僕が頭を下げると
「先生は止めてよ、ヒシヒシと年の差を感じちゃうから和泉で良いって
とか言って、俺は岩月兄さんのことは『兄さん』って呼ぶけど
年の差、感じさせちゃってるかな」
彼は笑ってそんなことを言っていた。
「えっと、それじゃ、和泉さん」
さすがに呼び捨てにする勇気がなくて、それでも親しみを込めて呼んでみる。
『ん?』と小首を傾げる和泉さんに
「夕飯も色々買ってくださってありがとうございます
空は松阪牛好きだけど、僕は中々買ってあげられないから嬉しいです」
頬を紅潮させ楽しそうに肉を湯に潜らせている空を見て、僕も笑顔になってしまった。
「いやいや、こっちこそ貴重な物を見せてもらったよ
空が率先してシャブシャブの準備してるとか、飼い主に飲み物を作るところとか
この世の終わりかと思った、なあ、久那」
和泉さんに話しかけられ
「今でも信じられないよ、あの空が間違えることなく食事の準備をするなんて」
彼の飼い犬のコリーは、額に手を当て大仰に首を振りながらため息を吐いていた。
それから気が付いたように膝を改め
「まだきちんとご挨拶しておりませんでしたね
和泉の飼い犬、ラフ・コリーの久那です
以後お見知り置きの程、よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げた。
「あ、そういや俺もちゃんと挨拶してなかったな
ウラに話を聞いて、もう紹介された気でいたよ
久那の飼い主、石間 和泉です
デザイナーやってるけど、俺の服は持ってなくたってかまわないって
モッチーが結構買ってくれてるからさ」
和泉さんは笑ってウインクしてくれた。
「空の飼い主の樋口 一葉です、これからよろしくお願いします
ペットショップでトリマーやってます」
僕も2人に頭を下げる。
そんなタイミングで
「カズハ、ほら、食べ頃の肉と野菜
ポン酢とゴマだれ、どっち使う?一応、両方用意しといたぜ」
空が小皿を差し出してきた。
挨拶の場を邪魔されて怒るかと思っていた和泉さんと久那は
「空がお給仕してる…」
手を取り合い震え上がって未知の生物を見るような目を向けていた。
「あの、2人は空とは顔見知りですか?」
思わずそう聞くと
「ミイちゃんのお屋敷で何度も会ってるよ
あれだけミイちゃんに吹っ飛ばされても何の成長も見せなかった空が、こんなに躾られてるなんて
カズハ、君は本当に大したもんだ」
和泉さんは感心して頷いている。
「飼い主の役に立つため頑張りたい、っていうのは俺たちの本分だけど…
人間の友の定番、コリーやシェパードならまだしもハスキーがね
ドラマの歴史がひっくり返りそう」
ゲンナリとした感じの久那に
「ハスキーが出たTVドラマもありましたよ、原作が少女マンガだから知らないかな?
姉がコミック持ってて、僕も読んでた作品なんです」
そう教えると、目を見開いていた。
「え?じゃあ、この状況ってドラマのスター揃い踏みってやつなの?」
ウラの発言に
「俺、スターじゃなくてトレンディーだよ?」
不思議そうな顔の空が答え、久那と大麻生の顔が盛大に固まるのであった。
「カズハは本当にハスキーが好きなんだね
2人は割れ鍋に綴(と)じ蓋(ぶた)って感じ」
和泉さんはクスクスと笑いだした。
「カズハ先輩のハスキー扱い、プロの訓練士だった俺の爺ちゃんもかなわないもん
ソウちゃんは優秀だから俺でもちゃんと飼えるけど、空とか絶対無理」
「あー、俺も久那が優秀だから何とかなってんのかも
飼い主で1番優秀なのはカズハだね」
ウラと和泉さんの言葉に、2匹の飼い犬の顔には『1番優秀な飼い主は、自分の飼い主だ』とデカデカと書かれていたが空気を読んで何も言わなかった。
飼い主を誉められた空だけが
「そうなんだよ、和泉、わかってんじゃん
カズハが1番最高の飼い主なんだ
1番最高の飼い主がいる俺が、1番最高の化生だよ」
機嫌良く大きく頷いている。
久那と大麻生の顔の引きつりが、いっそう険しくなっていた。
「で、優秀な飼い主にちょっとお願いがあるんだ」
和泉さんが窺うように僕を見る。
「カズハ、久那の髪を切ってもらえないかな?
今まで美容院でやってもらおうとしても、どうにも上手くいかなくて
モデルさせるときに、たまには違うイメージでいってみたいんだよね
ショートにしたらどうなるかとか、俺も見てみたいし」
そのお願いは考えてもみなかったことだった。
「無理です、ラフ・コリーのカットどころかボーダーコリーのカットすらやったことないですよ
そもそも、ラフ・コリーはカットの必要がない犬種ですし」
僕は焦って否定した。
「シャンプーや換毛期の抜け毛取り、ブラッシングなら出来ると思いますが…
化生にはどれも必要ないし」
オドオドと言う僕に
「そうなんだよね、そこが本当の犬と化生の違いだと思う
実際のラフ・コリーにはカットが必要なくても、化生ならファッションでカットするのも有りなんじゃないかって」
和泉さんは根気強く話しかけてくれる。
「カズハ先輩、ふかやとか空の髪は切ってるんでしょ?」
ウラに突っ込まれ
「プードルはカットが必要な犬種だし、夏の暑い時期には空の毛先だけカットしてるけど」
僕は悩んでしまう。
黒谷と白久の髪をスタイリングしたときも、ほんの少しだけ毛先をカットしてワックスで固めてみた。
日野君と荒木君には大好評で嬉しかった事を思い出す。
化生なら髪を触らせてくれるので、ひろせの毛先も整えてみたことがあった。
タケぽんが喜んでくれて、初めての猫のカットに満足できた思い出もよみがえってきた。
「美容院だと久那の毛質に苦戦するみたいで、毛先以外断られるんだよね
自分の腕を試すより、俺の専属モデルを台無しにする恐怖の方が大きいのもあるんだろうけど」
和泉さんは肩を竦めていた。
「それは、毛質がまったく違いますからね
人間にはアンダーコートなんてないし、使う道具もカットの仕方も違うから思い切ったことは出来ないでしょう
でも、カットの必要がない犬種を無理にカットするとみっともなくなるかも
ショートにして上手くまとまるかな」
そう言いながら、僕は先ほどより肯定的な気持ちになっている。
無意識のうちにどうカットしてみようか考えている自分に驚いていた。
「みっともなくなったら、それをカバー出来るような帽子をデザインするのが俺の仕事だ」
和泉さんは笑って頷いてくれた。
「やってみなよ、カズハ先輩
和泉は寛大な金持ちだし、失敗しても気にしないって
上手くいきそうならソウちゃんもお願いしてみよっかな、今のままでも完璧に格好いいけどさ」
ウラの気楽な言葉に
「ウラが適当に切って久那の美しい髪を台無しにしたら、損害賠償請求するよ」
和泉さんは真顔で答えていた。
「やって…、みようかな…
と言うか、やらせてください
僕と化生の可能性を探していきたい、僕でも化生の役に立てるのかチャレンジしてみたいです」
頭を下げる僕に
「そうこなくっちゃ、そのつもりで今日の夕飯は前払いの奢りだよ」
和泉さんは悪戯っぽく笑ってみせた。
「カットして欲しいイメージのカタログとかあれば見せてください
僕、本格的に化生のカットってしたことないし、人間用のカットはよく分からなくて
イメージ掴めたら姉に相談してみます
姉は人間の美容師だからアドバイスしてもらえると思うので」
「ヘアカタログのたぐいは持ってないな
ファッション誌でも良い?」
「髪型が分かるものであれば、何とかなると思います」
僕は新しいことにチャレンジしようとしている自分を心地よく感じていた。
「カズハなら絶対失敗しないけどさ、ダメだったら久那もゲンみたくしちゃえば良いんじゃない?
手入れだって楽だろ?」
空があっけらかんとした口調で言った言葉に、その場の空気が凍り付く。
「スキンヘッドの久那はちょっと…流石に似合う服とか思いつけない…」
和泉さんはうめくように囁いていた。
「空、スキンヘッドってマメに剃らないといけないし、手入れがけっこう大変なんだよ」
僕が解説すると
「マジ?知らなかった!ゲンって実は凄い頭なんだな」
空は悪びれることなく答えている。
失敗を恐れず常に前向きな空に側にいてもらえて、後ろ向きな僕はつくづく幸せだと感じるのだった。
しかし店に残されている石間先生用の注文書が、先ほどの出来事が現実だったことを物語っている。
かなりの注文数だったが急ぎで欲しいという訳ではなかったので、結局荷物はナリが配達してくれることになった。
影森マンションの空の部屋のドアの前でチャイムを押す。
合い鍵を持ってはいるのだが、僕の気配で空が玄関先で待っていてくれるのを知っているため、出迎えてもらうことにしているのだ。
「カズハ、お帰り!
今日はご馳走だぜ、和泉が松阪牛の霜降り肉いっぱい買ってきてくれたんだ
シャブシャブの準備万端、野菜も沢山用意しておいたし、シメ用にうどんとご飯もあるよ
カズハ、オレンジビール飲む?俺、作ってあげるからね」
帰ってきた飼い主にまとわりつく犬のように、空が僕の側をウロウロしながらリビングに扇動してくれる。
リビングのテーブルの上には、美味しそうなものがいっぱいあった。
「カズハ先輩、お帰り~、お先、いただいてます」
ウラがビールのグラスを掲げてみせた。
「家主より先にくつろいじゃってごめんね」
石間先生はワインを飲んでいるようで、それに併せてだろうクラッカーとチーズとサラミのプレートやカプレーゼ、サーモンマリネが並んでいた。
ウラの側にはシュウマイや春巻き、エビチリ、中華チマキがある。
有名中華料理店の包み紙がテーブルの下に置いてあった。
「はい、カズハ」
僕がテーブルにつくと、空がすかさずオレンジジュースで割ったビールを持ってきてくれる。
空の席には飲みかけのカフェオレ入りグラスがあった。
「新たな飼い主との出会いに、乾杯しよう」
石間先生が音頭をとってくれて
「「「乾杯」」」
皆でグラスを触れ合わせた。
「石間先生、先ほどは沢山のお買い上げありがとうございました」
僕が頭を下げると
「先生は止めてよ、ヒシヒシと年の差を感じちゃうから和泉で良いって
とか言って、俺は岩月兄さんのことは『兄さん』って呼ぶけど
年の差、感じさせちゃってるかな」
彼は笑ってそんなことを言っていた。
「えっと、それじゃ、和泉さん」
さすがに呼び捨てにする勇気がなくて、それでも親しみを込めて呼んでみる。
『ん?』と小首を傾げる和泉さんに
「夕飯も色々買ってくださってありがとうございます
空は松阪牛好きだけど、僕は中々買ってあげられないから嬉しいです」
頬を紅潮させ楽しそうに肉を湯に潜らせている空を見て、僕も笑顔になってしまった。
「いやいや、こっちこそ貴重な物を見せてもらったよ
空が率先してシャブシャブの準備してるとか、飼い主に飲み物を作るところとか
この世の終わりかと思った、なあ、久那」
和泉さんに話しかけられ
「今でも信じられないよ、あの空が間違えることなく食事の準備をするなんて」
彼の飼い犬のコリーは、額に手を当て大仰に首を振りながらため息を吐いていた。
それから気が付いたように膝を改め
「まだきちんとご挨拶しておりませんでしたね
和泉の飼い犬、ラフ・コリーの久那です
以後お見知り置きの程、よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げた。
「あ、そういや俺もちゃんと挨拶してなかったな
ウラに話を聞いて、もう紹介された気でいたよ
久那の飼い主、石間 和泉です
デザイナーやってるけど、俺の服は持ってなくたってかまわないって
モッチーが結構買ってくれてるからさ」
和泉さんは笑ってウインクしてくれた。
「空の飼い主の樋口 一葉です、これからよろしくお願いします
ペットショップでトリマーやってます」
僕も2人に頭を下げる。
そんなタイミングで
「カズハ、ほら、食べ頃の肉と野菜
ポン酢とゴマだれ、どっち使う?一応、両方用意しといたぜ」
空が小皿を差し出してきた。
挨拶の場を邪魔されて怒るかと思っていた和泉さんと久那は
「空がお給仕してる…」
手を取り合い震え上がって未知の生物を見るような目を向けていた。
「あの、2人は空とは顔見知りですか?」
思わずそう聞くと
「ミイちゃんのお屋敷で何度も会ってるよ
あれだけミイちゃんに吹っ飛ばされても何の成長も見せなかった空が、こんなに躾られてるなんて
カズハ、君は本当に大したもんだ」
和泉さんは感心して頷いている。
「飼い主の役に立つため頑張りたい、っていうのは俺たちの本分だけど…
人間の友の定番、コリーやシェパードならまだしもハスキーがね
ドラマの歴史がひっくり返りそう」
ゲンナリとした感じの久那に
「ハスキーが出たTVドラマもありましたよ、原作が少女マンガだから知らないかな?
姉がコミック持ってて、僕も読んでた作品なんです」
そう教えると、目を見開いていた。
「え?じゃあ、この状況ってドラマのスター揃い踏みってやつなの?」
ウラの発言に
「俺、スターじゃなくてトレンディーだよ?」
不思議そうな顔の空が答え、久那と大麻生の顔が盛大に固まるのであった。
「カズハは本当にハスキーが好きなんだね
2人は割れ鍋に綴(と)じ蓋(ぶた)って感じ」
和泉さんはクスクスと笑いだした。
「カズハ先輩のハスキー扱い、プロの訓練士だった俺の爺ちゃんもかなわないもん
ソウちゃんは優秀だから俺でもちゃんと飼えるけど、空とか絶対無理」
「あー、俺も久那が優秀だから何とかなってんのかも
飼い主で1番優秀なのはカズハだね」
ウラと和泉さんの言葉に、2匹の飼い犬の顔には『1番優秀な飼い主は、自分の飼い主だ』とデカデカと書かれていたが空気を読んで何も言わなかった。
飼い主を誉められた空だけが
「そうなんだよ、和泉、わかってんじゃん
カズハが1番最高の飼い主なんだ
1番最高の飼い主がいる俺が、1番最高の化生だよ」
機嫌良く大きく頷いている。
久那と大麻生の顔の引きつりが、いっそう険しくなっていた。
「で、優秀な飼い主にちょっとお願いがあるんだ」
和泉さんが窺うように僕を見る。
「カズハ、久那の髪を切ってもらえないかな?
今まで美容院でやってもらおうとしても、どうにも上手くいかなくて
モデルさせるときに、たまには違うイメージでいってみたいんだよね
ショートにしたらどうなるかとか、俺も見てみたいし」
そのお願いは考えてもみなかったことだった。
「無理です、ラフ・コリーのカットどころかボーダーコリーのカットすらやったことないですよ
そもそも、ラフ・コリーはカットの必要がない犬種ですし」
僕は焦って否定した。
「シャンプーや換毛期の抜け毛取り、ブラッシングなら出来ると思いますが…
化生にはどれも必要ないし」
オドオドと言う僕に
「そうなんだよね、そこが本当の犬と化生の違いだと思う
実際のラフ・コリーにはカットが必要なくても、化生ならファッションでカットするのも有りなんじゃないかって」
和泉さんは根気強く話しかけてくれる。
「カズハ先輩、ふかやとか空の髪は切ってるんでしょ?」
ウラに突っ込まれ
「プードルはカットが必要な犬種だし、夏の暑い時期には空の毛先だけカットしてるけど」
僕は悩んでしまう。
黒谷と白久の髪をスタイリングしたときも、ほんの少しだけ毛先をカットしてワックスで固めてみた。
日野君と荒木君には大好評で嬉しかった事を思い出す。
化生なら髪を触らせてくれるので、ひろせの毛先も整えてみたことがあった。
タケぽんが喜んでくれて、初めての猫のカットに満足できた思い出もよみがえってきた。
「美容院だと久那の毛質に苦戦するみたいで、毛先以外断られるんだよね
自分の腕を試すより、俺の専属モデルを台無しにする恐怖の方が大きいのもあるんだろうけど」
和泉さんは肩を竦めていた。
「それは、毛質がまったく違いますからね
人間にはアンダーコートなんてないし、使う道具もカットの仕方も違うから思い切ったことは出来ないでしょう
でも、カットの必要がない犬種を無理にカットするとみっともなくなるかも
ショートにして上手くまとまるかな」
そう言いながら、僕は先ほどより肯定的な気持ちになっている。
無意識のうちにどうカットしてみようか考えている自分に驚いていた。
「みっともなくなったら、それをカバー出来るような帽子をデザインするのが俺の仕事だ」
和泉さんは笑って頷いてくれた。
「やってみなよ、カズハ先輩
和泉は寛大な金持ちだし、失敗しても気にしないって
上手くいきそうならソウちゃんもお願いしてみよっかな、今のままでも完璧に格好いいけどさ」
ウラの気楽な言葉に
「ウラが適当に切って久那の美しい髪を台無しにしたら、損害賠償請求するよ」
和泉さんは真顔で答えていた。
「やって…、みようかな…
と言うか、やらせてください
僕と化生の可能性を探していきたい、僕でも化生の役に立てるのかチャレンジしてみたいです」
頭を下げる僕に
「そうこなくっちゃ、そのつもりで今日の夕飯は前払いの奢りだよ」
和泉さんは悪戯っぽく笑ってみせた。
「カットして欲しいイメージのカタログとかあれば見せてください
僕、本格的に化生のカットってしたことないし、人間用のカットはよく分からなくて
イメージ掴めたら姉に相談してみます
姉は人間の美容師だからアドバイスしてもらえると思うので」
「ヘアカタログのたぐいは持ってないな
ファッション誌でも良い?」
「髪型が分かるものであれば、何とかなると思います」
僕は新しいことにチャレンジしようとしている自分を心地よく感じていた。
「カズハなら絶対失敗しないけどさ、ダメだったら久那もゲンみたくしちゃえば良いんじゃない?
手入れだって楽だろ?」
空があっけらかんとした口調で言った言葉に、その場の空気が凍り付く。
「スキンヘッドの久那はちょっと…流石に似合う服とか思いつけない…」
和泉さんはうめくように囁いていた。
「空、スキンヘッドってマメに剃らないといけないし、手入れがけっこう大変なんだよ」
僕が解説すると
「マジ?知らなかった!ゲンって実は凄い頭なんだな」
空は悪びれることなく答えている。
失敗を恐れず常に前向きな空に側にいてもらえて、後ろ向きな僕はつくづく幸せだと感じるのだった。