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しっぽや(No.174~197)

side<KAZUHA>

「どうもありがとうございます、シナモンちゃん、今日も可愛くしてもらったねー」
とろけそうな声で愛犬に話しかける飼い主を見るのは、とても嬉しいものだった。
自分がカットした犬を見て喜んでもらえることが、トリマーとしての誇りにもなっている。
「シナモンちゃん、お利口さんでしたよ
 カットした後に誉めてもらえるの知ってるんですね
 リボンはおまけでお付けしておきました」
「また、樋口さんにカットお願いします
 夏前にでも予約しますね」
「お待ちしております」
会計を済ませた予約のお客様が帰ると、次の予約まで2時間ほど空き時間ができてしまった。

「最近、カズハ君の予約、多くなったね
 名刺効果じゃない?私もお願いしようかな」
「いっそ、店でちゃんと依頼して全員分作ってもらっちゃおうよ
 店長も乗り気みたいだしさ」
「カズハ君、料金とか納期とか店長に説明しておいてよ
 そんなに高くないんでしょ?」
同僚が親しげに話しかけてくる。
以前なら受け答えに一苦労していたけれど
「知り合いが趣味で作ってくれた物だから無料なんだ
 正式に依頼するとなると無料っていうのも悪いし、いくらなら出せるか店長に確認しておくね」
今の僕はスムーズに返答をする事ができていた。

「次の予約まで時間あるから店内整理してくるよ」
「私も時間あるし、一緒に行こう
 カズハ君はフードお願いね、私はペットシーツや猫砂とか出してくる
 倉庫に爪とぎの換え、あったかな」
「そう言えば、花柄の首輪がラスワンでしたよ
 あれ、廃盤になったんでしたっけ?」
「どうだっけ、発注画面確認してから行くね」
事務所に向かう同僚と別れ、店内のフードの棚に移動する。
店のドアが開く音がしたのでそちらに目を向けると、昼に上がったはずのウラが立っていた。
その後ろには大麻生と、背が高くて髪が長い派手な人がいる。

『あれ、モデルもやってるラフ・コリーの化生だ』
長毛の犬の化生が珍しくて凝視してしまったせいだろう、僕の視線に気が付いた彼が軽く頭を下げてきた。
それにつられるようにウラがこちらに顔を向け
「あれ?カズハ先輩、もう予約のお客さん終わったんスか?」
キョトンとした顔で聞いてくる。
「ああ、うん、シナモンちゃんは大人しいから思ったより早く終わったんだ
 ウラこそ、新しい飼い主とランチは食べたの?」
僕は彼らに近づいて行った。

「君が空の飼い主?」
ウラの後ろから小柄な人が急に話しかけてきて、ビックリしてしまった。
大きな化生に気を取られていたので、それまで気が付かなかったのだ。
「あ、はい、そうです」
初対面の相手には、まだドキドキしてしまう。
その人は整った顔をしており、髪型はナリのものに似ているが緩くウエーブさせていてスタイリッシュに見えていた。
若そうでいて老成しているようにも感じられる年齢不祥な人だ。
僕を興味深そうに見つめる顔に、何だか見覚えがあるように感じてしまった。

『どこかで見たことあるような…?お客様じゃなくテレビとか雑誌とか…』
そこまで考えてハッとする。
ウラが会うことになっていた飼い主は、デザイナーの
「イサマ イズミ!」
思わず叫んでしまった僕に
「ご名答!知っててくれて、ありがと」
有名人は親しげに笑いかけてくれた。

「ウラ、あの、これっていったい」
訳が分からずにオロオロする僕に
「和泉も久那も、カズハ先輩のこと見てみたいって言ってさー
 『空の飼い主』ってことで、カズハ先輩チョー有名人ッスよ」
ウラは楽しそうにキシシッと笑っている。
「え?いや、でも、石間先生の方が有名人だし
 あの、僕、石間先生の服とか何も持ってなくてすいません」
テンパりすぎた僕は余計なことまで口にしてしまう。
「いやいや、俺くらいのデザイナーなんて掃いて捨てるほど居るよ
 でも、空の飼い主になれるなんて人間、そうそう居ないと思うな」
「うん、和泉ほどじゃないけど凄い人間だと思う
 空を制御できるなんて」
穴が空いてしまうんじゃないかと不安になる程、石間先生とコリーの化生が見つめてくるので助けを求めるようにウラを見てしまった。

「だから言ったっしょ?有名人だって
 今日は和泉センセー自らお越しくださったんだから
 あ、っつーか、売り上げ!
 店長いる?上客連れてきたぜー」
店内をキョロキョロと見回すウラに
「店長は今、トリミング中なんだ
 そろそろ終わると思うけど」
僕はオドオドと声をかける。
「そっか、じゃあ先に欲しい物があるかチェックしといてよ、和泉センセー」
「ウラ、その呼び方わざとらしい」
「はいはい、んじゃ和泉、聞きたいことあったらカズハ先輩に聞いて
 俺、フードの取り寄せとかわかんないから」
「確かにウラじゃ不安だよ
 お願いするね、カズハ」
有名人に親友のように呼びかけられ、僕はますます混乱してしまうのであった。



「俺の母親が保護犬の活動してるの知ってる?
 そこに送るフードやペットシーツが欲しいんだけど、このお店って地方発送やってるかな
 もちろん、ある程度まとまった数を買わせてもらうよ
 あの人、フードのメーカーや添加物にウルサイんで気に入るものがあれば、の話になっちゃうけどね
 シーツはそこまで拘ってないから大丈夫かな」
石間先生はフードの棚を見回し、品物をチェックし始めた。
お客様が相手となれば、僕の方も営業スイッチが入る。
「税込み6000円以上のお買い上げであれば市内への発送は承ってますが、地方発送は基本的に行ってないんです
 ただ、お買い上げ金額によっては相談もあり得ると思いますので、その辺は店長に確認してみます
 どのメーカーのフードをお求めでしょうか」
丁寧に品物を見ていた石間先生の動きが止まる。
「へー、これ置いてあるんだ、このシリーズならあの人もお気に召すと思うよ
 ちゃんとした低アレルギーフードもある、悪くない品揃えだね
 チェーン展開してない町のペットショップとしては珍しい
 店長さんの人柄が分かる、良いお店だ」
店長や店のことをきちんとした視点から誉められ、僕は嬉しくなった。

「はい、今はあまり生体販売には力を入れずフードやシーツや砂、小物、雑貨類に力を入れてるんです
 ペットと人が楽しく暮らせる手伝いをしたい、と言うのが店長の考えなのでコミュニケーション用のオモチャや洋服も多く扱ってます
 動物に服を着せる、と言うと良い顔をしない方もいますが防寒や抜け毛の配慮も兼ねての物であれば僕は賛成なんです
 トリミングもファッションと言うより、犬の体を清潔に保つという意味合いの方が高いですし
 うちはシャンプー、爪切り、耳掃除がセットになってますから
 トリミングが終わった後の飼い主の反応を見て、最初は嫌がってたのに今では大人しくカットさせてくれる子も増えてます」
僕はつい熱く語ってしまう。
石間先生は少し驚いたように僕をみた後
「カズハって大人しそうでいて、好きなことはちゃんと語れるんだね
 岩月兄さんに聞いてたとおりだ
 『昔の僕に似てるよ』なんて言ってたけど、確かにそうかも
 岩月兄さんもこっちが本音をさらけ出すまでは、ちょっと俺にビクついてたもんな」
そう言って面白そうに笑っていた。

「和泉、気に入るフードあった?
 店長呼んできたから、ちょっと相談してみてよ」
ウラが店長と一緒にこちらに向かって歩いてきた。
「フードは良いのがあったよ、後はシーツ類を見せてもらうね
 オモチャや洋服は、あの人のところには山のようにあるし…
 缶のミルクやほ乳瓶はあった方がいいかも
 ケージ類とか大物は聞いてみないとわかんないや
 ちょっと電話してみるか、出られるかどうかわからないけど
 どれくらいの大きさの犬が何頭いるか、俺も知らないからさ」
「店ごと買い占めてくださいよ、和泉センセー」
揉み手するウラに
「今日一気に買ってったら、店に迷惑だろ
 在庫確認して、足りなかったら発注かけてもらって、それからだよ
 いきなり店の中スッカラカンにされたら、逆に困るんだ
 商売やるなら覚えとけ」
石間先生は呆れた顔を見せる。
「えー?そーなのー?」
不満げなウラとは裏腹に
「すいません、助かります」
店長は苦笑して頭を下げていた。

小声で電話しながら店内を移動する石間先生の後を、店長と僕とウラがついて回っていた。
電話相手の母親の指示なのだろう、時折『これを10個、こっちは15個』と店長に品物と個数を伝えていた。
店長はそれをメモに書き留めている。
かなりの種類の物を大量注文していたので『これ、普通に通販を頼んだ方がポイントとかついてお得なんじゃ』と少し心配になってしまう。
うちはチェーン店ではないしポイントサービス等はやっていないのだ。

さらに石間先生は店内にあった『イサマ ミドリ』のリボンや首輪に気が付いて、アウトレット品を格安で卸してくれるよう交渉までしてくれたのだ。
恐縮しまくる店長が在庫の確認に事務所に行くと
「うーん、けっこー買わせたのに思ったほど金額いかないもんだ
 5、60万は使わせようと思ってたのになー」
ウラが『チェーッ』っといった感じで頬を膨らませていた。
「母親へのプレゼントに、そんな大金使わないだろ
 第一、あっちの方が大物で金持ちなの」
「保護団体への寄付って考えれば、有名人なら50万くらいは出すっしょ?」
「くそ、ウラのくせに良い返ししてくるな」
2人は親しい様子で言い合っている。
そのウラの人懐っこさは、僕には羨ましいものだった。

「カズハ、仕事終わったらちょっと付き合ってもらえないかな
 空も一緒に夕飯なんてどう?」
石間先生に急に話しかけられて僕はまたドギマギしてしまう。
「あ、あの、僕と?」
「やった、和泉センセーがA5の牛肉奢ってくれる」
すかさずウラが会話に加わってきた。

「でも、店だとあまり込み入った話が出来ないか
 個室があるとこ、今から予約取れるかな」
石間先生が悩んでいるようなので
「じゃあ、空の部屋に行きますか?あそこ、武衆の皆が集まれるようにって広い部屋なんです」
僕は思わずそう誘ってしまった。
「それなら先に空の部屋に行かせてもらうよ
 夕飯の材料買って俺達で用意しておくから、カズハはそのまま帰ってきて」
こうして僕は新しく知り合った化生の飼い主と夕飯を共にすることになったのだった。
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