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しっぽや(No.174~197)

「化粧は俺が年齢不詳でいれば、久那の外見が変わらないのが目立たないかな、と思ってやってんだ
 デザイナーだから若く見られたいんだろうって、周りは勝手に解釈してくれるからな
 久那は俺の付き人兼マネージャーってことにしてるから、俺に併せて顔を作ってるって思われてる
 ペット用品のモデルもやってるしね
 久那は何でもこなすマルチ犬なんだ、凄いだろう?」
運ばれてきた料理を食べながら和泉は得意げな顔になり、褒められた久那は誇らかに瞳を輝かせた。
「いやいや、ソウちゃんだって捜索件数ナンバー1だし、未だに武衆に帰ってこいって波久礼に誘われるし、料理は上手いし、格好いいし、格好いいし、とにかく格好良い」
俺も負けずにソウちゃんを褒め讃えた。

「黒シリーズのイメージ、ソウちゃんなんだって?」
「黒谷のイメージも入ってるけどね
 秋の新作は、黒谷多めで黒シリーズ初の『和』でいくよ
 どうなるか自分でも楽しみなんだ
 冬はバイカーにも買ってもらえそうなの出したいし
 こっち戻ってきてから、イマジネーション刺激されまくり」
和泉は嬉しそうに頷いている。
「和?ソウちゃん向けじゃないなー
 ちゃんとソウちゃん的なのも考えてよ」
「大麻生的なのは黒シリーズの鉄板みたいなもんだから、かなり手がけたよ
 モッチーも持ってたスーツとか、『軍』にも感じられるデザインのやつとか
 日本だとシェパードって警察犬だけど、ドイツじゃ軍用犬でもあるからね
 もっとも、あんまり露骨に『軍』を出すとあちこちからニラまれるんでマイルドデザインにしてあるんだ」
ペロリと舌を出す和泉に
「ソウちゃん警察犬だったんだから、そっちじゃダメなの?」
俺はバーガーにかぶりつきながら不満げな声を出した。
「警察デザインもヤバいんだって」
和泉はオムライスを口にして肩を竦めてみせた。

「好き勝手やってるようで、そうでもないんだよ
 結構縛りがあるんだ」
「そんなもんなのか」
俺は頷きながら和泉を横目でチラ見する。
有名デザイナー、なんて割には人当たりが良くてフレンドリーだ。
俺がズバズバ物を言っても気にすることなく返事を返してくれる。
しかしそれは、俺が化生の飼い主だからだろう。
それだけで信頼に値する相手だと思っていることが窺(うかが)い知れた。

「和泉は影森マンションに住むの?引っ越してくる人の話、聞いてないけど」
「いや、店の側の高層マンション借りてるよ
 業界人との付き合いもあるからね、正直、プレス関係者とか化生に近付けさせたくないんだ
 久那の負担を減らしたくてハウスキーパー雇ってるし、向こうじゃ俺の上辺だけしか見せてないよ
 でも、ゲンちゃんとこに泊まりに行けばいつでも皆に会える
 腹を割って話せる相手が近くにいるって、良いもんだ」
和泉は楽しそうに笑っていた。

「和泉ってセレブかと思いきや、案外庶民的なのな
 母親は有名デザイナー、父親は海外雑貨やインテリアを扱うチェーン店の社長なんだろ?」
「うちは、未だにプチジョアだよ
 母親はデザイナーの傍ら保護犬の一時預かりのボランティア活動してて、都心のマンションから郊外の平屋に引っ越して庭をドッグランに改造してる
 父親の扱う雑貨は、貧困で学校にも行けず働かざるを得ない子供たちが作った民芸品が多いんだ
 フェアトレードのチョコやコーヒーなんかもあったな
 2人ともそーゆーこと始めた当初は『偽善』とか『売名行為』って散々叩かれてたっけ」
和泉は苦笑して肩を竦めた。
何の不自由もない金持ちの家だと思っていた俺は、驚いた。

「2人が変わったのは、俺が久那を飼い始めてからなんだ
 元々犬好きの人達だったし久那やしっぽやに好意的でさ、何となく彼らのこと『人のために尽くそうとする存在』って感じたんじゃないかな
 それに報いたくなったのが母親で、真似をしたくなったのが父親
 そんな気がする」
フフッと笑う和泉を見て
『離婚して俺を捨てた両親とはえらい違いだ』
少し羨ましく感じる。
でも、『うちの犬達は犯罪被害者の無念を晴らそうと、いつも一生懸命に訓練してるんだぞ』そう言っていた正義感の強い爺ちゃんとは同じ気がした。
「凄い両親だね」
「うん、まあ、最近のあの人達は尊敬に値すると思うよ」
照れ隠しのように素っ気なく答える和泉であったが、嬉しそうな顔をしていた。

「俺の爺ちゃん、昔は警察犬の訓練してたんだ
 試験に合格できる犬、何頭も輩出した凄腕だったんだぜ
 俺も、爺ちゃんのこと尊敬してる」
俺はつい、対抗するようにそんなことを言ってしまった。
「嘱託の警察犬?凄いじゃん、試験とか難しいんだろ?
 毎年受けないといけないんだよね」
犬好きらしく和泉は詳しく知っているようだった。
「ソウちゃんは犬だったとき、毎年受かってた超優秀犬だぜ!」
俺は大げさにソウちゃんを誉め讃えた。
「え?そうなの?凄いじゃん大麻生」
「あ、いえ、ヤマさんのお宅に引き取られてからは受かったことが無く…」
そんなソウちゃんのセリフを遮るように
「しかも今は夜の方も、すっごい優秀」
俺は声をひそめて和泉に耳打ちする。
「それは、久那もそうなんだけど」
今度は和泉が対抗するように艶やかな言葉を口にした。
「言うねえ、んじゃ、今度どっちが優秀か比べてみる?」
「望むところだ」
俺達は怪しく笑いあい、事態がよく分かっていない犬達はキョトンとした顔をするのであった。


ランチを食べ終わった俺達はお客が少ないのを良いことに、デザートを頼んで長居を決め込んだ。
「ウラって楽しい奴だな、聞いてた通りだ」
話をしている最中に和泉がそんなことを言ってきた。
「猫の化生みたいにキレイって?俺、和泉のとこでモデルとして通用しそう?」
満更でもない気持ちで聞くと
「あー、うん、キレイだけど本職には叶わないかな
 ウラレベルなら掃いて捨てるほど見てるよ
 俺が聞いたのは中身の方ね、空の人間版だって」
和泉はケラケラと屈託無く笑っている。
ハスキーと同レベルに語られ、流石にショックを受けてしまった。

「ウラは空のようにガサツではないし、物覚えも悪くありません」
ソウちゃんが俺を庇ってくれたが、ビミョーな言い回しだった。
「何より大変お美しいです」
真面目な顔で頷くソウちゃんに
「いつまでも美しくて可愛いのは和泉だよ
 センスもあるし何でも器用にこなすんだから」
久那も言葉を挟んできた。
「久那、俺のは器用貧乏って言うんだよ
 それは自分でもわかってるんだけどねー
 突き抜ける何かが足りないんだ」
和泉は盛大にため息を吐いている。
自信満々に見えて、和泉も苦労しているようだった。

「そうだ、それもあってウラと話してみたかったんだっけ
 双子の服を用意してあげたって聞いたよ
 俺だと単純に対にしちゃうんだけど、斬新な感じで対にしてたね
 対照色なのに同じデザインとか、同じ色で長さが違うとか、何かデザイン学んだことあるの?」
和泉の言っていることは何だかよく分からなかった。
「俺なりに『対』を意識して揃えたつもりだったけど、違ってた?
 本人達にはよく分かってなかったみたいでも、人間にはけっこー受けてたと思うよ」
首を傾げて答えたら
「配色やデザインの選び方が絶妙だと思ったんだ
 誰に師事したのかな?それって、企業秘密?こっそり教えて
 黙ってるし、デザインとか盗んだりしないから」
和泉は拝む真似をする。

「俺が髪を染める前に着てた服の流用だったりするんだけど
 髪色変わったら、俺のイメージに合わなくなっちゃってさ
 捨てるのも面倒だからあげたと言うか…
 いや、小物とかは買い足したりしたし、純然たるお下がりではないよ
 サイズもそんなに違わなかったから、リユース?
 エコロジー的な感じで良いっしょ?」
弁解するように答える俺を、和泉は口をあんぐり開けて見ていた。
「え?何それ?独学って言うより、本能なの?」
呆然と呟いた後
「才能ある人って、ほんと、無頓着だよね」
そう言ってブリブリ怒り出した。
何を怒っているのか分からず
「こっちは湯水のように金使って服を買える訳じゃないんだ
 ある物を着回していくしかないから、小物とか組み合わせで違う服っぽく見えるように工夫してんの」
俺はキッパリと言い切った。
「まあ、最近は稼ぎが良くなってきたから、ソウちゃんのとか色々買ってるけどさ
 首輪が多いかな…、だって、使うものだし、雰囲気作りは大切だよ、うん…」
最後の方は、どうしても歯切れが悪くなってしまう。

「ある物の組み合わせを変えていく、不自由な中での自由
 囚われた自由、思いがけない組み合わせが生まれる環境ね…
 日野のストラップもブレスの残りで作ったって言ってたっけ
 うん、成る程、そのコンセプトは悪くないな」
さっきまで怒っていたようなのに、和泉はブツブツ言いながら一人で納得し始めた。
「掴めた?」
久那が和泉に問いかける。
「お揃いでいけそう」
お互い少ない言葉でも会話になっていて、それはシンプルなのに長年の間に培ってきた絆を感じさせる状況だった。

「ありがと、体が1つしかないのがモドカシいほどのアイデアなんて、ここ何年も出なかったのに帰ってきたとたんにこれだ
 あれもこれもやってみたい!一本に絞れないのがダメだって分かってても止められない
 化生もだけど、化生の飼い主とも相性良いな俺
 好みの奴ばっかだよ」
和泉は晴れやかに笑う。
「お礼に、ここの払いは俺が持つね
 何ならもっと追加する?」
二ヤッと笑う和泉に
「ちょっと、金持ちなら三つ星レストランで奢るくらいしてよ
 でも、マナーとか面倒くさそうか
 焼き肉でも良いや、A5ランクの牛肉っての食べてみたいなー」
俺もニヤリと笑い返す。
「A5は体に合わないと腹にくるよ、俺は無理なんだよね
 でも食べてみないと合うかどうか分からないか、じゃあ今度お兄さんが奢ってあげよう
 日野に奢るより安く済むだろ」
「ありがとー、オジサマ」
俺達は顔を見合わせて笑い合った。

「それかさ、うちのペットショップで大量買いして売り上げに貢献してくれても良いんだけど
 母親、保護犬の活動してるならフードどう?」
「ウラの店?」
「あ、俺、ペットショップでも働いてんの
 腹ごなしに今から見に行く?
 そこで働いてるトリマーのカズハ先輩が空の飼い主なんだぜ」
俺の言葉に
「空の飼い主!見てみたい」
「どんな物好きな人間なのか興味あるね」
和泉と久那が激しく食いついてきた。

「よし、それじゃ先輩飼い主に最近のしっぽや事情に明るい俺が、色々教えてあげるとするか」
俺は楽しい気分でカップに残っていたコーヒーを飲み干すのであった。
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