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しっぽや(No.174~197)

side<URA>

珍しくアラームがなる前に意識が浮上し、いつものようにソウちゃんの腕の中で目覚めると
「ウラ、おはよう」
優しい言葉が降ってくる。
熟睡しているように見えていても犬のソウちゃんは、俺がちょっと身じろぎしただけで直ぐに気が付いて起きてくれるのだ。
「おはよ、ソウちゃん」
俺は彼に抱きついて唇を合わせた。
「あー、寝た時の記憶無いわ、俺、また寝落ちしちゃった?
 ソウちゃん、ちゃんとイったの?」
昨夜も激しく愛し合ったため、記憶が曖昧になっている。
多分最後にイった後、意識を吹っ飛ばしてしまったのだろう。
「ウラと殆ど同時でした、むしろ自分の方が早かったです」
少し申し訳なさそうな彼に
「なら良かった」
俺は再度キスをする。
彼もキスを返してくれて
「朝食は何がよろしいですか、すぐに作ります」
そう言ってベッドから抜け出した。

キレイに筋肉が付いたソウちゃんの体に、いつもながらに見とれてしまう。
「昼がカフェ飯になりそうだし、ご飯が良いかな」
「では、鮭を焼いて卵焼きも作りましょう
 お味噌汁は豆腐とわかめ、それと昨夜の野菜炒めの残りがあります」
「旅館の朝食飯、美味しそう
 じゃあ、俺、先にシャワー浴びちゃうね」
俺がベッドから出たタイミングで、やっとスマホのアラームが鳴り始めた。
「残念でした、今日は俺の勝ち~」
俺は勝ち誇った気分でスマホを操作しアラームを止めると、シャワールームに向かうのであった。


濡れた体をタオルで拭いて、俺はブランド物の勝負下着を身につけた。
『別に相手に見せる訳じゃないけどさ、気分上げていかなきゃ』
自分に気合いを入れ、夜のうちに用意しておいた服を着ようとしたところで動きを止める。
『念のため服は朝飯食ったら着よう、何かこぼすって事があるもんな』
俺は昨日着ていた部屋着に袖を通す。
部屋に戻るとテーブルの上は朝食の準備が殆ど整っていた。
キッチンのソウちゃんが
「朝からガッツリいかれますか?」
そう聞いてくるので
「ガッツリいっちゃう!今日も頑張るぜ」
俺は張り切って答えた。
直ぐに山盛りご飯と味噌汁をトレイに乗せた彼がテーブルにつき、朝食開始となった。
ソウちゃんのご飯も山盛りだった。

「で、その新しい飼い主とランチの約束は14時だよね
 俺が13時上がりだから、しっぽやにソウちゃん迎えに行けば良いか
 相手って、あのダブルアイの『イサマ イズミ』なんだろ?
 ドッグカフェランチとかで良いわけ?
 三つ星レストランじゃないと口に合わないんじゃない?」
どうせならそーゆーとこで奢ってくれればいいのに、と俺がブツブツ言っていたら
「あのお店は彼らが引っ越してから出来たので、和泉は行ったことが無いのです
 和泉は好奇心旺盛だから色々試してみたがる、と久那が言ってましたから良いんじゃないでしょうか
 そう言えば以前『食べ比べたいから』と、ミセスドーナツを全種類買ってきてくださったことがありましたっけ
 ポイントが一気に貯まってお皿が交換できたと喜んでましたよ」
「イサマ イズミがミセスドーナツ…
 しかも、ポイント貯めて皿と交換って」
ソウちゃんからの情報と雑誌で見るデザイナーのイメージが違いすぎて、上手く頭の中でまとまってくれなかった。

「和泉は自分と黒谷をイメージして服をデザインしている、との事ですが、はたしてその服は売れているのでしょうか
 久那に言わせると『和泉は凄い』らしいのですが、何だかよくわからなくて
 ウラの方がよっぽど凄いと思います」
ソウちゃんは不思議そうな顔で卵焼きを食べている。
「まあ、ダブルアイの黒シリーズはかなり有名で愛好者も多いぜ
 モッチーだってそうだし
 値段が高いし俺にはあんまり似合いそうじゃないから詳しくないけど、確かにソウちゃんには似合うかも
 つか、何でそんな有名人が俺に会いたがってるんだか
 化生の飼い主の先輩だから、挨拶くらいはしといた方が良いのはわかるけどさー」
俺は野菜炒めをご飯の上にのせ、かきこんだ。
作りたてのシャキシャキ感は無いが、暖め直すときに少しとろみを付けてごま油を足したので中華風味が増して残り物とは思えない美味しさがある。
ソウちゃんの創意工夫には、俺を飽きさせない愛があった。

「ウラが双子に選んだ服のセンスが良いので、少し話をしてみたいらしいですよ
 流石ウラです
 ウラのセンスの良さを、久那に自慢しなくては」
ソウちゃんは真面目な顔で頷いていた。
「何か、カラカわれてるだけ、って気がしなくもないけど…
 まあ良いか、機嫌取っといて今度は三つ星で奢ってもらおっと
 一見さんお断りの料亭とかでも良いな、色々コネありそうだし」
俺は一人ほくそ笑み絶品朝食をたいらげると、念入りに身支度を整えてソウちゃんと共にマンションを後にするのであった。



ペットショップでの仕事が終わり、ロッカールームで着替える俺の後ろから
「今日の服は随分気合い入ってるね、これから大麻生とデート?」
カズハ先輩が声をかけてきた。
1時半にトリミングの予約が入っているため、早めに休憩室でランチをしていたようだ。
「これからソウちゃんと一緒に、新しい飼い主に会うんスよ
 あの、黒シリーズの『イサマ イズミ』
 一応、舐められたくないし」
「ああ、デザイナーだって人?
 僕は詳しくないけど、彼の母親の方は少し知ってるかな
 『イサマ ミドリ』
 彼女のペット用品は、うちの店でもリボンや首輪なら取り扱ってるから
 服は高くて、うちの客層向けじゃないけどね」
その言葉で
「ああ、あの『I M』アイムって呼ばれてるの、それか」
俺はやっと気が付いた。

「母親もデザイナーだって知ってたけど、ヒラヒラ乙女チックな服のイメージしか無かったわ」
「雑誌を見たら、最近はそうでもないみたいだよ
 空に雑誌に載ってる化生がいるって聞いて、驚いて買ってみたんだ
 女性誌だから、買うのちょっと恥ずかしかったけどね」
カズハ先輩の言葉は衝撃的だった。
「マジ?そんな目立つ活動して大丈夫なのかよ?」
「ペット用品のモデルだから、メインはペットなんで大丈夫そう
 多分見てる人、犬種でしか識別してないかもしれないし
 ラフ・コリーの化生だよ、長毛犬の化生って珍しいよね
 って空に言ったら、雑誌に載ったり長毛の何が珍しいのか不思議がってた
 同じ犬種が映画に出てて有名だから?とか聞かれたよ
 シェパードはテレビに出ててお茶の間の人気者だったんだから、大麻生の方が有名じゃないかって
 『お茶の間』って何だか分かってなかったみたいだけどね」
カズハ先輩はクスクス笑っている。
「ソウちゃんにそんな話、聞いたこと無かった」
呆然とする俺に
「大麻生も、モデルとして雑誌に載る凄さがわかってないのかも
 化生の感覚は、少しズレてるから」
カズハ先輩は苦笑してみせた。
「長毛犬は気になるから、僕もそのうち会ってみたいな
 2人によろしく言っといて」
カズハ先輩は手を振って、店に戻っていった。

『空の奴、分かってんじゃねーか』
爺ちゃん家の茶の間で育った俺には、コリーよりシェパードの方が身近に感じられる。
『まあ俺は、そのドラマ観たことないけど
 つか、コリーの映画も観たことないもんな、デザイナーとモデル犬に気後れしてたまるか』
俺はそう奮起して、しっぽや事務所にソウちゃんを迎えに行くのであった。



ソウちゃんと連れだってドッグカフェに向かう。
店の前で待っていると1台のタクシーが止まり、背が高く派手な奴が降りてきた。
後から降りてきた人物をリードするように手を差し出している。
紹介されるまでもなく、それが化生の飼い主『石間 和泉』とコリーの化生『久那』であることがわかった。
2人も直ぐに俺達に気が付いて
「大麻生、久しぶり
 飼い主さん初めまして」
そうニコヤカに話しかけてくる。
「和泉に久那、お久しぶりです
 こちらは自分の飼い主のウラです、とてもお美しいでしょう」
ソウちゃんが誇らしそうに飼い主バカ全開な紹介をするので
「お茶の間の人気者、シェパードの飼い主、山口 浦です
 ウラで良いッスよ」
俺も犬バカ発言をして彼の腕に抱きついた。
「銀幕スター、コリーの飼い主、石間 和泉です
 和泉で良いよ」
有名デザイナーである前に1人の犬バカだと宣言するようなその発言で、俺は一気にこの人を身近に感じることが出来た。


ランチのピークを過ぎた店内は空いていた。
俺達は奥の方の席に座る。
「残念、犬連れの人、俺達しか居ないね」
店内を見回す和泉に
「ここ、普通にカフェとしても美味しいから料理目当ての人も多いんだ
 今日のランチはメンチバーガーとオムライスか、俺はバーガーにしよっと」
「自分はローストビーフサンドにいたします」
「俺はオムライスにするけど、久那は?」
「俺もローストビーフサンドにするよ」
「ここのローストビーフサンド、犬に大人気だ
 空のお気に入りなんだぜ
 って、俺も最初にこの店に来たとき食べたけどな」
『空と好みが一緒』と言われ、ソウちゃんと久那は少し複雑な表情をしていた。

店員に注文を伝え、先に持ってきてもらったドリンクで乾杯する。
「新しい仲間に乾杯」
俺が言うと
「俺達にとっては、君の方が後輩で新入りなんだけど」
和泉が楽しそうにニヤニヤ笑う。
「先輩って、そうは見えないけどゲンちゃんより上なんでしょ?
 けっこー頑張ってますね、化粧品どこの使ってます」
俺の指摘に
「ちっ、バレてるか
 今日はナチュラルを心がけてたし、学生君達には気付かれなかったのに」
彼は少し悔しそうな顔をする。
「天然物を見慣れてますからねー」
俺がキシシと笑うと
「あの子達、末恐ろしいよな」
和泉は腕を抱いて大げさにブルッと震えてみせるのだった。
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