このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.174~197)

和泉さんは温め直した弁当を食べる俺と黒谷を見つめていた。
注目されながら食べるのはちょっと照れくさかったが、そのうちに和泉さんが黒谷を真剣な顔で見ていることに気がついた。
その視線に気が付いているらしき久那を見ても、その瞳に嫉妬の色は浮かんでいない。
むしろ和泉さんの邪魔をすることを恐れるように、大人しく隣で控えているようだった。
「…ふむ、…和は難しいけど、和テイストならどうか?
 うーん…だがなぁ…ハード系が多かったから難しいか、突き抜けられるか…、両極な難問だね」
何やらブツブツ言い始めた和泉さんを、その場の人間たちが固唾を飲んで見守っている。
ソシオと黒谷が全く気にしていないのは、自分の飼い主ではないからだろう。

黒谷を凝視し黙り込んで思案をしていた和泉さんが急にハッとした顔になり
「ああ、ごめんごめん、ちょっと自分の考えに入り込んでた」
少し照れた顔で手を振って場を和ませようとする。
「黒谷がきっかけ?良いアイデア浮かんだ?」
久那が和泉さんに問いかけた。
「ん?僕?」
黒谷は不思議そうな顔で箸を止めるが、俺にもモッチーにも訳が分からなかった。

「黒シリーズは黒谷と大麻生をイメージして作ってたんだけど、黒谷には和装が似合いそうだと常々思っててね
 ペット用の浴衣くらいで、『和』って今まで取り扱ったことないんだ
 黒シリーズで和的な展開出来ないかなって、ちょっと考えちゃった
 生地も縫製も違うし難しいかな、そもそも購買層が違いすぎるか」
そう良いながらも、和泉さんは名残惜しげな瞳で黒谷を見つめている。
「『和』ですか、確かに今までの黒シリーズとは違いますね
 言い方軽いですが、黒シリーズって『格好良いちょい悪(わる)』的なイメージあったから
 和だと渋過ぎるし『悪(わる)』より『悪(あく)』的な感じになるんじゃないかと」
モッチーも腕を組んで考え込んでいた。

「そうかな、俺は和装って普段着ってイメージわりとあるけど
 婆ちゃんがたまに着物着てるからかな、寝るときは寝間着だし
 俺は子供の頃、冬になると掻(か)い巻きで寝てましたよ」
自分で口にしてから、普段着に感じるのは和銅の記憶が残っていたせいもあることに気がついた。
「あー、そういや寝相悪かったから俺もガキの頃は掻い巻きで寝てたっけ」
モッチーが頷いてくれた。
「掻い巻きって、綿が入った寝間着みたいなやつ?
 褞袍(どてら)より長いんだよね
 資料で見たことあるけど、使ったことないや
 そっか、日常に残る和、和モダン的な展開をすればいけそうじゃないか?
 うん、秋物のテーマはベタに『粋(いき)』なんて良いかも」
興奮する和泉さんに俺とモッチーは唖然とした顔を向ける。
「やっと春本番なのに、もう秋物なんですか?」
俺の言葉に
「今からじゃ遅いくらいだよ、間に合わせられるかな
 帰ったら早速ラフ描いてみよう」
和泉さんは鼻息も荒く答えた。
「和泉が集中できるよう、家のことは俺がやるからね」
久那は心得た感じで頷いていた。


「せっかく黒谷で思いついたから、試作のモデルになってもらって良い?
 と、飼い主にお伺いを立ててみる
 どうかな?」
和泉さんが悪戯っぽい笑顔で俺を見た。
「もちろんです!黒谷は着付けも出来るし本格的な着物でも大丈夫ですよ
 髪型もいじった方が良いですか?
 多分カズハさんに頼めばやってくれると思います
 カズハさんって空の飼い主で、トリマーなんですよ」
試作とはいえ黒谷がプロのデザイナーのモデルになることに興奮し、勢い込んで答えてしまった。
「トリマー?ああ、なるほど、だからなのか
 久那を美容院に連れて行くと、皆、その毛質に戸惑うんだよね
 これ以上伸びないみたいだし、毛先を軽くカットしてもらうだけにしてたんだ
 トリマーなら久那のカットも出来るかも、お願いしてみようかな
 色んな職業の仲間がいると刺激になるし、出来ることが広がるね
 同職の身内同士で固まってるだけじゃ、ダメだな
 帰ってこれて良かったよ」
和泉さんは微笑んで皆を見回した。
「久那のこと皆に相談できるしさ
 向こうにいる間は、久那が怪我したり具合が悪くなることが最大の恐怖だった
 こっちならカズ先生が居るから安心だ」
和泉さんは愛おしそうに久那を撫でる。
「俺も、こっちなら和泉が他の飼い主に助けてもらえるから安心だよ
 和泉はいつも一人で頑張っちゃうんだから」
久那は大きな体で和泉さんをそっと抱きしめた。

「俺、まだ学生だし全然役に立てなくて申し訳ないです」
俺が苦笑して頭をかくと
「俺も、特技みたいな事ないからお役に立てなくて申し訳ない
 まだ力仕事も覚束ないし」
事故の記憶も新しいモッチーも恐縮していた。
「君達にはインスピレーションをもらったよ
 これは誰にでも出来る事じゃないからね、貴重なんだ」
和泉さんは楽しげにウインクしてくれた。
「モッチーは何でも出来るよ」
「日野は貴重な存在です」
ソシオと黒谷の身贔屓発言で、また皆に笑いが生まれるのであった。



それから暫く歓談し、モッチーはゲンさんの店に戻っていった。
子猫の捜索依頼から戻ってきた羽生と入れ違うかたちで、ソシオが捜索に出て行く。
長瀞にも捜索依頼が入り、電話番は白久が代わってくれていた。
昼前に捜索に出て行った空は、まだ戻ってこない。
大麻生は戻ってきたと思ったら、報告書を書く前に再び捜索に出かけていった。
「繁盛してるみたいだね、忙しいのは良いことだ
 大麻生の飼い主のことちょっと聞きたかったんだけど、また今度にするかな」
大麻生の出て行ったドアを見つめ、和泉さんは目を細めた。

「いつもはここまで忙しくないですよ
 依頼の状況とか、かなり日によるんです
 依頼が全然来ない時なんて、事務所の将来心配になりますもん」
俺はそう答えた後
「大麻生の飼い主に会いたいんですか?
 ゲンさんから『猫の化生みたいにキレイ』って聞いて、モデルにしたいとか?」
疑問に思ったことを聞いてみる。
「いや、双子に服を揃えてあげてるって聞いてね
 良いセンスしてるなって思ってさ
 大麻生も今まで身につけなかった色を着てて、それが似合ってる
 何か学んでたのかちょっと気になったんだ
 アンバランスでいて不思議な統一感があるんだよね」
それはウラが『男娼』だった時に商売道具の自分を飾りたてるため身についた感覚ではないかと思ったが、流石にそう口に出すことは出来なかった。
「いや、あいつのは『本能』み たいなもんじゃないですかね
 基本、チャラ男だから
 まあ根は真面目で良い奴なんですけど、軽い」
俺が説明すると
「でも、ゲンちゃんの説によると化生が心引かれるのは真摯な人だとか」
和泉さんは首を傾げていた。
「ウラのことは人間版の空だと思ってください」
そう言い切ったら流石に察したらしく曖昧に頷いてくれた。


「おっと、失礼」
スーツから着メロが流れた為、黒谷はソファーから立ち上がり部屋の隅に移動してスマホを操作し始めた。
「空、難航してるの?応援出した方が良さそうかい?」
話し込む黒谷を
「留守電機能を使うのも大変だったあの黒谷が、スマホを使ってるなんてね」
和泉さんはシミジミと呟いて感慨深げな瞳で見つめていた。

「捜索は済んだけど、早上がりしたカズハとランチしたいから帰るのは遅くなるってさ
 もうランチって時間じゃないが、捜索してたから仕方ないか
 ちゃんと連絡してきただけ良しとしよう」
スマホを手にソファに戻ってきた黒谷が苦笑して俺の隣に座り直した。
「凄いね黒谷、ストラップまで付けてるんだ」
黒谷とスマホという組み合わせが余程以外だったのか、和泉さんはマジマジと黒谷の手元を見ている。
「ビーズ?天然石?デザインがシンプルだけど配色が良いね、自分で買ったの?」
なおも食いついている和泉さんに
「こちらは僕に似合う色で日野が作ってくださったものです
 ブレスレットも作ってくださったんですよ
 ストラップは日野もお揃いの物を付けてます、お揃いなんです」
黒谷は余程嬉しいのか『お揃い』を強調していた。
「黒谷のオリジナルって訳か、良かったね」
和泉さんは優しい目で黒谷を見て、そのまま視線を俺に向けた。
「愛してるんだ」
そう聞かれたので
「愛してます」
俺は即答する。
「俺以外だって熱烈に化生のこと想ってるじゃん、岩月兄さんは大げさなんだから」
和泉さんはそう呟いて嬉しそうに笑っていた。

「見せてもらって良い?」
和泉さんに聞かれ、黒谷は誇らしくスマホを彼に差し出した。
「黒谷だから黒、って単純な発想じゃないところがセンスだね
 何を使ってるの?」
「ラピスラズリとアマゾナイと水晶です
 ラピスの金が甲斐犬の虎毛っぽいし、黒谷って青が似合うと思って
 ラピスだけだと重いからアマゾナイトで緩和してみました
 水晶は何にでも合うから使い勝手良いんです
 一応、状態の良さそうな石を選んでみました
 黒谷が自分で調整してるし、全体的にそんなに疲れてないんじゃないかな」
「調整?長さとか?」
不思議そうな和泉さんに、俺は簡単に天然石のことを話して聞かせた。
「へー石も疲れたりするんだ
 それでうちの母親は、水晶のさざれに載せて天然石アクセサリー休ませてたのか
 アクセを取るときにさざれが散るからやめろって散々言っちゃって、悪かったなー」
和泉さんは苦笑している。
「そう言う人は水晶クラスターがお勧めなんですけどね
 好みの形のクラスターって、中々巡り会えなくて」
「日野は物知りだね」
素直に感心する彼に
「いえ、これはふかやの飼い主の受け売りです
 ふかやに会ったことありますか?スタンダードプードルの化生です」
俺は慌てて説明する。
「まだ会ってないや
 ゲンちゃんが大所帯になってきたって言ってたのも頷けるね
 暫くは新しい化生や飼い主に会うのが楽しみな刺激になりそう」
和泉さんは楽しそうに笑っていた。


「黒シリーズにいはシルバーアクセ使ってたけど、天然石も面白そうだな
 オニキスが黒い石だったっけ
 日野に石の状態視てもらったり、配色考えてもらうのもありかも
 今度ちゃんと時間とって相談して良い?」
プロのデザイナーに相談を受けるなんて思ってもみなかった俺はビックリする。
「え?だって俺、ズブの素人で、荒木の方がデザインセンスとかあるし」
しどろもどろな俺に
「荒木は白、日野は黒の飼い主だ
 黒シリーズで聞くんだから、それは日野の方が適任だと思うよ
 だって黒を愛してるだろ?」
和泉さんは悪戯っぽく問いかけてきた。

「もちろん、黒のこと心から愛してます」
思わず即答する俺に、和泉さんは満足そうな笑みをみせるのだった。
18/50ページ
スキ