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しっぽや(No.174~197)

side<HINO>

コンコン

昼のしっぽや事務所にノックの音が響いた。
こちらが応える前に扉が開き、モッチーが入って来る。
「あれ、今日のバイトは日野だけなのか
 和泉先生、もう来てる?」
目が合った俺にそう話しかけてきた。
「荒木は高校の時の友達と映画観に行くんで休みだよ
 つか、和泉さんここに来る予定あるの?」
俺はパソコンデスクから所長席の黒谷に視線を向けた。
「聞いてないけど、また、サプライズってやつじゃないのかな」
黒谷は肩を竦めて答えてみせた。

「あれ、そうだったの?話は通ってるとばかり思ってた
 和泉先生とここで待ち合わせしてて、控え室で一緒にランチしようって約束なんだ
 昼休みの時間延長していいから、少しゆっくりしてこいってゲン店長にも言われてるんだけど
 何か、喫茶店扱いして悪いね」
モッチーは苦笑気味に頭をかいている。

「モッチー!」
事務所のドアが勢いよく開き、飛び込んできたソシオがモッチーに抱きついた。
「ソシオ、化生は気が付けるけど一応ノックして
 依頼人が来てたらビックリさせちゃうでしょ」
「モッチーがランチ食べに来るから、俺、速攻で依頼達成してきたよ
 まだ子猫で好奇心旺盛だったの、下手すると飛び出して車に轢かれてたかも
 俺が助けてあげたようなものなんだ、偉い?」
黒谷の注意はソシオには全く届かず、ソシオはモッチーに『偉い』と褒められ頭を撫でられてご満悦だった。


「やっと登場だ」
黒谷の言葉の後にノックの音がして、大荷物を持った和泉さんと久那が事務所に入ってきた。
「遅くなっちゃったかな、ごめんごめん
 ランチデリバリーで驚かそうと思ったのに残念
 昼時だからお店が込んでてさ
 久那と手分けして色々買ってきたんだ
 いっぱいあるから、皆で食べよう」
和泉さんと久那はビニール袋を掲げてみせる。
それには牛丼屋とホカ弁のロゴが書かれていた。

『日野もいただくといいよ』と黒谷が勧めてくれたので、俺も和泉さん達と一緒に控え室に移動する。
「日野、この間はモデルありがとう
 『母の知り合い』って言っといたから、あの後、変な取材とか来なかったろ?
 最近じゃあの人も、一応は大御所扱いされてるからね」
和泉さんは悪戯っぽく笑ってウインクしてきた。
「大丈夫です、黒谷のこと記事にされるんじゃないかってちょっと心配だったけど
 だって黒谷、その辺のモデルよりよっぽど格好良いから」
俺が真面目に答えたのに、和泉さんはそれを聞いて爆笑し
「良いね、ナイス飼い主バカ!」
目尻に涙を浮かべながら、俺の背中をバンバン叩いていた。

お茶を煎れ、控え室にいた他の化生も交えて買ってきてもらった弁当を食べ始める。
「「和泉、久しぶり」」
「明戸も皆野も元気そうだね
 最近大麻生の飼い主に服を選んで貰ってるんだって?似合ってるよ
 対になるのも良いね、俺はお揃いで揃えてたからな
 ああ長瀞、ゲンちゃんの部下を暫く借りるよ
 店が忙しくなったら連絡するよう言ってあるから」
「和泉が戻ってきて、ゲンはとても嬉しそうです
 また語り明かしたいと言っておりました」
和泉さんは古い化生と親しげで、初期のしっぽやを支えていた大事なメンバーなのだと伺い知れた。

「イズミー、久しぶり!でもないのか?
 三峰様のお屋敷で、ついこの間も会ったもんな」
「空、3年前のことは『ついこの間』じゃないよ
 飼い主出来たんだって?心の広い人がいて良かったな
 まさか3バカトリオでお前が1番最初に飼ってもらえるとは」
「?俺達は三羽烏(さんばがらす)って呼ばれてたけど?
 そういや、何でカラスなんだろうな、俺達犬なのに」
首を傾げる空を後目(しりめ)に、和泉さんは俺に『やれやれ』と言った感じで首を振っていた。
確かにミイちゃんのボディーガードの3バカトリオじゃ格好が付かないから、三羽烏と呼ばれてはいたのだろう。
実際に空が一撃で人間を昏倒させた現場も見ているし、実力的にはそう呼ばれても良いくらいには強いと思う。

「ソシオはノリ弁にする?ノリの下がオカカご飯だから気に入ってただろ
 モッチーは牛丼?卵と紅ショウガもあるよ」
好きなデザイナー直々に弁当を手渡され、モッチーは恐縮しまくっていた。
「日野はけっこー食べるんだって?
 そういや、会場では皿に山盛りに料理のせてたね
 好きなだけ食べてよ、この量じゃ足りなかったかな」
かく言う俺も和泉さんの黒シリーズファンになったので、やはり緊張しながら弁当を受け取った。

和泉さんと久那はノリ弁を食べていた。
「和泉さん、ホカ弁なんて食べるんですね」
意外な気がして、思わずそう聞いてしまった。
「こーゆーのはね、誰かと食べた方がより美味しく感じるんだ
 岩月兄さんに教えてもらったようなものかな」
和泉さんはちょっと懐かしそうな顔になり
「日野やモッチーも何か美味しいものあったら教えてよ
 庶民の味的なやつね」
そう言って楽しげに笑ってみせるのだった。



ランチを食べ終わって依頼を受けていない化生がうとうとし始めると、和泉さんは少し改まった感じで膝を正し、テーブルの上に持ってきていた大きな紙袋を乗せた。
「さて、モッチーに来てもらったのはこれを渡したかったからなんだ
 ソシオを飼ってくれてありがとう
 俺なんかソシオの姿を見るのに何ヶ月もかかったんだよ
 この子は飼ってもらう以前の問題なんじゃないかと危惧してた
 杞憂だったみたいでホッとしたよ」
モッチーは驚いた顔をしている。
「え?俺にッスか?ゲン店長からは『お礼にランチ奢ってくれる』としか聞いてなかったけど」
躊躇うモッチーに
「いやいや、プチジョアとして、お礼が持ち帰り牛丼だけって事はないでしょ
 ゲンちゃんなりのサプライズ、と言うか驚くモッチーを想像して今頃ニヤニヤしてるんじゃないの?」
和泉さんもニヤニヤとした笑いを向けていた。

「俺としてもファンは大事にしときたいしね
 と言う訳で、黒シリーズ今期の新作一式詰め合わせセット
 サイズは大丈夫だと思うけど、合ってなかったら取り替えるんで教えてよ
 休日はそれ着て出かけて周りに宣伝よろしく
 モッチーの風貌なら黒シリーズ映えするし、広告塔も兼ねてたりする」
和泉さんはモッチーに向け親指を立てて見せた。
「でも、その…、シリーズ一式だとかなりの金額に」
焦るモッチーに
「ソシオへのモッチーの愛は、その金額に見合わない?」
和泉さんはズルそうな顔を向ける。
「そんなことないです、これ1万セットよりソシオのこと愛してます」
モッチーがキッパリと言い切ると、その隣に座っていたソシオが嬉しそうに抱きついていた。
それを見ている和泉さんの顔も嬉しそうだった。

「購買層広げるアイデア欲しいって下心もあるんだけどね
 この間、バイク乗りにも黒シリーズファンは多いって言ってたでしょ?
 でも基本的にバイク乗りはバイク関係に多くの金額を割くから、中々手が出せないって
 その辺、何か入り込めないかって思ってさ
 冬物のジャンパーとかブーツとか、小物やアクセサリーなんかで兼用出来そうなのあれば教えて欲しいんだ
 相談料込みでのプレゼントだったりして」
和泉さんはチロッと舌を出してみせた。
「俺で良ければ喜んで」
少年のように瞳を輝かせるモッチーと和泉さんを見比べて
「和泉って、凄い人なの?久那が言ってたこと本当だったんだね
 身贔屓(みびいき)ってやつだと思ってた」
ソシオは驚いているようだった。
「これでソシオも和泉の凄さが分かったろ?今や日本が誇るクリエイターだよ」
久那が得意げに頷くと
「うん、でも、モッチーの方が凄いけど
 優しくて格好良いし、バイクも車も乗れるし、コーヒー淹れられるもん」
対抗するように言って、ソシオはモッチーに腕を絡ませた。
「ソシオ、それが身贔屓ってやつだよ」
苦笑するモッチーに言われ、キョトンとした表情を浮かべるソシオがおかしくて皆で笑ってしまった。


「やあ、盛り上がってるね」
黒谷が控え室に入ってきて、俺の隣に座った。
「長瀞に電話番を変わってもらったんだ」
「お腹空いたでしょ、和泉さんが買ってきてくれた弁当温め直すから食べて、どれが良い?」
俺は黒谷のためにキープしておいた弁当を指し示した。
「それならノリ弁と牛丼を半分こにして食べましょうか
 和泉の好意を分かち合いましょ」
「うん」
俺は弁当を持ってレンジに向かう。
「日野、まだ食べられるの?
 パーティーの時、荒木に『日野はもの凄く食べるんで、会場の料理食べ尽くしちゃったらすいません』って謝られたっけ
 若い子に流行のギャグか何かだと思って軽く流してたよ
 ああ、それで折り詰め分が無かったのか
 折り詰め込みの量で注文しておいたの、間違いじゃなかったんだ
 良かった、あの時ちょっと忙しかったから俺がボケてヤラカしたのかと思ってた」
ホッとした様子の和泉さんを見て、流石にバツが悪くなってくる。
「すいません、珍しい物が多くて、かなり食べたかも…」
モジモジと謝ると
「いや、喜んでもらえて何よりだ
 次に日野を招待するときは倍量頼むから、遠慮しないで食べて」
和泉さんは楽しそうに笑ってくれた。

「日野は、武衆の者より食べるかもしれません
 僕も料理の作りがいがあって、レパートリーが増えました」
黒谷が皆にお茶を煎れ直しながら嬉しそうに報告する。
「ソシオもだけど、黒谷と白久にも飼い主が出来て本当に良かったよ
 瞳が生き生きしてる
 日野も荒木も良い飼い主だって、飼い犬を見れば一発でわかるさ
 良い子達が仲間になってくれた」
親しげな視線を向けられ
「俺達にとっても、和泉さんは頼れる先輩です
 和泉さんが用意しておいてくれた服、黒谷に似合ってます
 さすが、デザイナーですね」
俺はそう返す。
「和泉のセンスは最高だもの」
久那が誇らかに和泉さんに寄り添い和泉さんは頭をそっと久那の肩にもたれさせる。
その姿はとても自然で、目指すべき飼い主と化生の姿そのものに見えるのだった。
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