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しっぽや(No.174~197)

和泉さんの新店舗記念パーティー当日、俺達は月さんが運転する車で会場まで送ってもらった。
「ジョンは先に行って、君達がスムーズに着替えられるよう準備してるよ
 僕もジョンもパーティー用の服なんて持ってないから、和泉に借りることになってるんで一緒に着替えさせてもらうね
 タキシード用意してくれるらしい
 ジョンのタキシード姿、格好いいだろうな」
月さんは嬉しそうに笑っている。
着飾った飼い犬を想像するだけで顔が笑ってしまうのは、俺にもよくわかることだった。

「俺達はどんなの着るんだろうな
 あんまりベルトがきつくないと良いけど」
日野がスマホをチェックしながら聞いてきた。
一応、和泉さんがどんな服を出しているのか検索して調べていたのだ。
知らなかったのが申し訳ないくらい、多岐にわたる服がヒットした。
「モッチーが好きな服って、この辺っぽい」
日野に画像を見せてもらうと、黒を基調としたレザージャケットやスーツが紹介されている。
少しごつい感じのシルバーアクセやサングラスもあった。
「確かに、初めて会ったときのモッチー、こんなの着てたな」
俺は記憶を辿って頷いた。

俺達が着ることになるお揃いシリーズというのは、もっとファミリー向けのものだった。
父親と息子、父親と娘、母親と息子、母親と娘、兄弟、姉妹、夫婦、色んな組み合わせで楽しめるデザインばかりだ。
普段着と言うよりは、旅行先や親類の集まりに着ていくような少しシャレた感じがする物が多い。
さっきの黒服よりは安いけど、家族で揃えるとけっこうな値段になりそうだった。

お揃いシリーズの中には飼い主とペットのものもあった。
首輪やリボンがさりげなく飼い主とお揃いになっている。
モデルになっている犬達は撮影時に久那にでも言い聞かせられたのか、キラキラした誇らかな瞳をしていた。
「これ、格好いい」
日野が思わず声を上げた写真には、お揃いの浴衣を着た大型犬と男の飼い主が写っている。
黒シリーズのお揃い版のようだった。
「こんなのもあるのか、大型犬用の服って珍しいよな」
俺も調べてみたが、元が黒シリーズのせいか白久に似合いそうな色がないのが残念だった。
「和泉、以前に黒谷や新郷をイメージして浴衣作ったって言ってたけど、それのことかな
 あの2人は和装が似合うって常々言ってたからね」
月さんの言葉に
「そういえば、そんなこと言ってたね
 僕は着物の方が馴染みがあって楽だけど、今だと目立つし捜索には向いてなくて」
黒谷が相槌を打っていた。

「白久も着物の方が楽?」
「そうですね、戦中くらいまでは着物が多かったので
 でも、今は荒木と同じような装いを出来る方が嬉しいです
 自分でコーディネートというものを思いつけないのが残念ですが
 しかし荒木に選んでいただいた服をどう組み合わせれば気に入ってもらえるか、考えるのは楽しいです」
白久の答えに俺は満足する。
「今日の白久も格好良いよ、白ずくめなのにジャケットがグリーンで春っぽい」
俺が褒めると白久は瞳を輝かせた。
「黒谷も格好いいよ」
日野も負けじと飼い犬を褒めていた。

「この黒シリーズって、黒谷に似合いそう
 金貯めて買おうかな、セール品ならなんとか手が届くし
 つか、モッチーってバイクだけじゃなく着るものにもけっこう金使ってるんだな」
「それ、俺も思った」
「勉強もだけど、バイト頑張って稼ごうぜ
 HP軌道に乗れば依頼が増えるけど、一気に増えすぎても困るからSNSでの宣伝は時期を見てって感じかな」
「実際頑張ってくれるのは化生達でも、俺達も皆が仕事しやすいよう補佐するくらいは出来るもんな」
俺達の会話を聞いて
「しっぽやの未来は安泰だね」
月さんは嬉しそうに言ってくれるのだった。



ホテルに到着し駐車場に車を止めると、俺達は会場になっている部屋に向かう。
まだ開場には時間が早く、スタッフらしき人たちが準備のため慌ただしく動き回っている。
俺達は事前に貰っておいたスタッフカードを提示して中に入らせてもらった。

スタッフに指示を出していた和泉さんは直ぐに俺達に気が付いて、満面の笑みで迎えてくれた。
「モデルさん達のご到着だ
 岩月兄さん、送迎ありがとうね」
「僕にも運転手くらいはできるよ」
親しげな挨拶を交わす2人の横で、俺と日野も緊張しながら
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
と頭を下げる。
「こっちも仕事頼んでるからおあいこだよ
 モデルのバイト料として、今日着てもらった服で気に入ったのあったら1着持って帰って良いからね」
和泉さんは軽い感じで言うが、値段を知ってしまった今では戸惑うような申し出だった。
「ごちそうになるだけで十分ですよ」
慌てる俺達に
「お近づきの印も兼ねてプレゼントしたいんだ、気に入るデザインがないと言われたらそれまでだけど」
和泉さんは肩をすくめてみせた。
俺と日野は顔を見合わせ
「それじゃ、ありがたく頂いていきます」
そう元気に答えるのであった。


和泉さんを先頭に俺達は楽屋に入っていった。
そこには久那とジョンが居て服の準備をしている。
俺達以外に人は居ない。
「他のモデルさんは別の楽屋があるんですか?」
部屋を見回しながら聞くと
「今回のモデルは君達だけ、その方が気を使わなくて済むだろ?
 6人で何着か着てもらうから、ちょっと忙しなくて申し訳ないけどね」
和泉さんは舌を出した。
「6人?和泉、まさか」
「そう、岩月兄さんとジョンにも協力してもらうよ
 久那は俺の補佐で忙しいから、頻繁に着替えるの無理なんで」
和泉さんは悪戯の種明かしをしているような、やんちゃな顔で月さんを見る。
和泉さんにとって月さんは、心を許せる大事な親友なんだと思わせる笑顔だった。

「ジョンはまだしも、こんな冴えないオジサンにはモデルなんて勤まらないよ」
呆れ顔の月さんに
「モデルが着てると別世界の服だけど、一般人が着ると一気に身近に感じるもんなんだ
 お揃いシリーズは、庶民のちょっとした贅沢がコンセプトでさ
 これ着て、普段通りに過ごしてくれれば良いから」
和泉さんにウインクされ
「はいはい、それじゃあ庶民代表として頑張るよ、プチジョア君」
月さんは苦笑してジョンの元に向かっていった。

「最初の服だけ俺が選ばせて貰うけど、後は1時間に1回、適当に着替えてみて
 荒木と白久にはこれを用意してみたよ
 『親戚の結婚式にお呼ばれした親子』」
白久と親子設定の服を用意されている不満は、現物を見て吹き飛んだ。
「白いタキシード!これ着た白久、絶対格好いいじゃん!
 子供用も、いかにも子供ってデザインじゃないし」
興奮する俺に
「今回の親子お揃いシリーズ新作イメージは『ちょっと背伸びをしてみよう』だからね
 サイズは小さいけど、子供服って感じは抜いてみたんだ」
和泉さんは得意げに説明してくれた。
「日野と黒谷はこっちの『親子競演』」
服を渡された日野が
「これ、黒シリーズじゃないですか!」
驚愕の言葉を発する。
「あれ、黒シリーズ知っててくれた?
 ファン層広げようと思って、思い切って子供サイズを出してみたんだ
 これなら子供服に興味ない父親でも、子供に買おうって思うんじゃないかって下心全開でね
 子供にとっても『背伸び』にふさわしいかな、と
 実は黒シリーズって、黒谷と大麻生のイメージが大きいんだ
 だから君にも着てみて欲しかったんだよ」
そう聞かされて日野はとても嬉しそうだった。
「因みに久那のイメージはペットとお揃いシリーズの『英国紳士風』
 チェックのリードや首輪と併せられるシャツやコートがメイン
 どうにも作ってみたい物が多すぎて、種類ばかり増えていくよ」
苦笑する和泉さんに
「月さんがマルチクリエイターだって言ってたの、本当ですね」
俺と日野は笑って頷いた。


着替えた俺達をチェックして、和泉さんは移動していった。
後10分程で開場だ。
「俺、この服を貰らおっと」
日野はすかり黒シリーズのファンになったようだ。
「白久にメチャクチャ似合ってるし俺はこれが良いけど、タキシードって着る機会ないんだよな
 他のも着てみてから決めるか」
俺は用意されている服に目を向けた。

「どう?僕、変じゃない?」
黒のタキシードを着た月さんが少し不安げに話しかけてくる。
ジョンはダークブラウンのタキシードを着ていた。
「似合ってます」
「君たちも似合ってるよ」
緊張をほぐすよう会話する俺達に
「どうしよう、黒谷が格好良すぎるんだけど
 プレスも来るんだろ?これ、絶対取材されそう
 人気爆発で時の人になっちゃうかも」
日野が真面目な顔で相談してきた。
「素人モデルだから写真は控えめ、素性については書かないよう決めてもらってるから大丈夫だよ」
月さんが諭しても、日野は心配そうな顔をしていた。


開場を告げるベルが鳴り、俺達は舞台袖に移動する。
「本日のモデルは素人なので取材等は一切お断りします
 ぶっちゃけ、俺の母親『イサマ・ミドリ』先生の知り合いでして、あのオバサンの機嫌を損ねると面倒なことになるのは皆様よくご存じかと思われます
 くれぐれもお気を付を
 新作の解説は俺がしますので、どんどん質問してページを多く割いてくださいね」
和泉さんの挨拶で、開場から笑いが起こっていた。

「では、モデルの皆様方、お越しください」
その声を合図に俺達は和泉さんの側に進んでいく。
「彼らには普段通りを演じてもらいます、はい、下りて料理をいっぱい食べておいで」
和泉さんに促され、俺達は適当に散っていった。
日野を牽制した方が良いと思うものの、人が多くてその姿を探せなかった。
白久と料理を摘んでいると1時間経ち、楽屋に戻る。
すぐに新しい服に着替えて舞台から登場する、という同じ事を忙しなく繰り返すうちに、あっという間に閉会になった。


「お疲れさま、素人モデルも斬新だって珍しがられて皆に好印象を与えられたよ、本当にありがとう
 思ったより料理が残らなくて、折り詰めは作れなかったみたい
 代わりに2着持ち帰って良いよ」
「良いんですか?ありがとうございます!」
料理が残らなかった原因の日野が頬を染めて思いっきり頭を下げていた。
すっかり和泉さんのファンになったようだ。
「2着もらえるなら、あのタキシード貰っちゃおうか
 着る機会無さそうだけど、白久に凄く似合ってたから
 後は普段も着れるの選ぼう」
「はい、荒木とお揃いで」
白久は嬉しそうに笑ってくれた。


新しい仲間との初めてのイベントは、心地よい疲れと美味しい満腹感、格好いい白久を見れた満足感が満載で、忘れられない思い出になるのだった。
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