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しっぽや(No.174~197)

<side>ARAKI

新しく知り合った和泉さんと久那の出会いの物語を聞き終えた俺と日野は、思わず深く息を吐いてしまった。
「和泉って、凄いでしょ
 こんなに積極的に化生を想って関わろうとする飼い主、珍しいんじゃないかな
 ゲンちゃんも長瀞の気を引くために一生懸命だったけど
 僕なんてずっとウジウジしてて、ジョンのアピールに上手く応えてあげられなかったんだ
 ジョンみたいに格好いい人が何で親切にしてくれるのか不思議で、最初はからかわれてるんじゃないか、なんて勘ぐっちゃってたし
 和泉の積極性は今でも僕の行動の指標になってるよ」
月さんに親しげな視線を向けられ
「俺こそ、岩月兄さんみたいに落ち着きたいっていつも思ってる
 気を抜くと一人で突っ走っちゃうから」
和泉さんは照れくさそうに笑って頭をかいていた。

月さんの言っていることは、俺にも耳が痛い話だった。
『初めて会ったときとか、俺、白久のことを危ないお兄さんだと思って警戒してたもんな』
そんな俺の顔色を読んだのか
「今はジョンのこと誰よりも愛して大事にしてるって自負があるよ
 荒木君もでしょ?」
月さんはニッコリ笑って俺に話をふってくる。
「もちろんです、白久のこと愛してるし白久も俺のこと愛してます」
思わず自慢するように言ってしまったが、その場にいる人は皆好意的に笑ってくれた。


それにしても、飼い主と化生の馴れ初め話は不思議に満ちている。
そして、年輩の飼い主から聞く話の中の白久は俺にとっては新鮮な感じがするのだ。
俺と一緒にいるときの白久は、皆が言うほど寝てばかりではない。
俺のためにいつも一生懸命何かをしようとしていた。

「白久、最近は俺のためにバジルを育て始めてくれたんですよ
 サラダやピザに入れるのに使いたいって
 俺、白久の作るエビとアボカドのサラダ好きだから」
白久の弁護をしようと少し照れくさく感じながらそんなことを言ってみる。
それを聞いた和泉さんや久那はもとより、月さんとジョンまで目を丸くして口を開けていた。
「植物を育てる…白久が…」
「バジル…おしゃれ食材を白久が…」
「アボカドの剥き方わかるのか…?」
「お浸しや炒め物じゃなく、おしゃれサラダ…」
俺の言った言葉が上手く理解できないのか、呆然とした呟きしか聞こえてこなかった。
「白久のサラダ、トーストにのせても美味しいですよ
 弁当やパーティーのときとかに持ってきてくれるんです」
食べたことのある日野が感想を述べてくれる。
「そうなんだ」
第三者からの言葉で、飼い主の親ばか発言ではないと理解してもらえたようで少し複雑な気持ちになってしまった。

「飼い主が出来ると変わるもんだ、化生は奥深いな」
和泉さんは感心したように頷いていた。
「そういえばジョンも、ずいぶん料理のレパートリーが増えたよね」
月さんに褒められ、ジョンが得意げな顔になった。
「久那はどうなんだ?前はそんなに自炊してなかったろ」
ジョンに聞かれ
「俺は和泉と一緒に色んな店に食べに行ったからね、どこの何が美味しいか把握してるから自分ではそんなに作らないよ
 せっかくこっちに戻ってきたんだ、久しぶりにあそこの焼き肉屋にでも行こうか
 ゲンご贔屓の料亭も良いね、まだ春の山菜料理楽しめるんじゃない?」
久那がウキウキと和泉さんに声をかけている。
「プチジョアめー」
ジョンが大げさに顔をしかめてみせると
「ホカ弁の新商品もちゃんとチェックして流行を追ってるもんね」
久那は得意げに答えていた。

「君達の話も聞いて良い?」
和泉さんが微笑みながら話を向けてきた。
「あ、はい、もちろんです」
俺と日野は一瞬視線を交わし合った。
軽く頷いた日野に促されるかたちで、俺から話し始めることにした。

「俺も和泉さんと同じで、しっぽやに猫の捜索依頼をしたのが白久との出会いでした」
思い出話を語ると、当時は分からなかった白久の不思議な挙動の意味を今なら理解できた。
あんなにも一生懸命、犬が猫の捜索をしてくれていたのだと思うと、その一途ないじらしさが愛おしかった。


話を聞き終わった和泉さんが
「そうか、白久は皆で居るときも何かを待っている風な、心ここにあらず的な態度を見せる時があったけど、ずっと飼い主を待っていたんだね
 てっきり、眠気がきてボーッとしてるのかと思ってたよ」
「ごめん、僕もちょっとそう思ってた」
年輩者の言葉に
「お気になさらずに…」
俺はそう答えるしかなかった。
「白久に飼い主が出来て本当に良かった
 一人が長かったからから、皆、心配してたんだ」
久那が俺を見て優しく微笑んだ。
白久を飼い始めてからすぐにゲンさんやミイちゃんが俺のことを見に来たのは『年若い飼い主』というだけではなかったのかもしれない。
白久が皆に好かれ心配されていたからだ、と言うことに気が付いて胸の内が温かくなるのだった。


「日野と黒谷はどうだったの?黒谷にとって化生してから2番目の飼い主だって聞いたけど」
和泉さんに話をふられ、日野はあの事件の当たり障りのないことだけを伝えていた。
「黒谷はよく言ってるんです『僕は2度も飼い主に直ぐに受け入れてもらえた幸せ者、皆のように正体を知られる恐怖と過去ごと受け入れて欲しい慕わしさに葛藤せず済んだのは僥倖だ』って
 確かにそうかもしれない
 でも、化生してから再び得た飼い主を亡くし、それでもなお生きていかなければならなかったことは俺には幸運だとは思えません
 飼い主が生まれ変わる、そんな雲を掴むような約束を信じて… 
 地獄のような、果てない孤独の日々だったと思います
 そんな時代の黒谷を支えてくれた化生やその飼い主達には、感謝しかありません
 和泉さんも月さんも久那もジョンも、本当にありがとうございます」
日野は話の締めくくりに、改めて皆に頭を下げていた。


「黒谷は皆のリーダーとして、いつも余裕のある感じで朗らかに振る舞ってた
 日本犬なのに陽気な犬だなって思っていたよ
 凄いね、彼は」
和泉さんは感心した顔で頷いていた。
「黒谷は、これからうんと幸せになるね」
月さんに言われ
「俺がちゃんと幸せにします」
日野は誇らかに宣言してみせていた。

「白久と黒谷の飼い主が、君達みたいに良い子でよかった
 久那やジョンなんかより古い化生だからね
 大麻生も1人が長かったから、飼い主に会うのが楽しみだよ
 あの生真面目な大麻生の飼い主だから、桜ちゃんみたいな人かな」
楽しげに思考を巡らせている和泉さんにウラのことをどう伝えればいいものかと、日野と視線を交わし微妙な顔になってしまった。
「あー、ウラって言う、ど派手なチャラ男が飼い主で…」
言いにくそうに口を開いた日野の言葉に被せるよう
「えっと、そう、陽気で人懐っこい人です
 双子の服を対で揃えたのもウラで、大麻生の服もカジュアルなのが多くなりました」
俺は当たり障り無い感じで説明する。
「クローゼットの服を見た限りだと、中々良いセンスしてるね
 会うのが楽しみだ
 俺のブランド知っててくれると嬉しいな」
和泉さんの言葉は、彼のブランドを知らなかった俺と日野には少し耳に痛かった。


「こっちに店舗出す記念に、今度の日曜にホテルでパーティー開くんだ
 そんなに大がかりなもんじゃなく、こっちの知り合いや関係者が多い、内輪の集まりみたいなもの
 宣伝も兼ねてるからプレスも来るけど、書いてもらうことはもう決まってる出来レースだよ
 今日は岩月兄さんとジョンに招待状渡したくて来てもらったんだ
 でさ、今思いついたんだけど、荒木と日野も来てくれないかな
 お揃いシリーズ新作のモデルになって欲しいんだ」
和泉さんは伺うような瞳で俺達を見つめてきた。
「え?いや、モデルとか無理ですよ
 キレイに歩いたりとか出来ませんって」
俺は慌てて手を振って否定の意を表した。
「俺だって無理無理、特別な歩き方とかあるんですよね
 キレイってだけで良いんなら、ウラの方が向いてるよ
 黙って立ってりゃ見栄えするから」
日野も思いっきり否定していた。

「その、ウラって人も君達みたいに背が低くて童顔?」
和泉さんに聞かれ、俺も日野も黙り込んでしまう。
「お揃いシリーズの子供用を着て欲しいんだよね
 高学年くらいのモデルって、良い子がなかなか捕まらないんだ
 あっという間に大きくなっちゃって、イメージに合わなくなるのが早いから
 今回良い子が見つからなくて、どうしようかと思ってたんだよ
 ウォーキングとかはしなくて大丈夫
 普段通りに過ごすナチュラル感を見せて欲しいんだ
 最初だけ皆の前で紹介するから、後は好きに飲み食いしてて良いよ」
和泉さんの言葉で日野の目が光った。

「食べ放題ですか?」
「ラフな感じの立食パーティーだけどホテルだから料理は一流、和洋折衷色々頼んであるから楽しめるんじゃない?
 あ、でも、君達は未成年だからお酒は飲まないでね
 スキャンダルで話題作りをしたくないからさ」
和泉さんは釘を刺してくるが、そんなことは問題ではなかった。
「ホテルの料理を好きなだけ食べられる?」
「うん、残ったら折り詰めにしてもらえるからお土産にどうぞ」
日野と和泉さんのやりとりを聞きながら
『残るとか、あり得ない…』
俺は呆然と考えていた。

「行こう荒木、先輩飼い主さんの頼みだ
 服を着るだけでホテルの料理を好きなだけ食べられるなんて、凄いぜ」
料理を前に興奮する日野の手綱を握れる自信はなかったが、知ってしまったからには野放しにすることも出来ず
「じゃあ、参加させてもらいます」
俺は気弱な感じで参加表明をした。
「ありがとう、せっかくのお揃いシリーズだ
 白久と黒谷にも参加してもらって、俺達だけが分かる飼い主と飼い犬コーデにしてみるか
 ちょっと黒谷に相談してくるね」
和泉さんは久那を伴いウキウキと控え室から出ていった。


こうして俺は、よくわからないうちに『モデル』をする事になるのだった。
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