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しっぽや(No.174~197)

和泉の両親はあまりマンションに居ないし部屋は余っていたので、俺達はすぐに一緒に住むようになる。
しっぽやに出勤するには少し遠くなったが、黒谷の計らいで週に3、4日出勤すれば良いだけなので特に負担にはならなかった。
和泉には『久那、捜索の才能あるのに』と残念がられたが、俺はモデルとして飼い主の役に立てることを望むようになっていた。


大学卒業後の和泉は、当初の宣言通り自分のブランドを立ち上げた。
軌道に乗るまでには多少の時間はかかったが、和泉の母親の店や父親が出資している店に早い段階で服を置くことは出来ていた。
「俺は七光りを利用してるから、他の奴より楽してるよ」
和泉はそう言って笑っていたが、心血を注いでデザインしているのを俺は知っている。
デザインが決まってからも見本を何度も作り直し、着心地や扱い安さを追求していた。
和泉のこの頑張りと拘(こだわ)りは、新たな飼い主との接触に刺激を受けたからだと言っていた。




俺よりも長く飼い主が居なかった長瀞に、飼い主が出来たのだ。
「不動産会社の御曹司だってさ、俺と同じでボンボンだ
 身持ちが堅い感じの長瀞の飼い主としてどうなんだろね
 化生の飼い主足り得るか、ここは岩月兄さんみたいに俺が品定めする番だな」
そう言って和泉は『大野 原』なる人物と会うことになる。
化生の飼い主ならば問題はないだろうと思うものの、心配で同行を求めたが『化生抜きで飼い主同士として話してみたい』と言われ、対面の日は和泉が戻るまでヤキモキしながら待っていた。


帰ってきた和泉は開口一番
「ゲンって、すげー奴だ!」
興奮して言い放った。
「ボンボンなんてとんでもない、苦労人で周りに気遣い出来て、何より長瀞を愛してる
 そして皆のことを考えてる
 あいつ化生のための居場所を作る気だ
 俺は不動産の事まで考えたこと無かったよ
 いくら俺でもそこまでの出資は出来ないからね、流石に桁が違う
 でもゲンの計画が成功すれば拠点が出来て、皆もっと暮らしやすくなる
 まだ学生なのに目の付け所が違うわ、遙か先を見通してるよ」
頬を紅潮させて夢中でしゃべる和泉を見て、俺はホッとした。
「良い人みたいだった?」
和泉を抱きしめてそう問うと
「凄い仲間が出来た」
満足げな答えが返ってきた。

「化生の元締めみたいな人が居るんだって?」
唐突に和泉に聞かれて、俺はぎくりとする。
三峰様のことは飼い主といえど、あまり人に漏らす事ではなかったからだ。
「あ…うん、秩父先生の助言の他、三峰様が出資してくれたからしっぽやの事務所が出来たんだ
 今まで言わなくてごめん」
少しバツの悪い思いで答えたが
「良いんだよ、富ある者が姿を隠すのは当然だ
 うちみたいなプチジョアは顔を売ってなんぼだけど
 ゲンもなんぼの口」
和泉は気にした風もなくクスクス笑っている。
「ご挨拶はしたいけど、今、接触を図るのは得策じゃない
 変に警戒されたらゲンの計画が元も子もなくなるからね
 計画が成功したら会わせてもらいたいな
 その時は久那、その三峰様とやらに橋渡ししてくれる?
 山の中にお屋敷があるって聞いたよ
 いつくらいの建築物だろうって、見てみたくてさ
 飼い主は金持ちなので、財産目当てじゃありませんってちゃんと伝えてね」
「和泉の頼みなら頑張る」
俺は覚悟を持って答えた。

「久那、心拍数が上がってる
 三峰様って、そんなに怖い人なの」
和泉が俺の胸に耳を押しつけ少し心配そうに聞いてきた。
「怖いと言うより強い方で、大型犬も楽々吹っ飛ばせるんだ
 むやみやたらと暴力振るう訳じゃないよ、護衛に入ったハスキーの化生達がちょっと難ありでさ」
「ハスキー、流行ったね、生き物を流行にするのどうかと思ってたけど、化生するほど大事にされてた犬もいたのか
 久那と出会えなければ、きっと俺も命を流行として取り扱ってた
 俺達を見ていたせいか、うちの母親の意識も変わってきたよ
 昔のままだったら、ペットショップで小型犬を買いまくってたかもね
 あの夢見がちなオバサンが、今では保護犬の活動やってんだもんな
 自分の店で毛皮の取り扱いも一切やめたんだ
 今はフェイクファーでも良いのがあるから、それで十分だって
 父親もフェアトレードやレインフォレスト、エコロジーな事に関心持ち始めたし
 2人とも久那やしっぽやを知って、思うところがあったらしい
 人と動物が共に生きるということを真剣に考え始めてる
 良い変化だと思うよ」
腕の中の飼い主の言葉は大仰で少しくすぐったく、俺の気持ちは落ち着いていった。

「俺は何もしてないよ」
「君たちは人とペットとの間を取り持っているだろう?
 意義のあることだ」
飼い主に褒められて、心の内に幸せが満ちてゆく。
「本当はしっぽや業務に専念して欲しいけど、モデルとして側にいて欲しい
 久那の能力を生かせない、我が儘な飼い主でごめんね」
「和泉が我が儘なんじゃない、飼い主の側から離れたくない俺が我が儘なんだよ」
俺達は顔を見合わせて笑い、唇を合わせた。

「じゃあ、久那を独り占めする我が儘な時間を堪能しようかな」
「飼い主を独り占めできる我が儘な時間は大歓迎だよ」
その後、俺達はいつものように最高に我が儘な時間を満喫するのであった。




長瀞の飼い主のゲンは三峰様に気に入られ、無事に出資してもらえることになった。
化生の生活の拠点となる高層マンション建設計画は、順調に進んでいた。
和泉の方も順調に名を上げてゆき、ついに大きな店舗を持つことに決まったのだ。
そのお祝いに、と、ゲンと岩月が宴席を設けてくれることになった。
込み入った話もしやすいだろうと言う理由で、ゲンが三峰様と対面する際に利用した料亭を手配してくれた。



「では、新進気鋭のデザイナーの前途を祝して、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
ビールが入ったグラスを触れ合わせ、俺たちは乾杯する。
「新進ってのは言い過ぎだって、初めての服が店舗に並んでからそれなりに経ってるし
 色々やってみたくてモタモタしてるうちに、後輩に追い抜かされたりもしてるからなー」
和泉は苦笑して見せた。
「でも、今度の店舗は規模が違うんだろ?
 場所だって一等地だし」
「まあね、親父のコネが無い場所での独り立ちだから緊張はしてる
 久那が居てくれるから、心強くはあるけど」
和泉は隣に座っている俺に身を寄せてきた。
俺はその肩を優しく抱いて髪に口付け
「和泉のためなら、何だってするよ」
そう誇らかに宣言する。
「久那はずいぶんモデル業が身についてきたよね
 動作が優雅で洗練されてきてる」
岩月が言うと
「俺だって、新しい機械の操作すぐ覚えたよ」
ジョンが対抗するように俺を見た。
「そうだね、僕もジョンが居てくれるから心強いな」
飼い主の言葉ですぐにジョンの表情がゆるんでいった。

「ナガトも料理の腕がプロ並みなんだ、小料理屋でも開いたら大繁盛間違いなし!
 変な客に言い寄られたら困るから、用心棒に波久礼でも雇ってやるか」
「ミイちゃん雇った方が頼りになるんじゃない?
 この前行ったとき、ハスキーが吹っ飛ばされてるの見たよ
 キレイにすっ飛んでったなー、あのバブリーハスキー懲りない奴だ
 ソシオも慣れたもんで、スッと軌道上から避けてたな」
「三峰様ってお会いしたこと無いけど、凄そうな方だね」
楽しそうに盛り上がる飼い主たちを見て、俺たち化生も楽しい気分になっていった。

「でも、新しいマンションで暮らせないのは、ちょっと残念かな
 ゲンの働きの完成を見ずに行かなきゃならないから」
和泉の言葉で場が静まった。
「やだな、そんな顔しないでよ、今生の別れじゃないんだからさ
 落ち着いたら顔出しに来るってば」
慌てる和泉に
「寂しくなるね」
岩月がポツリと呟いた。
「もう、岩月兄さん、オーバーなんだから
 軌道に乗るまでは、店の近くに住んでた方が何かと便利だからさ
 こっちに支店持てるようになったら戻ってくるよ
 支店というか、俺としてはこっちに本店を構えたいし
 土地建物をゲンに管理してもらえば安心だからね」
「ちょ、ブランドショップの管理なんて荷が重そうなんスけど」
おどけたゲンの言葉で場の雰囲気が和やかなものに戻っていった。

「和泉がいない間は、僕とゲンちゃんがしっぽやを守っていくよ
 ゲンちゃんの友達も飼い主になってメンバー増えたもんね
 彼、会計士になったんでしょ?
 しっぽやの会計管理ばっちりじゃない
 あ、和泉が揃えてくれた服のメンテナンスは、僕とジョンがばっちりやっとくよ」
岩月の言葉の後に
「長瀞、気を付けて捜索してくれよな」
ジョンがじっとりとした視線を長瀞に向ける。
「和泉が選んだ服、あんまり汚さないでね」
俺もジョンに助勢するが
「善処します」
長瀞は猫らしいそっけなさを発揮して、平然とビールを飲んでいた。
「引っ越した後も良さそうな服を送るつもりなんで、岩月兄さん、管理よろしくお願いします
 白は多めに見繕っとくから、長瀞も白久も心おきなく捜索してよ」
「ナガトはまだしも、白久にはパジャマも送った方が良いんじゃないか?」
ゲンの言葉でまた場が盛り上がった。



化生してから初めて、仲間が居ない場所で暮らすことになる俺は今回の引っ越しに不安を感じていないわけではない。
しかし和泉と一緒にいられる喜びは、その不安を遙かに凌駕するものだ。
飼い主と共にありその助けになること、それは過去に出来なかったことをやり直せるチャンスだ。
その幸運を逃すつもりは無かった。
大きな期待と少しの不安を胸に、俺と和泉はこの街を後にしたのであった。




和泉があらかた俺たちの過去を語り終えると、若い飼い主達から感嘆のため息がもれた。
「黒谷から聞いてたけど、白久って本当に寝てばっかだったのな」
「昔から猫に大人気だったの、猫のために布団をやってあげてるんだよ
 ほんと優しいよね、白久は」
感嘆…ではなかったようだが、彼らが俺と和泉に向ける視線には当初よりも親愛がこもっていた。

「これからよろしくお願いします、先輩」
荒木と日野に改めて挨拶され、和泉の顔に優しい微笑みが浮かぶ。
「久那共々よろしくな、ちびっこ飼い主さん達
 俺より背が低い飼い主仲間が出来るとは思わなかった
 人生、何が起こるか分からなくて楽しいな、久那」
「俺は飼い主の側にいられていつも楽しいよ、和泉」
飼い主の晴れやかな笑顔に最高の幸せを感じ、俺はそう答えるのであった。
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