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しっぽや(No.174~197)

side<KUNA>

久しぶりに顔を出した懐かしのしっぽやで、新たに飼い主になった人間達を相手に、飼い主である和泉が俺との出会い話を語っていた。
古い知り合いの黒谷と白久の飼い主達。
初めて会ったときの和泉より若く外見も幼いが、どう見ても今の和泉の方が可愛らしい。
『こーゆー感情、親ばかって言うんだって教えてもらったっけ
 でも彼らより和泉の方がキレイで可愛いって、客観的事実ってやつだと思うんだけどな』
話し続ける和泉に見とれながら、飼い主が語る過去に思いを馳せていた。



初めて会った彼に魅せられた俺は、気を引きたくて捜索を頑張った。
『モデル』なるものを頼まれたときも何をすれば良いのかサッパリ分からなかったが、和泉が望むよう振る舞うことを常に心掛けた。
人間の暮らしの真似事しか出来ない俺には、和泉の日常生活はわからないことの連続だった。
和泉の真似をして何とか乗り切っていたが、呆れられているんじゃないかと内心ではいつもビクビクしていたのだ。
でも和泉は俺のことを『好き』とか『付き合って欲しい』と言ってくれた。
体を重ね和泉と深く繋がれば繋がるほど、俺は彼と離れられなくなっていった。
どうすれば『付き合っている』という関係から『飼ってもらう』という関係になれるのか、飼い主がいる者の話をもっと真面目に聞いておけば良かったと後悔する日々が続いていた。



そんな俺達の関係に転機が訪れた。
それをもたらしてくれたのは、ジョンの飼い主の岩月だった。
和泉と岩月は一緒に買い物に出かけ、何か話し合ったようだ。
しっぽや事務所に服を届けに来てくれた和泉が、俺の過去を知りたいと言い出したのだ。
心の準備が整っていなかった俺は激しく躊躇するものの、『久那は特別』『何を聞かされても大丈夫』そんな真剣な和泉の言葉にやっと心を決める事が出来た。


言葉ではとても自分のことを説明できない。
和泉に理解してもらえる程の話術や知識がない俺には、記憶の転写をすることしか出来なかった。

あのお方との思い出の旅から戻ると、和泉は俺を『愛犬』と呼び『ずっと一緒に居て欲しい』と言ってくれた。
俺を恐れたり忌まわしいものだと思ったりしていない和泉に、心からの忠誠と愛を感じた。
飼い主としっかり抱き合いながら、俺は初めて化生して良かったと思ったのだ。


「コリーか…英国原産だったっけ
 シープドッグを勤められるほど賢くてタフな中に、英国紳士的な気品があふれてる
 イギリスって伝統あるのにロックやパンクも盛んな国だよな
 相反するイメージ、久那は本当に想像力をかき立てられる存在だよ
 こっちのイマジネーションセンスが問われるね」
和泉は俺の顔をマジマジと見つめ、優しく頬を撫でてくれる。
「俺のこと、怖くない?」
和泉がそう思っていないことは一目瞭然だったが、言葉で確認したくて思わずそう問いかけてしまう。

「うーん…、怖い、かな」
予想していなかった答えを聞いて、急激に心の不安が増していく。
「俺は久那に選ばれるに足る存在なのか、久那の誠意に答えられるのか、久那を幸せに出来るのか
 久那に幻滅されないよう振る舞うにはどうしたらいいか、久那は俺の愛を試す存在なんだ
 飼い主の資格を失い、去られてしまうのが恐ろしい」
「そんな、俺はいつだって和泉を愛してるし和泉が居てくれれば幸せだよ」
俺は慌てて言い募る。
「俺は、もっともっと久那を幸せにしたいんだ
 今のままでも幸せだけど、そこで停滞してちゃダメ
 どうせなら上を目指そう、久那には誰よりも幸せになって欲しいから
 これって、俺の我が儘?自己満足すぎる?」
伺うような和泉の視線に、俺は頭を振った。
「俺は自分よりも飼い主、和泉に幸せになってもらいたい
 そのためなら、俺は何だってやるよ」
「久那が幸せになる方が先」
「和泉が幸せになる方が先だよ」
「今まで不幸だった分久那が幸せにならなきゃダメ、俺は久那を飼えるから幸せなの」
「俺は和泉に飼ってもらえるから十分幸せ、和泉が幸せじゃないと俺も幸せじゃないよ」
暫く俺達は2人で押し問答を繰り広げていた。

やがて、どちらともなく笑いあってしまう。
「俺達って、そうとう幸せじゃない?」
「本当だ、俺、今はしっぽやの誰よりも幸せだ」
俺達は唇を重ね、互いへの愛を伝えあった。
「そうか、しっぽやの皆も久那と同じなんだね」
「うん、俺達『化生』って言うんだ
 再び人に飼われる日を夢見て人に化けて生きていく、そんな犬や猫がしっぽやの仲間だよ」
軽く重ねていた唇が、もっと激しい刺激を求めてお互いをむさぼりあい始めた。
「明日は、しっぽやを休みにしてもらったよね
 このまま一晩中しちゃおっか」
「和泉に幸せになってもらうために何度だって頑張る」
俺達は和泉の部屋のベッドに移動して、幸せな時を分かち合った。


和泉は俺の過去を知っても変わらずに愛してくれた。
いや『変わらずに』ではない。
以前より、もっと愛してくれるようになったのだ。




和泉が正式に俺の飼い主になってくれた後、改めてしっぽやに挨拶に来てくれた。
「ありがとう、和泉が久那の飼い主になってくれて嬉しいよ」
黒谷の言葉に
「こちらこそ、ステキな犬を飼えて嬉しいよ」
和泉は俺の腕に抱きつきながら、幸せそうに答えていた。
「でさ、久那は俺が居るから幸せだけど、しっぽやの他の犬猫達にも幸せになって欲しいんだよね
 まあ、飼い主が出来るのが1番の幸せなんだろうけど、それは叶えてあげられない
 これは本人達にどうにかしてもらわないとダメだからさ
 それでも俺に出来る事って何かないか考えたんだ
 岩月兄さんみたく実質的役に立つとなると、俺には衣装補充が良いかなって思いついた
 皆の服、また買ってきて良い?」
和泉の問いかけに
「僕達はその辺よく分からないからありがたいけど、和泉の負担にならないかい?
 君には久那を幸せにしてもらうだけで十分だよ」
黒谷はよく分からない、と言った感じで首をひねっていた。

「大丈夫、うち、金持ちだから
 久那以外にもモデルになってもらえれば俺のセンスに幅が出るし、こっちもありがたいよ
 それで、秩父先生に揃えてもらった服を暫く預からせてもらいたいんだ
 今までやったことない事にチャレンジしたいから
 皆は服のデザインには思い入れがないんだよね、なら、あれ全部リメイクしてみるよ
 服として、秩父先生の思いはこの事務所に残り続ける
 秩父先生がやり残したであろう事を俺が引き継いで、この事務所の運営を助けたいんだ
 俺じゃまだ力不足な面が多いけど、先行投資だと思って色々やらせてもらえるとありがたいです
 もう、前みたいに独りよがりな提案はしないよう気をつけるから」
和泉は頭を下げて頼み込んでいる。
しっぽやのこと、秩父先生のこと、岩月とジョンのこと、俺は知っていることの全てを和泉に話していた。
これは俺の話を聞いた上で、和泉が考えた事であった。

「久那はそれで良いの?」
黒谷に問われ
「俺は和泉のやりたいことを手伝いたいから、何の異論もないよ
 むしろ和泉がしっぽやのために何かしたい、って思ってくれることが嬉しい
 和泉って、本当に最高の飼い主でしょ」
俺は誇らかにそう答えた。
黒谷は少し逡巡しているようだったが
「秩父先生がお亡くなりになって、確かに僕達は人との接点を1つ失ってしまった
 秩父先生が遺してくださったことは計り知れないほど大きいけれど、僕達は今後も人と共に歩んでいきたい
 岩月やカズ先生、僕達を好意的に受け入れてくれる人の助けはとてもありがたいよ
 今は昔と違って人に紛れて暮らすには、多くの情報が必要だと思っているからね
 和泉、久那ともども、これからよろしくお願いします」
そう言うと和泉に対して頭を下げた。

「良かった」
緊張していた和泉の雰囲気が、柔らかいものに変わっていく。
和泉の化生に対する優しい思いは誇らしくもあり、少し嫉妬してしまうものでもあった。
「久那の幸せの次に、皆の幸せを考えるからね」
和泉は俺の髪を優しく撫でて、その少しの嫉妬心を吹き飛ばしてくれた。
「俺も真っ先に和泉の幸せを考える
 皆の幸せは…今日の和泉との夕飯メニューが決まったら考えるよ」
俺が舌を出すと
「新しい美味しい味の情報は、年中無休で募集中だよ
 チーズ蒸しパンを越えるもの教えてよね」
黒谷は朗らかに笑って見せるのだった。



その後、秩父先生が用立ててくれた服を和泉が仕立て直してくれた。
『体型が違うのに着回すのは無理がある』と言って、1人1着専用に直してくれたのだ。
皆、デザイン的な事はわかっていなかったが、動きやすくなったと好評を博していた。
秩父先生の思い出が詰まった服達は、しっぽや控え室のクローゼットの中で新たな輝きを放つ存在に生まれ変わったのだ。

仕事着として勤務中に着る服からアパートに帰ってから着る服まで、和泉は少しずつ揃えてくれた。
頻繁に買い換えるわけではないので流行は追わず、それでいてその化生に合った物、手入れが楽に出来る素材で作られた物を選んでいく。
和泉以外にそんな事を出来る人間はいなかったろう。
和泉は自慢の飼い主で、彼に飼ってもらえた幸福を俺はいつも感じていた。



卒業制作で和泉が俺に作ってくれた服は、最高の物だった。
モデルが着て展示しないと意味がないと和泉が頼み込み、俺は彼と一緒に学校に行く日々を過ごした。
その数日間の人間の反応が、懐かしい感覚を呼び覚ましてくれた。
犬だったとき、散歩先で珍しがられ褒めそやされた誇らしさ。
俺が他人に褒められたときの、あのお方の嬉しそうにハニカんだ顔。
俺があのお方の側にいることが役に立っているんだという充実感。
学校での俺は、モデルとして確実に和泉の役に立っていた。
皆が和泉の感性を褒め、俺の一挙手一投足に注目して賛辞を送ってくれる。

俺は不特定多数の人に注目される『モデル』に、すっかりハマってしまった。
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