しっぽや(No.174~197)
「黒谷、白久、新郷そしてジョンは、元々は僕の祖父と親交があったんだ
えっと、彼らの父親…(だとそろそろ時代が合わないか)
そう、彼らの祖父が僕の祖父に戦後の一時期、面倒をみてもらったらしくて、その事をすごく恩義に感じてるんだ
彼らの祖父は戦災孤児だったけど、戦後のどさくさで何とか生活できていたみたい
僕の祖父も長く家に帰ってこなかったし、大変な時代だったんだよね
秩父先生もそのときからのお付き合いがあって、祖父の死後に先生の家に行ったときに彼らと知り合ったんだ
そんな背景があったから、皆、少し特殊な育ち方をしててね
両親も居ないし学校にも行ってない、仲間同士で助け合いながら飼いぬ…、居場所を確保しようと必死で生きてたんだ」
岩月の瞳に彼らに対する労りと哀れみのような光が浮かぶ。
「初めて皆に会ったときはあまりに格好良かったから、役者さんの卵かと思ったよ
ジョンとの出会いは衝撃的だったな、彼は会った瞬間から僕のことを真っ直ぐに見てくれたから」
岩月の説明はところどころ要領を得ない所もあったが、俺は黙って聞いていた。
「最初は、何でジョンみたいに格好いい人が僕のことを気に入ってくれたかわからなかった
僕、今よりもっと根暗で、人付き合いとか本当に苦手だったから
これでもね、ジョンと一緒にいるようになってから対人関係良くなった方なんだ」
岩月は少し自虐的な感じで笑って見せた。
「彼が僕に向けてくれる真っ直ぐな気持ちに、僕も応えたくなった
からかわれているんじゃない、真剣に想われてるんだって気が付いてから、いや、もしかして出会ったときから僕も彼のことが好きだったのかも
彼の全てを知ったとき、それでも彼と共にありたいと思ったよ」
『彼の全てを知ったとき』
その言葉は久那のことを何も知らない俺の胸に、深々と突き刺さった。
ジョンのこと、しっぽやのことを深く知っている岩月に、嫉妬を越えた増悪のような感情が芽生えていた。
訳知り顔の岩月が羨ましすぎて憎かった。
「俺だと彼らに釣り合わない?世界が違うとか思われてる?
久那がしてきた苦労、俺にはわからないって思われてる?」
俺は理不尽な怒りを岩月に向けていた。
「何で岩月は受け入れられて、俺は何も教えてもらえないの
祖父が知り合いだったってズルいじゃん、そんなの太刀打ちできないよ
だってうちの家族は誰も彼らの知り合いじゃないし」
しっぽやで失態続きだった自分を思いだし、惨めな気持ちになっていく。
「親は苦労して今の地位を築いたけど、俺は苦労もせずにその恩恵だけを授かってる
しょうがないじゃん、俺、お坊ちゃまだもん
だから久那は自分のこと、しっぽやのことを教えてくれないの?
ヌクヌク育ったガキには、どうせ分からないって」
いったん口に出してしまうと、不安が津波のように押し寄せてきた。
「うんと子供の頃は普通の家と変わんない暮らしだったけど、もうそんなの覚えてないよ
気が付いたら両親の取り巻きにチヤホヤされて、何でも買ってもらえて、甘やかされる生活だったんだから
でも、うちより裕福な家なんて、掃いて捨てるほどあるんだ
政治家や財閥のパーティーなんか行ってみろ、桁が違う話ばっかりで所詮うちなんて成り上がりのプチジョア扱い
親の付き合いでお供しなきゃいけないときなんか、針のムシロだよ
財閥の御曹司や政治家の二世なんて、他人を見下す事を何とも思っちゃいない
自分にとって特にならない奴は、対等な存在、つまり人間だとすら思ってないんだ
だから俺だって、俺の話に戸惑ってる奴らの気持ちはわかってるつもりなんだよ」
すでに岩月に向けている怒りはしっぽやのことをではなくなっていた。
今までの自分の人生に対する理不尽な怒りや愚痴をぶつけていた。
「岩月は俺の家みたいに裕福じゃないしコネもない、凄い美形でも話術が巧みでもない
俺の方が彼らの外見に釣り合ってるし、融資だってしてあげられる
なのに、何で俺は頼ってもらえないんだ」
口にしてはいけない思いを吐き出すことを、俺は止められなかった。
自分が情けなくて涙が出てくる。
「最近久那は何か言いたげな顔で俺を見てるのに、けっしてそれを教えてはくれない
ジョンは岩月のこと信頼しきった目で見てるし、しっぽやの皆だって岩月のこと頼ってる
どうして俺より岩月の方が受け入れてもらえてるんだよ
どうして俺じゃダメなんだよ…」
自分の発言が全てを壊してしまったことを感じていた。
もう俺は久那にもしっぽやにも岩月にも、受け入れてはもらえないだろう。
我が儘で迷惑で選民的な、今まで俺が蔑んできた金持ち達と同じ人種だと思われているはずだ。
涙でかすむ瞳で岩月を見ると、彼は微笑んで俺を見ていた。
勝ち誇った笑みでも、哀れみのこもった笑みでもない。
それは家族に向けるような、温かな親愛に満ちた優しい微笑みであった。
「和泉は凄いね、本当に久那のことが好きなんだ
今までこんなに積極的に彼らに好意を向けて、関わりたいと思った人っているのかな
和泉を見てたら、最初の時の自分のジョンに対する態度とか、申し訳なくなってきたよ」
失礼なことをまくし立てた俺に対し、岩月はハニカんだ笑顔を見せた。
「和泉が辛くて不安なように、久那も辛くて不安なんだ
今の和泉の真摯(しんし)な気持ち、久那が知ったらとても喜ぶと思う
僕も、ちょっと感動しちゃった」
岩月の言葉は、俺には全く意図が読みとれないものだった。
「いや、ここは、怒るとか呆れるとかするところでしょ」
毒気を抜かれる俺に
「ああ、お金持ちはお金持ちで大変なんだね
僕には向いてなさそう」
彼は気弱そうに笑って肩をすくめて見せた。
「僕も和泉を見習って、もっとはっきり自分の言いたいこと言わなきゃって勉強になったよ
ありがとうね、少しずつでも頑張ってみる」
「岩月って、変な人…」
驚きのあまり俺はまた失礼なことを口走っていた。
「長年、根暗だったし変わり者なのは認めるよ」
岩月は俺に対して初めて自然な感じで笑いかけてくれた。
「改めてよろしく、和泉
君が久那を受け入れてくれれば、僕達、もっと仲良くなれると思うな
秩父先生と親鼻が居なくなって皆の心に空いた穴を、和泉と久那が埋めてくれると嬉しいよ」
「親鼻…?」
「親鼻も古い仲間だった、でも、秩父先生と共に還ってしまった
いつか久那が全てを話してくれるよ
それは、遠くない未来だと思う
しっぽやの皆については、僕より久那から話を聞いた方が良い」
先ほどのような岩月の訳知り発言だったけど、俺は素直に頷くことが出来ていた。
「和泉、これから時間ある?
善は急げ、良かったら今日にでも久那の話を聞いてあげて
久那の方に話す覚悟があるかどうか心配だけど、久那もずっと不安を感じていたはずなんだ
彼の過去についてどんなことを打ち明けられても変わらずに愛する、って伝えれば打ち明けてくれるんじゃないかな」
性急な岩月の言葉に俺は少し尻込みしてしまう。
「久那、俺に話してくれるかな
俺になんか話すの無駄だって思わないかな」
俯く俺に
「久那が和泉にかける時間を『無駄』だなんて思う訳ない
真実を知った和泉に怖がられることには恐怖するだろうけど」
岩月は根気強く話しかけてくれた。
「俺、何を聞かされても久那のこと怖がったりしないよ」
俺はきっぱりと断言した。
もし久那やしっぽやの皆が貧しさのあまり犯罪行為に手を染めたことがあったとしても、受け入れる覚悟は出来ていた。
「しっぽやに服を届けに行ったとき久那が控え室にいたら、和泉の覚悟を話してあげて
久那が和泉の家に行くなら、明日は仕事を休みにしてもらおうか
忙しかったらジョンに手伝いに行かせるし、黒谷は喜んで休ませると思うよ」
悪戯っぽく笑う彼に
「しっぽやのシフト、岩月が勝手に決めちゃって良いの?
久那が怒られるのイヤだよ?」
俺も笑って聞いてみる。
「黒谷なら出会いの喜びを知っているから大丈夫
それでも心配だったら、お金持ちらしく賄賂でも渡してあげて
皆は最近、チーズ蒸しパンにハマってるって言ってたな」
「どこで売ってるの?伊勢丹?三越?大丸?」
「庶民の味方、スーパーマーケット
しっぽやに行く前に寄っていこう」
岩月との会話は親しい友達との気軽なバカ話のようで、とても心地よく感じられるのだった。
夕方近く、俺達はスーパーに寄ってチープなお菓子や菓子パンを買い込んでしっぽやに向かう。
「カゴにあんなに入れたのに、5000円でお釣りがくるなんてビックリした」
「僕はお菓子類だけで3000円以上の買い物なんてビックリだよ」
俺達は顔を見合わせて笑いあった。
「和泉と久那なら大丈夫、きっと分かり合えるしお互い歩み寄れるよ
年長者のカン、なんてね
だって和泉は、僕なんかと仲良くしようとしてくれるんだもの」
「オニイサンには若輩者の暴言を許してもらったし、適わないって思い知った」
久那との対話に緊張してきていた俺の心をほぐすよう、岩月は極めて明るく話しかけ続けてくれた。
しっぽや控え室で、俺と岩月は買ってきた服を皆に着せてプチファッションショーを楽しんだ。
しっぽやの皆はピンとこない顔をしていたが
「本当だ、長瀞の毛色や優雅さが引き立つね、大麻生は刑事みたいに鋭い印象になる
流石、ファッションデザイナー志望、皆の特徴とらえてる」
岩月が手放しで誉めてくれたので俺は満足することが出来た。
「久那にも似合いそうなのがあったから、買っちゃった
久那は俺にとって特別だから
だから、久那に何を聞かされても大丈夫
久那のことちゃんと教えて欲しい、久那の全部が知りたい
これから、家に来て話してくれない?」
俺は控え室の隅で彼の手を握り、美しい顔を見つめた。
「和泉を失うのが怖い、でも全てを受け入れて欲しい
俺にとっても和泉は特別で、かけがえのない人だ
俺の事を知りたいと言ってくれた和泉の気持ちに報いたい
…どんな結果になろうとも」
久那は決心した顔で頷いてくれた。
「岩月に、久那は明日は休みにしてもらえって言われて、皆に賄賂を持ってきたんだ
休ませてもらえるかな」
「もちろんだよ、黒谷に頼んでくる」
久那は軽いキスの後、事務所に向かっていった。
その後ろ姿を見ながら、俺の心はこれから聞くことになる久那の告白にうち震えるのであった。
えっと、彼らの父親…(だとそろそろ時代が合わないか)
そう、彼らの祖父が僕の祖父に戦後の一時期、面倒をみてもらったらしくて、その事をすごく恩義に感じてるんだ
彼らの祖父は戦災孤児だったけど、戦後のどさくさで何とか生活できていたみたい
僕の祖父も長く家に帰ってこなかったし、大変な時代だったんだよね
秩父先生もそのときからのお付き合いがあって、祖父の死後に先生の家に行ったときに彼らと知り合ったんだ
そんな背景があったから、皆、少し特殊な育ち方をしててね
両親も居ないし学校にも行ってない、仲間同士で助け合いながら飼いぬ…、居場所を確保しようと必死で生きてたんだ」
岩月の瞳に彼らに対する労りと哀れみのような光が浮かぶ。
「初めて皆に会ったときはあまりに格好良かったから、役者さんの卵かと思ったよ
ジョンとの出会いは衝撃的だったな、彼は会った瞬間から僕のことを真っ直ぐに見てくれたから」
岩月の説明はところどころ要領を得ない所もあったが、俺は黙って聞いていた。
「最初は、何でジョンみたいに格好いい人が僕のことを気に入ってくれたかわからなかった
僕、今よりもっと根暗で、人付き合いとか本当に苦手だったから
これでもね、ジョンと一緒にいるようになってから対人関係良くなった方なんだ」
岩月は少し自虐的な感じで笑って見せた。
「彼が僕に向けてくれる真っ直ぐな気持ちに、僕も応えたくなった
からかわれているんじゃない、真剣に想われてるんだって気が付いてから、いや、もしかして出会ったときから僕も彼のことが好きだったのかも
彼の全てを知ったとき、それでも彼と共にありたいと思ったよ」
『彼の全てを知ったとき』
その言葉は久那のことを何も知らない俺の胸に、深々と突き刺さった。
ジョンのこと、しっぽやのことを深く知っている岩月に、嫉妬を越えた増悪のような感情が芽生えていた。
訳知り顔の岩月が羨ましすぎて憎かった。
「俺だと彼らに釣り合わない?世界が違うとか思われてる?
久那がしてきた苦労、俺にはわからないって思われてる?」
俺は理不尽な怒りを岩月に向けていた。
「何で岩月は受け入れられて、俺は何も教えてもらえないの
祖父が知り合いだったってズルいじゃん、そんなの太刀打ちできないよ
だってうちの家族は誰も彼らの知り合いじゃないし」
しっぽやで失態続きだった自分を思いだし、惨めな気持ちになっていく。
「親は苦労して今の地位を築いたけど、俺は苦労もせずにその恩恵だけを授かってる
しょうがないじゃん、俺、お坊ちゃまだもん
だから久那は自分のこと、しっぽやのことを教えてくれないの?
ヌクヌク育ったガキには、どうせ分からないって」
いったん口に出してしまうと、不安が津波のように押し寄せてきた。
「うんと子供の頃は普通の家と変わんない暮らしだったけど、もうそんなの覚えてないよ
気が付いたら両親の取り巻きにチヤホヤされて、何でも買ってもらえて、甘やかされる生活だったんだから
でも、うちより裕福な家なんて、掃いて捨てるほどあるんだ
政治家や財閥のパーティーなんか行ってみろ、桁が違う話ばっかりで所詮うちなんて成り上がりのプチジョア扱い
親の付き合いでお供しなきゃいけないときなんか、針のムシロだよ
財閥の御曹司や政治家の二世なんて、他人を見下す事を何とも思っちゃいない
自分にとって特にならない奴は、対等な存在、つまり人間だとすら思ってないんだ
だから俺だって、俺の話に戸惑ってる奴らの気持ちはわかってるつもりなんだよ」
すでに岩月に向けている怒りはしっぽやのことをではなくなっていた。
今までの自分の人生に対する理不尽な怒りや愚痴をぶつけていた。
「岩月は俺の家みたいに裕福じゃないしコネもない、凄い美形でも話術が巧みでもない
俺の方が彼らの外見に釣り合ってるし、融資だってしてあげられる
なのに、何で俺は頼ってもらえないんだ」
口にしてはいけない思いを吐き出すことを、俺は止められなかった。
自分が情けなくて涙が出てくる。
「最近久那は何か言いたげな顔で俺を見てるのに、けっしてそれを教えてはくれない
ジョンは岩月のこと信頼しきった目で見てるし、しっぽやの皆だって岩月のこと頼ってる
どうして俺より岩月の方が受け入れてもらえてるんだよ
どうして俺じゃダメなんだよ…」
自分の発言が全てを壊してしまったことを感じていた。
もう俺は久那にもしっぽやにも岩月にも、受け入れてはもらえないだろう。
我が儘で迷惑で選民的な、今まで俺が蔑んできた金持ち達と同じ人種だと思われているはずだ。
涙でかすむ瞳で岩月を見ると、彼は微笑んで俺を見ていた。
勝ち誇った笑みでも、哀れみのこもった笑みでもない。
それは家族に向けるような、温かな親愛に満ちた優しい微笑みであった。
「和泉は凄いね、本当に久那のことが好きなんだ
今までこんなに積極的に彼らに好意を向けて、関わりたいと思った人っているのかな
和泉を見てたら、最初の時の自分のジョンに対する態度とか、申し訳なくなってきたよ」
失礼なことをまくし立てた俺に対し、岩月はハニカんだ笑顔を見せた。
「和泉が辛くて不安なように、久那も辛くて不安なんだ
今の和泉の真摯(しんし)な気持ち、久那が知ったらとても喜ぶと思う
僕も、ちょっと感動しちゃった」
岩月の言葉は、俺には全く意図が読みとれないものだった。
「いや、ここは、怒るとか呆れるとかするところでしょ」
毒気を抜かれる俺に
「ああ、お金持ちはお金持ちで大変なんだね
僕には向いてなさそう」
彼は気弱そうに笑って肩をすくめて見せた。
「僕も和泉を見習って、もっとはっきり自分の言いたいこと言わなきゃって勉強になったよ
ありがとうね、少しずつでも頑張ってみる」
「岩月って、変な人…」
驚きのあまり俺はまた失礼なことを口走っていた。
「長年、根暗だったし変わり者なのは認めるよ」
岩月は俺に対して初めて自然な感じで笑いかけてくれた。
「改めてよろしく、和泉
君が久那を受け入れてくれれば、僕達、もっと仲良くなれると思うな
秩父先生と親鼻が居なくなって皆の心に空いた穴を、和泉と久那が埋めてくれると嬉しいよ」
「親鼻…?」
「親鼻も古い仲間だった、でも、秩父先生と共に還ってしまった
いつか久那が全てを話してくれるよ
それは、遠くない未来だと思う
しっぽやの皆については、僕より久那から話を聞いた方が良い」
先ほどのような岩月の訳知り発言だったけど、俺は素直に頷くことが出来ていた。
「和泉、これから時間ある?
善は急げ、良かったら今日にでも久那の話を聞いてあげて
久那の方に話す覚悟があるかどうか心配だけど、久那もずっと不安を感じていたはずなんだ
彼の過去についてどんなことを打ち明けられても変わらずに愛する、って伝えれば打ち明けてくれるんじゃないかな」
性急な岩月の言葉に俺は少し尻込みしてしまう。
「久那、俺に話してくれるかな
俺になんか話すの無駄だって思わないかな」
俯く俺に
「久那が和泉にかける時間を『無駄』だなんて思う訳ない
真実を知った和泉に怖がられることには恐怖するだろうけど」
岩月は根気強く話しかけてくれた。
「俺、何を聞かされても久那のこと怖がったりしないよ」
俺はきっぱりと断言した。
もし久那やしっぽやの皆が貧しさのあまり犯罪行為に手を染めたことがあったとしても、受け入れる覚悟は出来ていた。
「しっぽやに服を届けに行ったとき久那が控え室にいたら、和泉の覚悟を話してあげて
久那が和泉の家に行くなら、明日は仕事を休みにしてもらおうか
忙しかったらジョンに手伝いに行かせるし、黒谷は喜んで休ませると思うよ」
悪戯っぽく笑う彼に
「しっぽやのシフト、岩月が勝手に決めちゃって良いの?
久那が怒られるのイヤだよ?」
俺も笑って聞いてみる。
「黒谷なら出会いの喜びを知っているから大丈夫
それでも心配だったら、お金持ちらしく賄賂でも渡してあげて
皆は最近、チーズ蒸しパンにハマってるって言ってたな」
「どこで売ってるの?伊勢丹?三越?大丸?」
「庶民の味方、スーパーマーケット
しっぽやに行く前に寄っていこう」
岩月との会話は親しい友達との気軽なバカ話のようで、とても心地よく感じられるのだった。
夕方近く、俺達はスーパーに寄ってチープなお菓子や菓子パンを買い込んでしっぽやに向かう。
「カゴにあんなに入れたのに、5000円でお釣りがくるなんてビックリした」
「僕はお菓子類だけで3000円以上の買い物なんてビックリだよ」
俺達は顔を見合わせて笑いあった。
「和泉と久那なら大丈夫、きっと分かり合えるしお互い歩み寄れるよ
年長者のカン、なんてね
だって和泉は、僕なんかと仲良くしようとしてくれるんだもの」
「オニイサンには若輩者の暴言を許してもらったし、適わないって思い知った」
久那との対話に緊張してきていた俺の心をほぐすよう、岩月は極めて明るく話しかけ続けてくれた。
しっぽや控え室で、俺と岩月は買ってきた服を皆に着せてプチファッションショーを楽しんだ。
しっぽやの皆はピンとこない顔をしていたが
「本当だ、長瀞の毛色や優雅さが引き立つね、大麻生は刑事みたいに鋭い印象になる
流石、ファッションデザイナー志望、皆の特徴とらえてる」
岩月が手放しで誉めてくれたので俺は満足することが出来た。
「久那にも似合いそうなのがあったから、買っちゃった
久那は俺にとって特別だから
だから、久那に何を聞かされても大丈夫
久那のことちゃんと教えて欲しい、久那の全部が知りたい
これから、家に来て話してくれない?」
俺は控え室の隅で彼の手を握り、美しい顔を見つめた。
「和泉を失うのが怖い、でも全てを受け入れて欲しい
俺にとっても和泉は特別で、かけがえのない人だ
俺の事を知りたいと言ってくれた和泉の気持ちに報いたい
…どんな結果になろうとも」
久那は決心した顔で頷いてくれた。
「岩月に、久那は明日は休みにしてもらえって言われて、皆に賄賂を持ってきたんだ
休ませてもらえるかな」
「もちろんだよ、黒谷に頼んでくる」
久那は軽いキスの後、事務所に向かっていった。
その後ろ姿を見ながら、俺の心はこれから聞くことになる久那の告白にうち震えるのであった。