このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.174~197)

side<IZUMI>

岩月としっぽや所員の服を買いに行く当日、俺達は駅前で待ち合わせをした。
岩月が乗ってきた車は、俺が想像していたよりも大きなものだったので驚いてしまった。
会ったときの気の弱そうな態度から、小型車で来ると思っていたのだ。
助手席に乗り込んでそのことを言うと
「商売やってるから大きい方が便利でさ、中古だけど掘り出し物だったんだ」
少し照れたように答えていた。

「テナントが入ってる店までの道、わかる?俺、買い物の時いつもハイヤー頼んで任せちゃうから説明出来ないかも」
「配達やってるし、マップがあれば何とかなるかな
 繁華街だと、ちょっと自信ないけど」
何とも頼りない2人を乗せ、車は走り出した。


「この辺、若者の街って感じだな-
 こーゆーとこは小回りがきく車の方が便利なんだね」
彼は辺りを見回して慎重に運転している。
「駅前過ぎれば、閑静な住宅街だよ
 と言うか、岩月だって若者の部類でしょ」
「両親が仕事で忙しくて、僕、お爺ちゃんお婆ちゃんっ子だったから
 ガッツリ昭和世代だよ」
俺の突っ込みに岩月は苦笑して見せた。
「今はチェーン店に押されて、前程忙しくなくなったけどね
 古くからの馴染みのお客さんに何とか支えてもらってる感じ
 しっぽやから定期的に仕事が入るの、正直ありがたいんだ」
「フランチャイズ展開とかしないの?
 うちは親父が新しいことに積極的にチャレンジしてるよ」
「僕のお父さん、昔気質(むかしかたぎ)で頑固だから
 僕自身は新しいことが苦手というか…まだ抵抗があって」
話を聞いていると、何で彼がジョンと知り合えたのか不思議になってくる。

「あ、そこ左折して駐車場空いてたら止めちゃって
 後は歩いた方が早いから」
俺の指示で車は左折する。
上手い具合に駐車場には1台分の空きスペースがあった。
「うわ、この辺の駐車料金って高いねー」
料金を確認した岩月が目を丸くした。
「俺の買い物に付き合ってもらう形だし、それは俺が払うから気にしないで」
俺は先頭に立って歩き始めた。


少し道を戻り大通り沿いのテナントビルに入る。
有名ブランド店が多い場所だが、個人ブランドを扱っている店も多々あった。
岩月は普段来ない場所なのだろう、少しオドオドしながら周りを見回して俺の後に付いてきていた。
「この辺、1点ものとかでけっこー良いのがある店が多いんだ
 自分ではクリーニングのことまで考えて選んだことなかったから、そこんとこは岩月が見てよ
 仕事着と作業着で分けられれば良いけど、流石に現場で捜索直前に着替えられないもんね」
その辺は久那の捜索を間近で見ていたので、俺にも判断が付くことだった。

「イズミちゃん、久しぶりじゃない?新作色々入ってるわよ」
馴染みの店に顔を出すと、店長が親しく声をかけてきた。
「あら、今日は見ない顔のお連れ様ね」
目ざとく岩月に気が付き、チェックするように視線を巡らしている。
「彼は布地のチェック兼、荷物持ちになってもらう予定
 クリーニング屋さんなんだ、洗えないような服、売りつけるなよ
 今日は自分用じゃなく、知り合いの仕事着兼作業着を買うんだ
 他も見に行って、徹底的に比較してから選ぶぜ
 岩月、こっちはオネエキャラが売りのボン店長
 品質表示しっかりチェックしてやれ」
「もう、イズミちゃんたら意地悪なんだから
 よろしくね~、イワツキちゃん」
「あ、あの、はい、よろしくお願いします」
店長に慌てて頭を下げている様子は純朴な感じで、ハーフみたいに格好いいジョンと付き合っている(んだろう、多分)のが不釣り合いに思われた。


俺と岩月は店内を見て歩く。
「これ、白久にどうかと思うんだ、1点ものなのにサイズピッタリだし
 同じ白でも長瀞はこっちかな、惜しい、ちょっと大きいや
 大麻生だと軍服モチーフが似合うと思うけど、ペット探偵って職業の人が着てたら引くか
 それを言ったら、黒谷と新郷は和装なんだよなー」
俺は次々と服を選び、岩月に渡していく。
彼は品質表示をチェックし『これならうちで洗えそう』とか『これは汚れによっては手に負えないかも』などブツブツ言っていた。
押しが弱そうでもプロ意識はあるようだ。

選び終わった服を店長に渡し
「これ、取りあえずキープしといて
 コンさんやカーターの店もチェックしてくるから」
「全部うちで買っちゃいなさいよ、イズミちゃんのイケズ」
クネクネもだえる店長を残し、岩月を連れて俺は他の店に向かった。

「和泉って、この辺の常連なんだね」
驚いたように息を吐く岩月に
「行くのは親父が出資した店ばっか、だから顔が効くんだ
 母親の店は、流石にこの年になると行く気にならないよ
 レースやリボン、フリフリの店でね
 しっぽやの皆が着るような服は無いし」
何でもないことのように答えると、彼はさらに驚いた顔になるのだった。



その後も店を見て回り、3店で併せて15着程買ってしまった。
「久那にもまた買っちゃった、似合いそうなの見るとつい、ね」
2人で大荷物を抱え、岩月の車に戻る。
「あの、お金、大丈夫?かなりの額になってたでしょ」
品質表示と共に値段も見ていたのか、岩月がオドオドと問いかけてきた。
「小遣い前借りしといたし、多少のツケなら利くから大丈夫
 あ、手伝ってもらったのに、岩月にお礼してなかったね
 一緒に何か買えば良かった、コンさんとこに似合いそうなのあったな
 引き返す?」
俺が聞き返すと、彼は勢いよく頭を振って否定の意を表した。
「じゃあ、遅くなっちゃったけどランチ奢るよ
 それくらいなら受けてくれる?」
次の誘いには、彼はほっとした顔で頷いてくれた。

「フレンチ?イタ飯?何が良い?
 懐石とか寿司、ウナギ、焼き肉とか?
 個室あるとこの方が良いよね」
個室の店を提案したのには、ちょっとした下心と好奇心があったからだ。
彼がどうやってジョンやしっぽやの皆と知り合って、あんなに信頼される仲になったのか知りたかった。
「ファーストフードで十分だよ、牛丼とか、何なら立ち食いソバとか」
しかし彼は俺の言葉でまた慌てだした。
プライベートな話をゆっくりできそうもない店を提案するので
「じゃあ、デパ地下で何か買ってうちで食べない?
 今日は両親居ないし、少しゆっくりしていってよ
 あちこち連れ回しちゃったから疲れたでしょ
 しっぽやに服を届けに行くのは夕方にしよう」
岩月はちょっと迷った顔になるものの
「じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」
素直に頷いてくれた。


有名な割烹の弁当を買い、うちのマンションまで移動する。
「これ…億ションってやつじゃ…」
建物を見て口を開ける岩月に
「でも、賃貸だよ
 あ、来客用の駐車スペースはあっちね」
俺は何でもないことのように答え指示を出す。
「どうせこのまましっぽやに行くし、荷物はこのままで良いか
 セキュリティしっかりしてるんで、盗難の心配はないよ
 一応、警備員に声かけとくから」
俺は先に車から降りて、警備員に挨拶を済ませておいた。
ランチを持ってエレベーターに乗り、階数ボタンを押す。
「バブルって弾けてないとこもあるんだね」
何だか呆然とした感じで呟く岩月に
「いやー、皆けっこうあおり食らってるよ」
そう言うと、彼は『これで…?』さらに呆然とした顔で呟いていた。


ペットボトルのお茶を開け、弁当を食べる。
「家政婦さん居ればお茶とか煎れてもらえたんだけどね
 両親が長期不在の時は、2、3日に1回しか来てもらってないんだ
 今回はダブルベリーも母親が連れてっちゃたから」
「ダブルベリー?」
「俺の妹たち、トイプードルのブルーベリーとロングコートチワワのストロベリー
 迷子になったストロベリーを探してもらうのにしっぽやを頼んで、捜索に来てくれたのが久那だったんだ
 それが、俺と久那の出会い
 で、お互い気に入って、付き合い始めたって訳
 岩月もジョンと付き合ってんでしょ?
 もう寝てるよね、すごい親密な感じだったし」
俺が聞くと彼は食べていた物を喉につまらせ、むせ始めた。
「大丈夫?ほら、お茶飲んで」
俺がグラスを渡すと岩月はゴクゴクとそれを飲み、胸を叩いた。

「あ、いや、何というか、その」
喉に詰まらせたせいか照れているせいか、彼は真っ赤になりながら言葉を発しようとする。
上目遣いで俺を見て、観念したように小さく
「うん」
と呟いた。
「そんな気にすることないじゃん、俺も久那と付き合い始めてすぐ寝たし
 好きだと思ってる同士なんだから、ヤマシいことないと思うけど?
 俺の周り、ゲイのカップルってけっこういるよ」
その言葉で岩月は
「そうだね、うん、ジョンのこと好きだって思ってる
 ジョンも僕を、僕だけを好きでいてくれてる」
優しい顔をして頷いた。
それは彼とジョンの確固たる絆を見せつけるような、余裕のある顔に見えた。
俺と久那はここまでの絆があるのだろうか、そう思うと自分でもよくわからない嫉妬のような感情を岩月に対してを覚えていた。

「ジョンって、黒谷とかの古い友達だって久那が言ってたけど、彼らってどんな関係なの?
 何か彼ら、特殊な事情がありそうな集まりじゃん
 そもそも、岩月ってどうやってジョンと知り合ったの?」
『何であんなに格好良いジョンが、岩月みたいな冴えない人をそこまで好きになってるの』
心の内で、そんな意地の悪い問いかけを同時にしてしまう。
岩月は迷っている顔になり
「久那は和泉のことが好きなんだよね、その、身体の関係もあるんだよね」
ビクビクと問い返してきた。
何故急に久那の話になるのかわからなかったが
「久那は自分の全ては俺のものだってよく言ってくれてるよ」
少し誇らしげに答えてやる。

岩月は俺の言葉で何故か安堵したような顔になっていた。
9/50ページ
スキ