このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.174~197)

「俺、余計なことしちゃったかな…」
「ううん、そんなことない、皆のこと考えてくれて嬉しいよ
 俺が和泉に伝えて無かったのが悪いんだ
 ごめん、嫌な思いさせちゃったね」
久那は俺以上に落ち込んでいるようで、驚いた。
「いや、久那は悪くないよ
 俺が一人で舞い上がってただけ」
慌てて否定するものの
「俺が和泉に自分のこと話してなかったせいなんだ
 和泉に嫌われるのが怖くて、過去のことを告げられない
 今の関係で十分幸せだと思ってたのに、ありのままの俺を和泉に受け入れて欲しい俺は欲張りだ
 今の幸せが大きすぎて壊せない、俺と和泉はあまりにも違いすぎているから
 和泉、俺、どうしたら良いんだろう」
苦しそうな久那を見るのは俺にとって苦痛だった。

「もう上がりなら、一緒に夕飯食べよう
 泊まりに来てよ、今夜も家には誰も居ないんだ
 デパ地下で生ハムやサラダ、チーズにバゲットでも買って、ワイン開けちゃおうか、って、久那は飲まないんだったね
 ミルクセーキ缶を何本か買っていこう
 ローストビーフも買おう、久那、肉が好きだろ?
 で、お腹いっぱいになったらシャワー浴びて、して
 久那を深く感じられるよう、いっぱいして」
最後は小声の俺の誘いで、久那が優しく微笑んでくれた。
「和泉のためなら、何度だってする
 俺も和泉を深く感じたい」
久那が俺の手を握りしめた。
それは、迷子の子供がやっと親と会えたような、すがりつくような触れ合いに感じられた。


その夜、約束通り久那は何度も俺の中に想いを放ってくれ、俺も何度もそれに応えた。
熱く燃え上がった欲望が凪ぎ、それでも触れていたくて、俺達は強く抱き合ったまま緩やかなときに身を任せていた。
久那がしゃべってくれるまで、俺は過去を詮索しないと心に決めていた。
俺の中にだって、久那に伝えていない事がある。
性急に知り合って付き合い始めた俺達には、もっとお互いの心を知る時間が必要なのかもしれないと感じていた。
そんなこと、今までの人間関係では思ったことがなかった。
俺にとって久那がどれだけ特別な存在なのか改めて気が付かされた。


自分のことを話す勇気がまだ出ないと言っていた久那だけど、日曜に会うことになったジョンと岩月なる人物については知る限りのことを教えてくれた。
ジョンは、黒谷、白久、新郷と親交が深い友で、以前は彼らとルームシェアをしていたらしい。
しっぽやを設立する前は、4人で道路工事等のガテン系の仕事をして日銭を稼いでいたとか。
ジョンが岩月と暮らすようになってクリーニングの仕事を手伝うことになったので、ペット探偵業務は軽い手伝い程度しかしたことがないが、優秀な所員だという話だった。

「ジョンは人当たりがよくて懐っこいから、トラブルを起こさず聞き込みするのが上手いんだって黒谷が言ってた
 犬の依頼が多くて手が回りそうにない時に、臨時で入ってもらうことがあるんだよ
 そこまで忙しくなる時って、そうそうないけどね
 岩月と暮らしてるし商売を手伝ってるから、俺達よりジョンの方が『常識』ってやつがあるのかも
 岩月は優しくて俺達のこと気にかけてくれて、良い人でさ
 岩月とジョンは2人で満月だから丸いお菓子、どら焼きとか煎餅なんか差し入れてくれるんだ
 ジョンのことも受け入れてくれたし、きっと和泉と仲良くしてくれるよ」
久那が手放しで『岩月』なる人を誉めるので、俺は胸にチクリと嫉妬の痛みが走ってしまう。

「岩月はジョンのものだけど、和泉は俺のだよね
 そう言ってジョンに自慢して良い?
 俺はいつだって和泉のものだ、和泉がそう望んでくれるなら…」
自信なさげな久那の言葉で、その嫉妬は溶けていく。
「久那は俺のものだし、俺は久那のものだ」
ハッキリ断言し久那の唇に自分の唇を重ねた。
「ん…」
何度も唇を合わせ舌を触れ合わせる。
お互いの肌が熱くなってくることを感じていた。

「明日は学校遅刻してもいいや、寝る前にもう1回して」
「俺も、しっぽやは遅刻する」
俺を熱い瞳で真っ直ぐに見ながら答える久那に満足感を覚え、俺達は再び身体と想いを重ね合うのだった。





そして迎えた約束の日曜日。
久那は駅まで迎えに来てくれた。
「もう、ジョンと岩月は来てるんだ
 ゴマ煎餅を差し入れで持ってきてくれたよ
 岩月の町内にあるお煎餅屋さんのやつ、焼きたてで美味しいんだ」
そうくるだろうと思い、俺も差し入れは持ってきていた。
名前とひっかけて『イズミ屋スペシャルクッキー』、わざわざ伊勢丹まで行って買ったものだ。
やっぱり俺は、『岩月』に対抗意識を感じていた。
『今日は前回みたいな失敗はしないようにするぞ』
俺は心の中で気合いを入れ
「控え室に居る皆でお茶しながら話そうか
 服の予算のことは気にしないで、俺が何とかするからね」
俺は余裕の笑みを久那に向け、勝負に挑むような気持ちでしっぽやに続く階段に足をかけるのであった。


控え室で初めて会ったジョンの容貌に、俺は少なからず驚いてしまう。
新郷より暗めの茶髪、整った目鼻立ちなのに快活そうな瞳がヤンチャ感を漂わせていた。
『ジョンって愛称だと思ってたけど、本名?』
彼は久那のように日本人離れした外見で、やはりモデルのような美形だ。
「初めまして黒谷から話は聞いてるよ、よろしくね」
ジョンは自然な動作で手を差し出し、握手を求めてきた。
それは実にスマートな所作であった。
そしてそんなジョンと一緒にいるのは、前髪が目の辺りまで延びた何だか根暗そうな奴で、心なしか俺を見る目がビクついていた。
『店やってるのに人見知り?』
俺よりは年上そうだが、着ているシャツもGパンもありふれた量産品だ。

「大丈夫だよ、岩月、この人のこと久那が気に入ってるんだから」
ジョンは岩月を安心させるためか守るように肩を抱いて、長めの髪にキスをした。
「う、うん、そうだよね、久那が選んだんだもんね
 えと、あの、初めまして永田 岩月(ながた いわつき)です
 しっぽやの皆の服を洗ってます、永田クリーニングの者です」
オドオドと差し出された手を握り
「どうも、石間 和泉(いさま いずみ)と言います
 和泉って呼んでかまいませんよ
 まだ大学生ですが、卒業後は自分のブランド立ち上げてここの人達の服をデザインしたいと思ってます
 今日はその練習みたいな感じでやらせてもらいます」
俺はそう言い放つ。
何だか宣戦布告している気分だった。

「あ、これ、俺からの差し入れです」
俺は店名の入った紙袋を控え室のテーブルに置く。
「わあ、イズミ屋のクッキーだ
 子供の頃に頂き物で、何度か食べたことがあるよ
 勿体なくて少しずつ食べたっけ」
岩月は顔を綻ばせた。
「永田さん、俺より年上ですよね」
俺自身は食べ飽きてるこのクッキー、これを見たときの反応で何となく年代や家庭環境が推し量れるのだ。
「あ、はい、僕は大学に行かず家業の手伝いに入って8年近いかな
 和泉…君は2年生か3年生くらい?」
「和泉で良いですって、今は3年、この春から4年生です
 来年の卒業制作では久那にモデルやってもらって何着か作ってみようと思ってます」
俺の言葉に岩月は驚いた表情を見せた。
「若いのに凄いね、自分のブランドを立ち上げたいって言ってたし」
「夢は具体的な方が目標が立てやすいですから
 母親がデザイナーなんで、ノウハウはある程度分かってます」
岩月の瞳に尊敬の色が混じり始めたことに気がついて、悪い気はしなかった。

長瀞が紅茶を淹れてくれ、俺と岩月が持ってきた差し入れをテーブルのカゴの上に置いた。
控え室にいるしっぽや所員をテーブルの周りに集めさせ、俺は鞄からクロッキー帳や雑誌を取り出した。
「双子みたいに好みや体型が似てる人達は良いけど、体型が違いすぎている人同士の着回しはお勧めできないよ
 皆はどちらかというとシルエットやデザインより、色に拘りがあるんだよね」
俺が話しかけても、彼らには言われていることがピンとこないのか曖昧な顔で周りを見回している。
「俺としては、洗いやすい服が良いんだけどねー
 こいつら容赦なく汚すんだから」
ジョンがクッキーを口にして言うと、白久が苦笑していた。

「和泉、皆、服のシルエットがどうこう言ってもわかんないんだよ
 自分で服を買いに行くことほとんどないもん、俺も和泉と買いに行くまで気にしたことなかったしね
 あんなにいっぱい服の種類があるって知らないんだ」
久那がフォローを入れてくれた。
俺はわかりやすいよう雑誌を取り出して、具体的な写真を見せていった。
「長瀞や双子なんかは、こんな風に細く見えるような服の方が似合うと思うんだ
 白久や大麻生は身体のラインが引き立つとワイルド感がでる
 新郷や黒谷は着物が似合いそうなんだけど…仕事向きじゃないか
 デニムでもラフに見えすぎないのもあるし
 と言うか、君たち美形ばかりだからラフな格好でも不審者には見られないよ」
それでも皆、よく分からないと言った表情をしている。

「じゃあ、俺のセンスで選んでみて良い?
 身体のサイズ計らせて、代わりに買ってくるから
 とりあえず、1人1着、良さそうなら増やしていこう」
俺はメジャーと手帳を取り出した。
久那にも手伝ってもらい、事務所にいる全員分の採寸をする。
「次の休みにでも見に行ってみるよ
 量が多いから配達頼むけど、ここに送ってもらって良いかな?」
「和泉、俺が運ぶの手伝うよ、服は選べなくても荷物は持てるから
 和泉を手伝わせて」
久那が慌てて言い募る。
俺が答える前に
「待った、それなら岩月と一緒に行ってよ
 岩月が車出せば、一気に持って帰ってこれるでしょ
 布質とか見てもらうの、久那じゃ無理だもん」
ジョンが言葉を挟んできた。
「え?あの?」
オロオロする岩月を見て、俺はこの人達がこの場にいる理由を思い出した。

「まあ、確かにそうか…、じゃあ、お願いします」
ここでゴネるのも格好悪いと思い、久那との楽しいデートを諦め俺は岩月に頭を下げた。
「いや、こっちこそ、よろしくです」
彼もアワアワしながら頭を下げてきた。

かくして、俺は岩月と買い出しに行く事になるのだった。
8/50ページ
スキ