このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.174~197)

side<IZUMI>

飼っているロングコートチワワのストロベリーが、散歩中に大型犬に襲われて行方不明になってしまった。
兄姉のいない俺にとって妹にも等しい存在の安否が知れず、俺はかなり焦っていた。
自分で探してみたものの見つけることが出来なかったため、犬知り合いの言葉に従ってペット探偵に依頼することになった。


ケータイに番号を打ち込み、もどかしい思いでコール音を聞く。
5コール程で
『ペット探偵しっぽやです』
耳障りの良い男の声が聞こえてきた。
「すいません、迷子犬の捜索をお願いしたいんですけど大丈夫ですか?」
『はい、犬種といなくなった時の状況を教えてください』
俺がかいつまんで状況を説明すると
『ロングコートチワワ…洋犬ですね
 クニは違うけどクナかオオアソウ…毛が長いからクナの方が良いかな』
相手は専門用語的な事をブツブツと呟いていた。

『そちらに所員を向かわせますので、最寄り駅を教えてください
 申し訳ありませんが、その者にも再度説明をお願いします』
男の言葉を聞き『車で来るんじゃないのか、ポスターはよく見かけるけど小さいとこなんだな』そんな漠然とした不安を感じてしまった。
それでも他に探す手立てを思いつけず最寄り駅を伝えたら
『それでは所員が到着するまでお待ちください
 どれくらいで着くかな、電車が直ぐに来れば1時間かからないのかな
 僕はそっち方面に行ったことがないからよくわからなくて…
 向かわせるのは派手な感じの所員ですが、まじめな者なのでご安心ください
 まじめ…うん、羊の番を出来るんだからまじめで賢いのだと思いますよ』
「え?」
俺が突っ込む前に、通話は切れてしまった。

『え?ええ?何、ここ、本当に大丈夫なのか?
 今の電話で契約したことになるの?契約内容とか聞いてないんだけど
 料金とか期限とか、確認してないし
 ボッタクリの上、無能な奴が来たら訴えてやる
 こっちは知り合いの弁護士何人もいるんだからな』
居なくなってしまったストロベリーの心配に加え、余計な事をしてしまったんじゃないかという不安が俺をイライラさせていた。
トゲトゲした気分のまま、俺は駅に向かう。
途中でストロベリーを探せたら速攻帰ってもらおうと思っていたが、自分で見つけることは出来なかった。


駅の改札が見える場所で暫く待ってみる。
相手の外見情報は『派手な奴』で、待ち合わせている者の名前さえ聞いていないことに気が付いて自分のバカさ加減に呆れてしまう。
『動揺するにも程があるだろ、世間知らずのお坊ちゃまだと思われんのスゲー嫌いなのに』
相手への不満、自分への自己嫌悪、ムカムカする心に驚きが飛び込んできた。
駅の改札から派手な奴が出てきて、真っ直ぐに俺に向かって歩いてきたのだ。
茶髪、白髪、茶髪、そんな感じに染め分けられている長髪、ハーフかクォーターに見える日本人離れした整った顔立ち、190cm近くありそうな長身。
ダイナミックでいて優雅に歩く動作はモデルにも見えた。

『あいつが所員か、成る程、派手だわ』
俺は妙に納得してしまった。
俺の前に立った彼は瞳を輝かせ、心なしか頬を紅潮させている。
そのやる気にあふれた姿は好感を抱かせるものだった。
「初めまして、ペット探偵の方ですね
 電話で依頼した者です
 名前は石間 和泉(いさま いずみ)です」
先ほどの電話では名前すら名乗っていなかったと、また自分のうかつさ加減にガックリする。
「早速ですが現場の方に案内します、大型犬と喧嘩になって逃げてしまって
 あの、お名前って伺ってもよろしいですか?」
ペット相手なら企業秘密もないだろうが、一応下手に出て聞いてみた。

相手はハッとした顔になり
「あ、え、依頼人の方?何だっけ?そう、ロングコートチワワだ
 俺、頑張ります!貴方のために頑張ります
 俺、絶対、貴方のお役に立ちますから」
突然、猛アピールを始めた。
「そうだ、名刺、名刺を渡した方が良いって言われてた
 俺、影森 久那(かげもり くな)です
 影森は探偵ネーム?みたいなものなので、久那って呼んでください」
彼はポケットから取り出した名刺を、無造作に俺に差し出した。
悪い人ではなさそうだけど、どこかズレている。
そういえば、電話に出た人もそんな感じだったなと気が付いた。
『ペット探偵って、変わった人がなる職業なのかな
 人間相手の探偵なら、もうちょっと儀礼的な態度とるだろうに』
そう思うものの、彼に向けられた素直な好意のようなものが大型犬に懐かれたように感じられ、悪い気はしなかった。

現場に向かいながら
「あの、電話では料金の説明とかいっさい無かったのですが、基本設定はおいくらなのでしょうか」
後で法外な値段をふっかけられないよう、牽制をこめて聞いてみる。
「お金?出来高払いだって言ってたから、俺が直ぐに見つければ安くすむよ」
彼、久那は力強く頷いてくれるが
『いや、出来高払いってそういう意味じゃないと思うんだけど?』
俺は電話をかけた直後の不安とはまた違う不安を感じでいた。



ストロベリーが逃走した現場に到着する。
既にそこには犬知り合いの姿は残っていなかった。
静まりかえっているように見えるが、側の植え込みにはブルーベリーの茶色い毛が引っかかっており微かに血痕もあった。
流石に久那の顔が引き締まる。
「少し派手にやったようですね」
辺りを見回しながら真剣な声でそう言った。
俺はぎこちなく頷くしかない。
実際の乱闘を見ていた訳ではないが、帰って来たときの母親の様子、出血しているブルーベリー、心配してずっと残っていてくれた犬知り合いたち、それらの姿を思い出すだけで事の重大さが感じられたのだ。
『ストロベリー、無事でいてくれ』
祈るような思いがわき上がり、縋るように長身の久那を見つめてしまった。

「相手の犬種は、わかりますか?」
その問いかけに
「多分、グレートデンです、白黒の毛色の」
俺はダブルベリーの散歩中に見かけたことのある犬を思い出していた。
夫婦で飼っているのだろうが、大きな犬を散歩させているのは奥さんであることが多く、犬を制御で出来ているようには見えなかった。
「ドイツか…大麻生の方が適任だったかな…
 いや、相手の犬より逃げてしまった犬の方が問題だ、ドイツ系だと逆に怖がって出てこない
 なにより、俺が石間さんの役に立たなきゃ」
久那は何やらブツブツ呟いていたが、捜索に関係あることなのかどうかの判断は付かなかった。

「何だったら、ポスター作って電柱に貼ったり近所にポスティングしてもらえるだけでもありがたいんですが」
この人に任せて良いものかどうか怪しく感じ始めていた俺は、そう切り出してみた。
「いえ、うちはポスター作ったりとかしないんです」
久那はきっぱりと言いきった。
『じゃあ、何すんの』
思わず喧嘩腰で問いつめようとしたが、真剣な久那の顔を見て言葉が引っ込んでしまった。
「この場所を起点に、捜索を開始します」
彼は宣言するように言い、何かを探すように辺りを見回し始めた。
ふざけているとしか思えない態度なのに、モデル張りの久那がやると神秘的にも見え、様になっている。
彼は何かに気が付いたように歩き出した。
少し迷ったが、俺もその後に付いていくことにした。

道の角を曲がるとシェルティを散歩させているオバサンに出会った。
彼女も近所の犬知り合いの1人だ。
「あら、ダブルベリーちゃんのお兄ちゃん
 モコちゃんパパから聞きましたよ」
モコちゃんパパとは現場に居合わせたシーズー飼いのオジサンのことで、うちの犬が襲われたことは近所中に知れ渡っているようだった。
「ストロベリー見ませんでしたか?あの騒ぎで迷子になったらしくて」
一縷の望みをかけ聞いてみたが、彼女は気の毒そうな顔で首を振っている。
それから側にいた久那に気がついて、驚いた顔になった。
「まあ、やっぱり大きいのね、身体のパーツもうちの子より長いわ
 トライカラー?セーブル&ホワイトかしら、艶々の毛並み」
そう言った後、自分で自分の言葉に不思議がって
「あら、失礼」
混乱した顔で謝っていた。
久那は気にした様子を見せず
「少しお話しさせていただいてよろしいでしょうか」
そう言うとシェルティの側にしゃがみ込んで頭を撫でていた。
ごく自然な動作のせいか警戒されることもなく、何やら本当に犬と話し合っているように見えた。

その後も久那は散歩中や庭先に繋がれている犬を撫でて回る。
『まあ、確かに犬仲間に情報募るのは手だよな
 俺も散歩でよく会う犬は覚えてるし』
しかし飼い主より犬の方を構っている時間が長いのが、どうにも不思議だった。

そうやって歩き回っている最中、久那が何かに気が付いた様子を見せ、躊躇いもせずに空き家に向かって歩き出した。
この近辺は高級住宅街ではあったが、バブルが弾けてから買い手が着かない家や建設途中で工事が止まってしまった建物などが点在していたのだ。
施錠されている門をひらりと飛び越え、そのまま敷地に入ってしまう。
背の低い俺に真似できるはずもなく、不審者として通報されないかハラハラしながら門の外で待っていると不機嫌そうな犬の鳴き声が聞こえてきた。

『あれ、ストロベリーの鳴き声に似てる』
俺が気が付くのと同時に、わめきまくるチワワを腕に抱えた久那が姿を現した。
「無事、発見保護できました
 ここに入り込むときにトゲでこすって怪我したみたいだけど、大したことないよ」
彼は微笑んで門の隙間からストロベリーを先に俺に手渡し、また身軽に飛び越えて優雅に着地した。

「いやー、気の強い方ですね
 戦略的撤退がどうだとか、体制を立て直してこうだとか、あのチビ、次はブチノメしてやるとか」
久那は苦笑しながら報告してきた。
「チビ?」
大型犬に襲われたと聞いていたので何のことか分からず困惑する。
「件のグレートデン、彼女より若いようで
 若造にしてやられてお冠なんです、深くふれないでやってください」
彼は微笑むと口の前で中指を立て『シー』というゼスチャーをして見せた。

それは俺の心をときめかせるに十分な、魅力的な笑顔だった。
5/50ページ
スキ