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しっぽや(No.163~173)

運転中に話しかけると気が散るかな、と思いナリの手元やナビの画面に目を向ける。
「もう、実技は始まってるの?」
ナリは軽やかにハンドルを切りながら、普通に話しかけてきた。
「次の授業からなんです」
それを考えると、流石に緊張してしまう。
「日野の家には車は無いの?さっき荒木が『機会がない』って言ってたけど」
「はい、婆ちゃんも母さんも免許持ってないから」
「そっかー、この辺は都会だから車無くても支障ないもんね
 うちの方は無理、最寄り駅まで歩きで30分、最寄り駅に来る電車は1時間に2本
 乗り継ぎとか考えると、気が遠くなるでしょ
 ふかやはよく来てくれたよ」
ナリは優しい顔でバックミラーに映る愛犬を見つめていた。
「徒歩だとスーパーまで20分かかるんだ、買い物も重労働
 近場にコンビニ出来たときは、本当にありがたかったなー
 細々したもの買いに車出さなくて済むから
 田舎、あるあるだよ」
苦笑するナリに
「うちも買い物は重労働かも
 米は配達してもらうようにしたけど、野菜とか牛乳とか婆ちゃんが毎日買いに行ってるし
 最近は双子が買い物の手伝いをしてくれて、すごく助かってるんだ」
俺も苦笑を返す。

「この車…免許取ったら私的な買い物に使わせてもらうって、ありかな」
婆ちゃんの負担を少しでも軽くしてあげたかったので、思わずそう聞いてしまう。
「ありでしょ、しっぽやの車だけど君達の車でもあるんだから
 私なんか随分私的に使わせてもらってるよ」
ナリはナビに注意を払いながらも会話に淀みはなかった。
「荒木は?家に車あるの?」
「親父と母さんは免許持ってて、仕事に行くとき使うからあります
 職場が駅から遠いんで、大抵使ってるの母さんだけど」
「荒木のお母さんって、キャリアウーマンって感じだよな
 背も高いしさ
 荒木、お母さんに似てたらもっと背が高かったかもな」
俺は何度か会ったことのある姿を思い出していた。
「いや、背は高くない、俺と同じくらいで親父と殆ど変わらないよ
 親父が低いんだ、あと2cm背を伸ばして親父を抜いてやる」
荒木の意気込みに、思わず、と言った感じでナリが吹き出していた。

「荒木はお父さん似なんだね」
「そうそう、荒木のお父さんって背が低くて童顔だから未だに学生に間違われるんだよな
 2人で歩いてると兄弟みたいだし」
俺がからかうと
「お前だって、おばさんと歩いてると姉弟みたいにみえるじゃん」
荒木はムキになって反論してくる。
「母さん若いからしょうがないんだよ
 だって、おじさんより10歳近く若いんだぜ」
そんな俺達の会話を聞いていたナリが
「わかった、君達が親御さんと歩いてるのを見かけたら、対応には注意するよ」
堪えきれずに爆笑していた。

「日野が免許取れば、お祖母さんもお母さんも助かるんじゃない?
 荒木のとこはどうだろう、あんまり変わらないか
 むしろ、家の車の争奪戦になりかねないね 
 乗りたかったら、この車使って」
微笑むナリに
「そうさせてもらうつもりです、だから慣れておきたくて」
荒木はそう返し、車内を見渡している。
「俺のとこは、どうだろうな
 あの人…父さんは免許も車も持ってるから
 大学合格祝いのディナー食べに、車で連れてってもらったし」
俺の発言で、車内の空気が微妙なものになってしまった。
2人とも俺の両親が離婚していることを知っていたからだ。
「2人が再婚する、とかまで話は進んでないよ
 でも、俺としては母さんに知らない人を連れてこられて『今度からお父さんになるから』なんてことになるより何倍もマシだと思ってる
 離婚したのは2人の問題だけど、あの時はどうしようもなかったって今は理解できるようになったしさ
 あの場所でなければ、やり直すことも出来るんじゃないかな」
『離婚する前に、あのアパートを出てくれてたら』『母さんにお払いでも受けさせてくれていたら』
そんな『もしも』を考えてしまうが、当時は『霊のせいだ』なんて言ってもバカらしいとしか思えなかったろう。
結局離婚原因は『母親のノイローゼ』と言う1番現実味がある理由に落ち着いてしまっていた。

「俺は今、黒谷を飼えて幸せだからもう良いんだ
 親には親の幸せがあるだろ、自分達で幸せになってもらうよ
 つか、荒木はおじさんにもっと子離れさせなきゃダメだぜ」
俺は微妙な空気をかき消すように元気にそう宣言する。
「あれでも最近はマシになったんだよ」
ため息を付く荒木に
「両親は共通の趣味とかないの?
 うちはしょちゅう2人で温泉旅行に行ってるんだ
 おかげでお土産は毎回『温泉饅頭』」
「おじさんとおばさんの共通の趣味…やっぱ猫じゃね?」
俺とナリは明るく声をかける。
「その『猫』が居るから2人とも日帰り旅行にも行かないんだ
 留守中心配だ、とか言ってさ」
荒木はさらに困った声を出す。
「それはモッチーの両親より重症だね
 あそこはどっちかが留守番して、旅行には行ってるよ」
「俺に言わせれば、1人が猫番で出かけないのも重症だと思うんだけど?」
俺の言葉で、車内はやっと明るい空気に戻るのであった。



「やっぱり道が空いてたのが幸いしたね」
ナリが運転する車は、1時間ほどで依頼人の家に到着することが出来た。
「それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい、頑張って
 私達はこの辺少し流して、ファミレスで時間をつぶしてるよ
 何かあったら駆けつけるから、直ぐ連絡してね」
「うん、頑張ってくる!」
軽く手を上げ、ふかやは颯爽と依頼人の家に向かって行く。
ナリに見送られて出動できることが嬉しそうだった。
『こうやって黒谷を送り届けてあげられたら』
荒木を見ると同じ事を考えていたのだろう、少し照れくさそうに笑っていた。


「さて、車で発見できるとは思えないけどちょっとこの辺走って、私達なりに探してみようか
 何だか雑談ばっかりしてて、肝心の運転技術を見せられた気がしないよ
 長時間ウロウロすると不審車両だと思われるから、1周りしたらファミレス待機に切り替えるね」
ナリはそう言うと車を発進させた。

「母さんの運転より丁寧だよなー
 ナリの運転に比べると母さんの運転、急発進急ブレーキが多いって気が付いた
 で、親父の運転はトロい」
断言口調の荒木の言葉で
「トロいって…、そこも丁寧だって言ってあげてよ」
「あー、でも何かわかる、おばさんハンドル握ると性格変わりそう」
俺達はまた楽しく話し出した。

「自分で運転するようになると、人が運転してる車って自分のタイミングで動かないからもどかしく感じるかな
 モッチーの車に乗せてもらうと、ちょっと怖いときあるんだよね
 『え?そのタイミングで曲がるの?』とかヒヤッとさせられる
 ってことは、モッチーが私の車に乗ると『トロい』って思ってるのかも
 ソシオはよくモッチーの運転で平気だなー
 最初は私の運転で、ちょっと酔ってたみたいなのに」
ナリは先ほどより車外の風景を気にしながら運転している。
きっと依頼された犬が居ないか確認しているのだろう。
運転しながら俺達の相手をし捜索も手伝う、そんなナリの姿は俺にはとても頼もしく見えた。

「ソシオは飼い主の運転だから、安心して身を任せてるんじゃない?
 ナリの運転の方が丁寧だから、車に乗り慣れてない化生の送り迎えには適してると思うよ
 俺も黒谷を乗せるときは、飛ばさないように気をつけないとな」
「俺もだよ、白久も犬だったときも化生してからも、車とは縁のない生活だったもんな」
俺と荒木は頷きあった。
「双子は猫だったとき車に乗ったことはあるけど、100%病院に連れて行かれるから嫌いだったって言ってたっけ
 免許取って実際に送迎車を運用する前に、車に対するアンケート取っといた方が良さそうだな」
「確かに」
輝かしい未来の前に、やるべき事は山積みだった。


結局近辺では依頼された犬を発見できず、俺達はファミレス待機に切り替えポテトやピザをつまみながら勉強を続けていた。
学科を教えることを渋っていたナリだったが、質問するときちんと答えが返ってくる。
「ナリ、学科も十分いけるじゃん、もっと早く教えてよ」
不満げな俺と荒木に
「いやー、こっちはちょっと自信なかったから
 化生の命を乗せて走る車に、適当なことは言えないしね」
ナリは苦笑を見せる。
「「そんなこと言われたら、責任めちゃ重いじゃん!」」
俺達は思わず同時に同じ事を叫んでいた。



7時近くにナリのスマホにふかやから連絡が入り、俺達は店を出て依頼人の家に向かう。
うなだれた感じのふかやが、電柱に寄りかかって車を待っていた。
『発見できなかったのかな、まさか最悪の事態に…?』
俺達の間に緊張が走った。
「ナリ…無事、発見保護できました」
内容とは裏腹に、ふかやの声は沈んでいる。

「あの子ね、移動パン屋さんの車を追いかけて、散歩の途中に逃走しちゃったんだ
 まだ3ヶ月の子犬だから家の方向もわからないし、結局そのパン屋さんのお店まで付いて行ってパンの耳とか貰ってた
 お店の人が探しに来た僕に『食いしん坊で、大きいプードルですね』って
 プードルが太ってて意地汚い犬種だと思われちゃった
 3ヶ月で7kg、スタンダードとしては標準体型の子だったのに」
「依頼の電話の時は、慌ててたから黒谷に月齢まで言わなかったのか」
「中途半端な大きさだし、パン屋さんにはトイプードルだと思われんだね」
俺と荒木は顔を見合わせた。
「僕、トイプードルに申し訳なくて
 訓練学校に行けば、僕達スタンダードはとても誉められるんだよ」
縋るような目で見られ
「うん、スタンダードがどれだけ賢いかちゃんと知ってる」
ナリは優しくふかやの柔らかな巻き毛を撫でていた。

「ナリ、帰りはふかやを助手席に乗せてあげて
 俺はまた今度で良いや」
少しでも飼い主の近くに居たいだろうふかやに気を使い、荒木がそう申し出た。
「黒谷への報告はやっとくから、俺達を事務所で下ろしたら今日はもう上がっちゃいなよ」
俺も言葉を続ける。
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
ナリは俺達に感謝の眼差しを向けてくれた。


『車で送迎すると、落ち込んでいる化生のケアを真っ先にしないといけないケースがある』

今日1番勉強になったのはこのことかもしれないと、俺と荒木は横目で視線を交わし、そう思うのであった。
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