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しっぽや(No.163~173)

side<HINO>

今日は午前中に講習所の授業を受けた後はフリーだった。
もちろん、俺と荒木にフリーな時間などない。
俺たちはランチに宅配店のピザを買い込んで、しっぽや事務所に向かっていた。


「持ち帰りだと割り引きしてもらえるからお得だよな」
「Lサイズが6枚もあると、持ち帰るのも一苦労だけどね
 お前、1人で3枚は食う気だろ」
荒木に横目で見られ
「ピザだけだと流石に飽きる
 あ、オニギリのオカズにすればそんくらい食えるかも
 そこのコンビニでオニギリ買ってくるから、ちょっと待ってて」
俺は持っていたピザを荒木に押しつけ、コンビニに向かう。
「炭水化物のオカズに炭水化物…」
荒木の呆然とした呟きが微かに聞こえてきた。


オニギリと飲み物を買い込み、さらに増えた荷物を持って俺たちは事務所にたどり着いた。
ノックの前に気配で気付いていた白久が扉を開けてくれる。
両手に荷物を持っていた俺たちには、ありがたい出迎えだった。
直ぐに黒谷も駆け寄ってきて荷物を持ってくれた。
「随分買ってきてくださいましたね」
「皆で食べようと思って、買い込み過ぎちゃった
 やっぱ、ピザにはコーラだよ
 後、ソシオにポカリ、黒谷にはカルピスウォーター」
俺の言葉で黒谷が破顔する。
「ちょうど依頼も来ていませんし、早速いただきましょう」
俺たちは長瀞さんに電話番を交換してもらい、控え室に向かっていった。

「いやー、飲み物あると荷物が一気に重くなるな」
まだ温かいピザのチーズを伸ばして食べながら俺が言うと
「そうでしょう、歩きの買い物だといつか指が千切れますよ」
タケぽんが万感の思いを込めて大きく頷いていた。
「俺達が免許取ったら、重い物とか大きい物は車で買い出しに行くよ」
同じくチーズを伸ばしている荒木が得意げな顔で言う。
「頼りにしてますよ、ほんと」
拝む勢いのタケぽんに
「飲み物は特売品ねらいで何時でも良いけど、オツトメ品は夕方に買いに行くのがお前の仕事だ」
俺はビシッと言ってやる。
「…はい」
大きな体を竦ませる後輩を見て、俺も荒木も思わず笑ってしまった。

ランチを楽しんでいる最中に電話の音が聞こえてきた。
俺達は会話を止め、応対している長瀞さんの言葉に耳を澄ませる。
「はい、はい、ドアを開けた拍子に一緒に出てしまったんですね
 …ええ、種類は?ノルウェージャンのミックス…」
猫種を聞いたタケぽんとひろせが顔を見合わせた。
「僕達が出ましょう」
「うん、こないだの捜索でノルウェージャン系とは相性いい感じだったもんね」
2人は頷きあってソファーから立ち上がった。
「ピザ、とっといてやるよ」
気を利かせて引き出しからラップを取りだそうとする俺に
「しょっぱい物は、もう十分食べました
 後は捜索成功させたら、ご褒美にケーキを食べます」
タケぽんはキリッとした顔で断言する。
「ああ…うん…」
「成功…すると良いな…」
俺と荒木が曖昧に呟く中
「それじゃ、行ってきます」
「長瀞、その依頼、僕達が受けますよ」
タケぽんとひろせは張り切って控え室から出ていった。


「捜索を手伝えるって、羨ましくはあるよな
 役に立ってる感あるからさ」
2人を見送る俺の言葉に
「まあ、実務を手伝えるからね
 でも、俺にしかできない仕事があるから俺はそれを頑張るよ
 今度、波久礼の名刺も作ってあげようと思うんだ
 猫カフェで波久礼が自分のこと説明するの、楽になるようにさ」
荒木は誇らかに答えて見せた。
「日野にだって、日野にしか出来ない仕事あるじゃん
 HP、GW過ぎにはオープン出来そうだもんな
 始めは戸惑いそうだけど、夏休みまでには軌道に乗れるんじゃないか?
 サイトに問題起こったら、日野が解決してくれよ
 俺だと大事なとこ消しちゃいそうで怖い」
照れた顔で俺を見る荒木に
「それくらいなら、まかせとけ」
俺は明るい気持ちで答えることが出来ていた。
荒木が見せる底力のような強さは、俺にとってはいつも眩しくてありがたいものだった。


ランチの後片づけをし、荒木と共にPCデスクに向かい作業を開始する。
黒谷は電話番のため所長席に戻り、白久は猫の布団になるために控え室にいた。


コンコン

ノックの後にナリとふかやが事務所に入ってきた。
「依頼達成、プードルは無事に保護して送り届けてきたよ
 日野と荒木に会いたいってナリが言うから、途中で合流して一緒に来ちゃった
 僕は今から控え室で書類作成しちゃうね」
ふかやはそう言い残し、控え室に去っていった。

「こんにちは、仕事中にごめんね
 教習所のほうどうかなって気になっててさ」
ナリは笑いながら話しかけてきた。
俺と荒木は顔を見合わせ
「ぼちぼちって感じですかね」
「強化合宿的な日程じゃないから、時間的には贅沢にやってます」
そう答える。
早く免許は欲しいが2人で送れる学校生活のような状況を楽しみながら通っている、と言うのが本音であった。


「そっかー、2人で通うの楽しんでるみたいだね」
ナリには俺達の状況はお見通しのようだ。
「最新の学科は私もちょっと自信ないけど、実技なら教えてあげられるからどうかな、って思って
 しっぽやの車、君たちがメインで使うことになるから今から少しずつ慣れといた方が良いよ
 愛犬とじゃなくて申し訳ないけど、今度ドライブ行ってみない?
 私から運転技術盗んでみて
 漠然と乗るより、自分で運転してたらってイメージしながら乗ると違ってくるよ
 2人の時間ある日があったら教えてね」
ナリは悪戯っぽい顔で笑っていた。
「良いんですか?勉強させてください!」
俺も荒木もそのありがたい申し出に興奮してしまう。
2人でスマホを取り出して講義の予定を確認している最中に、事務所の電話が鳴った。

「はい、ペット探偵しっぽやです
 はい、…はい、…お住まいは…ああ、少し遠いですね
 今から伺うとなると…」
黒谷が難しい顔で壁の時計を見て時間を確認する。
「電車での移動になりますので、到着は夕方過ぎてしまいそうです
 しかし、逃走直後の捜索の方が発見も早く、危険度は下がります
 ええ、交通事故が心配ですから
 犬ですと行動範囲も広いですし」
黒谷の応答を聞いて俺達犬の飼い主は心配そうに顔を見合わせた。

「そうですか、スタンダードプードル…
 賢い犬種ですから事故の心配はなくとも、大型犬なので騒ぎになってしまうかもしれませんね」
黒谷の言葉が聞こえたのだろう
「僕が捜索に出ます、夜間延長料金無しでやらせてください」
毅然とした顔のふかやが控え室から姿を現した。
「それなら私が送り届けます、道さえ込んでなければ電車移動より早く到着できるでしょう
 幸い通勤ラッシュにはまだ時間が早い」
ナリが素早く言葉を繋いだ。
黒谷は頷いて飼い主と詳しい話を始め、メモを作成していた。

「ごめんね、話の途中だけどそんな訳なんでふかやを送っていくよ
 日程が決まったら、また連絡して」
ナリは少し微笑んで、ふかやの元に近付いていった。
俺と荒木はそんな2人を見つめ、黒谷に視線を移す。
「これ、チャンスじゃない?このまま乗っけてもらって、運転見せてもらいたい」
「俺もそう思ってた、自分達も同じシチュエーションで出動することあるだろうし、一石二鳥の勉強になるじゃん?」
瞬時に同じことを考えた状況が嬉しく感じられた。
既に電話を終えている黒谷が俺達を見て
「こちらは大丈夫です、ナリに勉強させてもらってきてください
 しっぽやの未来のために」
微笑みながら頷いていた。
上司の許可が下りた俺達は早速ナリに相談して、急遽外回りの仕事のような状況になった。

慌ただしく準備をし、事務所を出ようとする俺に黒谷が近付いて
「ナリの運転なら安全でしょう
 時間のことは気にせず、ナリの技術を吸収してください」
優しくキスをしてくれた。
白久も荒木に同じ事をしていた。
「「よろしくお願いします」」
少し畏まる俺達は
「こちらこそ」
笑顔を見せるナリと共に、事務所を後にするのだった。



4人で影森マンションに移動する。
事務所のあるビルの駐車場は小さくて、大野原不動産に来るお客さん専用みたいなものなのだ。
今まで捜索に車を使ったことが無かったので特に不自由は感じなかったが、今後の俺達の活動状況によっては事務所の側の駐車場を借りた方が良いかもしれなかった。
『と言っても、影森マンションの駐車場だって十分近いんだけどさ』
考え事をして少しぼうっとしていた俺に
「最初はどっちが助手席に乗ってみる?
 行きは急ぐからあまり解説できないと思うけど、ナビを見ながら移動する勉強にはなるんじゃないかな」
ナリが話しかけてきた。

「え?あっと、どうする荒木?」
「俺、ちゃんと解説されないとわかんなそう
 お前先に乗らせてもらったら?ナビとかあんまり見慣れてないだろ?」
そんな荒木の申し出に従い、俺が先に乗せてもらうことになった。
「ふかや、今日の助手席は彼らに譲ってあげて」
「うん、だってナリが先生だもんね
 僕は後ろで大人しく捜索資料に集中してるよ
 スタンダードプードルが迷子って、何か事情があるかもしれないし
 日本では珍しい犬種だから、まさかと思うけど誘拐とか」
心配そうな顔のふかやを見て、俺と荒木も気を引き締めた。
「転売目的ってのはあり得るな
 荒事になりそうだったら黒谷に連絡して」
「白久も最近、洋犬の捜索頑張ってるから協力できるよ」
力説する俺達に
「ありがとう、複数で捜索できると心強いな」
ふかやは笑顔を見せた。


マンション駐車場に着くと俺達は早速車に乗り込んだ。
シートベルトを締めると、ナリは直ぐに車を発進させる。
「移動先、前に近くを通ったことあるから何となく分かるかも
 とりあえず国道に出よう
 ふかや、依頼人の正確な住所教えて」
「はい」
2人は手際よく物事を進めていく。
それは絆の強さを思わせる光景だった。
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