このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.163~173)

side<ARAKI>

楽しかった春休みも、残り僅かになってきた。
受験生だったときよりはマシだけど教習所に行っているので、しっぽやに行く時間が思うように取れなかったことは心残りだった。
『その分、日野と一緒に居られた時間は長かったけどな』
大学が別々になってしまうため、せめて教習所では一緒のコースをとるようにしたのだ。
教習所が日野と共に過ごす学校生活の最後だと思うと、早く免許は欲しいものの胸中では少し寂しかった。


しっぽやでのバイト中、HP作成のためパソコンと格闘している日野を横目に、俺は教習所の学科を勉強させてもらっていた。
普段意識して歩いたことはなかったが、道路にある交通標識の種類の多さに今更ながら驚かされた。
『免許持ってる人って、これ、全部覚えてんの?』
モッチーとナリに聞いてみたら
『試験前はある程度覚えてた』
と言う曖昧な返事が返ってきたし、カズハさんに至っては
『長らくペーパードライバーだった人間に聞かないでくださいよー
 と言うか、免許取ったら最新知識を僕に教えてくださいね』
と真剣な顔で言われてしまった。

「基本的なことは何とかなるけど、俺がやるとデザインがつまんないや
 悪い、荒木、ちょっと手伝ってもらって良い?」
日野に声をかけられてハッとする。
教材を見ていたはずなのに、内容がちっとも頭に入っていなかった。
こんなことなら最初から日野のHP作成を手伝っとけば良かった、とガックリきてしまう。
「良いよ、ちょっと煮詰まってたみたいだ
 後でわかんないとこ教えて
 実技はモッチーとナリに教えてもらえるけど、学科は2人とも嫌がってさ
 こんなとき頼りになるのは、やっぱ日野様だ」
「良いぜ、報酬はひろせお気に入りのケーキ屋の焼き菓子でどうよ」
「パンより高くつきそうじゃないか」
俺達は楽しく話しながらHP作成に取りかかっていった。


コンコン

俺がパソコンデスクに移動して直ぐにノックの音がしたかと思うと
「お、今日も頑張ってんな、感心感心」
ドアを開けてゲンさんが入ってくる。
「今日はタケぽんは居ないのか?」
「タケぽんなら、ひろせと捜索に出てるよ」
「まだまだ調子にムラがあるみたいだけど、けっこー頑張ってる感じ」
俺達の答えにゲンさんは笑みを深くした。
「そうか、将来が楽しみだな
 じゃあ、歓迎会のことはお前達から伝えといてもらうとするか
 今回の歓迎会、ちと急だが次の水曜の夜にしたいんだ
 荒木と日野は、バイトの予定が入ってるから教習所は無しだろ?
 参加できそうか?
 平日だけど夜7時から、遅刻OKって感じで」
ゲンさんの言葉に俺と日野は顔を見合わせる。
「次の水曜って、明後日?
 教習所は行かないけど随分急ですね
 持ち寄りのお題は何だろう、良さそう なの用意出来るかな」
「俺達が春休みのうちに、って事ですか?
 都合合わせてもらうの、皆、大変なんじゃ」
戸惑う俺達に
「いや、申し訳ないが、俺の都合なんだ
 うちの店の定休日、水曜だから
 後、平日が良いって頼まれてな」
ゲンさんは慌てて手を振っていた。

「ゲンさんの都合になら、いくらでも合わせますよ」
「世話になってるもんな、俺達は参加でよろしく」
ヘヘッと笑って答えるとゲンさんも嬉しそうに笑ってくれた。
「飼い主が参加するってことは」
ゲンさんが所長席に座る黒谷を見ると、彼は満面の笑みで頷いていた。
「今回は、ちょっと変則的な歓迎会なんだ
 まあ、俺の独断と偏見でやることなんで申し訳ないが
 そりゃ、いつものことか」
苦笑するゲンさんに
「ううん、ゲンさんのアイデアって最高だよ
 毎回、楽しい歓迎会だもん」
「企画力もあるしさ、クリスマスパーティー自分達でやってみて、ゲンさんの凄さを実感した」
俺達はそう力説する。
その返事に気を良くしたのか、ゲンさんはいつもの調子を取り戻し
「今回は持ち寄りじゃなく、料亭での歓迎会になりまーす
 会費は飼い主と化生、2人で5000円
 手ぶらで良いけど、ちょっとめかし込んでくれると雰囲気出るかもな」
そう高らかに宣言する。

「料亭って…2人で5000円なら居酒屋みたいな感じ?」
「それでも破格に安くない?」
驚く俺達に
「いや、知り合いがやってる店なんだけど、最近客入りが悪いらしくてさ
 集まりがある時は、平日なら割り引きするから利用して欲しいって頼まれたんだ
 今回はスポンサーも参加してみたいって言ってたし、ちょうど良いかなって
 かなり負担してもらえるから、他の人は激安なんだ
 こんだけ出してくれるってさ」
ゲンさんは指を4本立てて見せた。
「スポンサーってミイちゃん?」
「4万も出してくれるんだ、ありがたいな」
「桁が違うって、料亭だって言ったろ」
ゲンさんの言葉で俺と日野の顔がひきつった。
「「40万…?」」

「ミイちゃんに会ったら、お礼言うんだぞ」
ゲンさんに言われるまでもなく、俺達は首を激しく振って頷くのであった。



歓迎会の日、業務を早めに切り上げたしっぽや事務所で俺達は歓迎会会場に向かうために着替えていた。
白久と黒谷はいつもの白と黒のスーツを着ている。
「料亭なら黒谷に着付けてもらって着物が良いのかなとも思ったけど、動きにくそうでやめといた
 こんな時、高校生だったら制服で済んだかな」
「新地の制服、オシャレだってゲンさんに散々言われたもんな」
日野も俺も大学の入学式に着ていこうと用意していたカジュアルスーツを、一足先に着てみたのだ。
カジュアルとは言えスーツなので、いつもとは違ってちょっと窮屈さを感じるものだったが、この格好で白久と並ぶと満更でもない気がしてくる。
「お似合いですよ、可愛らしくも、いつもより大人びて見える気がします」
白久に誉められて、俺は嬉しい気持ちになっていた。

タケぽんはモッチーに借りたジャケットスーツを着ていたため、完全に社会人に見える。
それでもひろせに『格好良い』と誉められて頬を赤らめると、幼さの見える表情になっていた。

1番派手なのはウラだろうと思っていたけれど、シンプルなカジュアルスーツで現れた。
チョーカーやイヤーカフスでウラらしさ(?)を演出はしているものの、いつもに比べれば温和しめな感じだった。
大麻生も同じようにカジュアルスーツで決めているので、かえって彼の方が派手に見える気がした。
「一応、ソウちゃんの上司に会うからね
 ちゃんとした飼い主だって思ってもらいたいからさ
 形から入ってみたりして」
ウラは少し緊張した面もちで、照れ笑いを浮かべていた。
「黒谷だって大麻生の上司だろ?」
日野が頬を膨らませると
「黒谷はソウちゃんの同僚だもーん」
ウラはいつもの表情を取り戻し、キシシッと笑って見せた。

上の階から桜さんと新郷が事務所に集合し、迎えに着てくれたゲンさん、モッチー、ナリ、カズハさん運転の車に分乗して俺達は店に向かって行った。



「広いね、ここが全部お店?」
駐車場に車を止めて向かった先には、大きな日本家屋があった。
塀の向こうには電灯に照らされた木や緑が見えて、庭も広そうだ。
『会席料理』と看板が出ていなければ、お店だと気が付かなかっただろう。
引き戸を開けてゲンさんが中に入っていくので、俺達もドキドキしながら後に続いていく。
表の引き戸から入り口の引き戸まで、数メートルはありそうだった。

「いらっしゃいませ」
引き戸の前には白い前掛けの品の良さそうなおじさんが居て、丁寧に頭を下げて迎えてくれた。
「ゲンちゃん、今日はご予約りがとうございます
 皆様、格好良い方ばかりですね」
おじさんはニコニコしながらゲンさんに話しかけていた。
「しっぽやはイケメン揃いだからな、皆、料亭なんて初めてなんで気張ってきたんだ」
ゲンさんは二ヤッと笑って見せる。
「いやいや、料亭だったのは先代までの話、今は会席料理店ですよ
 気軽に忘年会なんかで使ってやってください」
おじさんは俺達に頭を下げてくれた。
「時代の流れだなー」
「親父には猛反対されたけど、食に関わる仕事をしたかったのでね
 案外、今の方が料理を楽しんでくれるお客さんが多くて嬉しいものです
 料亭時代は、何というか…」
「バブル期に料亭に縁の無かった奴らが急に入り込んで、コンパニオン呼んでバカ騒ぎしてたんだろ?」
「まあ、色々と…
 ゲンちゃん、昔話ばかりでは若い方が退屈してしまう
 先に来ているお連れ様もいることですし、お部屋に案内しましょう」
そう言うおじさんを先頭に、俺達は長い廊下を歩いていった。


「どうぞ、こちらになります」
襖を開けると広い部屋に長いテーブルが繋げて並べられていた。
そのテーブルの真ん中に、ミイちゃんと波久礼が座っている。
ミイちゃんはいつもの白いワンピースではなく、紺の長袖のワンピースを着ていた。
襟と袖口が白く、上品な印象を与える。
長い髪にピンクのリボンが可愛らしく映えていた。
波久礼はいつもの灰色のスーツなので、2人は『入学式の親子』に見えなくもない。
まさか、俺と白久もそう見えないよな、とドキリとしてしまった。

「今日は大所帯だし、上座やらなんやらは気にしないで座ってくれ
 ミイちゃんが真ん中なのは、皆をより近くで見せたいからだ」
ゲンさんの言葉で
「それでは、ゲンは三峰様の向かいの真ん中に座らなければ
 皆、ゲンを見たいでしょうから」
長瀞さんがゲンを座らせ、その隣に陣取って座る。
俺達も適当にばらけて座っていった。
ソシオはミイちゃんに手招きされその隣に座り、さらにその隣に緊張した顔のモッチーが座っていた。

「飲み物は自分らで適当に開けるから、瓶でじゃんじゃん持ってきといて
 っつっても、未成年が居るし車で来てるからジュースとウーロン茶オンリーな」
ゲンさんが頼むと瓶に入ったコーラやオレンジジュース、ピッチャーに入ったウーロン茶が次々と運ばれてくる。
グラスに飲み物を注いでいるときに中川先生と月さん組が登場し、俺達は全員揃って乾杯することが出来た。

変則的な歓迎会の始まりであった。
19/23ページ
スキ