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しっぽや(No.163~173)

『貴方が世を去れば、飼い主はとてもとても悲しみます
 それが遠い先の出来事ではないことを、貴方も感じているのでしょう?』
僕は老猫に対し残酷な事実を告げる。
『今から子猫がいれば、残された飼い主の悲しみは随分と癒されるはずです
 だからといって、貴方に対する飼い主の愛が無くなるわけではありません
 永遠に、永遠に、貴方は飼い主の心に明かりを灯し続けます
 今までの、貴方の先輩猫がそうであるように』
これは依頼人の猫飼い歴を考えた僕の推量(すいりょう)であったが、正鵠(せいこく)を射(い)ていたようだった。
飼い主に頬を寄せ甘えていた猫が、動きを止めた。
本気で子猫が気にくわなければ危害を加えていただろう。
それをせずに飼い主を取り合っていたのだとしたら、そこまで2匹の相性は悪くないと思ったのだ。

『ヤット皆居ナクナッテ、ママト2人ニナレタ
 ママヲ独リ占メ出来ルヨウニナッタノニ
 ソウダ、ワシガ居イタカラ、ママノ涙ガ早ク乾イタ…』
かつて飼い主を癒してきた自分と子猫が重なったのだろう、複雑な表情を浮かべながら彼は僕に頭を差し出してきた。
僕はその額を撫で、子猫のイメージを受け取った。
老猫とは思えないすべらかで柔らかな毛の触り心地は、彼がとても大切に手入れされていることを伺わせた。

僕はタケシの元に戻り
「子猫の気配やイメージを受け取りました
 直ぐに捜索に出ましょう、事故にあってしまうのが心配です」
そう言って2人で飛び出すように家を出た。
羽生のように自由奔放な子猫の行動原理はわからない、しかしイメージをもらえたのでそれを追うことは可能だと思った。
どこにでもいるありふれたサバトラの子猫。
けれどもその子猫の耳の先にはポショポショとした毛が生えていたのだ。
『あれはリンクスティップ
 あの子にはメインクーンかノルウエェージャンの血が入っているはずだ
 大型長毛種なら、僕にも気配をイメージ出来やすい!』
僕は気配を探りながら早足で歩いていった。
子猫の気配はあちこちフラフラしている。
『リンクスティップが有ると言うことは、活発で狩りが好きなのかも
 子猫の時から練習のため、虫を追っているのか
 そんな子猫の相手、お爺さんには辛いですね』
僕は少し老猫に同情してしまった。


どこにいるのか決定的な場所がわかればタケシと挟み撃ちにできるのだけれど、気配は動き回っているし僕達にはそこまでの連携が出来なかった。
それでも2人で確実に子猫に近付いている予感はあった。
「捕らえた」
しっかりとした気配を捕らえると同時に、前方にある駐車場の隅の草むらで前足で何かを捕まえようと奮闘する小さな影を発見する。
『タケシ』
子猫を驚かさないようタケシに想念を送ると
『わかった』
彼は小さく頷いた。

僕達が駐車場に入ろうとしたタイミングで、1台の車が近付いてくる。
駐車場を利用するようなので僕達は端に寄って場所を空けた。
車はよりによって、子猫がいる草むらに近付いていく。
運転手からは草影が邪魔をして、子猫が居ることが見えないようだ。
スピードが出ていないとは言え、虫に気を取られている子猫が転がり出れば轢かれてしまいそうな近距離だった。

タケシが車を止めようと飛び出していく。
急に車体に迫る男子高校生の剣幕に驚いたのか、車は急停車した。
しかし子猫も車と人間に驚き、慌ててダッシュしてしまう。
『あの勢いのまま車道に出られたら危ない!』
僕は咄嗟に先ほど会ったばかりの老猫の気配を借り、子猫を追った。
『ジイジ…?』
子猫の走りが遅くなり、キョロキョロと辺りを見回している。
『帰ろう、皆心配してる、外は危ないんだよ』
僕は子猫を怖がらせないよう穏やかに話しかけながら走り寄り、小さな体を抱き上げた。
とたんに緊張の糸が切れ、その場にヘタリ込んでしまった。

『タケシ、捕獲成功です』
何とか想念を送ると
『凄いよひろせ、やったな!』
そんな喜びの念と共に
「すいません、すいません、今ここに子猫がいたんです
 轢ひかれちゃうと思って慌てちゃって
 ほんと、すいません」
運転手に平謝りしているタケシの声が聞こえてきた。

持ってきていた折り畳み式のキャリーバッグに子猫を入れ、しっかりファスナーを閉める。
それから僕達は、依頼人の家に引き返していった。
「駐車場で猫を確保したの、2度目だよ
 猫って駐車場好きだよなー
 危ないから近寄って欲しくない場所なのに」
「あまり人は来ないし、エンジンを切ったばかりの車は温かいですから」
タケシは僕が持っているバッグに視線を落とした。
「ひろせが気配に気が付いてくれたお陰で助かったよ、ありがとう」
「今回は僕にもわかりやすい捜索対象だったし、小さな子猫だったので夢中でした」
いつものように他の猫に嫉妬を感じている場合では無かったことが効を奏(そう)したようだった。

直ぐに依頼を達成する事が出来たし飼い主に誉められて、僕は誇らしい気分になる。
改めて、今後もタケシと一緒に捜索したいと思うのだった。



依頼人の家に到着し、部屋の窓やドアがきちんと閉まっている事を確認すると子猫をバッグから出してやった。
申し訳ないけれど人見知りする先住猫のために、タケシには玄関先で待機していてもらっている。
『帰ッテキタノカ、セッカク静カニナッタノニ』
迷惑そうな言葉とは裏腹に、彼からはホッとしている気配が感じられた。
『じいじニ、むいむい、アゲタカッタ、ノ
 ゴメチャイ、トレナカッタ』
子猫は早速、老猫の尻尾にジャレついていた。
『ワシハ虫ハ好カン、汚ラワシイ』
『むいむい、楽シイヨ、ぷちゅっテナル』
何だか平行線なコンビだけれど、きっと今までの関係より上手く行くのではないかと思われた。

その後、依頼人に書類を作成してもらい成功報酬を受け取ると、僕達はしっぽやに帰るために歩き始めた。
「今回って俺達の最短成功記録じゃない?
 あの子猫、リンクスティップがあったね
 飼い主さんデカ猫好きだし、大きくなりそう」
タケシはクスクス笑っていた。
「気が付きましたか、猫種が近かったおかげで気配を捕らえやすくて助かりました」
「ノルウェージャンにもあるから気になるチャームポイントだよ
 もっとも個体によるみたいだけど
 リンクスティップって、メインクーンやサイベリアンの方が一般的かな」
タケシは僕を飼うようになってから、大型長毛猫のことを色々調べているので詳しいのだ。
ペット探偵としては、種類によっての差異を知っておくことも大切なことだった。

「さっきはタケシが車を止めてくれて助かりました
 僕はそんなこと思いつきもしなかったです
 もし、あの車に子猫が轢かれてしまっていたらと思うと、今更ながら震えてしまって」
依頼主の家を出て緊張が緩んだのか、僕の腕は小刻みに震え始めた。
「駐車場から飛び出したあの子を、ひろせが捕獲してくれて助かったよ
 俺が駆け出したら、驚いてさらに逃げられてた
 猫の扱いに関してはひろせの方が適任だよね
 せっかく2人いるんだし、今は役割分担して探すのが良さそうだ」
タケシは僕の腕を労るように撫で、励ましてくれる。
おかげで僕は直ぐに平常心に戻ることが出来た。

「タケシにもっと正確な情報を伝えられれば、効率的ですよね
 情報を共有出来るよう、もっと深く繋がる練習をしないと」
「帰ったら、次の依頼がくるまで、またイメージトレーニングしよう」
飼い主からの嬉しいお誘いに僕は笑って頷いた。
「体の方は、タケシと深く繋がれているのですが」
小声で囁くと
「うん、それは俺もそう思う」
タケシは赤くなりながら小声で答えてくれた。

「今夜も、泊まっていってくれますか」
甘えるような僕の問いに
「…泊まっちゃおうかな、春休みだもんね
 ひろせを飼うことになった記念の休み、って言っても過言じゃないと思うし
 そっか、もう1年経ったんだ」
タケシは感慨深げに呟いた。
「まだ、1年です
 もっともっと、ずっと一緒にいるんですから」
あのお方と共に過ごした時間より、タケシと過ごす時間が増えていくことが今の僕の喜びになっていた。
いつか長瀞のように、タケシとの時間が化生する前に飼われていた時間より長くなる日がくるだろう。
どちらも大切な時間であることには変わらないけれど、誰かを必要とし必要とされる時間は自分の存在意義なのではないかと思うのだ。

「春休み中は、お祝いで贅沢をしましょう
 1周年記念って、お店だと1ヶ月くらいお祝いしてますものね」
「よし!じゃあ早速、1周年記念のケーキを買って帰ろう
 皆の分も買えば買い出し業務の一環で、サボリじゃないしさ
 いつもより早い時間の買い物だから、出来立てがあるかも」
「業務の一環だけど、プチデートですね」
僕はタケシの腕に自分の腕を絡め、クスクス笑ってしまう。
「2人で捜索すれば、こんなご褒美もある
 そのためにはやっぱり、コンビとして一目(いちもく)置かれる存在にならないと」
「俺達なら出来るよ」
僕達の可能性を信じ切っている飼い主の言葉が、誇らかな輝きとなって胸に光っている。
「はい」
その光を消さないよう、2人なら頑張っていけると感じていた。


ケーキを買ってしっぽやに戻った後、僕達はさらに2件の依頼を受けて見事達成してみせた。
猫の依頼件数の問題もあったけれど双子の依頼達成件数は2件で、僕達は初めて彼らを抜くことが出来た。
「明日は負けないからな、今日はケーキに免じてひろせに勝ちを譲ってやるよ」
明戸が親しげに僕の肩を叩き
「違う道から挟み撃ち出来ると、かなり有利になりますよ」
皆野がそうアドバイスしてくれる。
「今日は挟み撃ちの必要性をつくづく感じました」
「午前の依頼は、俺達だからスムーズに出来たんだもんね」
僕達もコンビとしての返答を返した。


業務終了後、マンションへの道を歩きながら
「今日の仕事は充実してたなー、明日も頑張ろう」
タケシが満足そうに伸びをした。
「寝る前に、もう少し頑張ってもらえますか」
「今日1番頑張っちゃうかも」
心地よい疲れと更なる興奮を感じ、僕達の足取りは軽くなるのであった。
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