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しっぽや(No.163~173)

やっと首輪を選び終わり、レジに向かう。
お互い相手にプレゼントしたいので、別会計することにした。
荷物をまとめてエコバッグに入れ
「今夜はこれを付けて頑張ります」
そう日野の耳元で囁いた。
「俺も、付けてみる…」
日野は恥ずかしそうに呟いていた。


その後、クレープを立ち食いして小腹を満たし次の店に向かう。
「黒谷と一緒だと、あーゆー店に並びやすくて良いね
 並んでるの女の人が多くて、ちょっと気後れしちゃうんだ
 ペット連れだと微笑ましく見てもらえる気がする」
ツナ卵とチョコバナナの2品を堪能した日野が満足そうな顔になった。
「作るところを見られたので面白かったです
 自分であれだけ薄く焼くのは至難の業ですね
 でも、パンケーキを出来るだけ薄く焼いて真似できないか試してみたくなりました」
「俺、味見したい!好きなの何でも入れてくれる?
 プリンとか入れたらどうかなって思ってたんだ、食い難いかな
 ささみフライとかにハンバーグとか軽食系も美味そう」
日野が瞳を輝かせる。
「お好きな物を何でも入れてください」
「今日はクレープ食べちゃったから、今度泊まりに行くとき作ってよ
 次のお泊まりの楽しみが増えた」
僕にとっても、また日野が泊まりに来てくれると言う楽しみが増えたのだった。


次の店も今まで来たことのない場所だ。
「こちらでお買い物なさりたいのですか?」
そこは天然石を使ったアクセサリーや、シルバーアクセサリーを売っている店だった。
「うん、ここって天然石のパーツも取り扱ってるってナリに教わってさ
 黒谷用のブレスを組みたいなって思ってたから、この前色々聞いてみたんだ
 どうせなら黒谷が『状態が良い』って感じた石で作りたいんで、一緒に選んでくれる?」
日野の申し出に、僕は嬉しさで胸がはち切れそうだった。
「むしろ、僕に似合う石を日野に選んで欲しいです」
「黒谷、青系も似合うからラピスラズリとかどうかなって思ってたんだ、色々見てみよう」
僕達は勢い込んで店に入っていった。

天然石とシルバーは、どちらも良くない気を引き寄せることがある。
僕は日野を守る事を念頭に店内を見て回っていった。
天然石のコーナーには所々に浄化用の水晶系さざれ石が置かれ、明るい感じでホッとさせられた。
しかし、シルバーアクセサリーのコーナーには淀んだ気が溜まっていた。
シルバーもくすんで見えるが他のお客は気にした風もなく『渋い感じで良いね』などと言っている。
天然石コーナーに直行した日野は、特に気が付いていないようだった。

僕は日野がそちらに意識を向けないよう側に寄って石を選ぶことに集中させる。
「やっぱり、ラピスが似合いそう
 でも全部ラピスだと重い色合いになるよな
 アマゾナイトと水晶も入れて、玉の大きさはバラバラにしてみよっと」
日野は次々と石を選んでトレーに乗せていく。
無造作に選んでいるように見えて、状態の良い石を的確に手にしていたのは流石だった。
僕の出番はなさそうだ。
けっこうな金額になったので僕が支払うことを申し出てみたが
「良いの、これは俺が黒谷にあげたい物だから
 部屋に帰ったらさっそく組んでみるね」
日野は笑顔で断って財布を取りだしていた。

会計を済ませ店の外に出ると
「シルバーアクセの方、ちょっとヤバかった?」
日野が小声で聞いてくる。
「気付いていましたか」
「いや、気付かなかったけど、黒谷が俺がそっちのほうに行かないよう気を付けてたのは分かった
 守ってくれて、ありがとう」
安心した顔で飼い主に寄り添われ『守ることが出来ている』という満足感がわいてきた。
「雑魚だったのですか万が一がありますからね
 僕にもあれくらいなら対処可能です」
「ナリもあの系列の店にはふかやと一緒に行くって言ってたよ
 犬や猫なら散らせるレベルのものが多いんだって
 ペット同伴で店内まで行けるから、自分達は得してるって言ってたっけ
 でもさ、もし空と行ったら店内の物ひっくり返されそう」
日野はクスリと笑う。
「水晶のさざれをぶちまけてしまったら、平謝りですよ」
僕の言葉で日野は思わず吹き出していた。
「カズハさんに注意するように言っておかなきゃ」
「全くです」
僕達は笑いあいながら次の店に向かっていった。


次は本屋だった。
『授業とは関係ないんだけど、自分で勉強したくて』と言って、日野は動物関係の本を数冊買っていた。
写真の多い大判の本でかなりの金額になったが、日野は先ほどのように僕が支払うことを拒んでいた。
「自分でやりたいことは、自分のお金で出したいんだ
 しっぽやのバイト代があるから大丈夫
 一応、この日のために買い食い控えてお金貯めといたから
 その代わり、しっぽやでのオヤツタイムを値引き品で豪華にしちゃってるけど」
舌を出す日野に
「では、ランチくらいは奢らせてください」
そう頼み込む。
せっかくのデート、僕は日野に何かをしてあげたくてたまらなかったのだ。
「それは、喜んで」
笑顔の日野と共に僕達はレストラン街に繰り出して行った。




日野の希望で串揚げ食べ放題を楽しみ地下食品街とパン屋で買い物をして、僕達は影森マンションの部屋に戻ってきた。
日野は持参していたブレス用のゴム糸を使い、早速ブレスを組んでくれた。
「手首の大きさ見させて」
声をかけられるたびに手を差しだし何度か試行錯誤した末に、ブレスが完成する。
ラピスの引き締まった紺と金、アマゾナイトの柔らかな水色、色が重くなり過ぎないよう多めに配置された透明な水晶。
それはすっきりと爽やかな印象を与えるものだった。
「調整って言うのは、自分でやってね
 俺は今、ナリに教わってる最中でまだ上手くできないから
 今日はクラスターの上で休ませておこう」
日野はそう言うと一緒に買ってきていた水晶のクラスターの上にブレスを置いた。
「ありがとうございます、大事にいたします」
飼い主からの手作りプレゼントに胸がいっぱいになり、僕は心からの感謝を述べた。

余った石を使い日野はまだ何かを作っていた。
僕は邪魔をしないようキッチンに行き、日野のためにインスタントカプチーノをいれる。
パン屋で買ったラスクとアップルパイを一緒にトレーに乗せ飼い主の元に戻ると
「パーツ多めに買っといたんで、天然石ストラップ作ってみたよ
 2個あるからお揃いでスマホに付けよう」
日野がストラップを差し出してくれる。
「手作りのお揃い品…幸せです」
感極まる僕に『大げさだよ』と言いながらも日野は嬉しそうだった。

お揃いのストラップを付けたスマホを並べ、その幸せな光景に僕達は微笑みあった。
お茶の時間を楽しみながら
「この後は何をしますか?今日はとことんおつき合いいたします」
僕はそう聞いてみる。
「俺のことばっかり優先してるけど、黒谷はそれで楽しいの?
 俺も黒谷のやりたいことに付き合うよ?」
逆に聞き返され、僕は悩んでしまう。
「飼い主からプレゼントもいただけたし、美味しい物を食べることも出来たし大満足な1日です
 夜には僕が選んだ首輪を付けた日野とのお楽しみもありますしね」
僕の言葉で、日野の頬が赤く染まっていた。

「一息付いたら走りに行くのはどうでしょう
 犬にとっては飼い主との散歩は、とても贅沢な時間です」
「うん、部活なくて体がナマってたから俺も思いっきり走りたい
 まだ明るいし、ちょっと遠いけど土手の方まで遠征してみるか
 あそこならランニングしてる人も多いから、全力ダッシュしてもトレーニングしてるみたいに見えて黒谷のスピードも目立たないよ」
それは魅力的な提案だった。


テーブルの上を片付けランニングウェアに着替え、スマホと財布とタオルを持って僕達は再び外に出かけていった。
20分くらいは普通に歩き、それから徐々に速度を上げていく。
土手に着くと2人とも本気で走り始めた。
何人もの人間を追い抜いていくが、日野の言った通り何かの選手だと思われているようで不審な目で見られることはなかった。
1時間ほど走り、心地よい疲れを感じながら休憩する。
自販機でペットボトルを買って喉を潤した。
「こんなに走ったの久しぶり、気持ちよかったー
 でも、やっぱ犬にはかなわないや」
満足そうな息を吐く日野に
「僕も久しぶりに走りました、飼い主とする運動は最高ですね
 日野はかなり早いと思いますよ、つられて全力疾走してしまいました」
僕は笑顔を向ける。
「犬に走りを誉められるって、嬉しいかも」
日野は悪戯っぽそうに笑ってくれた。


すっかり暗くなった道を歩き夕飯を食べる店を探す最中、懐かしい佇まいの定食屋を見つけ少し歩みが遅くなってしまった。
「ここで食べたい?」
直ぐに気が付いた日野が声をかけてくる。
「いえ、日野向きのお店ではないかと」
慌てて否定するが
「チェーン店じゃない定食屋、昭和って感じだね
 良いじゃん入ってみよう」
日野は先だって引き戸を開け店内に入っていった。

席について手書きのメニューをながめ
「すげー美味そうじゃん、俺、トンカツ定食に唐揚げ付けよっと
 黒谷はどうする?」
「僕はホッケの塩焼き定食に、焼き鳥を付けます」
店主に注文を告げると『あいよ!』っと威勢の良い返事が返ってきた。
料理が出来上がるのを待ちながら
「以前に入ったことのある店と似た感じがします
 あの時は岩さんの見よう見まねで注文したものです」
僕は感慨深く店内を見回した。
「岩さんって月さんのお祖父さんだっけ」
「はい、戦後の僕達がとてもお世話になった方です」
あれから長い時が流れた。
「また来ようよ、俺も黒谷が体験したことを辿りたい」
優しく見つめてくれる飼い主と巡り会えた幸せを、孤独な過去の自分に教えてあげたかった。


僕達は懐かしい夕飯を楽しみ帰路につく。
部屋に帰りシャワーを浴びて汗を落とすと、お互いにプレゼントしあった首輪を付けてみた。
思った通り、赤い首輪は日野にとても似合っていた。
日野が僕に選んでくれた首輪も赤だった。
「僕達、またお揃いですね
 今日は本当に良い休日でした」
「俺にとっても今日は最高の1日だったよ」

お互いの姿に見とれ熱く唇を合わせると、僕達は本日最後の楽しみの時間に突入していくのであった。
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