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しっぽや(No.163~173)

「ソシオ、今日は締めに掻き揚げの出汁茶漬けを作りたいんです
 この鰹節、使わせて貰っても良いですか
 美味しい出汁がとれると思うので」
「うん、出汁の取り方俺にも教えて
 でも、俺に出来るかな…いつもメンツユとか顆粒の出汁の元とか使ってるんだ」
モジモジするソシオに私は頷いた。
「最近は私も手軽にやってますよ、強い味方がいるんです」
私は出汁用パックとハンドミルを取り出した。
ソシオが新たに削ってくれた鰹節と出汁用昆布をハンドミルで粉にして、パックに詰める。
鍋でお湯を沸かし出汁パックを入れ、5分ほど煮出した後に取り出した。
「もう、出来ましたよ」
私が言うと
「こんなんで良いの?」
ソシオは目を丸くする。
出汁を小皿に少しだけすくって
「味見してみてください」
そう言って差し出した。
小皿に口を付けたソシオは
「美味しい…、これなら俺にも出来るじゃん」
嬉しそうに瞳を輝かせていた。
「お茶漬け用は塩味がお勧めです」
私は出汁に塩を入れ味を確かめた。
「削りたての鰹節なので、風味がとても良いですね
 鰹節削り器、私も買ってみようかな
 ソシオ、良い物を教えてくれてありがとう」
お礼を伝える私に、ソシオは恥ずかしそうな笑顔を向けてくれた。

「では、天ぷら用の材料を用意しましょうか
 野菜に海鮮、色々用意しましたよ
 今回はゲン用に天ぷらで串揚げも作ってみます
 それと、ソシオ用に『受けねらい』と言うのでしょうか
 こちらを用意してみました」
私が取り出したものを見て
「これ、お餅?そうか、モッチーだ!
 それにこっちは、おまんじゅう?天ぷらになんか出来るの?」
ソシオはテンションが上がったようだった。
驚きで目を見張る彼に、私は喜んでもらえたという満足感を覚えた。
「お餅の天ぷらはうどん屋さんによく置いてあります
 飼い主の名前にひっかけて、ソシオが喜ぶかと思ったんです
 おまんじゅうの天ぷらは、ゲンと旅行に行った時に見かけました
 そのと時はわらび餅を先に食べてしまっていたので買わなかったのですが、お菓子の天ぷらなんて面白いなと思って頭に残っていたんですよ
 ソシオはあんこが好きだから、珍しがってくれると思いました」
説明する私をソシオはマジマジと見つめ
「長瀞って、案外お茶目なんだ」
何だか感心したように頷いていた。

「私のこと、何だと思っていたんですか」
苦笑しながら聞いてみると
「頭が良くて真面目で堅物っぽくて、あんまり融通がきかないのかなって
 だって有能で、いつもきちんとしてるからさ」
ソシオは頭をかきながら答えていた。
「私の飼い主はゲンですよ、飼われていれば影響は受けます
 柔軟な考えが出来るよう心がけています
 ソシオこそ、三峰様のお屋敷では取り澄ました感じだったじゃないですか」
「武衆のバカ犬に囲まれてればそう見えるし、飼い主がいなきゃ気分も浮き立たないよ」
私とソシオはそう言い合って、顔を見合わせ笑ってしまった。
「お茶目な飼い猫としては、飼い主が帰ってくる前に揚げまんじゅうをつまみ食いしてしまおうと思ってるんですが付き合いますか?」
「もちろん付き合うよ、揚げるとどんな味になるか興味あるもん」
私の誘いに、彼はいたずらっぽく瞳を輝かせていた。

「他にも揚げられるあんこってあるかな」
「中華のゴマ団子が美味しいですよね」
「それ前にファミレスでモッチーが頼んでくれたやつだ
 ゴマが付いたモチモチの皮にゴマのあんこが入ってて、美味しかった
 モッチーね、いつも俺の好きそうなもの探してくれるの
 本当にモッチーって最高の飼い主なんだよ」
ソシオは私の回答に満足したようで飼い主自慢をし始めた。
「あれ、自分で作れる?俺が作って見せたら、モッチーに誉められるかも」
彼は少し上目遣いで聞いてくる。
「後で、クッキングパッド先生で調べてみましょう
 先生には本当にお世話になってますよ、お手軽時短レシピを沢山教えていただきました
 ソシオにも作れるものが色々検索できると思います」
「マジ?後で使い方教えて!」


飼い主が帰ってくるまでの時間、私とソシオは揚げまんじゅうを食べつつクッキングパッドでレシピの検索をした。
飼い主が喜ぶかもしれないと思いながら新たな知識を覚えるのは嬉しいことだった。
事務所ではお互いのことをあまり話したことがなかったソシオと親しく話せて、楽しい時を過ごす事が出来た。
私も彼も相手に対して抱いていた『こんな猫なのかな』と言う印象は、意味のないものになる。
猫は個人主義であるが化生と言う特殊な身、やはり周りにいる仲間とは仲良くしたいと改めて思った。

語らいながら私とソシオが身に染みて得た1番の知識は『熱したあんこは冷めにくい』と言うことだ。
猫舌の私たちにとって揚げたての揚げまんじゅうは美味しい凶器のようで、同じ熱々攻撃を受けた猫同士、いっそう仲が深まった気がするのだった。


天ぷらを揚げている最中に、ゲンがモッチーと一緒に帰ってきた。
いったん火を消して出来上がっている分をテーブルに並べ、皆で乾杯する。
「どうぞ、冷めないうちにお先に召し上がっていてください
 私は残りを揚げてしまいます」
私はビールを何口か飲んだ後、立ち上がった。
「ナガト、ゆっくりしててくれ一緒に楽しもう」
ゲンが労るように制止するが
「俺も一緒に揚げる、行こう、長瀞」
すかさずソシオが立ち上がって私を促した。
「ソシオ、少し頂いてからにしたらどうだ」
モッチーがゲンとソシオを見比べて少しオロオロしながらそう言った。
「だって、ねぇ」
ソシオは悪戯っぽく舌を出して私を見つめる。
「そうですよね」
私も同じように舌を出し、2人で笑いあった。
舌に受けたあんこ攻撃により、私たちはまだ温かい天ぷらを食べる気にならなかったのだ。

クスクス笑う私たちをゲンとモッチーは驚いたような顔で見つめていた。
「んじゃ、ここはにゃんこちゃん達の厚意に甘えるとするか」
ゲンに苦笑気味に声をかけられ
「そうッスね、先に飲んでましょう
 ソシオが揚げた天ぷら、楽しみに待ってるよ」
モッチーは優しい目でソシオのことを見て頷いた。
「頑張る!その天つゆ、長瀞に教わって俺が作ったんだ
 モッチーに喜んでもらえるよう、俺でも出来ることをもっともっと探していくよ」
ソシオの姿が、ゲンに飼われた直後の自分の姿とダブって見えた。
少しでもゲンの健康の助けになれば、と本を読んで独学で頑張っていた。
今は知識を得るツールも飼い主のことを相談できる仲間も親しい人間も、当時より増えている。
『私も教えるだけではなく、もっと皆を頼って新しいことを教えて貰おう』
ソシオとの会話を通じ、私は素直にそう思えるようになっていた。


ソシオと2人、協力して揚げていたので残りはすぐに揚げ終わった。
お茶漬け用の掻き揚げを取り分け
「出す直前に出汁を温めなおしてかければ完成です
 冷たいお酒を飲んだ後なので、最後は温まって欲しいですからね
 添える香の物は、今朝漬けておいたキャベツとキュウリにしましょうか」
私は冷蔵庫をのぞき込んだ。
「俺たちの分も温める…?」
ソシオは私の後ろからモジモジと聞いてくる。
「冷めてる出汁をかけたら変?」
自信なさげな彼に
「良いですね、私たちの分は舌に優しく冷やし茶漬けにしましょう
 氷を入れるほど冷たくしなくても、常温で十分です
 ソシオ、良いことを思いつきましたね」
私はニッコリ笑って見せた。
「長瀞に料理で誉められた」
ソシオは嬉しそうに頬を染め、天ぷらを運んでいった先でモッチーにそのことを自慢していた。


その後も楽しい時間は続き、日が変わる頃お土産の天ぷらを手にソシオとモッチーは帰って行った。
帰り際にモッチーに
「ソシオに料理を教えてくれて、ありがとうございます
 すごく喜んでました」
そう声をかけられ
「また、おいでください
 化生のことを話せる職員は初めてなので、ゲンは貴方のことをとても気に入っていて一緒にいるのが楽しそうです」
私もそう返事を返す。
「ま、上司との飲み会だと緊張しちまうと思うがな
 仕事が終われば、化生の飼い主仲間だ」
ゲンがヒヒッと笑う。
「仕事場以外じゃ『アニキ』って呼ばせてもらいますよ」
モッチーもニヤニヤ笑って言葉を返していた。


片付け終わり軽くシャワーを浴びて自分に付いていた油の匂いを取ると、サッパリした気分になる。
先にシャワーを浴びたゲンがベッドで待っていてくれた。
私は彼の隣に潜り込む。
「今日は楽しかったな」
ゲンは優しく髪をなでてくれた。
「ソシオと親しく話す機会をもてました
 若い猫と過ごすと、刺激になりますね」
そう伝えるとゲンは吹き出した。
「そういや、年取った犬猫を1匹で飼うより、若い犬猫と一緒に飼った方が張り合って元気になるって聞くっけ
 ナガトは年取ったとは言いにくい外見だが、俺より上だもんな
 しっぽやでは皆の『お母さん』みたいな感じで頼られてるし、たまには若々しくはじけてみても良いんじゃないか?
 俺みたいにはじけっぱなしっつーのも何だけどさ」
笑いながら目元や頬に軽いキスをしてくれる彼に
「ゲンも、モッチーに刺激を受けましたか?
 楽しそうにバイクの話をしていましたね」
そう聞いてみる。
「若い頃はちょっと憧れてたよ
 俺は体型がこんなだし、マシンの制御出来る自信がなくてさ
 車の方が荷物運びには特化してるんで、バイクの免許取るのは諦めた
 さっき話してて、モッチーとタンデムくらいはしてみたいかな、って気になったよ」
ゲンは楽しそうに微笑んだ。
「そのときは、モッチーには安全運転を心がけて貰わなければ
 あの方、前科がありますからね」
もっともらしく言う私に
「今はソシオもいるし、あいつも無茶しないだろ
 俺にはナガトと言うラッキーキャットもいるしな」
ゲンはそう言って、優しく抱きしめて唇を合わせてきた。

「さて、飲み会後の極上デザートをいただこうか」
「存分にお召し上がりください」

私たちは何よりも熱く甘い時間に突入するのであった。
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