しっぽや(No.163~173)
side<HUKAYA>
僕は今日、しっぽやを休んで飼い主のナリと出かけていた。
ナリの運転する車の助手席に乗り流れる景色を見ていても、いつものように気分が上がってこない。
車の後部座席にはモッチーとソシオが座っている。
僕はまだマシだけど、ソシオは青ざめた顔をして小さく震えていた。
「ソシオ、大丈夫だから、な?
俺がずっと側にいて、絶対守ってやるよ
帰りに美味しい物食べに行こう、回転寿司の中トロとか」
必死にソシオをなだめるモッチーをミラー越しに見て、ナリが『ププッ』と吹き出した。
「たらしのモッチーも、飼い猫には形無しだね
ちゃんと説明してあげたの?怖いとこじゃないって」
「何度も説明したよ、でもこいつ生前、動物病院に連れて行かれたせいで飼い主が亡くなったと思ってるからさ
病院にトラウマがあるんだよな」
そう、僕たちは今、病院に向かっているのだ。
年が明けてからしっぽやに所属することになった僕とソシオの、健康診断のためだった。
動物病院ではなく人間の病院に行くので、ナリとモッチーも一緒に診断を受けることになっていた。
「俺が事故って怪我したとき、病院の人たちが助けてくれたろ?
先生も看護師さんもソシオに優しくしてくれたじゃないか
まあ、猫好きの人たちだったんだろうけど」
モッチーは震えるソシオの肩を抱いて優しく髪を撫でてやっていた。
「だって、あの時はモッチーが『患者さん』だったもん
今回は俺が診察されるんだよ
あちこちいじくり回されて、血を採られて、売ってくれって言われるかも」
「絶対、言われないから」
いつまでもグズっているソシオを、モッチーは根気強く諭している。
ソシオの恐怖か僕にも伝染してしまっていた。
「僕…狂犬病の予防注射されるのかな、あの注射しないと飼い主が怒られちゃうんだよね
ナリが怒られないよう、僕が頑張らなきゃ」
そう言うものの、膝の上で組んだ手がカタカタと震えてしまっていた。
「注射はされないよ、採血されるのは私とモッチーだけだから
しっぽやの所員はごく軽い診断で済ませてもらってるんだって
ゲンのところに就職したモッチーはもとより、私まで一緒に受けさせてもらえるんだからありがたい事なんだよ
秩父診療所のカズ先生って方が診てくれるんだ
カズ先生って化生の飼い主じゃないけど、以前に親しくしていた化生がいたらしくてね
その化生の願いを叶えるために健康診断を引き受けてくれた、ってゲンが言ってた
ゲンが長瀞を飼う前に消滅した化生だから、しっぽやとは長いお付き合いのお医者様だね
それだけでも、とても良いお医者様だと想像できるよ」
穏やかに言うナリの言葉で、僕の不安は和らいでいく。
「消滅した化生の願い…?」
飼い主のこと以外、何かを願う化生がいるのだろうか、と不思議に思った僕に
「君たち化生が健康で健(すこ)やかに暮らせること、それが願いだってゲンが言ってた
ふかやとソシオには、とても優しい先輩がいたんだね」
ナリはそう教えてくれた。
それは心が温かくなるような答えだった。
「秩父診療所の親鼻…
俺が化生したときにはもう消滅してたけど、古い武衆の奴らが話してたの聞いた事がある」
後部席からソシオの呟きが聞こえた。
「そんな良い化生が信頼した人だ、大丈夫だよ」
モッチーの慰めの言葉に、ソシオは今度は素直に頷いていた。
診療所に到着すると側にある専用駐車場に車を停め、僕たちは建物に向かっていった。
扉は閉まっておりそこに『本日臨時休診日・急患の方は秩父総合病院を受診し、当院の診察券を提示してください』そんな貼り紙が貼ってあった。
「お休み?」
ソシオが小首を傾げると
「いや、しっぽやの健康診断の日は休診にしてもらってるらしい
化生が他の患者さんと会わなくて済むような配慮だ
診療所を貸し切りって、凄いな」
モッチーがそう答えて、守るように彼を抱き寄せていた。
「私たちの到着する時間に合わせて鍵を開けておいてくれる約束なんだ
部屋を出る前に電話しておいたから、開いてると思うよ」
ナリが診療所のドアを引くと、それは難無く開く。
「じゃあ皆入って
間違えて入ってくる患者さんがいるかもしれないから、私が最後に鍵をかけるね」
ナリに促され玄関でスリッパに履き替えて、僕を先頭に一行はぞろぞろと建物内に入っていった。
シンと静まりかえった待合室、消毒液の臭い、僕とソシオは緊張が戻ってきてギクシャクとした動きになってしまう。
「ごめんください、健康診断を受けにきたしっぽやのものです」
ナリの呼びかけで、診察室とプレートがかかっている部屋の扉が音もなく開いた。
「「ひっ」」
僕とソシオは恐怖のあまり飼い主の背に隠れてしまった。
その背から怖々と顔を出し、診察室から現れた人物を確認する。
そこには、僕が知っているどの人間より年をとっている感じの男の人が立っていた。
白衣を着た人は僕たちを見回して微笑むと
「初めまして、こんにちは」
そう挨拶をしてくれた。
その穏やかな笑顔を見て、僕もソシオも緊張が少しほぐれていった。
「今日はご新規さんの健康診断だったね、通りで見ない顔ばっかりだ
しっぽやの所員は君と君かな、じゃあ残りの君たちはしっかりめの健診するからね
ああ、申し遅れました、ボクはこの診療所の医師で秩父 和弘(ちちぶ かずひろ)と言います
皆にはカズ先生って呼ばれてるよ」
カズ先生は化生を飼っている訳ではないのに、的確に僕とソシオを指さした。
先生がどこまで僕たちの事情を知っているのか判断できず、皆少し戸惑っていた。
「初めまして、私は石原 成(いしわら なり)です
ご推察の通り、しっぽやの所員はこちらの2人になります
実は彼らは健康診断的なものを受けるのは初めてで、勝手がわからないんです
失礼があってはいけないので、私たち監視の元、先に彼らの健診をしていただけないでしょうか」
僕たちを『監視する』と言う体でのナリの発言ではあったが、実際にはカズ先生が不必要な検査をしないかどうかを『監視する』つもりだろう。
柔らかくはあるが、ナリがしっかりとした態度で聞いていた。
「良いよ、彼らの健診はすぐ終わるから
2人とも病院怖いの?大丈夫、痛いことはしないよ
ちょっと触らせてもらうだけだなんだ、いい子にしてたら後で飴あげようね
じゃあ、早速、大きい方の彼から診てみようか
そこのイスに座って」
カズ先生に言われ、僕は緊張しながらイスに座る。
『ナリの前で格好悪いところは見せられない』
それを支えに、診察室から逃げ出すことを耐えていた。
「お座りできるの、良い子だね」
カズ先生は僕を誉めて頭を撫でてくれた。
「毛艶良し、耳垢なし、皮膚の状態も良好
ちょっと目の下見せて、はい良し
ベロ出して、のどの奥が見えるよう『あーん』ってして、はい良し」
カズ先生は流れるように僕の顔を触っていくので、恐怖を感じる間がなかった。
「これ、胸の音を聞ける道具なんだ、痛くないよ、ちょっと当てるだけ
じゃあ大きく息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、はい良し」
胸に何か器具を当てられたがカズ先生の指示に従っているうちに、それは終了した。
「大人しく出来たご褒美だよ」
カズ先生は机の引き出しから個包装の飴を取り出して僕に手渡してくれる。
「君はもう終わり、とても健康だね」
その言葉に、僕たちは全員呆気にとられてしまった。
「え、今のだけですか?」
ナリが呆然と聞くと
「うん、彼らはいつもこんな感じ、でもちゃんと診てるよ
彼の体調で何か気になる点とかあったかな?
もっと詳しく診た方がいいところがあれば検査するけど、どうする?」
逆に聞き返されて、『いえ、別に』とナリは小さく答えていた。
解放された僕は飼い主の側に行き
「怖くなかった、飴もらったよ」
そう報告する。
「良かったね、早速いただくと良いよ」
笑顔のナリに許可をもらい飴を口にすると、甘いミルクの味が広がって僕の緊張は飴と一緒に溶けていった。
「次は3色の髪の君、どうぞ座って
今の見てて怖くなかったでしょ」
ソシオは頷きつつも怖ず怖ずとイスに腰掛ける。
カズ先生は僕にしたのと同じ事をソシオにもやっていた。
ソシオの健診もすぐに終わり、飴を貰って解放される。
「カズ先生って全然怖くないね、本当にお医者さんなの?」
ソシオが飴を口に含み、小首を傾げて聞くと
「うちは子供も診るからね、医者嫌いの子の扱いには慣れてるんだ
恐怖がマックスになる前に解放出来るよう、手早く診るのはお手のものだよ
もっとも、注射を打たないとダメなときは阿鼻叫喚(あびきょうかん)だけど」
カズ先生は朗らかに笑っていた。
「カズ先生、俺のことお金で買いたい?」
続くソシオの言葉で
「すいません、まだちょっと混乱してるみたいで」
「ソシオ、先生そんなこと言ってないだろ」
ナリとモッチーは大慌てで、庇うようにソシオの前に回り込んだ。
「いやいや、孫の家に秋田犬がいるから十分だよ
しっぽやのしつけ教室に時々参加してるんだ
教室に通わなくてもとても賢いんだけど、大型犬だから一応ね
今度、上級者向けの特別教室に参加するつもりだから、そのときはよろしくお願いします
訓練に同行するのは孫だけど、事務所までボクが車で送ってくからさ
車に乗るのもすっかり慣れて、大人しく座ってるんだよ
もしものためにリードをつけてても、必要ない感じでね
秋田犬は格好良いだけじゃなく、大変頭が良いんだ」
カズ先生は相好を崩して飼い犬自慢を始めている。
それで僕は一気にカズ先生を身近に感じる事が出来た。
「カズ先生は犬派なんですね
私はどちらかと言うと猫派だったんですけど、今は犬派でもあります」
「俺もどっちかっつーと猫派だけど、犬も好きです」
飼い主たちも親しげに先生に話しかけていた。
「まあ、最終的には『犬猫どっちも可愛い派』だよね」
そんな感じで人間同士盛り上がっていたが
「じゃあ、そちらの2人の健康診断はじめようか」
カズ先生の一言で、ナリとモッチーはこの場所にいる理由を思い出したようで
「よろしくお願いします」
あわてて居住(いず)まいを正(ただ)していた。
僕は今日、しっぽやを休んで飼い主のナリと出かけていた。
ナリの運転する車の助手席に乗り流れる景色を見ていても、いつものように気分が上がってこない。
車の後部座席にはモッチーとソシオが座っている。
僕はまだマシだけど、ソシオは青ざめた顔をして小さく震えていた。
「ソシオ、大丈夫だから、な?
俺がずっと側にいて、絶対守ってやるよ
帰りに美味しい物食べに行こう、回転寿司の中トロとか」
必死にソシオをなだめるモッチーをミラー越しに見て、ナリが『ププッ』と吹き出した。
「たらしのモッチーも、飼い猫には形無しだね
ちゃんと説明してあげたの?怖いとこじゃないって」
「何度も説明したよ、でもこいつ生前、動物病院に連れて行かれたせいで飼い主が亡くなったと思ってるからさ
病院にトラウマがあるんだよな」
そう、僕たちは今、病院に向かっているのだ。
年が明けてからしっぽやに所属することになった僕とソシオの、健康診断のためだった。
動物病院ではなく人間の病院に行くので、ナリとモッチーも一緒に診断を受けることになっていた。
「俺が事故って怪我したとき、病院の人たちが助けてくれたろ?
先生も看護師さんもソシオに優しくしてくれたじゃないか
まあ、猫好きの人たちだったんだろうけど」
モッチーは震えるソシオの肩を抱いて優しく髪を撫でてやっていた。
「だって、あの時はモッチーが『患者さん』だったもん
今回は俺が診察されるんだよ
あちこちいじくり回されて、血を採られて、売ってくれって言われるかも」
「絶対、言われないから」
いつまでもグズっているソシオを、モッチーは根気強く諭している。
ソシオの恐怖か僕にも伝染してしまっていた。
「僕…狂犬病の予防注射されるのかな、あの注射しないと飼い主が怒られちゃうんだよね
ナリが怒られないよう、僕が頑張らなきゃ」
そう言うものの、膝の上で組んだ手がカタカタと震えてしまっていた。
「注射はされないよ、採血されるのは私とモッチーだけだから
しっぽやの所員はごく軽い診断で済ませてもらってるんだって
ゲンのところに就職したモッチーはもとより、私まで一緒に受けさせてもらえるんだからありがたい事なんだよ
秩父診療所のカズ先生って方が診てくれるんだ
カズ先生って化生の飼い主じゃないけど、以前に親しくしていた化生がいたらしくてね
その化生の願いを叶えるために健康診断を引き受けてくれた、ってゲンが言ってた
ゲンが長瀞を飼う前に消滅した化生だから、しっぽやとは長いお付き合いのお医者様だね
それだけでも、とても良いお医者様だと想像できるよ」
穏やかに言うナリの言葉で、僕の不安は和らいでいく。
「消滅した化生の願い…?」
飼い主のこと以外、何かを願う化生がいるのだろうか、と不思議に思った僕に
「君たち化生が健康で健(すこ)やかに暮らせること、それが願いだってゲンが言ってた
ふかやとソシオには、とても優しい先輩がいたんだね」
ナリはそう教えてくれた。
それは心が温かくなるような答えだった。
「秩父診療所の親鼻…
俺が化生したときにはもう消滅してたけど、古い武衆の奴らが話してたの聞いた事がある」
後部席からソシオの呟きが聞こえた。
「そんな良い化生が信頼した人だ、大丈夫だよ」
モッチーの慰めの言葉に、ソシオは今度は素直に頷いていた。
診療所に到着すると側にある専用駐車場に車を停め、僕たちは建物に向かっていった。
扉は閉まっておりそこに『本日臨時休診日・急患の方は秩父総合病院を受診し、当院の診察券を提示してください』そんな貼り紙が貼ってあった。
「お休み?」
ソシオが小首を傾げると
「いや、しっぽやの健康診断の日は休診にしてもらってるらしい
化生が他の患者さんと会わなくて済むような配慮だ
診療所を貸し切りって、凄いな」
モッチーがそう答えて、守るように彼を抱き寄せていた。
「私たちの到着する時間に合わせて鍵を開けておいてくれる約束なんだ
部屋を出る前に電話しておいたから、開いてると思うよ」
ナリが診療所のドアを引くと、それは難無く開く。
「じゃあ皆入って
間違えて入ってくる患者さんがいるかもしれないから、私が最後に鍵をかけるね」
ナリに促され玄関でスリッパに履き替えて、僕を先頭に一行はぞろぞろと建物内に入っていった。
シンと静まりかえった待合室、消毒液の臭い、僕とソシオは緊張が戻ってきてギクシャクとした動きになってしまう。
「ごめんください、健康診断を受けにきたしっぽやのものです」
ナリの呼びかけで、診察室とプレートがかかっている部屋の扉が音もなく開いた。
「「ひっ」」
僕とソシオは恐怖のあまり飼い主の背に隠れてしまった。
その背から怖々と顔を出し、診察室から現れた人物を確認する。
そこには、僕が知っているどの人間より年をとっている感じの男の人が立っていた。
白衣を着た人は僕たちを見回して微笑むと
「初めまして、こんにちは」
そう挨拶をしてくれた。
その穏やかな笑顔を見て、僕もソシオも緊張が少しほぐれていった。
「今日はご新規さんの健康診断だったね、通りで見ない顔ばっかりだ
しっぽやの所員は君と君かな、じゃあ残りの君たちはしっかりめの健診するからね
ああ、申し遅れました、ボクはこの診療所の医師で秩父 和弘(ちちぶ かずひろ)と言います
皆にはカズ先生って呼ばれてるよ」
カズ先生は化生を飼っている訳ではないのに、的確に僕とソシオを指さした。
先生がどこまで僕たちの事情を知っているのか判断できず、皆少し戸惑っていた。
「初めまして、私は石原 成(いしわら なり)です
ご推察の通り、しっぽやの所員はこちらの2人になります
実は彼らは健康診断的なものを受けるのは初めてで、勝手がわからないんです
失礼があってはいけないので、私たち監視の元、先に彼らの健診をしていただけないでしょうか」
僕たちを『監視する』と言う体でのナリの発言ではあったが、実際にはカズ先生が不必要な検査をしないかどうかを『監視する』つもりだろう。
柔らかくはあるが、ナリがしっかりとした態度で聞いていた。
「良いよ、彼らの健診はすぐ終わるから
2人とも病院怖いの?大丈夫、痛いことはしないよ
ちょっと触らせてもらうだけだなんだ、いい子にしてたら後で飴あげようね
じゃあ、早速、大きい方の彼から診てみようか
そこのイスに座って」
カズ先生に言われ、僕は緊張しながらイスに座る。
『ナリの前で格好悪いところは見せられない』
それを支えに、診察室から逃げ出すことを耐えていた。
「お座りできるの、良い子だね」
カズ先生は僕を誉めて頭を撫でてくれた。
「毛艶良し、耳垢なし、皮膚の状態も良好
ちょっと目の下見せて、はい良し
ベロ出して、のどの奥が見えるよう『あーん』ってして、はい良し」
カズ先生は流れるように僕の顔を触っていくので、恐怖を感じる間がなかった。
「これ、胸の音を聞ける道具なんだ、痛くないよ、ちょっと当てるだけ
じゃあ大きく息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、はい良し」
胸に何か器具を当てられたがカズ先生の指示に従っているうちに、それは終了した。
「大人しく出来たご褒美だよ」
カズ先生は机の引き出しから個包装の飴を取り出して僕に手渡してくれる。
「君はもう終わり、とても健康だね」
その言葉に、僕たちは全員呆気にとられてしまった。
「え、今のだけですか?」
ナリが呆然と聞くと
「うん、彼らはいつもこんな感じ、でもちゃんと診てるよ
彼の体調で何か気になる点とかあったかな?
もっと詳しく診た方がいいところがあれば検査するけど、どうする?」
逆に聞き返されて、『いえ、別に』とナリは小さく答えていた。
解放された僕は飼い主の側に行き
「怖くなかった、飴もらったよ」
そう報告する。
「良かったね、早速いただくと良いよ」
笑顔のナリに許可をもらい飴を口にすると、甘いミルクの味が広がって僕の緊張は飴と一緒に溶けていった。
「次は3色の髪の君、どうぞ座って
今の見てて怖くなかったでしょ」
ソシオは頷きつつも怖ず怖ずとイスに腰掛ける。
カズ先生は僕にしたのと同じ事をソシオにもやっていた。
ソシオの健診もすぐに終わり、飴を貰って解放される。
「カズ先生って全然怖くないね、本当にお医者さんなの?」
ソシオが飴を口に含み、小首を傾げて聞くと
「うちは子供も診るからね、医者嫌いの子の扱いには慣れてるんだ
恐怖がマックスになる前に解放出来るよう、手早く診るのはお手のものだよ
もっとも、注射を打たないとダメなときは阿鼻叫喚(あびきょうかん)だけど」
カズ先生は朗らかに笑っていた。
「カズ先生、俺のことお金で買いたい?」
続くソシオの言葉で
「すいません、まだちょっと混乱してるみたいで」
「ソシオ、先生そんなこと言ってないだろ」
ナリとモッチーは大慌てで、庇うようにソシオの前に回り込んだ。
「いやいや、孫の家に秋田犬がいるから十分だよ
しっぽやのしつけ教室に時々参加してるんだ
教室に通わなくてもとても賢いんだけど、大型犬だから一応ね
今度、上級者向けの特別教室に参加するつもりだから、そのときはよろしくお願いします
訓練に同行するのは孫だけど、事務所までボクが車で送ってくからさ
車に乗るのもすっかり慣れて、大人しく座ってるんだよ
もしものためにリードをつけてても、必要ない感じでね
秋田犬は格好良いだけじゃなく、大変頭が良いんだ」
カズ先生は相好を崩して飼い犬自慢を始めている。
それで僕は一気にカズ先生を身近に感じる事が出来た。
「カズ先生は犬派なんですね
私はどちらかと言うと猫派だったんですけど、今は犬派でもあります」
「俺もどっちかっつーと猫派だけど、犬も好きです」
飼い主たちも親しげに先生に話しかけていた。
「まあ、最終的には『犬猫どっちも可愛い派』だよね」
そんな感じで人間同士盛り上がっていたが
「じゃあ、そちらの2人の健康診断はじめようか」
カズ先生の一言で、ナリとモッチーはこの場所にいる理由を思い出したようで
「よろしくお願いします」
あわてて居住(いず)まいを正(ただ)していた。