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しっぽや(No.163~173)

「ソシオと羽生、2人でこんなにツマミを作ってくれたのか?
 凄いな、ありがとう
 どれも美味しいよ」
ソシオの飼い主のモッチーは美味しそうに俺達の作った物を食べてくれた。
「これね、ほとんどスーパーのお総菜なんだよ
 凄く簡単、俺でも作れたんだ
 しっぽやの仕事の後でも、これなら直ぐ出せる」
ソシオは嬉しそうに飼い主に報告している。
「総菜って言っても、一手間かけて貰えばご馳走だ
 俺1人の時は缶詰開けて、そのまま直食いしたりしたもんな
 友達とか来てるときは、皿に移し替えたけどよ
 ソシオが来てくれたときも、ちょっと気張ってたんだ」
モッチーが恥ずかしそうに笑っていた。
「わかる、俺も1人暮らしだったときはインスタントラーメン作って鍋から直食いしてたな
 ホカ弁が主食で、羽生と暮らすまでけっこーズボラだったよ」
サトシも照れたように頭をかいていた。

「羽生と暮らすようになってから、かなり健康的な食生活になった
 長瀞に教えてもらったり、自分で考えたり、本当に羽生は凄いよ
 猫飼い初心者の俺には、とても頼りになる猫だ」
サトシに優しく頭を撫でられて、俺の胸の中は誇らしさと幸せでいっぱいになっていく。
「本当は、長瀞みたいにちゃんとサトシの健康を守りたい
 健康って大事なことなんだ
 サトシが健康でいられるよう、俺、もっと勉強するよ」
そう言う俺を、サトシは愛おしそうにみつめてくれた。
「羽生は猫だったとき体が弱かったから、『健康』というものの有り難みを知っているんだ
 俺の方が猫のことをよく知らず、きちんと世話をしてあげられなかったのに…
 今度こそ、羽生には楽しい生を謳歌して欲しい」
「俺、サトシと暮らせるの楽しくて幸せ
 ずっと、サトシと一緒にいられたらなって思ってたから」
俺達の言葉を聞いたモッチーが不思議そうな顔になる。
「え?もしかして、猫だったときの羽生を飼ってたのって中川先生なんスか?
 でもこいつら、割と悲惨な最期を迎えないと化生しないんじゃ」
混乱しかけているモッチーに、サトシが俺達の過去を話して聞かせていた。

「どうも俺達は、レアケース中のレアケースらしい」
そう締めくくるサトシの言葉を、モッチーは目を見開いて聞いていた。
「マジか…そんなことってあるんだ」
驚きの息を吐くモッチーにソシオが張り付いて
「でも、俺達だって絆で結ばれてるよ
 俺、モッチーが事故にあったとき探せたもん」
対抗意識を燃やすようにそう言った。
今度はモッチーがサトシに事故の顛末を話して聞かせていた。

「それじゃあ、ソシオはモッチーの命の恩人みたいなものだ
 話には聞いていたが、雄の三毛猫のラッキーパワーって凄いんだな」
感心するようなサトシの言葉に俺はちょっと嫉妬してしまう。
サトシの腕にギュッとしがみつくと
「でも、羽生もちゃんと俺のこと見つけてくれたもんな
 学校で抱きつかれたときはビックリしたが、探してくれていたと知ってとても嬉しかったよ
 あんなに小さな子猫だったのに、大したものだ」
そう言って頬にキスをしてくれた。
「中川先生、猫飼い初心者なんてとんでもない
 もう立派なベテラン猫飼いですよ」
モッチーは腕にソシオを抱きながら、俺達を見て親指を立てた拳を突き出してきた。
「子供の頃からのプロの猫飼いにそう言ってもらえると、自信がつくな」
サトシも笑って親指を立てて拳を握ってみせた。

「化生の猫飼いが増えるのは嬉しいよ
 武川の場合はちょっと特殊な感じだし、ゲンさんとこも完璧すぎてさ
 皆良い人で一緒に居ると楽しいが、気軽に相談できそうな仲間も欲しかったんだ
 犬飼いとはまた、何というか色々違うだろ」
サトシが親しい感じで言うと
「それ分かる、学生君とかゲン店長んとこには聞きにくいと言うか
 ナリ見てても思うけど、犬飼いとは何か違うなって
 相談出来る相手がいると助かるぜ」
モッチーも大きく頷いていた。
俺とソシオは目を合わせ、ニッコリする。
それはお互いの飼い主が親しくなってくれた、満足感からの笑みだった。


その後も楽しい食事は続く。
飼い主たちは学生の頃に同じスポーツをしていたことで、さらに盛り上がって親しくなっていった。
サトシとソシオはモッチーが持ってきたウイスキーをミネラルウォーターで割って飲んでいたが、俺には美味しく感じなかった。
でもモッチーがミルクセーキを作ってくれて、それに少しだけウイスキーを垂らすと美味しいことが判明する。
おかげでサトシと同じものが飲めて満足出来た。
宴の〆にしてメインでもある『肉じゃが丼』はとても美味しく出来ていて、ジャガイモというボリュームある素材が入っているにも関わらずサトシもモッチーもお代わりしてくれた。


「今日は本当にありがとう、楽しかった
 また何か教えてよ、俺も総菜アレンジメニュー考えてみる」
帰り際、ソシオに笑顔を向けられ
「また一緒に作ろう、1人より2人で考えればアイデア2倍だもの」
俺も笑顔を返す。
俺達は約束を交わし、大満足の宴は終わりを告げるのだった。



後片付けを終えシャワーを浴びると、日付が代わる時間になっていた。
俺とサトシはベッドに腰掛けて、楽しかった宴の余韻に浸っている。
「サトシがモッチーと仲良くなってよかった
 荒木とかだと『友達』って感じじゃなかったから
 新郷の飼い主とは仲良いけど、影森マンションに住んでないもんね
 サトシは忙しいから、あんまり会えないでしょ
 『気軽に会える友達』が居れば良いなって思ってたんだ」
俺が顔をのぞき込むと
「羽生は俺のことよく見てるな」
サトシは苦笑していた。
「羽生はソシオがしっぽやの所員になってくれて嬉しいか?」
サトシに聞かれ
「うん、今日も俺が料理を教えられる相手がいるって事が楽しかった
 ひろせも後輩だけどさ、俺より料理上手いもん
 猫だったときの経験も豊富だから、あんまり後輩って感じしなくて
 長瀞も双子も俺よりうんと長生き猫で落ち着いてるし、俺、しっぽやではいつまでも子猫扱いされてるの
 ソシオは『シニア』って年になる前に死んでるみたいで、化生したのはずいぶん前だけど猫としては若いんだよ
 今まで猫被ってたけど、飼い主が出来て地が出てきたって言ってた」
俺はそう説明する。

「じゃあ、2人が仲間になってくれたことは、俺達には良いこと尽くめなんだな」
サトシに言われると、俺もそう思えてくる。
「また一緒にご飯食べよう、2人と一緒だと楽しいもん」
「そうだな」
頷いたサトシがクスッと笑う。
「?」
俺の無言の問いかけに
「いや、今日の俺とモッチーの服装、相手の飼い猫だったなって思ってさ
 モッチー、黒い服が好きみたいだな
 でも飼ってるのは三毛猫
 俺は三毛猫色のコーデが多いけど、飼ってるのは黒猫だ
 お互いの猫のコスプレしてる気分になって、ちょっと面白かったよ
 でも今度は、自分の飼い猫のコスプレも面白そうだ」
サトシはまだ笑いながら答えてくれた。
「サトシが俺みたいな格好するの?」
それはとても嬉しいことだった。
「ああ、今度は黒尽くめでお出迎えしよう」
「楽しみ!」
俺は思わずサトシに抱きついていた。

「今日は色々作ってくれてありがとう、どれも美味しかった
 大変だったろう?ご苦労様」
サトシは抱きついた俺の髪を優しく撫でてくれる。
「長瀞みたいに栄養バランスとか上手く考えられなかったけど
 野菜のメニューを出すって、難しいね
 サトシも仕事お疲れさま」
俺はサトシの手の優しい感触にウットリしながら答えた。
「羽生はどんどん、子猫から大人の猫になっていくな
 俺が育ててあげられなかった分の成長を見ることが出来て幸せだ
 こんな俺でも立派な猫飼いになれて嬉しいよ
 俺の幸せは、いつも羽生が作ってくれるんだな」
サトシは愛おしそうに俺の目を見つめ、唇を合わせてきた。
「俺の幸せも、サトシが作ってくれるよ」
俺はサトシの唇を深く受け入れ、舌を絡めた。

「ん…」
唇からもれる甘い吐息と湿った音、優しく触れてくるサトシの手、ベッドのシーツが立てる衣擦れの音、首筋を移動するサトシの唇、その唇が紡ぎ出す愛の言葉。
化生しなければ永遠に手に入れることは叶わなかった幸せ。
サトシと契るとき、あまりに幸福すぎて死んだ後の俺が見ている都合の良い夢なんじゃないかと思うことがある。
俺のことで泣いてばかりだったサトシが流、今では力強く俺を抱きしめ俺の中に熱い想いを解き放ってくれていた。
一つに繋がり想いを確かめあえる幸福感は、何者にも代え難かった。


契った後も、俺達はしっかりと抱き合ってお互いの存在を感じていた。
「俺は全ての化生が羨ましがる存在だね
 飼い主とやり直せている化生は、俺しかいないんだ
 俺の方が飼い猫の先輩で後輩に色々教えてあげたいけど、この気持ちはソシオに教えてあげられないや
 サトシにまた会えた喜びを、どう言えばいいのかわかんないもん」
「それは俺も同じだ
 自分の手をすり抜けてしまった小さな命に再び会えた、こんな幸せが訪れるとは思いもしなかったよ
 他の飼い主にどう言えば伝わるのか、わからない
 どんなに言葉を尽くしても、それでは足りない気がしてな
 言葉を教える教師として形無しだ」
俺達は顔を見合わせて少し笑ってしまった。

「三毛猫の雄は縁起が良いと言われているが、黒猫は福猫として幸運を招くと言われているとか
 黒猫飼い先輩の荒木の受け売りだけど、黒猫の縁で白久に出会えたらしいんで全くの眉唾じゃなさそうだ
 羽生は俺のラッキーキャットだよ」
サトシの言葉に俺は驚いてしまう。
「俺もラッキーキャットなの?」
「ああ、最高のラッキーキャットだ
 後悔した過去をやり直せる機会なんて、そうそう無いからな
 羽生が居てくれるから出来ることだよ」
サトシの優しい言葉が俺の胸いっぱいに広がっていく。

「俺、ラッキーキャットとしてもソシオの先輩なのかな
 どっちが飼い主を幸せに出来るか勝負するのも面白そう」
サトシの温かな腕の中で後輩との勝負を想像し、俺は楽しい思いで眠りにつくのであった。
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