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しっぽや(No.163~173)

「へえ、飼い主さんのバイク、黒なんだ
 ナリのは青にポイントで赤が入ってたっけ」
俺はソシオの飼い主のバイクに興味がわいてきた。
「うん、ふかやには内緒だけど、ナリのバイクより格好良いの
 モッチーが自分でカスタマイズ?ってゆーの色々したし、お店では売ってないんだよ
 直すのも大変だから時間かかるって言われてたけど、お友達が頼み込んでくれたんだって」
ソシオは自分のことのように誇らしげに語ってみせた。

「日野も、モッチーのバイク見てみたい?」
ソシオに聞かれ
「俺も最近、バイクの免許欲しいな、って思ってたから興味あるよ
 そのうち、見せてもらいに行くね」
俺は素直にそう答えた。
「それならば、今からソシオと一緒に行って見せて貰うと良いのでは?
 日野も今日はもう上がってください
 報告書の入力、僕も出来るようにならないと
 日野が居ると甘えて頼ってしまうから、今日は一人で頑張ってみます
 よろしければバイクを見た後、部屋で待っていてください
 夕飯を買って帰りますよ
 飼い主が待っている部屋に帰る、と言う体験をさせてください」
黒谷が嬉しそうに微笑んでいるので、ありがたくその提案にのることにさせてもらった。

黒谷に仕事の引継を済ませると、俺はソシオと共にしっぽやを後にするのだった。


移動中、ソシオは飼い主に電話をかけて、これから帰る旨を伝えていた。
「モッチーの格好良いバイクを是非見てみたいって言ってるから、日野も一緒で良い?
 そう、高校生…大学生?の、タケぽんの先輩
 うん、うん、わかった、直に駐車場に行くね」
ちょっとオーバーなソシオの言い方だったけど、飼い主は了承してくれたようだ。
「もう届いてるみたい、モッチーと一緒にお出迎えしたかったけど、しょうがないや
 今、マンションの駐車場に居るからそこで合流しようって」
その言葉に従って、俺達はエントランスには向かわず駐車場に足を向けた。

「モッチー!」
ソシオが手を振って駆け出すと、バイクの側にいた人物が顔を上げる。
背が高く黒い服を着た彼は、大麻生や黒谷のようなワイルド系の人だった。
長めの髪を後ろで結んでいるのはカズハさんと一緒なのに、わざと乱しているため受ける印象がまるで違っていた。

見覚えのあるナリのバイクの隣に、ごつい黒のバイクが停まっている。
シャープな印象のナリのバイクより、それは『格好良い』と言う言葉が似合う重厚な印象を受けるバイクだ。
彼は駆け寄ってきたソシオを抱きとめ
「お帰り、仕事お疲れさま」
優しく撫でていた。
それから俺の方を向いて
「初めまして、ソシオの飼い主の持田 保夫(もちだ やすお)です
 モッチーで良いよ
 荒木もタケぽんもそう呼んでくれるから」
礼儀正しく頭を下げると、気さくな感じでそう言ってくれた。

「初めまして、黒谷の飼い主の寄居 日野(よりい ひの)です
 俺のことは日野でいいですよ
 バイク、見せてもらって良いですか」
俺も挨拶を返し2人に近寄っていく。
「どうぞ、新品みたいになって帰ってきたんだ見てやってくれ
 あそこの修理屋の腕、一級だぜ
 ソシオのとこの偉い人が修理費出してくれたんだろ?
 ありがとう助かったよ、かなり請求されたから」
「三峰様は今までの俺の給料を考えたら、入院費と合わせてもまだお釣りが出るって言ってたよ?」
不思議そうな顔のソシオに
「それはソシオの給料なんだから、俺のために使わずソシオが好きなように使って良いお金なんだぜ」
モッチーは苦笑をみせる。
化生の富に甘えず彼らの幸せを願う、そんな姿勢を見たような気がして俺は彼に好感を覚えた。
「モッチーのために使うお金は、俺の好きに使ってるんだよ
 それ以外の使い道って、思いつかないもん」
首を傾げるソシオを『そうか』と言いながらモッチーは優しく撫でていた。

よくよくバイクを見せてもらったが、傷や凹み等はなくきれいに磨かれていて新品みたいだった。
「これ、事故ったときに乗ってたんですよね
 かなりメチャクチャになったって聞いたんですけど」
「俺もあの時は意識が朦朧としてて、破損状況よく覚えてないんだ
 後から見積もり届いて真っ青になったぜ
 よく助かったな、とも思った
 ソシオのおかげだ」
モッチーに誉められて、ソシオは嬉しそうに笑っていた。
「あの山、夜は怖かったから…
 モッチーが連れて行かれなくて良かった」
愛しそうに飼い主を見るソシオの言葉が引っかかった。
「山が怖い?」
「うん、あそこ、昼の顔と夜の顔が全然違うんだ
 山は大抵そうなのかも、三峰様の山はお屋敷を中心に浄化されてたから山の脅威を忘れてた」

「運転ミスって転倒したんじゃ…?」
俺はつい、失礼なことを言ってしまう。
「ああ、飛び出してきたウサギを除け損ねて…」
そんなモッチーの言葉を遮り
「本当に、ウサギだった?」
ソシオは冷静な声で言う。
モッチーは口をパクパクさせていたが
「咄嗟のことだったから…」
自信なく俯いていた。


「駐車場でするには、ちょっとこみいった話になりそうだな
 部屋でコーヒーでも飲みながら話そうか
 ご馳走するから、日野も一緒にどうだ?」
話の内容が気になっていた俺は、即座に頷いた。
俺達はモッチーの部屋に移動することになった。


「うちは2人用で、こじんまりしてるのが気に入ってんだ
 部屋を見に来た荒木と白久も気に入ったみたいだったぜ
 日野も黒谷と住む時、こんな感じが良いんじゃないか?
 でも黒谷はしっぽやの所長だから集まりがあんのかな?
 なら、ナリのとこみたいな広めの部屋の方が良いか」
モッチーはテーブルで豆を挽きながら説明してくれる。
俺は物珍しくてリビングを眺め回していた。
家具類は黒いものが多く落ち着いたシックな感じで、黒いレザーのソファーとセットの黒いテーブルがモッチーのワイルドさを引き立てていた。

「集まりは大抵ゲンさんのとこでやるし、武衆の奴らは空のとこに泊まるから、広くなくても大丈夫だと思う
 確かに、2人で住むには良い感じだね」
その部屋で黒谷との具体的な未来を感じることが出来て、俺のテンションは上がってしまった。

「はい、どうぞ」
モッチーが差し出してくれたカップから、コーヒーの良い香りが漂ってくる。
「浅煎りを気に入ったってソシオから聞いたんで、それにしたぜ
 煎り方で味が変わってくるんだ」
すかさずソシオが、お菓子がのった皿をカップの側に置く。
「はい、お茶請けはひろせのプチタルト
 コーヒーに合うお菓子を作ってもらったの
 ナッツのコクとキャラメルの香りがコーヒーと相性最高!
 しまった、これだけじゃ日野には足りないね
 冷凍パンケーキ、チンしてくる」
ソシオはキッチンに向かっていった。
「お構いなく」
流石にソシオの反応が恥ずかしく、俺は赤くなりながらモッチーを見る。
「ナリからも聞いてるぜ、よく食べるバイト君がいるって
 日野のことなんだな」
彼はニヤニヤしながら俺を見て
「ソシオ、買い置きの煎餅も出してあげな」
ソシオに声をかける。
「はーい、4個くらい開けちゃおう」
ソシオの返事に、俺は更に赤くなるのだった。


「あの、モッチーってナリの友達だし、霊感とかってあるの?
 それで、危険を回避出来たとか」
俺はズバリと聞いてみた。
「いや、俺にはそんなもんはないと思う
 そりゃナリの親友やってりゃ『アレ?』って思う現象を見ることはあるけど、俺一人の時は見たことないし
 ナリには『強い』って言われてるから、そーゆーのはね除ける力でもあるのかもな」
モッチーは普通の話題のように話していた。
「俺は、その…、霊感とかある感じで…
 ナリみたいに防御できないから、今まで嫌な目に合ってきたんだ」
初めて会ったモッチーに、俺は秘密を打ち明けていた。
「そりゃ、大変だったな、不意に体調崩したりしてたか?」
「夏は特に…」
「あー、お盆があるからなー」
モッチーのその当たり前のことを話すような態度が嬉しかった。

「黒谷と会って水晶のお守り貰ってから、凄く楽になって助かってる
 黒谷がいれば守ってもらえるからもう大丈夫だって、安心したのかな」
俺はちょっとノロケてしまう。
「そう思っときな、意識すればするほど、あいつら大胆になるってナリが言ってたから」
モッチーに肯定され、俺の心が軽くなった。
「モッチーは山の『何か』に襲われて転倒したの?
 ナリは『運転技術は自分よりある』って言ってたよ」
「いや、あんときは焦ってたし誰も居なかったからスピード出し過ぎてたんだ
 風圧もあって、派手にすっ飛んだんだろ
 間抜けなことに、山道は小動物が飛び出してくるっての忘れてた
 猫や狸だったら道の真ん中で硬直するだろうし、ウサギかドブネズミ辺りだと思うぜ
 まあ、自業自得の自損事故ってやつさ
 今後は前以上に気を付けるよ」
恥ずかしそうに頭をかくモッチーを、ソシオは心配そうに見つめていた。
未知のものにも恐れを見せず現実として受け止め学び取る、ナリの言っていたモッチーの強さとは、そんなところなのではないかと思わせた。

「もうソシオを1人にしたくないからな」
彼は隣に座るソシオを抱き寄せ、その髪に優しくキスをする。
「俺もモッチーを守る
 俺が縁起の良い猫だって言うなら、全ての良い縁とモッチーを繋ぐよ」
ソシオはモッチーに抱かれながらうっとりと呟いていた。


「日野、コーヒーのおかわり飲むか?
 あんまり飲ませると、夜に寝れなくなるかな」
「いただきます、今夜は黒谷の部屋にお泊まりだから、眠れなくなっても大丈夫なんで」
俺は舌を出して答える。
「はいはい、ごちそうさま」
彼はニヤニヤ笑って返してきた。

「俺、バイクの免許取りたいんです
 今度色々教えてください」
事故った彼の運転技術をあんなに危惧していたのに、俺の口から素直にそんなお願いが出てきて自分でも驚いた。
「ああ、良いぜ」
彼は気さくに答えた後
「ソシオ、テーブルのお茶菓子がなくなってるな
 とっときの羊羹でも出すか
 これからも日野が来るんだ、今度から棚1個分お茶菓子詰め込んでおかないとな」
俺とソシオに向かって楽しそうに笑ってみせる。

彼の強さを見習いたい、俺はそう思わずにはいられないのだった。
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