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しっぽや(No.163~173)

「美味しかったー、もうお腹一杯
 このクッキーとかパウンドケーキも美味しそうなんだけどな
 モッチーのコーヒーに合いそうだし」
ソシオが名残惜しそうな顔で、テーブルの上のお菓子を見つめていた。
最初に『あんことクリームのケーキ』なんて重い物を2個も食べたので、満腹になるのが速まってしまったようだ。
「お土産に包みますよ、そう思って沢山用意しておいたんです
 焼き菓子なら日持ちもするので、部屋で2人で食べてください」
ひろせは焼き菓子をラップでくるんだり、ジップロックに詰めたりし始めた。

「やったー!ありがと、ひろせ
 モッチー、明日のコーヒータイムはひろせのお菓子で豪勢になるよ」
笑顔のソシオに
「ありがたいな、荷物整理の合間の休憩が楽しみだ
 早めに片付け終えて、前倒しでゲン店長のとこに顔出ししてみるか」
モッチーも笑顔を向ける。
「ゲンちゃんとはもう会ってるの?」
わざわざゲンちゃんのことを『店長』と呼んでいるのが気になり、俺はそう聞いてみた。
「ああ、ゲン店長の店で働かせてもらえることになったんだ
 不動産関係の仕事は初めてだから、最初は勉強漬けだな
 コネ入社だけど、そう言われないよう頑張るぜ」
「そっか、来月からマミさんが本店勤務になるって言ってたっけ
 その後釜って、モッチーなんだ」
俺はやっと合点がいった。

「前の仕事は派遣切りにあって、次はどうしようかと思ってたからタイミング良くて助かったよ
 ソシオと居ると良いこと尽くめだ、物事がスムーズに進む
 流石、縁起の良い猫だな」
モッチーに誉められて撫でられたソシオは、幸せそうな顔で彼に寄り添っていた。
「雄の三毛猫、貴重ですもんね
 初めて会ったときはビックリして、テンション上がっちゃった
 でも俺にとっては、ひろせの方が貴重で大事な存在ですけど」
俺も、モッチーに負けないくらい優しくひろせの長い髪を撫でる。
俺に撫でられ幸せそうに頬を染めて微笑むひろせは、どんな存在よりも美しかった。

「ゲン店長も長瀞さんにメロメロだし、しっぽやって猫バカ多そうだな」
俺達を見ながらモッチーはニヤニヤ笑っていた。
「犬バカもいますよ、先輩達は犬バカです
 1人、犬と言うよりハスキーマニアがいるけど
 トリマーさんだから、ソシオの髪を切ってもらいたかったら頼むと良いですよ
 うちはこの前、ひろせの毛先をそろえてもらったんです
 ナリもふかやのカットをお願いしてる、って言ってました」
「しっぽやって、本当に色んな人がいるんだ
 俺も何か皆の役に立てると良いんだが」
モッチーは首を捻って考え込んでしまう。
「免許持ってるんなら、時間があるときにでも皆の足になってくれれば助かります」
「何だ、そんなことならお安いご用だよ
 ソシオが遠方の依頼を受けたときとか、タンデムで現場まで乗せていけるぜ
 そうか、ふかやは足がなかったから、あの時は大変だったんだな
 電車だと、こっからナリの家までかなりかかる
 ってことは、ひろせもダービーの依頼受けてくれたとき、移動が大変だったろう
 ダービーを見つけてくれて、本当にありがとう」
「でも、あの時はお昼ご飯もご馳走になったし、服もいただけたし
 ダービーさんとお話しできたのも楽しかったです」
モッチーに改めて頭を下げられて、ひろせは恐縮していた。

「そういや、実家にもけっこう服を置いてきたっけ
 最近『邪魔だから片付けろ』ってお袋がうるさくて
 ソシオの顔出しに実家に行ったときにでも、また持ってくるよ
 学生の頃買ったのが多いから、実家に置いてある服の方が若向きかな
 タケぽんが気に入ったのがあれば、貰ってやってくれ
 交換で、ソシオにあんこのケーキを作ってくれると嬉しいな
 あ、ケーキ作るのはひろせか」
「タケシに服をいただけるのなら、僕がケーキを作ります
 材料を買ってくれるのはタケシなので、ちゃんと交換になってますよ
 僕はケーキを作る交換に、一杯撫でてもらえたら嬉しいです」
ひろせは俺に期待するような視線を投げてきた。
「もちろんだよ、交換条件無くっても、いつだってひろせのこと撫でたいよ」
俺は早速ひろせの頭を撫でてやる。

「何か、俺だけ何にもしてない感じ…
 じゃあ、俺はひろせの代わりにラブラドールの依頼を受けるね」
ソシオが言うと
「ラブの依頼は僕も受けたいから、独り占めはダメですよ」
ひろせが少し焦ったように言った。
「ソシオは幸せだけを満喫していれば良さそうだぞ
 ソシオの招き猫効果で、しっぽやは商売繁盛だ
 事務所でひろせのケーキを食べながら、お茶を飲んでれば良いさ」
モッチーに言われて
「どうせなら、モッチーに淹れてもらったコーヒーをマイボトルに詰めて控え室でコーヒーブレイクしたいな」
ソシオは期待するように飼い主を見る。
「ソシオの為なら、朝からコーヒー淹れるよ」
その回答にソシオは満足げな顔になった。
「ひろせにも、分けてあげる
 コーヒーにあうお菓子も作って欲しいから、味見してよ
 モッチーのは豆から挽いた本格コーヒーなんだ」
「それは楽しみです」

それからも俺達は、幸せな未来を楽しく語り合うのであった。


モッチーやソシオと過ごす時間が楽しくて、俺達は夕飯も一緒に食べることにした。
ひろせの部屋にストックしてあったパスタを茹でレトルトのソースをかけた簡単な物だけど、親しい人との食事は特別なご馳走に感じられる。
冷凍野菜を使って簡単なサラダを作るひろせに、ソシオは熱心に質問していた。
自分でも作ってみたいようだ。
モッチーの役に立ちたくてたまらない、可愛らしい健気さが伝わってくる。
「愛されてますね」
俺が茶化しても
「まあな」
モッチーは余裕の表情で答えていた。
その大人の対応は、俺も見習いたいところであった。

「ソシオが猫だったのは、昔のことみたいでな
 多分、昭和終盤頃だろう
 化生してからは山中の屋敷で過ごしてたから、しっぽやに来て新しい知識に戸惑うこともあるらしい
 俺も色々教えてるが、君達みたいな若い奴も教えてくれるとありがたいよ
 彼には今度こそ、周りの皆に愛される生を送って欲しいんだ」
優しい瞳でソシオを見るモッチーに、俺は胸が熱くなった。
この人は飼い主歴が浅くても、ソシオの幸せを何より望んでいる。
ゲンちゃんが気に入って店にスカウトしたのも頷けた。

「大丈夫ですよ、既にソシオは皆に愛されてるしっぽやの一員です」
俺が断言すると、モッチーの顔が綻んだ。
「そうか、ソシオは家の両親にも気に入られてるんだ
 気に入られすぎて、お袋に盗られるんじゃないかと危惧してるよ」
モッチーは大仰にため息を付いてみせた。

「タケぽんは?ひろせのこと家族に紹介してる?」
その問いかけに、俺は黙り込んでしまう。
「まあ、高校生にゃ色々重いカミングアウトだな」
モッチーは苦笑する。
「先輩達は、飼い犬のこと親に紹介してるんです
 『職場の先輩』って感じで
 好意的に受け入れてもらってる、って言ってました
 犬達のそんな話聞いてる時、ひろせ、ちょっと羨ましそうなんですよ」
「タケぽんの親御さんが猫好きなら、かなりハードルは低いと思うぜ
 急がなくたっていいさ、きっとそのうちなるようになるって」
俺の肩を励ますように叩いてくれた。



夕飯を食べて一息付くと、モッチーとソシオは自分たちの部屋に帰っていった。
俺はこのままひろせの部屋にお泊まりだ。
『ここんとこ「バイト先の同僚の部屋」に連日泊まってるよな
 ゲンちゃん関係のバイト先だから大目に見てもらってるけど、家族にちゃんとひろせを紹介したい
 銀次にはひろせのことバレてるっぽいけどさ』
考え込む俺をひろせが小首をかしげて見ていた。
「モッチーって、大人だよね
 俺もあんな風にどっしり構えられる大人になりたいよ」
苦笑する俺に
「でも、モッチーよりタケシの方が格好良いですよ
 そうだ、頂いた服を着てみてください
 きっとモッチーより格好良く着こなすと思います
 ソシオには内緒だけど」
ひろせは可愛く舌を出してみせた。
それだけで俺の気分は上昇していく。
「うん、ちょっと着てみるよ」
俺は早速モッチーに貰った紙バッグの中身を物色し始めた。

中身は、自分では買ったことのないデザインのシャツやジャケットばかりだった。
「え?これも、こっちもブランド物じゃない?貰っちゃっていいのかな」
タグのマークを見て俺はドキドキする。
俺が日頃着ているのは量販店で買った物が多く、ウニクロが精一杯の『オシャレ服』だ。
そんな俺には、どうやってこれらを組み合わせれば良いかわからなかった。
ひろせは期待に満ちた瞳で俺を見ている。
『合わせ方が変でも、ひろせに気に入ってもらえればいいや』
そう考えると気持ちが楽になった。

青いシャツを着て、黒いジャケットを羽織ってみる。
「どうかな」
「いつもとは違う服、格好良いです」
ひろせは頬を染めて俺を見てくれた。
「こっちにするとどう?」
ジャケットだけグレーの物に着替えてみる。
「何だろう、印象が柔らかくなりました
 こっちの方がタケシらしい気がします」
ひろせが驚いた顔になった。
「これだと、同系色だから目立たないかな」
今度は青いジャケットに替えてみる。
「そうですね、色が似すぎていて目立たないかも」
「じゃあ、中をこっちの白いシャツにしてみるよ」
「このジャケットには、こっちのシャツの方が似合います」
そんな感じで、俺達はファッションショーを楽しんだ。
ひろせと一緒なら新しいことにチャレンジできるし、どんなことでも楽しめると確認できる幸せな時間だった。

「今まで服のコーディネートとか深く考えなかったけど、楽しいね
 この服、ひろせの部屋に置いといて良い?」
「はい、暫くは僕のためだけに着てくれると嬉しいな
 格好良いタケシを独り占めしたいから」
嬉しそうに微笑むひろせが可愛くて
「俺も、今からひろせを独り占めして良い?」
彼の耳に囁くと唇を合わせた。
「僕はいつだって、タケシだけのものです」
キスを返しながら、ひろせは艶やかに答える。
「俺も、ひろせのものだ
 ひろせに相応しい大人になれるよう、頑張るよ」
愛を込めて俺もそう告げる。

俺達はベッドに移動して、何度も熱い想いを確かめ合った。

また、ひろせとの楽しくて幸せな時間の思い出が増えていくのだった。
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