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しっぽや(No.163~173)

side<TAKESI>

ピンポーン

ひろせの部屋のチャイムが鳴った。
俺がひろせを見ると彼は大きく頷き
「ソシオの気配です、無事に部屋が分かったようですね」
微笑みながらそう言った。
俺は急いで玄関に向かいドアを開ける。
「こんにちは、お招きいただきありがとうございます」
そこには満面の笑みを湛(たた)えたソシオが飼い主と一緒に立っていた。
「どうも初めまして、ソシオの飼い主の持田保夫(もちだやすお)です」
格好良くワイルドで厳(いか)つい外見に似合わず、彼は丁寧に頭を下げた。
「ひろせの飼い主の武川丈史(たけかわたけし)です
 どうぞ入ってください、って俺の部屋じゃないけど」
俺も挨拶を返し、2人に入室を促した。


今日は正式にしっぽや所員になったソシオとその飼い主が、俺に服をくれるために来てくれたのだ。
事前に相談されていたので、俺とひろせはお礼のおもてなしをしようと朝から奮闘していた。
情報を得ていたソシオの好物の他に、猫バカ(飼い主)受けを狙って、かるかん粉のロールケーキも用意してある。
初めて会うお客様に喜んでもらえるか、喫茶ひろせの腕の見せ所であった。


「わあ、凄い美味しそう、クリームと、あんこのケーキがあるよ」
ソシオが頬を紅潮させ飼い主を見上げる。
「よかったな、ソシオ、あんこ好きだもんな」
持田さんは優しい目でソシオを見つめていた。
俺とひろせは視線を合わせ
『やった!受けてる』
と想念を交わした。
「古着のお礼が豪華なケーキで申し訳ないな
 あんま気を使わなくて良いから
 これ、良かったら着てやってくれ」
持田さんは苦笑して、大きな紙バッグを渡してきてくれる。
それから俺をジッと見て
「サイズは問題なさそうだな、でも俺の方が横幅あるか
 まあ、ダブつく程じゃないだろう
 俺が履いてたので良けりゃ、今度はボトムも持ってくるよ」
そう言って頷いてみせた。
「ありがとうございます、助かります
 前貰った服ってあんまり着てないし、ブランド物みたいだけど良いんですか?」
俺は恐縮してしまう。
「モッチーが着てたもの捨てるの勿体ないから良いの」
クッションに座ったソシオがケーキから目を離さずに断言する。
「大事に着させていただきますね」
ひろせがケーキを切り分けながら嬉しそうに微笑んでいた。

「どうぞ、持田さんも座ってください
 ローテーブルしかないんで、気楽に胡座(あぐら)かいちゃって良いですから」
俺はソシオの隣のクッションを指さした。
「俺のことは『モッチー』でいいよ、タケシくん
 親しい奴らはみんなそう呼ぶからさ
 化生の飼い主同士、ってのは親しい間柄に入るだろ?」
「もちろんです!
 じゃあ、俺のことは『タケぽん』って呼んでください
 俺の名前『タケ』がくどいから」
俺はヘヘッと笑ってみせる。
「そういや、そうだ
 改めてよろしくな、タケぽん」
「こちらこそよろしくお願いします、モッチー」
和やかな雰囲気の中、お茶会が始まった。


「すごいな、これ全部手作り?」
モッチーはテーブルの上のお菓子を見て、目を丸くしている。
「はい!俺じゃなくひろせの手作りですけど」
「タケシも沢山手伝ってくれました、2人の手作りです」
ひろせが頬を染めて笑う。
「最近では『居酒屋ながとろ』に負けない『喫茶ひろせ』ですよ」
俺はちょっと誇らかに言ってみた。
「ああ、長瀞さんの作るつまみ、美味いもんな」
モッチーは、既にナガトの料理を食べたことがあるようだ。
「ソシオは最近、煮込み料理を頑張ってるんだ
 この前作ったカレー、美味かったよ」
飼い主に誉められ、ソシオは得意げな顔になる。
「羽生に教わったの、野菜が煮崩れないようにあんまりかき回しちゃダメなんだって
 今度はビーフシチューにチャレンジしてみるからね」
「そりゃ、楽しみだ」
2人はすでに幸せそうな飼い主と飼い猫だった。


「このあんこのケーキ、美味しい」
ソシオはよほど気に入ったのか、2個目を食べていた。
「クリームとあんこって、合いますよね
 あんこの重さがクリームで軽くなるし、コクが出る
 洋菓子にも積極的に取り入れたい材料です」
「俺、モッチーに食べてもらいたくて料理の勉強中だけど、お菓子は作ったことないんだ、難しそうでさ
 コーヒータイムに手作りスイーツ出せたら良いだろうな」
「シベリアに生クリームを塗るだけでも、それらしくなると思いますよ」
「それ簡単で美味しそう!今度やってみる」
猫達は打ち解けて、和気藹々(わきあいあい)と話し込んでいる。

「今まで家庭的な奴と付き合ったことなかったから、新鮮というか
 何か、良いもんだなこーゆーの」
俺と目が合ったモッチーは、相好を崩し照れた笑顔を浮かべていた。
俺もきっと彼と同じくらいデレデレした顔になっていることを自覚したが、その表情を引き締めることは出来なかった。


「タケぽんは高校生なんだってな
 そんだけ背が高いって事は、何かスポーツやってんのか?
 俺はお定まりのバスケやってたんだ
 バイクの方が楽しくなって、大学入った時にはやめちまったけど」
モッチーに聞かれ
「あー、俺、運動音痴なんです」
俺は頭をかいた。
「しっぽやの陸上部の先輩にちょっと誘われたけど、100メートル走のタイム教えたら2度と声をかけてきませんでした」
それどころか、他の部員にまで俺の運動音痴のことを吹聴して回ってくれたので、あまり激しい勧誘にはあわなかった。
(が、何だか釈然としない気分は残った…)


「しっぽやって、他にも高校生がいるのか
 まだ他の飼い主に会ってなくてな
 俺が知ってるのはナリとゲン店長と、タケぽんくらいだ」
「怪我で歓迎会に参加しそびれたんですもんね
 モッチーなら、すぐ皆と打ち解けられますよ
 そうだ、今はまだ高校生だけど2人の先輩は春から大学生なんです
 彼らに会ったとき、身長のこと突っ込んじゃダメですよ
 2人とも背が低いことメチャクチャ気にしてるから
 一緒に買い物行ったとき、俺が大学生、先輩たちが小学生に間違えられて、その後地獄だったんですから」
あの時は俺の財布が一気に極寒地獄になったのだ。
「背が低いくらいで小学生って、オーバーだな」
モッチーは冗談だと思って笑っているが、あの2人の童顔を見て下手なことを言い出す前に注意喚起をしておくのは、しっぽやの先輩としての俺の勤めだと思っていた。


「タケシ、かるかんケーキ切りますよ」
ひろせに声をかけられ
「じゃあ、緑茶淹れようか」
俺は立ち上がる。
「かるかん?和菓子の?あれって自分で作れるのか」
モッチーはかるかんのことを知っているようで、感心した顔をしていた。
「猫バカには受ける名前だよな」
「俺も初めて聞いたときはビックリしました」
そんな俺達をソシオは不思議そうな瞳で見つめていた。
「かるかん?」
「ああ、ソシオは鰹節ご飯が主食だったから知らないか
 獣医師から貰ってたフードは、ロイヤリティカナンだったし
 カルカンって名前の有名なキャットフードがあるんだよ
 実家のダービーも食べてるな」
モッチーはソシオの髪を優しく撫でてやっている。
「家の銀次も食べてます
 でもそればっかだと食べなくなってくるから、モンプッチとかキャラッティとか色々ローテしてますけど」
「うちもだぜ、同じの続くと食わなくなるんだよ
 次々色んな物あげるから悪い、って分かっててもやっぱなー」
俺達はかるかんを食べながら、猫バカ談義に花を咲かせていた。

モッチーが以前飼っていた(今は実家暮らし)猫は、ターキッシュバンと言う半長毛種だそうだ。
俺はチンチラシルバー飼いなので、話はより弾んでいた。
「それまでは拾った猫を保護してたから、ペットショップで猫を買うっての抵抗あったけどさ
 運命感じる事ってあるんだよな」
モッチーがしみじみと言うので
「俺も銀次とは運命感じました、前の猫の生まれ変わりなんだって
 シルバが死ぬ前に『また来る』って言ってたから」
俺もついそんなことを口走ってしまった。
「死ぬ前?」
好奇心アリアリの不思議そうな顔に負け
「あの…俺、子供の時、猫と話が出来たと言うか、そんな気がしてたと言うか」
俺はしどろもどろに猫と簡単な意志疎通が出来る事を話していた。
気味悪がられるかと思ったけど、モッチーは当たり前のように『そうか』と頷くだけだった。

「こーゆー事出来るの、変じゃないですか?」
恐る恐る聞いてみると
「何年ナリの親友やってると思ってんだよ
 むしろタケぽんは、ナリより能力低そうだけど」
モッチーはクツクツと笑ってみせた。
「あ、はい、ナリに比べたら俺なんかまだ全然です」
俺は苦笑してしまうが、この曖昧な能力を大人のモッチーにすんなり受け入れてもらえた事が嬉しかった。
「でも、ひろせとは深く想いを交わせます」
それだけは誇らかに宣言する。
「ごちそうさま
 まあ俺も、ソシオとはかなり通じ合えてんじゃないかと思うがな
 事故った俺を発見して助けてくれたのはソシオでさ
 よく場所がわかったもんだ」
モッチーに優しい視線を向けられて
「場所が分かってた訳じゃないけど、体が自然に動いてたんだ
 ナリが電話でアドバイスしてくれたから助けられたんだよ、俺だけだったらダメだった
 そう言えば大麻生や空や、その飼い主達も協力してくれたっけ
 今度、ちゃんとお礼しなきゃね」
ソシオはモッチーに微笑んでいた。

「しっぽやの関係者ってのは、ずいぶん居るんだな
 一度に覚えきれるかな」
モッチーは苦笑してみせた。
「大丈夫ですよ、そのうちゲンちゃん主催で花見兼モッチー歓迎会をやるって言ってたから
 その時に何度でも名前とか聞いて一致させれば良いんです
 それくらいでイヤな顔する人いませんって」
俺は頷いてみせる。
そして花見が歓迎会を兼ねるのは俺とひろせも同じだったな、と懐かしく去年のことを思い出すのであった。
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