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しっぽや(No.163~173)

部屋の内線電話が鳴り、ゲンさんが呼ばれて店に顔を出しに行った。
俺も一緒にしっぽやに戻ろうか迷ったが、ゲンさんにデザインの最終チェックをしておいて欲しいと頼まれた。
俺はもう一度ファイルを取り出してモッチーに確認する。
「名刺で使う写真は三毛猫で、ここは魚の骨のイラスト
 社員証は三毛猫のイラストと花のイラスト
 三毛猫、ってやっぱりイメージはソシオ?
 髪だけ見ると、白が多くて茶と黒は少な目の毛色っぽいけど、そんな感じで選んで良いですか?」
「ああ、猫のソシオも白が多い毛色だったよ
 尻尾は短めで先がちょっと曲がってたっけ
 三毛猫の雄、本当にいるもんなんだな」
モッチーは感慨深げに言葉を口にした。
「俺も初めて見たときは興奮しました
 でも、猫のこと知らないと『何か珍しいのか?』って反応されて
 常識のギャップに驚くというか」
俺はソシオを見ても冷めた態度だった日野を思い出していた。

「そうだな、とても珍しい猫だ
 でも、ソシオにとって三毛猫の雄だった事は幸いではなかった
 あんなに貴重な存在なのに、それ故に不幸になって
 三毛猫じゃなければ、もっと前の飼い主と居られたかもしれなかったのにな」
モッチーは辛そうな顔になる。
『そうだ、この人も飼い猫の記憶の転写を見たんだ』
悲しみに満ちた彼らの過去は、飼い主にとっても悲しい出来事だった。
「三毛猫の雄の希少性を知っているってことは、荒木少年も猫飼い?」
「はい、飼ってる化生の白久は秋田犬だけど、リアルは猫飼いです
 生まれたときから猫と一緒だったんで、猫飼い歴そろそろ19年になりますよ
 前の猫が亡くなってから、2ヶ月くらいブランクあったけど」
俺はちょっと得意げに答えた。

「19年…俺より長いじゃん
 俺は16、7年だったかな
 俺もダービーの後、ソシオを飼うまでけっこーブランクあったっけ
 あ、ダービーって今は実家にいる猫だけど、元は俺の飼い猫だったんだ
 実家に預けたらお袋にベッタリになって引き離せなくなってさ」
「あー、猫の執着わかります!
 家の猫は親父にベッタリです、俺だって可愛がってるのに」
「いつも拾った猫ばっか飼ってたけど、ダービーはショップで見て運命感じて買ったんだよ
 ターキッシュバンって日本じゃ珍しい種類でな
 でも、ダービーの運命は俺じゃなくお袋に繋がってたんだ」
「ターキッシュバンって半長毛ですよね
 家のカシスもミックスだけど半長毛っぽいんです
 前の猫は短毛だったから、色々ビックリで」
「俺もダービーの前は短毛ばっかだったぜ
 半長毛とは言え、抜け毛の量とかハンパないよな」
お互い半長毛猫飼いだとわかり、俺たちは急速に親しくなっていった。

戻ってきたゲンさんが
「長毛猫飼い歴30年以上の俺を抜かして長毛猫談義とは、片腹痛いわ」
そう言って話に加わったのでその後は無法地帯となり、気が付くとここに来てから4時間近くが経過していた。


「ヤバい、さすがにもう戻らなきゃ
 白久が帰ってきてるかもしれない」
壁の時計を確認し、俺は慌てて立ち上がった。
「おおっと、もうこんな時間か
 マミちゃんだけで大丈夫だったって事は、今日はお客が少ないのかな
 引っ越しの駆け込みが来ると思ってたんだが
 モッチー君が来たら、忙しくなるかもな
 縁起の良い猫飼ってるし、招き猫と言えば『三毛猫』だ
 期待してるぜ」
ゲンさんに言われてモッチーは『どうなんスかね』と苦笑していた。

「荒木少年、お疲れさま
 名刺と社員証、来週までに頼んだぜ
 しかしせっかく捜索終えて帰ってきたのに、飼い主がいなかったら白久はガッカリだな
 今夜は夕飯一緒に食べてってやんなよ」
「元々、夕飯はこっちで食べて泊まってくつもりでした」
俺は笑って舌を出した。 

「じゃあ荒木少年、俺の部屋で食べないか?
 今夜はソシオが初ビーフシチューにチャレンジしてるんだ
 飼い犬君と一緒に食って、感想聞かせてやってよ」
モッチーがそう誘ってくれる。
「そうだな、2人用の部屋を見とくのも良いかもな
 荒木少年は白久と一緒に住むとき、ファミリータイプより2人部屋くらいが良いんじゃないの?」
ゲンさんにそう言われると、モッチーの部屋に興味が出てきた。
「お邪魔しちゃって良いの?」
「ああ、引っ越してきたばっかでシンプルなうちに見てみなよ
 そのうち荷物が増えそうだからさ
 ソシオに似合いそうな服買ってやりたいんで、今後衣装ケースが増えそうでな」
モッチーは照れた顔で頭をかいている。
何だかこの人は大麻生を飾りたてるウラと、同じ道を歩みそうな気がした。

俺は今のところ首輪を多く買っているけど、白久の海パンを選んだときはけっこう真剣になってしまったことを思い出す。
白久と一緒に暮らしたら俺も2人の様になってしまいそうな予感がしたが、それは幸せな未来に思えるのだった。


大野原不動産からしっぽや事務所に戻ると、やはり白久は帰ってきていた。
「白久を出迎えようと思ってたのに、ごめんね
 ゲンさんのところで話し込んじゃってさ
 ソシオの飼い主に会ったんだ、今夜の夕飯に招待されたよ
 一緒にお邪魔しよう、部屋を見せてもらいたいんだ
 俺達の未来の参考にさせてもらいたくて」
「なるほど、一緒に住めるようになった時の下見ですね、楽しみです」
白久は幸せそうに頷いた。


業務終了後、いったん白久の部屋に帰り荷物を置いてからモッチーの部屋に移動する。
白久はソシオに負けまいと手早くエビとアボカドのサラダを作り、それを手土産にしていた。


ピンポーン

チャイムを押すと
「いらっしゃい、しっぽやからの初めてのお客さんだ
 ゲンと長瀞は不動産屋だからノーカウント」
ハシャいだ様子のソシオが迎えてくれた。
「お招きありがとうございます
 差し入れで、こちらを作ってきました
 ビーフシチュー、荒木が気に入るようならレシピを教えてください」
「有名な『白久のエビとアボカドのサラダ』だね
 モッチーが気に入るなら、俺にもこれのレシピ教えて
 レシピの交換だ」
笑いあう化生達が微笑ましい。
「俺が大学合格できたの、ソシオのおかげかも
 前に撫でさせてもらったじゃん
 白久が支えてくれたから頑張れたってのも強いけどね」
俺が礼を伝えると
「モッチーも、俺が居るからって良いことあればいいのに」
ソシオは少しションボリしてしまった。
「何言ってんだ、ソシオと付き合ってから俺は良いことずくめだよ」
遅れてやってきたモッチーが後ろからソシオを抱きしめたため、その顔はすぐに華やかな笑顔に変わった。

「ほら、入った入った
 まずは腹ごしらえして、それから部屋の中とか見て回れば良いだろ」
その言葉に従って、俺達はリビングに移動する。
テーブルの上には、夕食の準備が整えられていた。


「君が白久か、さすが大型犬だ、俺と同じくらいタッパありそうだな
 ソシオは君と話した記憶があまりない、って言ってたよ
 たまにお屋敷に来ても、大抵寝てるからってね
 しっぽやでは猫達と寝てたんだろ?双子からは白久の話をよく聞いていたらしい」
食事の最中モッチーにそう言われ、白久は恥ずかしそうに俺を見る。
「白久は温厚なんで猫達に受けが良いんです
 犬だったとき飼い主の帰りを待ちながら寝てたんで、習い性になってるみたい
 俺のためには、いつも頑張ってくれてますよ
 格好いいだけじゃなく、頼りになります」
俺が取りなすように言うと、白久の顔が輝いた。
「ごちそうさま」
モッチーはシチューを口にしながら、ニヤニヤして俺を見た。

「私も、ソシオとはあまり話した記憶がありません
 武衆の者と一緒に健康診断を受けに来なかったので、波久礼やハスキー達経由で話を聞くくらいでした」
白久の言葉に
「だって俺、医者、嫌いなんだもん
 病院なんて行ったら、絶対良くないことが起こるよ」
ソシオはムクレた顔になった。
「大丈夫だ、もうあんな目に合うことはない
 いくら積まれたって、俺がお前を売るわけないだろ」
モッチーに優しく頭を撫でられて、ソシオの表情は和らいでいった。
「こいつ、猫だったとき獣医に売られかけてさ
 三毛猫の雄で生殖機能に問題無かったから、欲しがられたのも無理ないんだけどな」
「それは、欲しい人は欲しいかも」
無邪気に見えるソシオも、過去では辛い目に合っていたようだ。
けれどもモッチーは、それごとソシオを受け止めている。
やはり『良い人』だった。


飼い主が居なかった時にはあまり接点がなかった白久とソシオだけど、今は打ち解けてお互いレシピの教えあいをしていた。
それは俺とモッチーも同じかもしれない。
バイクを乗り回す厳つい大人と、猫談義で盛り上がるとは思ってもいなかった。
「この年で、高校生の知り合いが出来るなんてな」
彼も同じ事を考えているようだ。
「俺、春には大学生です」
俺が少し語気を強めると
「おっと、そうだったな
 でもまだ未成年だ、食後の一杯はコーヒーにしておこうか
 豆から挽いた本格コーヒーだぜ
 食い詰めたら喫茶ひろせで雇ってもらうかな」
モッチーはおかしそうに笑っていた。
「用意してる間、部屋でも見て回ってきなよ
 ソシオ、荒木と白久に俺達の部屋を案内してあげな
 案内って程広くないが」
「うん、わかった」
こうしてソシオに案内され、俺と白久はリビング以外の部屋を覗かせてもらった。

「最初はガランとしてたけど、今は俺達の場所だって思えるようになったよ
 もっとも、寝るとき以外は2人でリビングで過ごしてるからワンルームと物置みたいなものかも
 少しのお客ならリビングで十分だし、皆で集まりたくなったらナリの部屋に行けば良いんだ」
ソシオの説明に自分達の未来とこの部屋を重ねてみると、しっくり感じられた。
「何か、いい感じだね」
「私もそう思います、こんな風に荒木と暮らしてみたいです」
俺達は強く手を繋ぎ合った。

コーヒーの良い香りが漂うリビングでまた少し雑談し、俺達は部屋に戻っていった。
「大学卒業したら、すぐ2人で住もう
 ゲンさんに言って、部屋をキープしといて貰わなくちゃ」
「ソシオ達のような部屋であれば、荷物も増やせますね」
「新たな目標が出来た感じで、モッチーの部屋見せてもらえて良かった
 良い人が越してきたよ」
「ええ、良い仲間が増えました」
俺達は帰ってからも気分が高揚していて、未来の予定と新たな仲間について取り留めもなく話し込む。

それは希望に満ちあふれた輝く時間となって、俺達の思い出のページを彩るのだった。
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