しっぽや(No.163~173)
side<ARAKI>
歓迎会&合格祝いパーティーも無事に終わり、いつもの日常が戻ってきた。
日野は陸上部関係の集まりで学校に顔を出しに行ってるし、タケぽんはひろせの捜索を手伝うため一緒に外回りをしていた。
将来2人で捜索を行えるよう、猫の気配を辿る訓練中らしい。
バイト員は俺しかいないので忙しいかと思いきや、報告書も入力し終わってるし、片付ける書類もないし、掃除はタケぽんがやっていってくれた。
お茶の準備には早いため、俺はパソコンに向かい名刺のデザインをしている状態だった。
『名刺』と言ってもしっぽやの皆の分は作り終えてしまっている。
俺が今手がけているのは、ゲンさんの不動産屋の職員用の物であった。
「しっぽやのバイト中に、ゲンさんのバイトしてるみたいで申し訳ないなー
ここにいる時間のバイト代、しっぽやから出てるのに」
所長席に座る黒谷に向けて言うと
「ゲンにはお世話になってるからね、構わないよ
と言うか、本当はうちとゲンの店、両方のバイト代を払わないといけないんじゃないかって思ってるんだけど」
そんな答えが返ってきた。
「そこまでしてもらえるほど役に立ってる気がしないよ」
俺は思わず苦笑する。
「大学でデザインを扱ってるゼミがあったから、そこを取ってみるつもりなんだ
そうしたら、今よりはマシなの作れるんじゃないかな
後さ、HPどうする?
基本は電話や来所しての依頼だけど、HPからも受け付けられると間口が広がると思うんだよね
料金形態も明記して、ケースバイケースで追加料金有りとかさ
もっとも、あんまり遠方の依頼は受け付けられないけど」
「HPで依頼を受けるなんて、凄い時代になったよね
そのHPって僕達にも操作出来るかな
依頼が入ってもそれを見れなきゃ、受け付けられないし」
黒谷は弱気な表情を見せる。
「その辺は、日野の方が詳しいかも
スマホからも確認できれば全員が情報共有できて良いんじゃない?
HPも最初のうちは近所の依頼のみ受け付けて、徐々に範囲を広げていくとか
俺が免許取って大学卒業して正式な所員になれれば、足が出来るからさ
日野も免許取りたいって言ってたし、車2台で出動すれば機動力上がるよ
そのうち捜索所員の数が足りなくなるかも」
「何だか夢が広がるね、僕達を必要としてくれる人が沢山出来るなんて
和銅や秩父先生は、先見の明があったみたいだ」
黒谷は感慨深そうに頷いていた。
「所員の数が増えたら、ここじゃ手狭かな
依頼が少ない日とか、控え室がギュウギュウになりそう」
「上の階を借りれば良いさ
桜さんや新郷が泊まり込めるように、向こうにも控え室みたいな部屋があるからね
新郷が、決算期以外あんまり使わないって言ってたよ
しかし、ベッドがあるから猫達に使わせたらこっちに戻ってこないかも」
悪戯っぽそうな笑顔を浮かべる黒谷に
「全員大爆睡コースまっしぐらじゃん」
俺も笑ってしまった。
「気を付けないと、シロも同じ轍(てつ)を踏むぞ」
更に笑顔を見せる黒谷に
「それは、飼い主としてよく言い聞かせておくよ」
俺は苦笑して答えるのであった。
黒谷と楽しく(?)未来の予定を話していると、机の上に置いてあるスマホが着信を告げた。
「電話だ、友達とか俺がバイト中なの知ってるのに誰だろう」
画面に表示されている名前は『原2』で、俺は少し混乱してしまった。
「ゲンさんからだ、いつもは用があるならこっちに顔出してくれるのに
スマホいじってて、間違って押しちゃったのかな」
不思議に思いながら電話に出ると
『もしもし?荒木少年、今、大丈夫か?
時間とれそうなら、こっちに顔出しに来てもらいたいんだ
新しい社員証と名刺のデザインのことで相談したくてな』
ゲンさんが呑気に話しかけてきた。
一応上司である黒谷に
「ゲンさんに呼ばれたんで、ちょっと下に行ってきて良い?」
そう聞いてみる。
「どうぞ、こっちの仕事は特にないしね」
黒谷に快諾され、俺は作りかけの名刺案をプリントアウトしてクリアファイルに挟むと、それを持ってしっぽや事務所を後にした。
1階の大野原不動産のドアを開け
「こんにちは、ゲンさんに呼ばれてきました」
俺は正面のカウンターに座る女の人に声をかけた。
『不動産には縁のない学生が一人で不動産屋に入る』
最初の頃はドアを開けるたびに毎回緊張していたが、今ではすっかり慣れてしまった。
「荒木君、こんにちは」
受付のお姉さんとも顔馴染みになっている。
しかしせっかく馴染んだものの、お姉さんは来月には本店に移動してしまうらしく、会えるのも後数回ほどであった。
「店長なら奥にいるわよ、勝手に入っちゃって
そうだ、得意先からドラヤキ貰ったの
上に戻るとき、半分持って行ってね」
しっぽや事務所のお菓子の消費量を知っているお姉さんは、よく貰い物を分けてくれるのだ。
「ありがとうございます」
お礼を言って、俺は勝手知ったる店内に入っていった。
大野原不動産の奥は、事務所兼応接室兼控え室になっている。
ゲンさん曰(いわ)く『多目的ルーム』だそうだ。
閉まっているドアからはゲンさんと、男の人の声が聞こえてきた。
『お客さんとか業者さんだったらヤバいかな
でも、お姉さんは入って良いって言ってたし』
少し迷ったが、俺は控えめにノックをしてドアを開けた。
「お、来た来た、彼がうちのデザイナーの荒木少年だ」
ソファーに座っていたゲンさんが立ち上がって俺を紹介する。
「え?いや、デザイナーってほどじゃ」
俺は慌てて訂正したが
「ああ、社員証のデザインした人ですね」
ゲンさんの向かいのソファーに座っていた彼も立ち上がって、笑顔を向けてきた。
『デカ…』
座っていたときは分からなかったが、立つと白久と同じくらい大きな人だった。
長めの髪を一つに結わえ、セットした後わざと乱れさせている。
ワイルドな外見を計算し尽くした髪型だった。
ネクタイスーツを着ているが、親父のようなサラリーマンが着るものとは違って見える。
ウラほどチャラくはないけれど、第一印象だけで言うと『部屋を探しに来たホスト』のようだった。
「モッチー君、やっぱそのスーツ、気質(かたぎ)に見えないって荒木少年の顔が言ってるよ」
ゲンさんの言葉で、俺は我に返る。
「え、そうッスか?海外商社マンみたいだった?
俺の持ってる1番高いスーツ着てきたんですけど」
「不動産屋なんだからもっと庶民に寄り添って、野暮ったいのじゃなきゃダメだっての
その格好で駅前に立ってたら、客引きだと思われるぜ」
「ああ、それで前にこれ着て駅前で待ち合わせしてた時、駅前交番の警官にジロジロ見られてたのか」
相手は何やら納得していた。
「あれ、モッチー君…て?歓迎会の時にゲンさんが言ってた人?」
俺はその呼び名に聞き覚えがあった。
「どうも、挨拶が遅れました
ソシオの飼い主になった持田 保夫(もちだ やすお)です
来週から大野原不動産で働くことになりました、よろしくお願いします」
持田さんは外見に似合わず(と言うと失礼だけど)年下の俺にきちんと頭を下げてきた。
「野上 荒木(のがみ あらき)です、こちらこそよろしくお願いします」
俺も慌てて頭を下げて挨拶をする。
ナリが言っていた『格好つけたがるけど悪い人じゃない』という言葉を思い出し、何となく納得してしまった。
「持田さん、バイクで事故ったって聞きましたけど、怪我はもう良いんですか」
この人に対する俺の中でのイメージは『事故った人』だ。
見たところ、包帯を巻いたり絆創膏を貼ったりはしていなかった。
「俺のことはモッチーで良いよ、タケぽんにもそう言ってあるし
俺も店長に倣(なら)って、荒木少年って呼ばせてもらおうかな
怪我は随分マシになったよ、リハビリかねて体動かそうと思ってあちこち顔出し中なんだ」
「本当は来週、出社してから社員証や名刺のデザイン頼むつもりだったんだけどな
せっかく顔見せに来るんだし、今やっちまおうと思ってさ
社員証の写真撮るって言ったら、気張(きば)っちゃってなあ
仕方ないから白シャツとネクタイだけで撮るか、その方がまだ気質に見える
荒木少年、客がビビらないようファンシーな感じでデザインよろしく
厳(いか)ついのに猫好き、このギャップで覚えてもらおう」
ゲンさんは1人頷くとモッチーの写真を撮り始めた。
撮った写真を確認し、持ってきていた試し刷り社員証に使えそうな物を選びデザインの訂正をしていく。
一緒に名刺のデザイン希望も聞いておいた。
話が一段落するとゲンさんがお茶を淹れてくれる。
「俺がやりますよ」
恐縮するモッチーに
「お前さんにはコーヒー担当になってもらうから良いって
荒木少年もそのうちモッチーの本格コーヒー飲ませてもらいな
喫茶ひろせにピッタリな逸材だ」
ゲンさんは楽しそうに笑っていた。
「ソシオ、元気にしてる?」
俺が話しかけると
「ああ、今日も元気に可愛くしてる
来週からしっぽやの正式所員になるって張り切ってるよ
長瀞を追い抜くってさ」
モッチーは優しい笑みを浮かべた。
その笑みで俺はソシオが大事にされていることを知ることが出来た。
「タケぽんにはもう会ったんだ?」
先ほど彼の口からその名が出た事を思い出した。
「ああ、着なくなった服を貰ってもらったんだ
ひろせには以前に実家の猫を捜索してもらった縁があってさ
どうせなら、ってな」
「モッチー君のお古だと、高校生には分不相応って気もするが
まあ良いか、タケぽん最近菓子の材料買いまくって散財してるみたいだから、服にまで金が回ってないもんな
日野少年みたく食いモンで散財するならともかく、材料で散財するって何だかなー」
「それでひろせがお菓子作ってくれるから、しっぽやのお茶菓子が充実してるよ
黒谷が申し訳ないって給料にボーナス追加しといたら、それでさらに買い込んでんの
ほんと、将来ひろせとスイーツ自慢の喫茶店でもやればいいのに」
俺達は暫く、ここには居ないタケぽんの話で盛り上がるのであった。
歓迎会&合格祝いパーティーも無事に終わり、いつもの日常が戻ってきた。
日野は陸上部関係の集まりで学校に顔を出しに行ってるし、タケぽんはひろせの捜索を手伝うため一緒に外回りをしていた。
将来2人で捜索を行えるよう、猫の気配を辿る訓練中らしい。
バイト員は俺しかいないので忙しいかと思いきや、報告書も入力し終わってるし、片付ける書類もないし、掃除はタケぽんがやっていってくれた。
お茶の準備には早いため、俺はパソコンに向かい名刺のデザインをしている状態だった。
『名刺』と言ってもしっぽやの皆の分は作り終えてしまっている。
俺が今手がけているのは、ゲンさんの不動産屋の職員用の物であった。
「しっぽやのバイト中に、ゲンさんのバイトしてるみたいで申し訳ないなー
ここにいる時間のバイト代、しっぽやから出てるのに」
所長席に座る黒谷に向けて言うと
「ゲンにはお世話になってるからね、構わないよ
と言うか、本当はうちとゲンの店、両方のバイト代を払わないといけないんじゃないかって思ってるんだけど」
そんな答えが返ってきた。
「そこまでしてもらえるほど役に立ってる気がしないよ」
俺は思わず苦笑する。
「大学でデザインを扱ってるゼミがあったから、そこを取ってみるつもりなんだ
そうしたら、今よりはマシなの作れるんじゃないかな
後さ、HPどうする?
基本は電話や来所しての依頼だけど、HPからも受け付けられると間口が広がると思うんだよね
料金形態も明記して、ケースバイケースで追加料金有りとかさ
もっとも、あんまり遠方の依頼は受け付けられないけど」
「HPで依頼を受けるなんて、凄い時代になったよね
そのHPって僕達にも操作出来るかな
依頼が入ってもそれを見れなきゃ、受け付けられないし」
黒谷は弱気な表情を見せる。
「その辺は、日野の方が詳しいかも
スマホからも確認できれば全員が情報共有できて良いんじゃない?
HPも最初のうちは近所の依頼のみ受け付けて、徐々に範囲を広げていくとか
俺が免許取って大学卒業して正式な所員になれれば、足が出来るからさ
日野も免許取りたいって言ってたし、車2台で出動すれば機動力上がるよ
そのうち捜索所員の数が足りなくなるかも」
「何だか夢が広がるね、僕達を必要としてくれる人が沢山出来るなんて
和銅や秩父先生は、先見の明があったみたいだ」
黒谷は感慨深そうに頷いていた。
「所員の数が増えたら、ここじゃ手狭かな
依頼が少ない日とか、控え室がギュウギュウになりそう」
「上の階を借りれば良いさ
桜さんや新郷が泊まり込めるように、向こうにも控え室みたいな部屋があるからね
新郷が、決算期以外あんまり使わないって言ってたよ
しかし、ベッドがあるから猫達に使わせたらこっちに戻ってこないかも」
悪戯っぽそうな笑顔を浮かべる黒谷に
「全員大爆睡コースまっしぐらじゃん」
俺も笑ってしまった。
「気を付けないと、シロも同じ轍(てつ)を踏むぞ」
更に笑顔を見せる黒谷に
「それは、飼い主としてよく言い聞かせておくよ」
俺は苦笑して答えるのであった。
黒谷と楽しく(?)未来の予定を話していると、机の上に置いてあるスマホが着信を告げた。
「電話だ、友達とか俺がバイト中なの知ってるのに誰だろう」
画面に表示されている名前は『原2』で、俺は少し混乱してしまった。
「ゲンさんからだ、いつもは用があるならこっちに顔出してくれるのに
スマホいじってて、間違って押しちゃったのかな」
不思議に思いながら電話に出ると
『もしもし?荒木少年、今、大丈夫か?
時間とれそうなら、こっちに顔出しに来てもらいたいんだ
新しい社員証と名刺のデザインのことで相談したくてな』
ゲンさんが呑気に話しかけてきた。
一応上司である黒谷に
「ゲンさんに呼ばれたんで、ちょっと下に行ってきて良い?」
そう聞いてみる。
「どうぞ、こっちの仕事は特にないしね」
黒谷に快諾され、俺は作りかけの名刺案をプリントアウトしてクリアファイルに挟むと、それを持ってしっぽや事務所を後にした。
1階の大野原不動産のドアを開け
「こんにちは、ゲンさんに呼ばれてきました」
俺は正面のカウンターに座る女の人に声をかけた。
『不動産には縁のない学生が一人で不動産屋に入る』
最初の頃はドアを開けるたびに毎回緊張していたが、今ではすっかり慣れてしまった。
「荒木君、こんにちは」
受付のお姉さんとも顔馴染みになっている。
しかしせっかく馴染んだものの、お姉さんは来月には本店に移動してしまうらしく、会えるのも後数回ほどであった。
「店長なら奥にいるわよ、勝手に入っちゃって
そうだ、得意先からドラヤキ貰ったの
上に戻るとき、半分持って行ってね」
しっぽや事務所のお菓子の消費量を知っているお姉さんは、よく貰い物を分けてくれるのだ。
「ありがとうございます」
お礼を言って、俺は勝手知ったる店内に入っていった。
大野原不動産の奥は、事務所兼応接室兼控え室になっている。
ゲンさん曰(いわ)く『多目的ルーム』だそうだ。
閉まっているドアからはゲンさんと、男の人の声が聞こえてきた。
『お客さんとか業者さんだったらヤバいかな
でも、お姉さんは入って良いって言ってたし』
少し迷ったが、俺は控えめにノックをしてドアを開けた。
「お、来た来た、彼がうちのデザイナーの荒木少年だ」
ソファーに座っていたゲンさんが立ち上がって俺を紹介する。
「え?いや、デザイナーってほどじゃ」
俺は慌てて訂正したが
「ああ、社員証のデザインした人ですね」
ゲンさんの向かいのソファーに座っていた彼も立ち上がって、笑顔を向けてきた。
『デカ…』
座っていたときは分からなかったが、立つと白久と同じくらい大きな人だった。
長めの髪を一つに結わえ、セットした後わざと乱れさせている。
ワイルドな外見を計算し尽くした髪型だった。
ネクタイスーツを着ているが、親父のようなサラリーマンが着るものとは違って見える。
ウラほどチャラくはないけれど、第一印象だけで言うと『部屋を探しに来たホスト』のようだった。
「モッチー君、やっぱそのスーツ、気質(かたぎ)に見えないって荒木少年の顔が言ってるよ」
ゲンさんの言葉で、俺は我に返る。
「え、そうッスか?海外商社マンみたいだった?
俺の持ってる1番高いスーツ着てきたんですけど」
「不動産屋なんだからもっと庶民に寄り添って、野暮ったいのじゃなきゃダメだっての
その格好で駅前に立ってたら、客引きだと思われるぜ」
「ああ、それで前にこれ着て駅前で待ち合わせしてた時、駅前交番の警官にジロジロ見られてたのか」
相手は何やら納得していた。
「あれ、モッチー君…て?歓迎会の時にゲンさんが言ってた人?」
俺はその呼び名に聞き覚えがあった。
「どうも、挨拶が遅れました
ソシオの飼い主になった持田 保夫(もちだ やすお)です
来週から大野原不動産で働くことになりました、よろしくお願いします」
持田さんは外見に似合わず(と言うと失礼だけど)年下の俺にきちんと頭を下げてきた。
「野上 荒木(のがみ あらき)です、こちらこそよろしくお願いします」
俺も慌てて頭を下げて挨拶をする。
ナリが言っていた『格好つけたがるけど悪い人じゃない』という言葉を思い出し、何となく納得してしまった。
「持田さん、バイクで事故ったって聞きましたけど、怪我はもう良いんですか」
この人に対する俺の中でのイメージは『事故った人』だ。
見たところ、包帯を巻いたり絆創膏を貼ったりはしていなかった。
「俺のことはモッチーで良いよ、タケぽんにもそう言ってあるし
俺も店長に倣(なら)って、荒木少年って呼ばせてもらおうかな
怪我は随分マシになったよ、リハビリかねて体動かそうと思ってあちこち顔出し中なんだ」
「本当は来週、出社してから社員証や名刺のデザイン頼むつもりだったんだけどな
せっかく顔見せに来るんだし、今やっちまおうと思ってさ
社員証の写真撮るって言ったら、気張(きば)っちゃってなあ
仕方ないから白シャツとネクタイだけで撮るか、その方がまだ気質に見える
荒木少年、客がビビらないようファンシーな感じでデザインよろしく
厳(いか)ついのに猫好き、このギャップで覚えてもらおう」
ゲンさんは1人頷くとモッチーの写真を撮り始めた。
撮った写真を確認し、持ってきていた試し刷り社員証に使えそうな物を選びデザインの訂正をしていく。
一緒に名刺のデザイン希望も聞いておいた。
話が一段落するとゲンさんがお茶を淹れてくれる。
「俺がやりますよ」
恐縮するモッチーに
「お前さんにはコーヒー担当になってもらうから良いって
荒木少年もそのうちモッチーの本格コーヒー飲ませてもらいな
喫茶ひろせにピッタリな逸材だ」
ゲンさんは楽しそうに笑っていた。
「ソシオ、元気にしてる?」
俺が話しかけると
「ああ、今日も元気に可愛くしてる
来週からしっぽやの正式所員になるって張り切ってるよ
長瀞を追い抜くってさ」
モッチーは優しい笑みを浮かべた。
その笑みで俺はソシオが大事にされていることを知ることが出来た。
「タケぽんにはもう会ったんだ?」
先ほど彼の口からその名が出た事を思い出した。
「ああ、着なくなった服を貰ってもらったんだ
ひろせには以前に実家の猫を捜索してもらった縁があってさ
どうせなら、ってな」
「モッチー君のお古だと、高校生には分不相応って気もするが
まあ良いか、タケぽん最近菓子の材料買いまくって散財してるみたいだから、服にまで金が回ってないもんな
日野少年みたく食いモンで散財するならともかく、材料で散財するって何だかなー」
「それでひろせがお菓子作ってくれるから、しっぽやのお茶菓子が充実してるよ
黒谷が申し訳ないって給料にボーナス追加しといたら、それでさらに買い込んでんの
ほんと、将来ひろせとスイーツ自慢の喫茶店でもやればいいのに」
俺達は暫く、ここには居ないタケぽんの話で盛り上がるのであった。