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しっぽや(No.158~162)

「巻き込まれたと言えば、お前がソウちゃんと会わせてくれたんだったな
 それに関しちゃ、本当に感謝してる」
「元はと言えばウラの方が先に声をかけてきたんだけど、しかも強引に
 勝手に巻き込まれに来たんだろうが
 あの時は、ふんだくりやがって」
「その分の仕事はしただろ?おかげで、またあいつとヤル羽目になってマジで寝そうになったぜ」
日野とウラが何やらヒソヒソと話し込んでいた。

「ウラと大麻生って、何持ってきたの?
 日野がダークホースとか言ってたから、ちょっと期待してたんだけど」
俺が話しかけると2人はワザトラシい作り笑いで
「荒木好みのモンを持ってきてたよ、案外気が利くよなウラのくせに」
「俺とソウちゃんの燃えるような愛の結晶、強火が決め手の中華だぜ
 プリプリエビ炒飯と海鮮八宝菜!
 エビフリッターを入れた八宝菜なんて、店じゃ食べられない豪華一品!
 巻き寿司はちょっと休んで食ってけよ」
ウラが俺に差し出した取り分け皿には、炒飯と同じ量のエビがのっていた。

「凄い!こんなに良いの?」
俺は早速エビを口にする。
絶妙な火加減のせいかプリプリのエビから旨みが口いっぱいに広がった。
「炒飯巻いてみようと思ったら、エビが邪魔で上手く纏まらなかったんだよ
 せっかくだからエビだけ除けて、荒木用に分けといた
 ご飯がパラパラだったから八宝菜の汁で湿らせて、薄焼き卵作ってまいたら味的にもバッチリ
 俺、巻き寿司の才能ありすぎじゃね」
日野が得意げに差し出した皿には、黄色い巻き寿司が並んでいた。
姿が見えないと思っていたら、キッチンで薄焼き卵を作っていたようだ。

「皆にも味見してもらってくる」
日野が立ち去ると
「荒木、こっちも食ってみ」
ウラが新たな皿を差し出してきた。
「美味しい、エビフリッターの八宝菜なんて初めて!」
「実は、荒木のために中華でエビメニューを考えて欲しいと白久に頼まれたのです
 作り方と火加減を教えたので、そのうち白久が作ってくれますよ」
「荒木少年、愛されてるー」
大麻生とウラは笑ってそう言ってくれた。


大麻生の料理を食べ終わり、俺は月さんとジョンの元に向かった。
何を持ってきたか気になっていたし、頼みたいこともあったからだ。

「やあ、巻き寿司屋さんが来たね
 生憎僕達のとこには巻いてもらえるような物が無いんだよ」
月さんは苦笑するが
「今日は『たこ焼き』屋だからな、俺達らしい真ん丸満月たこ焼きだ」
ジョンは得意げにウインクしてみせた。
2人の前にはたこ焼き機が置いてあり、2人は器用に生地を丸めてひっくり返したりしている。

「クリスマスパーティーの時と被っちゃうけど、自分達で作ると好きな具で作れるから良いよ
 はい、荒木君にと思ってエビたこ焼き作っといたんだ
 タコが入ってないのにたこ焼きって、変だね」
月さんがまん丸のたこ焼き(エビ焼き?)がのった皿を渡してくれた。
まだ温かく、のせられた鰹節が踊っている。
香ばしいソースの香りが美味しそうだった。
「巻き寿司は後にして、温かいうちに食べて」
俺はその言葉に甘え、早速たこ焼きを口にした。

「美味しい!これ、生地に桜エビを混ぜましたね
 香ばしいエビとボイルエビ、どっちも楽しめるなんて贅沢」
「自作ならでは、生地に混ぜる色んな具を用意してみたんだ
 ネギ、天かす、紅生姜、タマネギみじん切り、ツナ、桜エビ、タクワンみじん切り」
「俺達の研究成果を披露できて嬉しいぜ
 まあ、いつも作るのはたこ焼きじゃなくお好み焼きなんだけど
 店が忙しい時とか、昼飯でさんざん作ったなー」
「冷蔵庫の大掃除にも役に立つし」
月さんとジョンは懐かしそうな顔で笑っていた。

俺は2人のためにささみフライとお刺身、チキンの巻き寿司を作る。
「上手いもんだねー、僕は巻き寿司って自分じゃ作れないよ」
月さんに感心した顔を向けられて照れくさかったが
「俺も作れるようになったの最近です
 今日のためにいっぱい練習したから」
俺は少し誇らかにそう言った。

「実は月さんに相談したいことがあったんです、ちょっと良いですか?」
俺が切り出すと、巻き寿司を食べている月さんが不思議そうな顔を向けてきた。
「制服って、春休みにクリーニングに出した後どうすれば良いのかな
 俺、あげるような後輩も居ないし
 捨てるならクリーニングに出さないのが普通ですか?」
「荒木君、制服捨てちゃうの?」
逆に問い返され俺は驚いた。

「だって、卒業したらもう着ないでしょ
 って言うか、着てたら変じゃないですか」
「新地高の制服ってオシャレだから勿体ない気がするな
 白以外のシャツにブレザー合わせて校章外して『私服』みたいに着てみるとか
 ネクタイしなければ、そんなに制服っぽくなく見えなくなるかも」
「俺がそれやったら、在校生が制服着崩してるみたいに見えます」
卒業しても、暫くは高校生に見えそうなことは自分でも自覚していた。

「荒木君が高校生の時にしっぽやで白久と出会った記念に、とっておくのも良いんじゃないかな、暫く飾っておけば?
 僕は高校生の時の思い出って特に無かったし、制服は引っ越す時に処分しちゃったんだ
 後になって、寂しい学園生活だったなってちょっと思った」
月さんに言われ、制服には白久との思い出が詰まっていることを思い出した。
あの制服を着ていて初めて白久に会ったのだ。
それに気がつくと捨てるのは忍びなく
「月さんとこに、クリーニング頼んで良いですか」
俺はそう聞いていた。
「もちろんだよ、まだ卒業式で着るんだよね
 終わったら、いつでも良いからしっぽやに持ってきておいて
 卒業祝いで無料にしとくよ」
悪戯っぽく笑う月さんに
「はい!」
俺は元気に返事をした。


月さんの元を離れ、巻き寿司のネタを仕入れに桜さんと新郷の側に移動する。
「またお刺身分けてください、何か巻きますか」
「マグロを叩いておいたんだ、月さんにタクワンを分けてもらって混ぜたから『トロたく』巻きを作ってもらおうかな
 それと、イカを細切りにしたから『イカしそ』巻きも頼む
 鯛の巻き寿司も店では見ないから、味わってみたいな
 ハマチとアトランティックサーモンも美味そうだ」
桜さんは大量に盛り合わせてある刺身の皿から、色々と選んでいた。

「ご飯は『桜エビ』で、桜ちゃん巻きな」
新郷が桜さんに腕を巻き付けながら笑いかけてきた。
「脂の多い魚は、酢飯の方が合うと思うが」
桜さんは赤くなりながら新郷の腕を外そうとする。
「でもさ、桜エビご飯と鯛だったら『エビタイ』寿司で縁起良さそうじゃん」
「いや、それは縁起の良い諺(ことわざ)じゃないぞ
 ねえ、中川先生?」
桜さんに話をふられ
「そうですね、でも刺身が海鮮巻きに変身してくれるから確かに『エビで鯛を釣る』寿司ではあるのかな
 俺なんか鯛の刺身どころか『ささみフライ』が寿司になってくれるんだから『棚ぼた』に近いんじゃないか」
中川先生は爽やかに笑っていた。

「鯛は丸ごと1尾買って無料で三枚卸にしてもらったから、見た目は豪勢だけど安く済んでるんですよ」
「桜さんに教えてもらったから、俺も鯵(あじ)を三枚卸にしてもらって自作のナメロウ作るようになりましたよ
 そうか、今日作ってくれば野上に巻き寿司にしてもらえたんだ
 惜しいことをした、ナメロウの寿司なんて珍しかったのに」
「イナダのナメロウも美味いですよ
 イナダは色が変わりやすいが、ナメロウにすると気にならないからお勧めです」
桜さんは中川先生と親しくなっているようだった。
「先生、ナメロウって何?」
2人は当たり前のように話していたが、聞いたことのない言葉だ。
「叩きにした魚に味噌やネギ、生姜なんかを入れた料理のことだ
 皿まで舐めるほど美味いから『ナメロウ』なんて説もあるな
 どちらかというと、酒のツマミだ
 今度こんな機会があったら作ってくるから、巻き寿司にしてくれ
 卒業した生徒とこれからも会えるってのは、不思議な気がするな
 そうか、卒業したら学校で呼び間違える心配ないから、俺も今後は『荒木』って呼んでみるか」
その言葉で、特定の生徒と親しいことを出さないようにしている先生の苦労が見えた気がした。

「荒木、羽生に会わせてくれてありがとうな
 俺は荒木に巻き込んでもらえて良かったよ」
改まった先生の言葉がくすぐったくて気恥ずかしい。
「最終的には俺じゃなく、羽生が先生のこと見つけたんだけどね
 俺はちょっと手伝っただけ」
学校に羽生を連れて行ったことを思い出し懐かしくなった。
あの時使った白久を呼ぶための犬笛は、まだ大事に取ってあった。

「荒木、ささみフライと卵焼きで、親子巻き作って
 ご飯は豆ご飯でお願い」
笑顔の羽生が皿を持って近づいてくる。
『大きく…なったよな』
会ったばかりの時は俺より小さく子猫全開だったのに若猫っぽくなったもんだと、羽生の姿を見て思わず猫バカな感慨に耽ってしまった。


『そういえば、ナリって何を持ってきたんだろう』
まだナリ達のメニューを見ていなかった俺は、桜さんと先生の巻き寿司を作り終えると2人の姿を探す。
ナリとふかやは大きな鍋を持ち込んでいて、おでん屋になっていた。
「荒木君、おでん食べてみて
 ふかやとタンデムで小田原に行って、練り物色々買ってきたんだ
 トースターで炙って、生姜醤油付けるバージョンも用意してあるよ
 でも、どっちも巻き寿司の具には厳しいかな」
ナリは少し考え込んでいた。
「はい、どうぞ
 ここの薩摩揚げ美味しいんだよ、良い出汁(だし)が出て、汁も最高
 おでん茶飯作ろうかと思ったけど、やめといて正解かな
 荒木達も、茶飯作ってきたんだろ?」
ふかやが取り分け皿を手渡してくれながら、そんな事を言っていた。

「お茶じゃないのに、茶飯?」
俺が首を傾げると
「炊くときに醤油や酒で味付けした茶色いご飯のことを『茶飯』って言うんだよ」
ナリが教えてくれる。
「荒木君達のはお茶で炊いたの?
 お茶の葉を混ぜる茶飯もあるね
 前にツーリングでお茶農園に行ったとき教えてもらったんだ
 苦みが少ない良質のお茶を使うと良いよ
 炊き込むと色が悪くなるから、炊きあがったご飯に混ぜるだけ
 あの農園で食べた茶飯オニギリ、塩加減も絶妙で美味しかったなー
 ふかや、新茶の時期に行ってみない?」
「うん、ナリと一緒なら色んなとこに行ってみたい」
このおでんは、2人らしい旅のお土産の味のようだ。
「荒木君にも、お土産で新茶を買ってくるね」
ナリに微笑まれ
「楽しみにしてます」
俺は心からそう答えた。


楽しい時間はあっという間に過ぎてゆき、テーブルの上の料理が残り少なくなってきた。
「時間も遅いし、名残惜しいがそろそろ締めにするか
 大パーティーのトリを飾るのは、『喫茶ひろせ』特性スイーツだぜ」
ゲンさんに紹介されタケぽんとひろせが立ち上がった。
「それでは用意する間、もう暫くご歓談ください」
タケぽんは照れくさそうな顔でそう言うとペコリと頭を下げ、ひろせと共にキッチンに消えていった。

「後輩のお手並み拝見、だぜ」
横に座っていた日野が、悪戯っぽい顔を向けてくる。
「だな」
俺も笑って相槌を打つのだった。
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