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しっぽや(No.158~162)

side<ARAKI>

楽しかった巻き寿司修行を経て、歓迎会&合格祝いパーティーの日がやってきた。
俺と日野は午前で仕事を上がらせてもらい、ゲンさんの部屋でパーティーの準備を手伝うことになった。
まだ仕事中の白久と黒谷の分までと思い、張り切ってテーブルに大量の食器類を用意する。
取り分け皿は長瀞さんが洗う手間を考えて紙皿にしていた。
日野は黒谷の部屋とゲンさんの部屋を何往復もして、巻き寿司用のご飯や具材を運び込んでいた。

長瀞さんには今回の俺達のメニューを伝えてあるので、流用させてもらえそうな野菜を使ったサラダを用意してもらう。
もちろん、俺と日野もサラダを作るのを手伝った。
長瀞さんはオーブンでチキンを焼く傍ら、大根を切ってツマを作ったりと大活躍している。
1人だけ忙しそうで申し訳なく思ってしまったが、長瀞さんはゲンさんに色んなものを食べさせられるとあってご機嫌で料理の準備をしていた。

やがて桜さんと新郷がやってきて魚を捌き始めた。
鯛や鯵はスーパーで三枚卸しにしてもらっているので、皮を引いて手早くお刺身にしていく。
マグロやハマチ、サーモンの柵もあっという間にスライスされてきれいに盛りつけられていた。
今回の俺達の意向を伝えると、喜んでお刺身を分けてくれる。
それを使わせてもらい、俺達は最初にテーブルに置く分の豪華海鮮太巻きを作っていった。


月さんにジョン、ナリ、ペットショップを早く上がらせてもらったカズハさんやウラ、続々と人が集まってくる。
今回は中川先生も早めに来れたし、しっぽやも早めに業務終了したので7時前には全員がテーブルに揃っていた。
テーブルの上には山のようにご馳走が置いてある。
出し切れないものがキッチンで順番待ちをしている状態で、デザートも冷蔵庫でスタンバイしていた。

「では、お待ちかねのパーティーを始めることとします
 まずは、乾杯!」
ゲンさんが音頭をとると
「「「「乾杯!」」」」
沢山の声がそれに応えた。
自分の隣に座る者、向かいに座る者、席を移動して遠くの者と俺達はグラスを触れさせ皆で乾杯をする。
ビールやコーラ、オレンジジュースにウーロン茶、皆それぞれに飲みたい物を楽しんでノドを潤していた。


「今回はウラとナリの歓迎会だったな
 既に馴染みすぎてて新入りっつー感じがしないが、まあお約束だ」
ゲンさんの言葉で俺達先輩飼い主が
「しっぽや世界へようこそ
 これからも大麻生とふかやを可愛がってください」
2人の後輩飼い主にそう言葉をかける。
ウラは珍しく殊勝な顔をしてコクコクと頷いていた。
少し目元が潤んでいるのは気のせいではなさそうだ。
柄にもなく感動しているようだった。
対してナリはいつものように穏やかな微笑みを浮かべ
「これからも、ふかや共々よろしくお願いします」
そう言って頭を下げていた。

「そうだ、後からもう1人、友人が飼い主に加わるんです
 彼のこともよろしくお願いします
 格好つけたがる人だけど、悪い奴じゃないんで仲良くしてやってね」
ナリはクスクス笑っていた。
「バイクで事故った人だ」
俺と日野が反応する。
「運転技術は私より上だと思うよ、彼が入院するほどの転倒したの初めてだし
 あの時は、ちょっと焦ってて飛ばしすぎてたみたい」
ナリは苦笑してフォローするが、俺と日野は顔を見合わせて
『でも習うのはナリにしよう』
目で語り合い頷き合った。

「んで、今回は荒木少年と日野少年の大学合格祝いも兼ねてます
 合格おめでとう、お前等が頑張ってたの知ってるから嬉しいよ
 学業とバイト、大変だろうがこれからも充実した青春を送れるよう願ってるぜ」
ゲンさんが二ヤッと笑うと
「「「合格おめでとう」」」
皆が次々に祝福してくれて、合格は出来たけど1校落ちている俺は照れくさくて仕方がなかった。

「本当に、頑張ったな
 受験生受け持ったの初めてだったから、2人は俺のクラスの生徒じゃないとは言え本当に感慨深くて」
今度は中川先生が目元を潤ませていた。
「サトシも、遅くまで頑張ってたよ
 皆の進路が決まるまで気を抜けないって、ずっと心配してたし」
そんな先生を労(ねぎら)うように、羽生が身を寄せて額を肩にそっとのせる。
「羽生が支えてくれたから、頑張れたんだ」
先生は羽生の髪を優しく撫でていた。

「そうそう、俺達らしいメニューかどうかビミョーだが、今日は学校の帰りにささみフライ買ってきたんだ
 野上と寄居には、あの店の食べ納めになるんじゃないかと思ってさ
 あそこ、生徒に人気高いよな」
先生が用意してくれたのは、学校最寄り駅の側にある肉屋の揚げ物だった。
「待ってました!」
「きっと先生はこれを買ってきてくれるんじゃないか、って思ってたんだ」
俺と日野が興奮して喜んでいるので、中川先生は呆気にとられた顔になった。

「俺達、今回のお題は合同で用意することにしたんです
 今から開店、運命の巻き寿司屋です」
「皆の運命と言うかメニュー、巻き寿司に致します」
俺達は飼い犬と共に立ち上がり、恭(うやうや)しく一礼してみせた。

それは、この最大規模のパーティーにおける俺と日野の活躍(?)が始まる瞬間だった。



事情を知らないその場の全員にポカンとした顔を向けられ、気恥ずかしい思いを感じながら俺は説明を始めた。
「日野とは元々友達だったけど、俺と白久に巻き込まれた感じで黒谷の飼い主になったんです
 それをヒントに、このパーティーで皆のことも巻き込んじゃおっかなって」
俺はヘヘッと笑って舌を出す。
「こいつに巻き込まれなかったら、俺は黒谷と巡り会えなかったかもしれない
 ここにいる人たちは、皆、何かの縁で繋がって巻き込まれてると思うんです
 だから、それをより強固にしたいな、とか僭越(せんえつ)ながら思ってみました
 こう言うと格好良いけど、皆のおかずをアテにして楽しちゃおって魂胆だったりして」
日野も悪戯っぽく笑ってみせた。

「今日のために僕もシロも特訓しました
 皆さんのお好きな具を巻き寿司にします」
黒谷がマイ巻き簀(す)を誇らかに掲げて見せると
「こちらの先出しの海鮮太巻きは、桜様と新郷から分けていただいたお刺身で荒木と日野様が作ったものです
 酢飯以外にも私達っぽく桜エビご飯、茶飯、豆ご飯、黒ごま鰹節ご飯を用意してありますのでオニギリ感覚で召し上がってみて下さい」
白久も巻き簀を取り出した。
皆からは割れんばかりの拍手がわき起こっていた。


巻き寿司屋が出動して皆の御用聞(ごようき)きをしながらその場の具でどんどん巻き寿司を作っていく。
「考えたな、お前達らしいよ
 あの出来事をこんなにポジティブに昇華しようとするなんてな」
ゲンさんが優しい笑顔を浮かべて俺に話しかけてきた。
「日野の言う通り、楽しようとしただけですよ
 ゲンさんは何を巻く?って、もちろん長瀞さんの作ったチキンだよね」
おれはチキンを切り分けている長瀞さんに視線を向ける。
「荒木、いきなりチキンを巻くと油で崩れやすくなるので、チキンはレタスにくるんでから巻いて下さい
 ご飯は豆ご飯でお願いします」
長瀞さんに指示されて俺が巻き寿司を作ると、彼は鮮やかにそれを切って2切れだけ取り分け皿にのせ、ゲンさんに差し出した。
「ナガトと荒木少年のコラボか、美味いなー」
ゲンさんが美味しそうに巻きずしを食べてくれて、俺は嬉しくなった。
「あの時にゲンさんが居てくれなかったら、俺、こんな風に笑うこと出来なかったんじゃないかって思うんです
 ゲンさんにはお世話になりっぱなしですね、いつもありがとうございます」
俺は改めて頭を下げた。

「荒木少年と白久の絆の賜物(たまもの)だ
 日野少年と黒谷を巻き込んでなお、白久と強く結ばれてくれて嬉しいよ
 俺とナガトくらい幸せになってくれ
 そういや、俺も慎吾を巻き込んだ口だったっけ
 よし、桜ちゃんと新郷の刺身で、もう1本巻いてもらうかな
 桜エビご飯っての試してみたいから、それでよろしく」
「シソとキュウリも入れて下さい」
すかさず長瀞さんの指示が飛ぶ。
俺が作った巻き寿司を美味しそうに食べてくれる2人を見て
『俺と白久も、こんな風になりたいな』
と思わずにはいられなかった。


「荒木君、これって巻けるかな?」
カズハさんがメンチののった取り分け皿を持ってきた。
「切れば大丈夫です、ちょっと待ってて」
俺はナイフで巻きやすい大きさにメンチを切っていく。
「荒木、ご飯は黒谷の旦那バージョンで、ソースもかけてな
 カズハ、野菜も入れた方が良い?」
「そうだね、荒木君カイワレ入れてみてくれる?」
俺はその注文に従って巻いていった。
2人は出来上がった巻き寿司を半分に切り、分け合って食べている。
「美味しい、荒木君、これ凄いアイデアですね」
「こんなの売ってないもんな、珍し美味い」
手放しで誉められて、俺は嬉しくなった。

「今回のお題、メンチにしたんですか?」
そう聞くと
「うん、出来合いだと手抜きっぽいけど、空との思い出の味になってる気がしてどうしても選んじゃうんだ」
カズハさんは照れたように笑った。
「俺も好きだけどさ、これって元は波久礼の兄貴が好きだったんだぜ
 兄貴も松阪牛好きだから
 兄貴のお目付役でこっちに来なかったら、俺、今でもカズハのこと知らないで山の中で暮らしてたかも
 兄貴が来たのは、荒木に里親になってもらった子猫に会いたかったからだろ?
 んで、その子猫の中身は、前に荒木が飼ってた猫だって
 結果的に、荒木がカズハに会わせてくれたことになるのかな
 縁ってやつは、不思議なもんだな」
空が珍しく真面目な顔で頷いていた。

「荒木君達の事件を知って、僕達もお互いの心の闇に気がついてしまった
 でもそれを自覚しないで表面だけで付き合っていたら、今ほど深く愛し合えなかったと思うんです
 あの闇を自覚したからこそ、今の光がより輝かしい
 僕達にとってもあの事件は特別なことでした
 乗り越えた荒木君のように強くありたいと、僕も頑張ってます
 僕なりに、ですが」
照れた顔で微笑むカズハさんに、胸が熱くなってしまう。

「隣の芝生より、自分の芝生の方が青いって思いましょう」
「まったくです」
俺達はクスクスと笑いあった。
もう2人とも、前の飼い主や飼い犬の事を現在と比較しようとは思わない。
それは『今』の彼らの飼い主は『自分』なのだと言うことを、十分自覚できるようになっていたからだった。
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