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しっぽや(No.158~162)

業務終了後、俺達4人は影森マンションの黒谷の部屋に帰っていった。
ずっと魚の話をしていたせいか頭の中が魚料理でいっぱいになっていた俺と日野のリクエストで、帰りがけにスーパーで寿司を買うことになった。
握りだけでは足りない日野のため、ちらし寿司や押し寿司もチョイスする。
黒谷がインスタントの味噌汁を作ってくれて、賑やかな夕食が始まった。

「お寿司なんて久しぶりだよ
 1人でパックの寿司を買って食べるのって、何だか侘(わび)びしい気がしてさ
 日野に飼ってもらう前は、たまに1人でも食べてたんだけどね
 『ご馳走』カテゴリーの食事は、飼い主と一緒に楽しみたいって思うようになったんだ」
「私も同じ事を感じていて、自分用には買わなくなりました
 羽生は中川先生と、よく回転寿司に行ってるみたいですね
 以前、割引券をソシオにあげたと言っていましたよ
 猫達は魚、特にマグロが好きですから」
犬達はテーブルの上の大量の寿司に興奮気味だった。
「スーパーのパック寿司だけど、皆でワイワイ言いながら食べると美味しい気がするよね」
俺も楽しい雰囲気に押され、いつもより速いスピードで食べ進めている。
「つか、これ普通に美味いぜ
 家の近所のスーパーの寿司より、ネタが厚めで新鮮で美味い!
 『魚屋の寿司』なんて大仰な看板出てたけど、それだけのことはあるかも
 ちらし寿司に乗ってるのは刺身の切り落としみたいだし」
感心した顔の日野に
「あそこのスーパーは珍しい魚が入ってる事があるし、鮮度も悪くないと新郷が言ってましたよ
 その魚コーナーから寿司用のネタを回しているのでしょう」
黒谷がニコニコと説明していた。
「同じ様なスーパーの寿司でも、違うもんなんだなー
 それぞれあるんだ」
俺も素直に感心する。
「それぞれあって、皆違う…」
自分の言ったその言葉にパーティーメニューのヒントを感じていた。

「俺達のメニュー、寿司にしない?
 もちろん日野らしく巻き寿司で」
俺の言葉に
「でも、魚介だと桜さん達と被るだろ?
 魚料理はあっちの方が上だから、どうかな」
日野は渋い顔をする。
「被ったって良いんだよ、別に戦ってる訳じゃないんだし
 そんなことより『俺達らしいこと』を優先しようよ
 白久の過去も黒谷の過去も、俺の未来もお前の未来も、皆巻き込む巻き寿司、そんな物を作ってみたいなって思ったんだ
 まあ、構想だけで具体的な『具』の方はサッパリなんだけど」
俺は笑って舌を出した。

「皆を巻き込む寿司…
 あの事件に巻き込まれなきゃ、俺は荒木とは普通の友達でいられた
 巻き込まれたから荒木とは特別な親友になれて、黒谷と出会うことが出来た
 お前と白久に俺と黒谷は巻き込まれたんだ
 うん、そうだな、難しそうだけどやってみたい
 俺達の巻き寿司、作ってみたいよ」
日野が真剣な顔を向けてきた。
「お手伝いさせて下さい」
白久も黒谷も瞳を輝かせて俺達を見ている。
「偉そうなこと言っても俺が1番料理出来ないから、皆に丸投げになっちゃうけどね」
苦笑する俺に
「何なりとご命令下さい、荒木のお役に立てることが私の喜びです」
白久が頬を紅潮させて頭を下げた。
愛犬の忠誠心に照れくさい満足感を覚え
「頼りにしてる」
俺は柔らかな白い髪をそっと撫でた。
日野もこれ以上ないほど優しく黒谷の髪を撫でていた。


それから俺達は寿司を食べながら、メニューの話で盛り上がる。
「荒木に巻き込まれるなら、酢飯だけじゃなく桜エビご飯を用意したいんだ
 荒木のエビ好きは皆知ってるし、それらしいんじゃないかと思ってさ
 白久はお茶が好きだから茶飯もあるとお前らの完成、って感じじゃん?
 何か、寿司ってよりオニギリ的になる気もするけど」
日野の提案に俺と白久は顔を見合わせた。
「私達の巻き寿司」
白久が感慨深げに呟いている。
黒谷が少し羨ましそうに白久を見ているので
「なら、日野も豆ご飯とかで巻いたら?
 いつも黒谷の豆ご飯は絶品だって自慢してるんだし
 擦った黒ごまと鰹節をご飯に混ぜれば色が黒谷っぽいから、お前達の寿司も出来るよ」
俺はそう提案してみた。
「荒木、ナイスアイデア!それ良いな!
 味付けを薄目にすれば具の風味とか損なわないし、どんな具とも相性良さそう」
興奮気味に言う日野を
「僕達も巻き寿司になれるんですね」
黒谷は感動もあらわに潤んだ瞳で見つめていた。

「こうなったら、とことん巻き込む形にしよう」
続く日野のセリフに、俺達は首を傾げる。
「自分達でも付け合わせになりそうな野菜とかは用意はするけど、具は皆から集めるんだよ
 タケぽんとかデザートだけだったら無理だけど、長瀞さんと桜さんがいれば巻ける具には事欠かないって
 その場で皆を巻き込んで、巻き寿司作ろうってこと」
悪戯っぽく笑う日野に
「あ、前に歓迎会でお前がやってたやつか
 パーティーならではって感じで、面白そう!」
俺は興奮して声を上げてしまった。
「ご飯の準備は僕達に任せてください」
「2人で何度も炊きましょう」
飼い犬達も興奮して頬を紅潮させていた。

こうして俺達4人の『巻き巻き』プロジェクトが始まった。



「用意する野菜はキュウリ、貝割れ、あさつき、レタスくらいかな
 足りなかったら、長瀞さんが用意したサラダを流用させてもらおう
 具は卵焼きとカニカマくらいにして、皆のおかずを狙おうぜ」
楽しそうに笑う日野に
「その辺はおまかせするよ、俺だと組み合わせとかよくわかんないから」
俺は苦笑するしかなかった。
「今回のパーティーは参加人数多いし、俺一人じゃ巻ききれないからな
 具の指示はするけど、荒木も巻き方覚えて手伝えよ
 もちろん、黒谷と白久もだ
 あんまり日がないし、巻き簀(す)買ってきて早速明日から特訓しようぜ
 黒谷の部屋に連泊する良い口実になるな」
日野はニヤニヤ笑っている。
「荒木も白久の部屋に連泊したいなら、親父さんの説得頑張れ
 大学始まったら暫く連泊なんて出来ないだろうし、今のうちだぜ
 何なら俺も口添えしてやるよ
 お土産に試作の巻き寿司持って帰れば、やましい集まりじゃないって分かってもらえるだろ」
「白久の部屋に連泊…」
その魅力的な言葉にあらがえるはずはなかった。
「うん、頼んでみる
 でも一応、日野からも一言言ってもらって良い?
 親父、日野には甘いからさ」
「任せろ、可愛こぶって頼んでやるよ」
俺達は顔を見合わせて笑いあった。


明日以降の予定を立てて、俺と白久は黒谷の部屋を後にした。
白久の部屋でも俺達はパーティーについて語り合う。
「俺、上手く巻けるかな
 前に卵焼きをウインナーに巻き付けるだけで、一苦労したんだよ
 でも巻き寿司にしようって言い出したの俺だし、頑張ってみる
 試験勉強より楽しそうだもん、白久と一緒に出来るからさ」
ヘヘッと笑って白久を見ると、彼も嬉しそうに微笑んでいた。
「荒木と一緒に料理を作って皆に振る舞うなんて、とても楽しそうです
 皆に喜んでもらえるよう、頑張りましょう
 私も自分で巻き寿司を作ったことはないので、日野様にしっかり教えていただかないと
 明日は買い物をしてから黒谷の部屋ですね
 ご飯、私は5合炊きの炊飯器しか持ってないのですが、足りますでしょうか
 クロが1升炊きの炊飯器を持っているから、間に合うとは思うのですが」
「日野が食いまくるからなー
 でも、日野には俺の練習作を食べて処分してもらわなきゃ
 絶対試作品第1号はグチャグチャになるよ」
俺は肩をすくめてみせた。

「荒木の作った試作品第1号…
 私がいただいてもよろしいでしょうか、荒木の初めてを食べてみたいのです」
モジモジとそんな言葉を口にする愛犬はとても可愛らしかった。
「あ、じゃあ、俺も白久の試作品第1号食べる
 巻き方の練習だし、最初はお互いの好きなもので巻いてみようよ
 総菜でエビフライとエビフリッター買って巻いてみて
 白久は?何を巻いて欲しい?」
「荒木が作ってくださるオムフランクを巻いていただきたいです
 手間がかかってしまうでしょうか」
伺うように聞いてくる愛犬に、俺は考え込んだ。
「ウインナーより大きいフランクフルト、上手く卵で巻けるかな
 でも、形的にはエビより巻き易いよね
 白久のためなら、頑張って作ってみる」
そう答えると、白久は輝く笑顔を見せてくれた。
「私も、荒木に美味しいと思ってもらえるよう頑張ります」
白久はそう言って、俺の唇に自分の唇をそっと重ねてきた。

「明日もして欲しいけど、今日もしてもらって良い?」
俺からも唇を重ね、甘えるように囁くと
「もちろんです、明日からしばらく一緒にいられる毎日が輝いてみえます
 毎晩、頑張ってしまってもよろしいでしょうか」
白久は俺の頬を撫でて期待する瞳で聞いてきた。
「俺も、すっごい楽しみ
 暫く学校には行かなくて良いから、翌日のことは考えないで毎晩してみたい
 しっぽやに仕事には行くけど、どうせ日野と黒谷も似たり寄ったりな感じになってるから目立たないんじゃない」
俺は白久の手に頬をすり寄せ、さらに甘えてみせた。
「それでは、まず今晩から頑張らせていただきます」
白久が深く唇を合わせてきた。
「うん、いっぱい気持ちよくして」
俺もそのキスに応えながら、白久の柔らかな髪をかき回す。
俺達は相手の敏感な部分を刺激しあいながら、より情熱を深めていった。


ベッドに移動した俺達は、夜更けまで何度も繋がりあった。
白久に貫かれ激しく動かれるたび、心が悦楽と愛で満たされてゆく。
明日も明後日も、この幸せが続くことがわかっていたが、今の情熱が衰えることはなかった。
満足するまで想いを解放しあって、白久の腕に抱かれながら眠りに落ちていくのは最高の贅沢に感じられた。

目覚めてからは一緒に朝食を食べて、しっぽやに出勤する。
それは白久と一緒に暮らせる未来の予行演習のようで、高校生活最後の春休みは俺にとって一生忘れられない思い出になった。
仕事が終わって黒谷の部屋で4人で巻き寿司の練習をするのも、楽しい思い出の1ページになる。
クロスケと言う宝物を失っても、その後に得た新しい宝物達に囲まれた時間が俺の人生を豊かにしてくれていた。

この仲間達がいてくれればこれからも頑張っていけると、俺は改めて確信するのだった。
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