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しっぽや(No.158~162)

side<ARAKI>

しっぽやでのお茶の時間、お茶菓子を用意しながら俺は先日のタケぽん主催のプチパーティーの事を思い出していた。
『軽食は簡単な物だったけど、お菓子は手が込んでたよなー
 流石ひろせだ、喫茶ひろせと言うだけのことはある』
俺は素直に感心する。
今日のお茶菓子は海苔煎餅、ゴマ煎餅、最中(もなか)、ようかん、松露(しょうろ)にしてみた。
和風で統一してあるが、自分で作った物は1つも無い。
お茶はオーソドックスな緑茶だ。
『オリジナリティーが感じられないんだよな』
俺は思わずため息を付いてしまう。
控え室にいた化生達が首を傾げて見ているのを感じ
「ごめんごめん、何でもないよ
 お茶にしよう、事務所にも声かけてくるから食べて」
俺は慌ててそう言うと、控え室の扉を開けて出て行った。

「お茶の準備できたから、手が空いてたら食べに来いよ
 それか、こっちに持ってこようか?」
パソコンに向かっていた日野に声をかける。
「今行く、ちょっと煮詰まってたから気分転換に丁度良いや
 今日のお菓子何?」
「和風で煎餅とか小豆系
 おまえ用にお徳用割れ煎餅出すから、皆の分まで食うなよ」
俺は一応釘を刺した。
「はいよ、でもさ、煎餅って割れ煎餅の方が美味く感じない?
 色んな味が入ってんのが、また良いんだよな」
「ふかやと同じ事言ってる」
俺は棚から煎餅の大袋を取り出すと日野に手渡した。
袋を抱えた日野は早速封を開け、バリバリと中身を食べ出している。
俺はゴマ煎餅をカジりながら
「パーティー用のメニュー、もう考えた?」
気になっていることを聞いてみた。

「いや、まだ考えてない
 今回のお題『自分達らしさ』だろ?
 今夜泊まって、黒谷と2人で考えようと思ってるんだ
 お前は?もう白久と相談したのか?」
逆に聞き返されて
「俺もまだ、ここんとこ泊まりに行ってなかったし
 やっぱ白久と一緒に考えるのがベストだよな」
俺は腕を組んで考え込んでしまう。
「特に指定はないけど『自分達』ってのは飼い主と化生の事をさしてると思うぜ
 ゲンさんと長瀞さんはおもてなし好きだから、『パーティーメニュー』作るって言ってたな
 桜さんと新郷は『活け作り』だろうし、タケぽんとひろせは『お菓子』じゃないか?
 こないだのプチパーティーの時も、菓子の方に力が入ってたもんな」
日野の言葉に俺は頷いた。
「カズハさんと空は紅茶系のお菓子かな」
「ウーロン茶で煮豚とか出来るし、甘いものとは限らないかも
 月さんとジョンは丸く見える満月メニューで、中川先生は忙しそうだから、ケータリングとか?
 ナリとふかやは郷土料理系で攻めてきそう
 ダークホースはウラと大麻生だな、何を持ってくるか想像できない」
「確かに」
俺は神妙な顔で頷いてしまう。

「今回は俺が参加するパーティーの中でも最大人数だから、何をどのくらい用意しようか悩むんだよ
 メニューの決めようがなくて
 白久にパエリアでも作ってもらおうかと思ってたんだけど、俺達らしいメニューとは言えない気がしてさ
 ちなみに、お前専用パエリアは黒谷に作ってもらって個別に持ってくることになってるから」
「何だよそれ
 でも、黒谷の作るパエリアか、アリだな」
俺達は顔を見合わせて笑ってしまった。


「そういや、ソシオの飼い主が決まったって聞いたか? 
 何か飼い主が事故って入院してるから、パーティーまでにはこっちに来れないんだってさ
 ナリの友達のバイク乗りらしいぜ
 バイクはメチャクチャになって、修理費かなりかかるとか
 俺、バイクの免許取るときはナリに教わるつもり」
声をひそめた日野に
「マジか…俺もそうしとこう
 まあ、バイクより車の免許の方を先に取るけどさ」
俺も囁き声で返事を返した。

「でも、ソシオの飼い主決まって良かった
 化生してから一人が長かったみたいだもんな
 白久も長く一人だったから、飼い主が居ない化生のことは気になっちゃって
 孤独を抱える時間は短い方が良いんじゃないかってね
 白久はもう俺に会えたから、それは無駄な時間じゃなかったって言ってくれるけどさ」
俺は愛犬の健気な言葉を思い出し、胸が熱くなった。
「それを言われると、俺も心苦しいよ
 過去の俺が命令したせいで、黒谷は飼い主を失った絶望を2度も抱えてずっと生きていたから
 再び会えるかどうかもわからない俺を待って、ずっと一人で
 俺と黒谷を結びつけてくれたのが白久の元の飼い主ってのは、皮肉だけどな
 あの人は白久に会いたかっただけだろうに」
日野は暗い顔で俯いた。


ゲンさんとカズハさんくらいしか詳しい経緯を知らない俺達だけの一夏の秘密。
あの事件では化生と元の飼い主のあり得なかった絆を、俺達だけが体験したのだ。
あれから随分時が過ぎた気がしていたが、まだ2年も経ってはいなかった。
事件後に白久と共に過ごした時間は、俺の中で特別な輝きを持つものになっている。
きっと日野と黒谷も同じだろう。

『自分達らしさ』

俺達は見つめ合って頷いた。
「パーティーのお題、一緒にやろう」
ほとんど同時に宣言し、俺達は手を取り合うのだった。



「2人っきりのところ邪魔して悪いけど、俺と白久も今夜黒谷の部屋に行って良い?
 一緒にメニュー考えようぜ
 親には仕事が長引きそうだから先輩のとこに泊めてもらうってメールしとくよ
 バイトしてても大学合格出来たから、最近甘いんだ」
俺はそう言うと、早速スマホを取り出してメールを送信する。
「そうだな、ファミレスとかで考えるより、部屋の方が落ち着いて考えられるもんな
 会話に気を使わなくて済むし
 あ、でも、寝るときは白久の部屋に戻れよ
 黒谷の部屋でされても困るから」
意地悪く笑う日野に
「当たり前だろ?それはちゃんと心得てるよ」
俺は憮然とした顔で答えてみせた。


コンコン

鈍いノックの音がかすかに聞こえ、事務所の扉が開いて閉じる音がそれに続いた。
「ただいま帰りましたー」
すぐにタケぽんが肩でドアを押しながら控え室に入ってくる。
両手には荷物がパンパンに詰まっているビニール袋を4個持っていた。
「指が千切れるかと思った」
タケぽんは荷物を床に置き、指をさすっている。
「買い出しご苦労、今日は大量だな」
喜々とした顔の日野が、早速袋の中身をチェックし始めた。
日野が抱えていた徳用煎餅大袋は既に空になっていた…

「この半額おはぎは今日までの賞味期限か
 よし、今食おう
 ケーキとプリンは、明日まで大丈夫っと
 大福は、ちぇっ、これも明日までだ
 荒木、そっちの袋はお茶と乾き物だから、しまっといて」
日野に渡された袋の中身を棚に入れていく。
買い物係に慣れたタケぽんは、日野用と俺用で袋を分けておいてくれるのだ。
おかげで、あっという間に荷物は片付いていった。

「お疲れさま、お茶飲んで一息入れなよ
 今日は和風のお茶だけどね」
俺が手渡した湯飲みを受け取ったタケぽんは、フーフーと息を吹きかけて冷ましてからお茶を飲み
「のど乾いてたから美味いー」
大仰にホッとした顔を見せていた。
「喫茶ひろせの従業員は、緑茶もいけるんだな」
日野がニヤリと笑うと
「従業員じゃなく、共同経営者です
 ひろせがお菓子、俺はミルクティー担当」
タケぽんは胸を張って答えた。
「ひろせのほうが労働量多くないか?」
俺の突っ込みに、タケぽんはヘヘッと笑って照れたように頭をかいていた。

「パーティーメニュー、もう決めた?」
俺の問いかけに
「まだ考え中ってとこです
 デザート期待されてるだろうから、ここは素直にお菓子を作る予定ではあるんですが
 『自分達らしさ』って何だろう、って
 猫バカ多くて名前受けしそうだから、かるかん粉使った和菓子にしたいけど、それって俺達らしいのかな
 ひろせは、どっちかというと洋菓子の方が得意なんですよね」
タケぽんはカリントウをカジりながら考え込んでいた。
「まあ、おまえ自身も猫バカだし良いんじゃないか?
 ソシオを前にした時のお前等の反応、ちょっとビビったぜ」
日野の言葉に俺とタケぽんは苦笑してしまう。
「三毛猫の雄を間近で見られる機会なんて無いと思ってたから、ついね」
「何にせよ、ソシオの飼い主決まって良かったですよ
 俺、飼い主さんに服を貰ってるから会えたらお礼言いたくて
 かるかんはその時に飼い主さんへのお返しにしても良いのかな
 やっぱパーティー用はケーキとか」
タケぽんはまた悩み出した。


暫くして悩み疲れたのか
「先輩たちはもう決まったんですか?
 やっぱ自分の飼い犬との思い出のメニューとか
 荒木先輩はエビ系?日野先輩は丼飯?」
タケぽんは無邪気な顔で聞いてくる。
「丼飯なんてパーティーメニューにならないだろう
 何で『巻き寿司』とか聞いてこないんだ?
 まだ考え中だよ」
日野に怒られてタケぽんは大きな体を縮こまらせた。

「確かにエビはパーティーメニューとして華になるけど、俺も考え中
 有頭エビフライとか大皿でエビチリとかあれば、ゴージャスだけどさ
 『俺らしく』はあっても『俺達らしく』あるかどうかビミョーな気がしてね
 それにエビって桜さん達と被るかもしれない、魚介じゃん
 もしかして『伊勢エビのお造り』とか作ってくれるかも
 桜エビの掻き揚げ、エビ天、エビシュウマイ、ボイルしたロブスター
 カニも良いよな、焼きガニとかカニすき」
「パエリアも被るかな、あれって上に乗ってるの魚介だろ?
 アクアパッツアやアヒージョもか
 アンコウ鍋、牡蠣飯、鮭のチャンチャン焼き、ホタテフライ、ウナギの蒲焼き、金目鯛の煮付け、何を作ってくれるかな
 マグロとか鯛とか釣ってきてくれたら、やっぱ寿司だよな」
俺と日野は釣りたて採れたての新鮮な魚介を思い、夢を膨らませていく。

「あの、先輩方、いくら何でも素人が採れる魚を越えているかと
 桜さん達もまだ忙しいから、スーパーで買った魚を捌いてくれるだけでは…」
タケぽんがやんわり口を挟むが、俺と日野は捜索に出ていた白久が帰ってくるまで食べたい魚介料理を言い合うのであった。
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