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しっぽや(No.158~162)

side<TAKESI>

「目出度い料理…、目出度い料理?
 何があるかな~」
このところの俺は、荒木先輩と日野先輩のプチ合格祝いのことで頭がいっぱいだった。
「目出度いメニュー」をスマホで検索すると正月料理が出てくるが、合格祝いに相応しいのかは謎だ。
ひろせが俺の合格祝いや誕生日に作ってくれた桜のパウンドケーキと鯛飯は、既に先輩たちの飼い犬が作ってお祝いをしたらしい。
白久と黒谷がひろせの部屋に習いに来ていたと聞いている。
それに被らないよう、ひろせのオリジナリティーを感じさせるメニューを考えたかった。

「大皿料理が派手で良いけど、土鍋で鯛飯炊いてもらってるから被るよな
 デザートには桜餅とか道明寺が桜咲く演出に合いそう
 でも、桜さん達がよく行くお店で買った方が早いよね
 せっかくなら、全部ひろせの手作りで振る舞いたいな
 それなら俺もちょっとは手伝えるしさー
 2人でお菓子を作るとか、良いシチュエーションじゃん
 頼りになるとこ見せられるかも!
 …、うん、まあ、それは無理だって自分でも分かってる
 ひろせの方が圧倒的にお菓子作りが上手いもんな」
ブツブツ言いながら頭を抱える俺は、周りから見たら不審者そのものだろう。
幸いしっぽや控え室にはうたた寝している猫しかいないので、俺が冷たい目で見られることはなかった。

俺は控え室を見渡して、また自分の考えに没頭していった。
「控え室のテーブルでお茶の時間に食べるから、品数は多くない方が良いのかな
 いや、日野先輩がいるんだ、馬に食わせるほど用意しないと俺の身が危ない
 ベタだけどホールケーキに『合格おめでとうございます』とかメッセージ書くのが良いかも
 見た目もゴージャスでボリューム満点
 3種類位用意すれば十分かな、どうせなら和洋中で
 あとはしょっぱい系だ
 巻き寿司が華やかだけど、あれは日野先輩の専売特許みたいなもんだから止めとくか
 となると、サンドイッチがお手軽だよな
 荒木先輩の好きなエビとアボカドのサラダとかも入れられるし
 うん、何か、良い感じになってきたじゃん」
俺は自分の考えに満足する。

そんな俺の心に、ふと幸せな風が吹いてきた。
控え室の猫達は気が付かないのか、気にしていないのか、相変わらずうつらうつらとしていた。
俺は立ち上がると事務所に移動する。
黒谷がニヤニヤして俺を見ていた。
「もう、そこの角の所まで来てるよ」
俺が得意げに言うと
「凄いね、僕にはまだ感じないよ
 波久礼なら分かると思うけどさ」
黒谷は悪戯っぽい返事を返してきた。
「今、階段のとこまで着いた」
「ああ本当だ、流石にここまで近ければわかるよ」
そんな事を話し合っている間に


コンコン

ノックの音がして
「ただいま、タケシ!」
俺の愛しい飼い猫のひろせが笑顔で事務所に帰ってきた。
「無事、発見保護出来ました
 ちょっと気が立ってるので、もう少し落ち着いたら送り届けに行ってきます」
ひろせが持っているケージからは、怯えすぎて怒っている猫の気配がしている。
「お帰りひろせ、お疲れさま」
俺は愛猫に近寄ると、労(ねぎら)いのキスをした。
ひろせの頬が美しいバラ色に染まり、一段と華やいだ雰囲気になっていった。

「タケぽんの能力、確実に上がってるよ
 今日は僕より先にひろせが帰ってくることに気が付いたんだ
 愛のなせる技だね
 僕も負けないよう日野の気配に敏感にならないと」
黒谷の言葉を聞いて
「ずっと、タケシのことを心で呼んでましたから」
ひろせは誇らかに答えた。
「ひろせの気配は気持ち良いんだ
 甘い香りだったり、温かな風だったり、浮き立つような気分だったり、美しい光だったり
 他の化生からは感じられない、幸せの気配がするよ」
「はいはい、ごちそうさま」
肩をすくめる黒谷の目は笑っていた。


まったりした空気の中、所長机の上の電話が鳴った。
「はい、ペット探偵しっぽやです
 はい、はい、…ゴールデンレトリーバーですか」
生憎、犬の化生は出払っていて控え室には猫しか居なかった。
それを察したひろせが
「ゴールデンなら、僕が出ます」
小声で黒谷に伝える。
黒谷は軽く頷いて詳しい話を聞き出していた。
「帰ってきたばかりだけど、タケシに良いとこ見せたいから頑張ります
 こちらの方を送り届けてくれますか?」
「もちろんだよ、それくらいなら手伝えるから
 早く一緒に捜索できるよう、俺も頑張って修行するよ」

ひろせに相談したいことがあっても、今は業務中だ。
しっかり仕事をこなして、終業に気持ちよく2人で語り合いたかった。
短い邂逅(かいこう)ではあったが、自らの業務を全(まっと)うするために俺達はしばしの別れに身を任せた。
その別れの先には共に過ごせる時間があるのだと思うと、苦にはならなかった。

その日は邂逅と別れを繰り返し、慌ただしい時間を過ごす。
けれども業務終了後は2人の時間を堪能すべく、共にひろせの部屋に向かうことが出来たのだった。



疲れているひろせを気遣って、夕飯は牛丼を持ち帰りにしていた。
栄養バランスを気にしたひろせは、みじん切りの野菜で手早くスープを作ってくれる。
スープを火にかけている間に、卵焼きまで作ってくれた。
簡単なのに豪華な夕飯が嬉しくて、テンションが上がってしまった。
「いただきます」
2人で暮らす予行演習のような時間、俺達はご飯を食べながら会話に花を咲かせていた。

「今日は何気に忙しかったね」
「犬の捜索が多くて、犬達ばかり忙しかったんですけどね
 猫は楽できました」
舌を出すひろせに
「でも、ゴールデンの捜索にも出たし、猫の中では1番忙しかったんじゃない?
 疲れただろ」
俺はひろせの身体の具合が気になってしまった。
「ゴールデンは気の良い方だったので、お会いできて楽しかったです
 小型犬や和犬は気の強い方が多くて、僕には難しいんですよ
 和犬は白久か黒谷か大麻生、小型犬は空に任せた方が早いです
 ふかやと僕は、捜索しやすい犬種が被ってるかな」
ひろせはそう言った後、何かを思い出したようにクスクスと笑い出した。

「多分、ソシオも被ってると思いますよ
 ソシオは飼い主が決まったので、近々こちらに戻ってきます
 そうしたら、臨時ではなく正式に所員になるんですよ
 生前ラブラドールレトリーバーと暮らしていた時期があるから、犬の捜索にも出るって張り切ってました
 ラブの依頼が来たら、僕と取り合いになってしまいそうです」
「それは頼もしいというか何というか、複雑な関係になりそうだね
 そっか、ソシオは飼い主決まったんだ、良かった
 ナリのとこで不思議な反応してたから、どうなることかと気になってたんだ」
俺はナリやふかやに頬を染めていたソシオを思い出していた。

「引っ越しの際に飼い主のいらない服をくれるって言ってたから、ありがたく貰うことにしました
 飼い主さん、以前タケシにあげた服を下さった方なんです
 また、タケシが着て下さい」
「ああ、あの服をくれた人なのか
 あれブランド物っぽかったけど、貰っちゃって良かったのかな
 あんまり着てないみたいだったのに」
俺は気になっていたことを聞いてみる。
「捨てるよりは着てもらった方が良い、ってソシオが言ってましたから大丈夫でしょう
 お返しに、何かお菓子でも焼こうかと思っていますし」
「そっか、こっちに来たら、俺も一緒にお礼に行きたいから呼んで」
「はい」
ひろせと交わす未来の約束に、俺は幸せを覚えていた。


食事の後はカップアイスを食べながら、プチ合格祝いのメニューを話し合った。
「和、洋、中のケーキ、面白そうですね
 何にしようかな、どんな感じだとお祝いっぽくなるんでしょう」
ひろせは俺の提案に、目を輝かせてくれた。
「ドーンとボリュームのあるのが1個は欲しいんだ
 日野先輩の目も楽しませといた方が良いからさ
 これ、洋はベタ中のベタ、ホールのショートケーキにしたいんだけど、どうかな
 チョコのプレートに『合格祝い』って書いてのせよう」
「良いですね、基本中の基本でも、イチゴを乗せるバランスや生クリームのデコレーションの仕方で個性は出していけます
 僕達らしくデコってみましょうか
 今の時期なら露地ものの美味しいイチゴが手に入りますし」
こうしてあっさり洋は決まってくれた。

「洋ケーキはショートケーキに決まりっと
 後は和と中華…自分で言っといて何だけど、良い案が思い浮かばなくてさ
 和は抹茶ケーキにアンコをトッピングとか?
 つか、中華って何だろ」
俺は首を捻ってしまう。
「中華風蒸しパンのマーラーカオ
 これをパウンドケーキ型に入れて蒸すレシピを見かけました」
ひろせはスマホを取り出すと、操作し始める。
「これです、スライスするとパウンドケーキに見えて面白いと思って覚えていたんですよ
 手軽に作れそうでしたから、タケシとのおやつタイムに良さそうかなって」
「スライスしたマーラーカオなんて何かおしゃれだし、良い感じだよ
 それに生クリームじゃなく杏仁豆腐を添えて出せば、より中華風じゃん
 中華はマーラーカオにしよう!」
ひろせと一緒に考えると難しいと思っていたことも、あっさりと解決できた。

「後は和だけど、抹茶のケーキじゃありがちかな」
まだスマホをいじっていたひろせが
「あの、『かるかん』はどうでしょうか」
オズオズとそう聞いてきた。
「かるかんって、猫缶の?そりゃ、荒木先輩は猫バカだけど…」
大胆な提案に、俺の頭は混乱してしまう。
「いえ、かるかん粉を使ったロールケーキ風のレシピを見つけたんです
 桜の花の塩漬けも使っているので、桜咲く演出になるかと」
ひろせが差し出してきたスマホには、桜の花がのっている可愛いロールケーキの写真が表示されていた。
「かるかん粉?!そんなのあるんだ
 上新粉でも代用出来るのか、オリジナルの和菓子っぽくて良いアイデア
 和、洋、中ケーキ、これで決まりだね
 先輩達も、白久と黒谷も驚くよ」
「はい」
俺たちはビックリ顔の2人と2匹を想像し、クスクスと笑いあうのであった。
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