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しっぽや(No.158~162)

「やっぱ次も直接学校に見に行くよ
 白久、付いてきて」
俺は自然な笑顔で頼むことが出来ていた。
落ち込むのはまだ早い、次の結果を確認してから落ち込めば良いのだ。
「もちろんです」
俺の気持ちを感じ取った愛犬の顔も晴れやかな笑顔になっていく。
「食べよう、俺の好みでエビ尽くしにしちゃったけど
 このポップコーンシュリンプ美味しいよ」
「小エビのピザも美味しいです
 パエリアには大振りのエビがのっていて、良い味が出ております
 パエリア、作り方を調べてチャレンジしてみるのも面白そうですね
 荒木の好きな魚介を選んで入れられますから」
「パーティーのときとか、大皿料理があるとゴージャスだよね
 でも気を付けないと、日野が丼によそって半分くらい一気に食っちゃいそう」
「日野様の分は個別にクロに作らせましょうか」
俺達はクスクス笑いながら会話を楽しんだ。
それはもう『受験に落ちたやけ食い』ではなく『デート中の楽しい食事』に変わっているのだった。


影森マンションの白久の部屋に帰る前に、しっぽやに顔を出しに行く。
「あ、っと、荒木、その…」
「先輩…お疲れさまでした…」
俺の顔を見た皆の顔には動揺が広がっていた。
「今日の学校は落ちたけど、まだ1校残ってるから
 明後日が発表なんだ
 黒谷、白久を休みにしてもらって良い?
 また一緒に見に行きたくてさ」
俺が声をかけると黒谷はブンブン首を振って頷いて
「もちろん大丈夫、思う存分休んで
 次の日も休んで良いから、と言うか明日も休んでよ」
力強く言い放った。
「荒木も暫く休んで良いからな
 荒木の仕事はタケぽんに全部やらせるし」
慌てたように言う日野を、タケぽんが半開きの口で呆然と見つめていた。

「今日は白久の部屋に泊まっていかれますか?
 夕飯に召し上がってください」
長瀞さんがタッパーを差し出してくれる。
「荒木、甘い物を食べると元気が出ますよ
 シュークリームを作りましたのでどうぞ」
ひろせが紙袋を手渡してきた。
「これ、カズハの行きつけの店の紅茶クッキー
 荒木に渡してくれって頼まれたんだ」
「市販のミックスを使ったものだが、ウラが作ったプリンも持って行ってくれ」
「ナリが評判の店に車走らせて買ってきたエビ餃子だよ
 荒木はエビが好きだからって」
化生とその飼い主から色々貰って、しっぽやを後にする俺と白久は両手に袋を下げている状態だった。

「ありがたいね、皆、俺のこと心配してくれてたんだ」
大荷物を持っての移動中、俺は胸が熱くなる。
「荒木がしっぽやで好かれている証拠です
 荒木に元気になっていただきたいのですよ
 でも、しっぽやで1番荒木のことを好きなのは私ですけれど」
誇らしそうに宣言する飼い犬が側にいてくれる幸せで口角が上がっていく。
「俺だって、しっぽやで白久のこと1番好きだよ
 白久は他の化生に好かれてるけど、俺の想いの方が強い
 黒谷とは長い付き合いだろうけど、俺の方が強く付き合ってる」
犬や猫に焼き餅を焼くのも何だが、思わずそんなことを口にしてしまった。
「荒木からの想い、いつも感じております」
「俺も白久の想いを感じてる」
俺達はバカップル丸出しで、幸せに浸りながら影森マンションに帰るのであった。


白久の部屋のガラステーブルの上に貰ってきた物を広げると、かなりの量があった。
「どれも美味しそう
 向こうでやけ食いなんてするんじゃなかったなー
 まあ、あれはあれで白久と美味しいデートになったからよかったけど
 白久は初めての店だったよね」
「はい、荒木との初めての思い出のページが増えました」
俺はクッションに座り白久にもたれかかった。
白久はしっかりと俺を支えていてくれる。
「夕飯はこの貰い物で済ませて、今夜はゆっくりしよう
 白久、いつも俺のためにあれこれしてくれるから気忙しいでしょ?」
「荒木のために何かを出来ることは幸せな事なので、気になりません
 けれどもご命令とあれば、何もせずにおります」
白久は微笑んで俺を見つめてくれる。

「じゃあ、命令
 今夜は夕飯のことは考えないで俺のことだけ考えて」
「かしこまりました」
暫く2人で見つめ合い、俺達は笑い出した。
「何か、我が儘な王様みたいな命令だね」
「とても幸せな命令です」
ひとしきり笑った後どちらともなく唇を合わせる。
「夕飯の前に俺を食べて」
早くなっていく鼓動を感じ、白久のキレイな瞳を見つめながら命令する言葉は、ねだるような響きを伴っていた。
「じっくり堪能させていただきます」
頬を染めた白久がより深く唇を合わせてくる。
「ん…」
思わず甘い吐息を彼の口中に吐き出していた。

白久のキスが徐々に激しいものに変わっていく。
服を脱がされた素肌を白久の唇が味わうように移動すると、早く一つになりたい欲望が抑えられなくなってしまう。

「んん…白…久、きて」
彼はその命令に即座に反応し、逞しいもので俺を貫いてくれた。
受験に落ちた悲しみも他の大学の合否がわからない不安も忘れるような快楽の波に流され、俺は白久の存在だけを追っていた。

それはとても幸せな旅であった。





がっかりしつつも嬉しい夜を過ごした翌々日、俺はまた駅で白久と待ち合わせていた。
今日の服装はラフと言うよりカジュアルだった。
「荒木が制服なので、これくらいならおかしくないとウラ様にアドバイスしていただきました
 どうでしょうか?」
顔色を伺うような視線を向けられ
「似合ってるよ、ウラの見立てなら間違いないって
 ウラって愛犬を飾りたてるセンス良いから」
俺は少し見とれながら答えた。
明らかにホッとした顔を見せる飼い犬の手を引いて、俺はホームに入ってきた電車に乗ると大学を目指すのであった。


大学構内は俺のような緊張した顔の制服姿があちこちに見受けられた。
早くも喜んだり落ち込んだりしている顔が多数ある。
俺は白久に受験票を見せ
「この番号が書いてあったら受かってるんだ」
そう伝えた。
白久も緊張して唾を飲み込んでいた。

掲示板に貼られている紙から自分の番号を探す。
「「あ」」
それに気が付いたのは白久とほとんど同時で、2人して声を上げてしまう。
「あった!受かってる!」
「ありました!おめでとうございます!」
俺達はテンションが上がり人前だというのに抱き合っていた。
「ほんとの、ほんとだよね
 2人で確認したんだし」
「はい、確かにこの番号が書いてあります」
一応HPで公開されている合格者番号も調べてみたら、そこにも同じ番号が記されていた。

「良かった…」
前回の不合格ショックが抜けきっていなかった俺は、安堵のあまり足の力が抜けてしまった。
へたり込みそうになった俺を、白久が力強く支えてくれる。
「荒木の頑張りが実を結びましたね
 本当にお疲れさまでした」
白久の言葉が胸の深いところにスコンと落ちていき、そこからジワジワと喜びがわき上がってきた。
「これで自由だ」
大げさだけどそんな言葉が口をついてしまう。
「もう何の気兼ねもなくしっぽやのバイトに集中出来るし、白久の部屋にだって泊まりにいける」
大学が始まれば勉強と同時にこなさなければいけないので大変だと思うが、今はまだ具体的には想像できなかった。

「とにかく皆に連絡しなくちゃ
 あんなに心配かけてたんだもんな」
俺はスマホを取り出すと、この日のために用意してあった桜が咲くデコを貼ったメールを送信する。
「お祝いをしていきましょう
 また、あのバーガー屋に行きませんか
 荒木との思い出のお店です」
スマホをしまう俺に白久が微笑みながら問いかけてきた。
「うん!今日はやけ食いじゃなく、お祝いだもんね
 ファーストフードで合格パーティーだ
 サイドメニューも色々頼んじゃおう」
俺はウキウキしながら答える。
構内での合格者用の雑用を済ませ、俺達は明るい気持ちで店に向かって行った。


「新しいシェイクが出てる『あまおう』だって
 ストロベリーとは違うのかな」
「ポテトにかける粉、『シーズニング』というのでしたっけ?
 『カクテルシュリンプ』風味が限定で出ておりますよ
 試してみませんか」
たとえファーストフードでも白久と食べればご馳走だし、大学に合格したという喜びと相まって今日は特別に美味しく感じられた。

「借りてきたこれが無駄にならずに済みました」
白久が小さな箱を取り出した。
何かと思って見ていると、白久は蓋を開けて中身を耳に装着する。
「桜のイヤーカフです、荒木の桜が咲いたので」
新しい首輪を自慢するような感じで、照れながらも誇らかに言う姿が可愛らしい。
「似合ってるよ、白久の白い髪から見えるシルバーってクール
 きっと、大麻生が付けるより似合ってると思うんだ」
俺は声をひそめてクスクス笑う。
「金髪のウラより、黒髪の荒木の方が輝いて見えるのと一緒ですね」
白久も悪戯っぽい瞳で声をひそめて囁いてくれた。

「今夜はお家にお帰りになって、ご両親とお祝いなさってください
 お2人も心配していたでしょうから
 私は今、誰よりも先に荒木をお祝いできたので満足です
 落ち着いたら、またゆっくり泊まりに来てください
 私のベッドの隣は、荒木のためにいつでも空いております」
本当は今夜も自分へのご褒美で泊まりに行こうと思っていたけど、包み込むような優しい瞳で真っ直ぐに見つめてくる白久に、俺は素直に頷いていた。

「親父には、合格祝いにちょっと高いものねだろうかな
 いや物をねだるんじゃなく、白久のとこにちょくちょく泊まりに行くって宣言しとく方が良いか
 俺も大学生になるんだし子離れしてもらわないとさ」
もっともらしく頷く俺に
「それは…私にとっての最高のご褒美です」
白久は輝く笑顔をみせてくれた。

テーブルに置いておいたスマホが、断続的に震え始めた。
「さっき皆に送ったメールの返事が来始めたみたいだ」
「今日もしっぽやに顔だけでも出してください
 きっとまた沢山のプレゼントが用意されていますよ」
「後でお礼の品を考えるのが大変だなー、白久、一緒に考えて」
「もちろんです」
白久の笑顔がいっそう深くなる。


『桜、咲く』

今年の春は素晴らしい桜を咲かせることが出来た。
大学が始まる前の春休みが楽しいイベント満載の予感を感じ、俺の心も白久の笑顔のように晴れ渡っていくのであった。
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