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しっぽや(No.158~162)

side<ARAKI>

受験が終わり、慌ただしくも楽しい日々が戻ってきた。
授業はほとんど無いので俺も日野もしっぽやにいりびたって、思うようにバイトできなかった時期の鬱憤を晴らしていた。
しつけ教室の参加希望者のリストを作り、参加希望日と時間を入力する。
今では日野が居なくても、しっぽや関係のフォルダを自分で作って情報を整理することが出来ていた。


「荒木、お疲れさん、次は俺が変わるぜ
 報告書入力しとくんで一息付けよ、インスタントコーヒー淹れてきたからさ」
日野がマグカップとクッキーを応接テーブルの上に置いてくれる。
「サンキュー
 ずっと同じ姿勢だったから、肩こった」
俺は肩をほぐすように腕を回し、首を左右に動かした。
「パソコン、もう1台あった方が良いかなー
 そうすれば2人で同時に作業できるし」
俺はソファーに腰掛け、コーヒーを口にしながら言ってみる。
「それは俺も考えた
 荒木用にデザイン系作業中心に使うのがあった方がいいかな、って
 ただ、今みたいに交代しながらコマメに休憩とれるのがありがたくて、踏ん切りがつかない」
笑い含みの日野の言葉に、思わず俺も笑ってしまう。

「つか、お前、今日何度目のおやつタイムとってんだよ
 『賞味期限近いから早く片付けなきゃ』って名目で食いまくるため、最近見切り品ばっかタケぽんに買ってこさせてるだろ」
「それはエコロジーだぜ、荒木
 後、手作りおやつは保存材入ってないから、やっぱ早く食わないとな」
もっともな顔で頷く日野と顔を見合わせ、俺達は笑いあった。
そんな俺達を見て
「ああ、平和って素晴らしい」
黒谷は感動したように呟いていた。

暫くは俺がクッキーを食べる音、日野が報告書を入力する音だけが事務所に響いていた。
白久と空と長瀞は捜索に出ていて、他の者は控え室でうたた寝をしている。
平和な空気の中、入力を終えた日野が
「発表、もうすぐだな」
少し緊張したような声で語りかけてきた。
「うん」
俺の返事も緊張した声になってしまう。
「大学のHPで確認できるけど、構内にも張り出すから白久と一緒に見に行ってくる
 俺1人で結果と向き合うの、怖いからさ
 俺ってヘタレだな」
白久が居てくれないと勇気を出せない自分に、ちょっとウンザリしてしまった。

「大丈夫、俺もヘタレだ
 同じく、黒谷と一緒に見に行ってくるよ」
日野もため息と共にそんなセリフを吐き出した。
「日野、僕が一緒だから大丈夫です」
「そうだね、俺のラッキードッグだもん」
2人の世界に入り始めた日野と黒谷を見て羨ましく感じつつ
『俺にだって白久がいるし、ソシオも触らせてもらったもんな』
仕事中の愛犬に、つらつらと思いを馳せる。
流石に合否が分からない状態で合格発表を見に行く日のことを『白久と2人で楽しいデート』とは思えないのであった。




ついに合格発表の日がやってきた。
俺は白久と駅で待ち合わせて大学に向かう。
日野も今日が合格発表の日なので、俺達は結果が分かり次第報告し合うことに決めていた。
白久には試験の後に迎えに来てもらったときのような、ラフな格好で来てもらっている。
俺は制服を着てるから一緒に大学構内に入っていっても『親戚のお兄さんに付き添いで来てもらった受験生』に見えるだろう。
『犬連れで合格発表を見に来た受験生』という珍しい存在に感じられそうな気もするが、それは日野だって一緒だ。
日野のことを考えると『あいつは受かっている』んじゃないかという気がしていた。
でも俺の方は、後から確認してミスってしまった回答ばかりを思い返し、気持ちが沈んでいく。
電車の窓から流れゆく外の景色を眺め、すぐ先の未来を不安な気持ちで待ち受けるしかなかった。

「荒木、私がおります」
緊張する俺の手を、白久がそっと握ってくれる。
触れ合った手から白久の俺に対する想いが流れ込んでくる気がして、少しだけ緊張が弱まった。
「白久が一緒に居てくれて良かった」
無理に笑って見せようとしたが上手くいかず、顔が歪んでしまったのが自分でもわかる。
白久は俺の手に添えた手に力を入れ、安心させるように強く握った。
本当は強く抱きしめて欲しかったけど、それでも白久の温もりが嬉しかった。


大学に着くと俺と同じように発表を見に来た制服姿が多数見受けられた。
「けっこー見に来る人、居るんだな」
以前に合格者と不合格者の番号を逆にHPで発表してしまった事故があったと親父に脅されて、自分の目で確かめようと来てみたが同じ事を考える人は多いようだ。
それに俺には、白久と一緒に大学に来てみたかったと言う密かな下心もあった。
「あっちに貼ってあるみたいだ」
喜びの顔と沈んだ顔、両極端な人垣目指し俺達は進んでいった。
掲示板に貼ってある合格者の受験番号と、自分が持っている受験票の番号を何度も何度も確認する。


掲示板の数字には、俺の受験番号は書かれていなかった…



自分の目にしている事実が脳に到達するまで、数分の時間がかかったと思う。
「番号…無い…」
小さな俺の呟きに白久の体が強ばるのが感じられた。
彼は俺の肩を抱き、人波を避けるよう掲示板の側の生け垣に移動する。
「HPで発表もされているのでしょう
 そちらも確認した方がよろしいのでは」
その言葉にハッとして俺はスマホを取り出すと、震える指で操作していった。

「ダメだ、やっぱり無いや
 ミスしちゃってたし、そんな気はしてたんだ」
うつむく俺に、白久はどう言葉をかければ良いか分からないようだ。
と言うか、俺も何と声をかけられてもろくな反応が出来そうになかった。
あんなに頑張ったのにダメだった。
泣きたかったけど、どこかで『やっぱりね』と思って安堵している自分がいる。
『俺、日野みたいに頭、良くないしさ』
まだ彼の結果を確認してもいないのに卑屈な気分になっていた。

そんな俺を白久が抱きしめてくれた。
人前で抱かれる気恥ずかしさより側に白久が居てくれる安心感の方が強かった俺は、彼の腰に手を回しすがりつくように抱きしめ返した。
ここに居る人たちは自分の結果のことで手一杯で、他人にそんなに注意を向けないだろうという気持ちがあった。
それに、受験に落ちた飼い主を慰めようとしている大型犬と抱き合っているようにも見えるだろう。
その考えで白久を大きな白い秋田犬と見立てて客観的に自分を想像すると、微笑ましい気がして少し気分が浮上してきた。
「白久が一緒に見に来てくれて良かった…」
彼の広い胸に顔を埋め甘えるように頬擦りをする。
今は余計なことを考えず、白久の存在だけを感じていたかった。
何も言わず抱きしめてくれる愛犬が、心から愛おしかった。

どれくらい抱き合っていたろうか。
受験に落ちた衝撃は残っているものの、気分は落ち着いてきた。
「あー、皆に落ちたって連絡するのやだなー
 でも心配してくれてたし、報告しないとね」
白久の胸から顔を上げ、深いため息と共に言葉を口にする。
「ここでずっとスマホ弄くるのも何だから、どこかの店に入ろう
 駅の側にファミレスがあったっけ
 やけ食いだ、日野みたいに食うぞ」
「お付き合いいたします」
白久は俺の言葉に神妙な顔で頷いていた。


俺達はしっぽやの近場にはないイタリアンなファミレスに入る。
「ピザ、パスタ、パエリアにサラダ、ポップコーンシュリンプと…グラタンも頼んじゃえ
 白久、半分こしよう
 流石に俺1人じゃ無理だ」
自分でも不自然な感じで明るく振る舞おうとする俺を、白久は心配そうな瞳で見つめていた。
スマホを取り出すと、日野からメールが入っている。
「日野は、受かったってさ」
内容を確認し白久に伝えたら、複雑な表情を見せていた。
俺は『落ちました』という短くも重い内容のメールを皆に送る。
それ以上のことを書く気力は流石に無かった。
でも親にだけは『先輩が残念会で奢ってくれるから、今夜は泊まってく』と追記する。
「受かってても落ちてても、どうせ白久のとこに泊まる気だったんだ
 良い?」
絶対に断られないことを知っていての事後承諾で彼に聞くと
「もちろんです」
想像通りの返事が返ってくる。
運ばれ始めた料理をツツきながら俺は今後のことを白久にグチり始めた。

「また今年も受験生か
 流石に予備校ガッツリ行かないとダメかも
 しっぽやの皆とか俺に気を使うだろうなー」
苦い思いでコーラと一緒にピザを飲み込む俺を、白久は少し首を傾げて見つめていた。
「荒木はもう1校、受験しておりましたよね」
伺うように聞いてくる愛犬に
「あっちもきっと落ちてるよ
 発表は明後日、もう直接見に行かなくていいや
 向こうの方が遠いしさ」
俺はため息と共に答えた。
「荒木は、あちらの学校はお気に召さないのですか?」
「あっちは学部とか良さそうだけど、しっぽやから遠いし
 今日の学校なら高校に行くのと20分くらいしか違わないから、通学が楽だったのになー
 新しい学校で設備も充実してるしさ
 有名人の講師もいるんだ」
俺の言葉を聞いて、白久は何か言いたげな顔になった。

言葉を探しているような白久に、俺は軽く首を傾げて先を促した。
「私は…大学のことはよくわかりません
 けれども荒木をお迎えに上がったことがあるので、あちらの学校の方を身近に感じる気がします
 また行くことがあるのではないかと、駅までの行き方を覚えました
 今度は学校までの道を覚えたいと思っていたのです
 今日のように2人で発表を見に行けたらと
 いえ、出過ぎた発言です、お忘れください」
モジモジと俯く愛犬の姿を見て、俺の胸に落ちていた重い石が砕け散った気がした。

「そうだね…そうだよ、もう1校受けてるんだ
 試験の感触的にはあっちの方が良かった気がする
 既に白久との思い出だって作ってあるし、縁起良い学校だよ」
それに気が付くと、ちょっと遠いくらいで通学を面倒くさがっていた自分がバカみたいに感じられた。
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