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しっぽや(No.145~157)

各所に連絡を済ませた俺は、ソシオと引っ越しの日までノンビリした時間を過ごしていた。
ゴミ袋に加え、段ボール箱の山が部屋を圧迫していく。
「こっちはまだ使うよね、この辺は箱詰めして良いの?」
ソシオは作業に慣れてきて、的確に仕分けをしていた。
「そうだな、新聞紙でくるんで箱に『割れ物』って書いといてくれ
 一応箱の中にクッション材敷いとくか」
起きて朝飯を食った後から昼まで2人で捨てるものをより分けながら梱包作業をし、昼過ぎには近所に昼飯を食いに行く。
帰ると作業再開、夕方にはソシオが買い物に行き夕飯を作ってくれた。
俺は夕飯が出来上がるまで、思い出と戦いながらより分け作業を続ける。
しかし過去の思い出の品よりこれからソシオと作っていく思い出の方が大切で、思い切って捨てる事が出来ていた。


時には作業の前に、2人で昼用の弁当を作ることもあった。
「モッチーと作ったお弁当をモッチーと一緒に食べると、いつもより何倍も美味しく感じる
 このソーセージって、こんなに美味しかったっけ?」
ソシオはマジマジと箸の先のソーセージを見つめている。
「ソシオが料理上手で焼き加減が良いからだろう、卵焼きもメチャクチャ美味いよ
 昨夜のピーマンと椎茸の肉詰めも絶品だったし
 俺は幸せ者だ」
俺の言葉で、ソシオの頬がバラ色に染まる。
「長瀞だけじゃなく、白久にも色々教わったんだ
 今度は黒谷に教わった豆ご飯炊いてみるね
 メールでやり取りできるって、便利
 いつか俺も、皆に教えてあげられるようになりたいな
 そうしたら、モッチーの好きな物がしっぽやで流行るかも知れない」
悪戯っぽく笑うソシオに
「俺が流行の最先端か、悪くないな」
俺はそう答え、2人で爆笑する。
派手なこともスリリングなことも何も起こらない普通の日常なのに、この上なく楽しい時間を過ごしている実感があった。



「この辺の服は、もう捨ててもいいか
 あんまり着てなかったが」
去年の前半に付き合っていた奴の好みで買った服が詰まっているクローゼットの一角を見て、俺は思案する。
「まだ新しそうだし、モッチーに似合うと思うけど」
ソシオは服を手にとって、俺の体に当ててみていた。
「ちょっと、若者向けじゃないか?」
「モッチーだって若いじゃない」
ソシオは屈託無く笑っている。
そういえば、ソシオは化生してから長く生きているから俺よりは年上なのだと思い至る。
『見た目は俺よりちょい若く見えるのに、不思議だな』
俺に見つめられキョトンとした表情になるソシオが可愛かった。

「そういや、前にひろせさんに服をあげたら誰かに着てもらうって言ってたっけ
 古着だけど、この辺いるかな」
俺は、ふいにそのことを思い出した。
「タケぽんに着てもらう、って言ってたね
 タケぽんって、ひろせの飼い主だよ
 そっか、モッチーと背丈が変わらないかも
 後でメールで聞いてみる
 モッチーが持ってた物捨てるのもったいないって思ってたんだ
 だって、どれもこれもモッチーと同じ時を共有した物だもん
 服なんて特にだよ、モッチーの体を包んでたんだから
 タケぽんが着てくれれば嬉しいけど、ちょっと羨ましい
 本当は俺が着たいよ」
真剣な顔で力説するソシオに、思わず吹き出してしまった。
「ソシオにはデカすぎるだろう
 リメイクして着るほどのもんじゃないし、貰ってくれる相手がいりゃ服も浮かばれるだろうさ
 ソシオにはパーカーが一番似合ってるよ」
そう言って頭を撫でると、彼は俺の胸に身を預けてきた。

俺は柔らかな髪を撫で続けながら
「俺、影森マンション行ったら他の飼い主と上手くやれるかな
 ゲン店長やナリを知ってりゃ、化生の飼い主って『良い人』ってわかるが
 自分がその『良い人』に見てもらえるか、ちょっと不安が無いわけでもないんだ
 今更何言ってんだ、って感じだな
 環境変わるからナーバスになるなんて、俺らしくねーな」
思わず弱気な発言をしてしまった。
「モッチーは『良い人』だけじゃなく『格好良い人』『優しい人』『何でも出来る凄い人』」
ソシオは深く密着し、甘えるように俺の胸に頬をすり付けた。
「ナリが来てから高校生飼い主の間でバイクブームが起きてるんだって
 モッチーのバイクが直って皆が見たら、凄く驚くよ
 だってナリのバイクより、モッチーのバイクの方が格好良いもの」
クスクス笑う彼に
「ソシオ、それナリの前で言っちゃダメだぞ」
そう釘を刺すが俺も笑ってしまった。

「豆を挽いてコーヒー淹れてみせればカズハとかウラは尊敬すると思う
 モッチーは直ぐに飼い主の間で人気者になるよ
 何と言っても、流行の最先端だから」
ソシオの言葉で、引っ越しの日が目前に迫り緊張していた俺の心の強ばりが溶けていく。
「そうだな、俺には超強力なお守りが付いている、どこでだって上手くやっていけるさ」
俺は力強く彼を抱きしめ唇を合わせると、作業を再開した。
ソシオと暮らせるまだ見ぬ新居が、俺達にとっての幸せの場所であるのは間違いないと確信するのであった。




ついに迎えた引っ越し前日。
殆ど荷造りを終えた部屋は段ボール箱が山のように積んであるのに、ガランとして見えた。
荷物の運び出しは昼前辺りから始めるので、それまでに使うものだけが残されている。
「お父さんとお母さんの家から、遠くなっちゃうね
 …寂しい?」
ソシオが心配そうに聞いてきた。
昨日の晩は別れを惜しんで両親と中華料理を食べに行ったのだ。
両親は息子と別れるより、ソシオと別れる事の方を寂しがっているのがありありだった。
何度も『こっちにも遊びに来てね』と言って、いつまでもソシオの頭を撫でていた。
『たまにはソシオちゃんを連れてきなさい、ガソリン代出すから』と餞別を弾んでもらえたのはありがたかった。
「ソシオが居るから寂しくないよ
 でも、たまにゃ顔見せに行こうな」
「うん」
俺たちは寄り添ってベッドに座り、部屋を眺めて思い出に耽っていた。

「この部屋で暮らしたのは3年ちょいかな
 半年くらいはダービーと一緒だったっけ
 手狭だと思ってたが、こうやって見ると案外広かったんだ」
「俺には知らない物がイッパイあって、物珍しい部屋だったよ
 モッチーと一緒に居られた大事な場所
 でもここはもう、俺たちの場所じゃなくなっちゃうんだね」
ソシオの言葉で俺も感傷的な気分になる。
この部屋で初めてソシオと結ばれた、心から愛することが出来る存在を知った。
ここで2人で過ごした時は宝物のように輝く時間だった。
今夜が最後の輝きだ、流石に格好良く決めたかった。


「夕飯は俺が用意するからな、手が込んでない物ばっかだけど
 そして、栄養バランスとかは無視
 好きなもん食おう」
「うん」
俺は冷蔵庫から取り出した物をテーブルに並べていく。
チーチク、中トロの刺身、笹かまぼこ、カニかま、魚肉ソーセージ。
練り物が多いのは、ソシオの過去を見て特に荘士が反応していた物をセレクトしてみたからだ。
「凄いご馳走!」
ソシオは中華屋でフカヒレを見たときより目を輝かせていた。
「ご飯はこれな」
俺はレンチンしたご飯に鰹節をかけて混ぜてやる。
ソシオは懐かしそうな瞳でそれを見て
「モッチー、ありがとう」
涙を浮かべてお礼を言ってくれた。

懐かしの味を堪能した後は、デザートにケーキを食べる。
この日のためにケーキ屋で特注したものだ。
コーヒーを淹れた俺が座ると、ソシオがテーブルの真ん中に置かれた箱を開ける。
中から表面に三毛猫の絵が描いてある小振りなホールケーキがあらわれた。
「これって…俺?」
ビックリした顔で問いかける彼に
「ああ、過去を見せてもらったからな、絵を描いて持って行って頼んだんだ
 元の絵が下手だったのに、配色とか上手く再現できてると思うぜ」
俺はウインクして答えてみせた。
「そして、中身も特注!アンコとクリームの和洋折衷ケーキ
 ソシオ、アンコ好きだもんな」
「うん、好き!
 でもモッチーの方がもっと大好き!」
ソシオは俺に抱きついてくる。
「喜んでもらえて良かった、さあ、食おう」
そう言ったところで、動きが止まってしまった。

『このケーキの絵を切るって、出来なくないか…?』
固まる俺にかまわずソシオは用意してあったナイフを手に取ると、ケーキを真っ二つに両断した。
表面に描かれている猫が上半身と下半身に別れてしまう。
「本当だ、クリームとアンコが何段にも重ねてある
 美味しい!アンコとクリームって最高の組み合わせ」
ソシオは猫の顔面にフォークを突き立て、そのままパクパクと食べ進めていた。
俺はなるべく絵のない部分を食べていたが
「確かに美味いな」
結局猫の下半身をたいらげていった。

2人でこの部屋で食べた最後の晩餐は、忘れられない思い出になるのだった。


その後は2人でシャワーを浴び、最後の夜を熱く過ごした。
今は固定のテーピングだけしているが、ソシオはまだ俺の腕に気を使っていて自ら激しく動いていた。
大きな声を上げてはいけないと注意しているため、歯を食いしばり声を殺して動く彼を見ているとあまりの可愛さに俺も興奮してしまう。
唇を合わせたら、甘い喘ぎを吐き出してくる。
「新居は防音バッチリらしいから、思いっきり声出して良いからな」
耳朶を噛み、唇を首筋に這わせながら言う言葉にソシオは夢中で頷いていた。

「んっ…、くっ…」
触れているソシオ自身の状態で、彼が限界に達しようとしているのがわかる。
俺が腰と手の動きを早めてより強い刺激を与えたら、彼は身を震わせながら想いを解放した。
俺もつられてソシオの中に想いを放っていた。

「この部屋での本当の最後のデザートは、ソシオになったな」
まだ乱れる息を吐きながら、俺はそっと彼の髪をなでた。
「美味しかった?」
「ああ、最高に甘い極上スイーツだ
 もう1回、お代わりしても良いか?」
「好きなだけどうぞ」
ソシオは妖艶に微笑んで唇を合わせてきた。

俺はこの部屋での最後の晩餐を、思う存分堪能するのであった。
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