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しっぽや(No.145~157)

side<MOTIDA>

「忘れ物は無いな」
俺は1ヶ月近く暮らしていた病室を見回した。
まだ左腕を三角帯で吊っているような状態だが、回復が順調で退院出来ることになったのだ。
ソシオの過去を知れて、ゆっくりと2人の時間を満喫できた今回の入院は命の洗濯にも感じられた。
「モッチーが大変な思いをしてたのに、俺、ここでの時間が楽しかったって思っちゃうんだ」
同じように部屋を見回しているソシオが、感慨深そうに呟いた。
「昼に病室に行って夜に帰る生活、ずっと一緒に居られるわけじゃないけど、モッチーが働いてる時より気持ちがゆったりしてた
 過去を転写して飼ってもらえることになって、心が軽くなったし
 ここならモッチーに何かあっても、お医者さんが居てくれるから安心だもん
 俺だと人間の病気や事故に対応できないからさ」
俺を見つめるソシオの頭を撫でてやると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。

「アパートに帰ったら、うんと助けて貰うことになるよ
 引っ越し準備があるのに、俺がこの体たらくだからな」
俺は左腕を少し動かして見せた。
「頑張る!荷造りの仕方とか教えて」
「ああ、短期だったけど引っ越し屋でバイトしてたことあるからお手のもんだ
 前回の引っ越しの時に買い換えたばっかなんで、家電を持って行きたいからちと大荷物になっちまうがな
 小物はあんまり増やさないようにしてたし、仕事の都合で何日までの退去って期限がないから気は楽だ
 ダイチがトラック出してくれるし、ゲンさんがワゴン貸してくれるし、自分たちで何とか出来そうなのがありがたい
 ソシオのラッキーパワーだ」
俺が笑いかけると彼は首を振る。

「皆が手伝ってくれるのは、モッチーの人徳ってやつだよ
 皆、モッチーが好きなんだ
 でも、俺が一番モッチーのこと好きだもん」
ソシオは悪戯っぽく笑って、唇を合わせてきた。
「俺も、どんな人間より猫より、ソシオが好きだよ」
俺の中でナリに対する想いは、友人に対する想いに変わっていた。
今やナリは長年の友人で、数ヶ月とはいえ化生飼いの先輩でもあった。
「そういえば、俺にとってもふかやの方が飼われてる化生の先輩だ
 化生したのは俺の方が先だったのになー
 ひろせや空もそうじゃん、何か不思議」
ソシオは初めてそれに気が付いたようで、驚いた顔をしていた。
俺達は顔を見合わせて笑い、少し深い口付けを交わす。

「さて、そろそろ行くか
 親父が車で迎えに来てくれるからロビーで電話しないと
 待ってる間に精算を済ませて
 先生に最後に挨拶したかったけど、忙しいかな」
「先生にも看護士さん達にも、俺も親切にしてもらったよ
 嫌な顔する人も居たけど、病院だからしかたないよね」
ソシオは少しションボリした顔になる。
「ゲンさんが言ってたみたいに、猫好きの人はソシオに好意的で猫嫌いの人はソシオに嫌悪感を抱くみたいだ
 病院だから、猫がいれば不快に思う人が居るのはしょうがない
 俺もソシオも男同士だから、って話じゃないのが不思議だよな
 ナリに化生のこと、色々教わらないと
 ゲンさん、っと今度から上司だから店長だ、店長にも教わることは多そうだ」
「俺も長瀞におかずの作り方教わらなきゃ、教わるのモッチーとお揃い
 俺達お揃いだね」
ソシオは自分の言ったことに、くすぐったそうに笑っていた。


病室を出るとソシオは俺を気遣って荷物を全部持ち、キャリーバッグを押していく。
「重くないか?」
「平気、キャリーバッグって荷物いっぱい入るのにスイスイ動かせるね
 モッチーのお母さんに貸してもらって良かった」
「お袋は友達同士で温泉旅行とかよく行くから、土産品買い込むのに便利なんだと
 腰ヤってんだから、重いもの持たないで欲しいんだけどな」
思わずため息を吐くと
「お母さんのこと、心配?」
ソシオは俺の顔をのぞき込むようにして聞いてきた。
素直に認めるのも照れくさかったので
「年も年だしよ」
少しぶっきらぼうに答えてしまったが、ソシオはそんな俺を笑いながら見ていた。

その後、親父に電話して精算を済ませロビーで待っていると直ぐに迎えに来てくれた。
アパートに行く前に両親と俺とソシオで寿司屋に入り、退院を祝って緑茶で乾杯する。
何度か土産に買ってきてくれた寿司ではあったが、出来立ては格別に美味しい気がした。
『そういや、家族そろって外食なんて、何年ぶりだろう』
ソシオと出会ってから、俺はゆとりのある時間を過ごせるようになっている事に気が付いていた。


アパートに送ってもらい久しぶりの部屋で、俺はくつろいだ気分になる。
ソシオも同じ思いらしく
「モッチーの部屋で、モッチーと一緒に居るの幸せ」
嬉しそうにそう言って、ピッタリと身を寄せてきた。
部屋はきちんと整えられ、掃除されていた。
俺が居ない間に、ソシオがやっていてくれたようだ。
無事に帰ってこれた安堵感で、どっと眠気が襲ってくる。
今まで無意識のうちに緊張していたらしい。
本当はソシオと触れ合いたかったが、最中に寝てしまったらまた格好悪いところを見せることになってしまう。
俺達は早々にベッドに入って、お互いの鼓動を聞きながら眠りについた。

ソシオと再び同じベッドで寝ることが出来る幸運に、俺は深く感謝するのだった。



翌朝から、俺達の引っ越し準備が始まった。
と言ってもノンビリしたもので、まずは持って行くものと捨てる物の選別から始めていた。
「モッチー、これは持ってく?」
「こっち側のは捨てていいや、こっちは残しといてくれ」
俺の指示に従って、ソシオが燃えるゴミと燃えないゴミの袋を持って歩きどんどん片づけていく。
雑誌をまとめ、新聞紙は梱包用に避けておいた。
ソシオが作業している間、俺は会社に電話をかけ今後の事を上司と話し合う。
やはり派遣を切る話は前から出ていたようで、俺のシフトは組まれていなかった。
急な話で今月20日で辞めることになるが、怪我が治りきっていない俺は退職の日まで出勤しなくて良いらしい。
その日に菓子折りでも持って顔を出しに行って簡単な引継をすれば、あの会社に俺の居場所は無くなるのだ。
何とも呆気なく味気ない最後なのは派遣の宿命みたいなもので、今の会社以外の場所でも同じ事はあったから気にはならなかった。

派遣会社の方も辞めることになるため、その旨の連絡を入れる。
どこかに引き抜かれたんじゃないかとさんざん勘ぐられたが、怪我の予後が思わしくないと言う話にして身体的理由で退職する事で押し通した。
まだ腕を吊っているうちにタクシーで弱々しく挨拶に行くのがベストだと判断する。
それからアパートを借りるときにお世話になった不動産に連絡し、退去の予定を立てた。
ちょうど引っ越しシーズンでバイクの置けるワンルームだから、直ぐに次の入居希望者はみつかるだろう。
ゲン店長、引っ越しを手伝ってくれる友人にメールを送ったりと雑用をこなしていると、いつの間にか昼の時間を大幅に過ぎていた。

部屋の中はゴミ袋で埋まり、ゴミ屋敷の様相を呈している。
「ソシオ、最初からそんなに張り切らなくていいんだぞ
 疲れたろう、何か食いにいこう
 何が良い?」
ゴミ袋の口をギュウギュウ縛っていたソシオが顔を上げ
「俺、ご飯をおにぎりにして冷凍しておいたんだ
 ソーセージ買ってあるし、直ぐに卵焼き作る
 野菜の冷凍食品もあるから、家で手作りお弁当ランチにしても良い?」
照れくさそうな顔でそう聞いてきた。
「それは、凄いご馳走だ」
俺は幸せすぎて少し胸が詰まってしまった。
言葉通り、ソシオは1人で手早く弁当を作っていく。
弁当箱なんて持っていなかったが、タッパーを利用しておかずを詰めると確かにそれは弁当に見えた。
インスタントの味噌汁まで付いている。
片手でも食べるのが苦にならないようなおかずばかりが用意されていた。

「いただきます」
おにぎりにフリカケをかけかぶりつく。
手作り弁当なんて実家を出てから初めて食べた。
卵焼きは形良く巻かれており、箸で持っても崩れなかった。
もちろん味も最高だ。
誉めまくる俺に
「長瀞に教わったんだ
 これって、最初に作るお弁当のメニューとして伝統的なんだって
 もっともっと美味しい物作れるように頑張るからね」
ソシオは誇らしそうに頷いて見せる。
それは目眩がするほど可愛い顔だ。
一緒に居れば居るほど、俺はソシオに惹かれていくのだった。


『引っ越すんだし捨てても良いか』と思うと踏ん切りがつき、ゴミ袋は更に増えていった。
「今日はこのへんにしとこう」
大量のゴミ袋を見て
『このゴミのために家賃払ってたのか』
そう考えるとゲンナリしてしまった。
「明日が燃えるゴミの日で助かったな
 とは言え、全部一気に捨てるのは気が引けるから引っ越しまでに4、5袋ずつ捨てた方がいいよな」
息を吐いてベッドに座り込む俺の横に、ソシオも座る。
「お疲れさま、手伝い助かるよ」
「お疲れさま、役に立てて嬉しい
 夕飯どうする?何か作るなら買い物行ってくるけど」
首を傾げるソシオに
「荷物を減らす為、避難袋に入れといたもの食っちまおう
 カップラーメンでいいか?おにぎりが残ってたら、最後に入れて食いたいな」
俺はそう聞いた。
「おにぎり、まだあるよ
 避難食ご飯、面白そう」
彼は無邪気に笑った。
俺に対するソシオの明るさは、心の救いに感じられた。


その夜はソシオにシャワーを手伝ってもらい、そのまま直ぐにベッドに直行する。
ゴミ袋に囲まれた部屋、という色気も何もないシチュエーションではあったが肌を合わせるのは久しぶりだった俺達には全く気にならなかった。
片腕なので上手く支えてやれない俺を庇うよう、ソシオは積極的に腰を動かしていた。
知り合った頃は初々しく感じていたソシオの反応は、大胆な物に変わっている。
これを仕込んだのは自分なのだと思うと、こちらも燃えてしまった。
1ヶ月近い禁欲生活に耐えきれなくなっていたのは同じだったようで、深夜まで何度も愛を確かめ合った。

「明日の仕事の時間を気にしなくていい生活、良いよなー
 ゲン店長のとこで働くまで満喫しとこう
 つっても、ゴミ出しの時間には起きないとヤバいな」
「ゴミ出し俺も手伝うよ
 その後、眠かったら寝ちゃう?」
「そうするか、引っ越すまでは自堕落生活だ」

俺達は笑いあって唇を合わせると、幸せな眠りに落ちていった。
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