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しっぽや(No.145~157)

ゲンと長瀞がパイプ椅子に座り、モッチーはベッドに腰掛けた。
俺もモッチーの隣に並んで腰掛ける。
触れ合っている肩と腕の温もりが心地よかった。

「ちょっと早いかもしれないが、今日は住む場所をどうするか相談したくて来たんだ
 今ちょっと店がゴタゴタしてて定休日じゃないと動けなかったから、遅くなっちまって済まなかったな」
頭を下げるゲンに
「いえ、とんでもない
 そろそろ不動産屋は忙しくなる時期ですよね
 わざわざご足労いただき、感謝してます
 本当は俺の方から伺わなきゃいけなかったのに、この様(ざま)で
 これでも歩き回れるようになった分、随分ましになったんです」
モッチーは慌てて手を振っていた。

「化生の飼い主になったなら影森マンションで暮らせるんだが、どうかな、と思ってさ
 ナリの部屋と同じ階の部屋が空いてるからよ
 ナリのとこより手狭だが、友達が被ってんなら集まりはナリのとこでやれば良いんじゃねーか?」
ゲンの言葉を聞いて
『モッチーと一緒に影森マンションで暮らせる!』
俺の心は浮かれまくっていた。
「ただ、仕事の地盤がこっちなら、無理強いはしない
 影森マンションで暮らしてなくても、幸せになってる化生がいるのを知ってるからな」
穏やかに笑うゲンを見るモッチーの表情は複雑だった。

「あー、そのことなんですけど
 今、ちょっと微妙な立場なんですよ、俺」
ため息を付くモッチーに、俺はそっと寄り添った。
『職場の友達』が帰った後から、モッチーが悩んでいたのを知っていたからだ。
「今の仕事、今月いっぱいで契約終了ってかたちになるみたいなんです
 今回の事故とは全然関係なくて、ちょっと前から怪しい感じはしてたんですけどね
 俺、派遣だから切られるかな、って
 次の仕事探すにしても、もう少し体が動くようになってからじゃないとさすがにシンドいし
 一時、実家に身を寄せるしかない状態で
 親父もお袋もソシオのことメチャクチャ気に入ってるから問題ないとは言え、同居すると距離的にソシオがしっぽやで働くのが難しくなる
 俺の我が儘だけど、ソシオにはしっぽやの仕事を続けていてもらいたいんです
 長瀞さんがスズちゃん探すの見たから余計にね
 彼らのようなペット探偵を必要としている人たちは、大勢いると思うんですよ」
モッチーの真摯な言葉が胸を刺す。
一緒に暮らせないのは寂しい、でも、モッチーの期待に応えたい。
多分モッチーの心もそうであるように、俺の心も千千(ちぢ)に乱れていた。

「そりゃ…タイミング悪かったな」
ゲンも渋面(じゅうめん)をつくり腕を組んだ。
「しかし、まだ飼い始めたばかりの化生の特性を考えて、彼らが彼らでいられる場所を見極めている
 私情や損得に流されない姿勢はたいしたもんだ
 トラブルに対し前向きな対処を思考出来る冷静さがあるな」
「いやゲンさん、誉めすぎですって
 バイク乗ってるとトラブルなんてしょっちゅう起こるから、慣れてると言うか
 ナリの友達やってると何気に不思議な目にあうし、肝が据わってきてはいるのかな
 ソシオという貴重な存在も側にいてくれるし、何とかなると思いますよ」
モッチーは寄り添っている俺の頭を、優しく撫でてくれた。

「それは『何とか出来る』力がある奴が言うと格好いい言葉だが、有言不実行だと格好悪いことこの上ないぜ」
意地悪く笑ってみせるゲンに
「実は俺、メチャクチャ格好悪い奴なんすよ
 いつも、ここぞってときに決められない
 ソシオには格好悪いとこばっか見せてたから、これからはもっと頑張ります
 ソシオの飼い主として相応しい人間になりたいんです」
そう宣言したモッチーは、俺を抱く腕に力を込めた。
その強い想いを受け
「モッチーはいつだって、凄く格好良いよ
 地図見てバイクの運転出来るし、コーヒーを豆から淹れられる
 俺より何でも出来るんだ
 俺も、モッチーみたいに格好良くなりたいし役に立てるようになりたい
 だから俺も頑張る、モッチーと一緒に暮らせるようになるまでしっぽやで頑張る」
俺もそう宣言し彼にしがみついた。

「何か、見せつけられる為に来たみたいだな」
ニヤニヤ笑うゲンに
「すいません、でもこれ俺の本音です
 ソシオをちゃんと幸せにしてやりたいから、きっと今よりキツい仕事も頑張れるんじゃないかって
 ま、それをやるには、体を治すのが先なんすけどね
 ほんと、俺って奴は格好悪くてイヤになる」
モッチーは少し照れたように笑うと、抱き寄せている俺に軽いキスをしてくれる。
俺達を見るゲンの目は優しかった。

「よし、そんなモッチー君を見込んで、ちょっとスカウトしてみちゃうかな」
ゲンは勿体(もったい)ぶった様子で頷くと、わざとらしく『こほん』と咳払いしてみせた。
「モッチー君、うちの店で働く気はないか?
 不動産関係の仕事に就いたことなければ最初の3ヶ月は研修期間になる
 研修期間中は大した給料出せないが、住むところは影森マンションがあるから大丈夫だろ」
モッチーはゲンが何を言い出したのか分からない様子で、ポカンとしている。
それは俺も同じだった。



「え?あ、いや、それは渡りに船と言うか…
 でも、コネ入社にも程があるでしょう
 ありがたい以上に申し訳ない気がして、うーん」
考え込むモッチーを
「コネ入社はプライドが許さない?」
ゲンは興味深そうな顔で見つめている。
「俺のコネならまだしも、それってソシオのコネでしょう?」
モッチーは困った顔になってしまった。

「化生の富を当てにしない、か
 ミイちゃんの資産を当てにしてマンション建てさせた俺とは、えらい違いだ」
ゲンはクツクツと笑っていた。
「ゲンのやったことは化生全体の為のこと
 私利私欲ではありません
 三峰様もそれを理解しているからこそ、出資なさったのです
 貴方ほど化生のことを考え、その幸せの為に実行できる力のある人間はおりませんよ」
長瀞は諫(いさ)めるように言い添えて、その手を優しく握っていた。

「うちの店がゴタゴタしてるって、言ったよな
 実は長年働いてくれてた事務の子が、寿退社するんだよ
 退社、っつーか、新居に近い大野原不動産本店への転勤になっちまうんだ
 高校卒業したての新入社員の頃から、10年近く俺が不動産のいろはを教え込んだ百戦錬磨の戦士だったのに
 親父とお袋はホクホクだぜ
 その引継やらなんやらでテンヤワンヤしてんだ
 ナリに手伝いを頼もうと思ってたが、ペットショップで配達業務を始めたなんて言ってたから頼みづらくてな」
ゲンは苦笑する。
「俺は化生のコネにのっかることに慣れてるから、化生が選んだ人間なら人格は間違いないことを知っていて勧誘してるんだ
 一応、今までの対話で自分でも面談したつもりではあるがね
 人格に間違いなくても、カズハちゃんみたいなタイプは不動産業界には向かない
 かといって、ウラはトラブルの元になりそうだし
 ナリが適役かと思ったが、あいつは自分の道を自分で切り開いている最中だからな
 残りもん扱いして悪いが、手の空いてそうな適役者がモッチー君って訳」
「え、俺、適役ですかね」
モッチーはまだ首を捻っている。

「ぶっちゃけ、事務やらなんやら不動産関係のことは俺が教えられるし、うちの店のやり方を覚えれば済むことだ
 後は、トラブル対処時の冷静さが大事でな
 土地の取引ともなると、動く金額が半端ないからよ
 客観的に物事を見られるのは強みだ
 それに内覧希望の客を車で案内するのも、モッチー君くらい体格良いと軽く見られないから良い場合があってさ
 初めての場所にも、ナビで直ぐ行けるだろ?」
「それはよくツーリングに行くから大丈夫です」
モッチーの顔に生き生きとした精気が戻ってきた。
「で、大きな声じゃ言えないが、うちは何件か事故物件抱えててな
 あまりにも質(たち)が悪い時はミイちゃんに何とかしてもらってるが、そうそう頼めるもんじゃないし
 事故物件でも良いから安い部屋を紹介して欲しいって客もいるんだわ
 そんな客を内覧に連れて行くの、モッチー君なら難なく出来そうだ
 実は俺、あんまり近付きたくなくてさ
 後から頭が痛くなったりするんだ」
ゲンは肩を竦めてみせる。

「ナリと一緒にそれっぽいもの見た後も、俺は平気でした
 ナリは後から熱出したりしてたけど
 ナリには『モッチーは強いよね』とか言われたっけ
 鈍いって言われたのと同じだと思ってたけど、違ったのかな」
「運や守りが強いんだろう
 今はソシオと言う超強力な縁起物も手に入ってるしな」
その言葉で
「俺、モッチーの役に立ってるの?」
俺はドキドキしながら聞いてみた。
「日野がよく黒谷のことを『ラッキードッグ』って言ってるけど、ソシオは間違いなく『ラッキーキャット』だろう
 彼の側に居るだけで役に立つ」
ゲンは悪戯っぽい顔で答えてくれた。
モッチーは俺の顔を見ながら、優しく頷いている。
それから真面目な顔になると
「ゲンさん、店で働かせて貰う話、引き受けます
 初心者で至らない点も多いと思いますが、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」
居住まいを正してゲンに深々と頭を下げた。

「おう、ラッキーだったのはお互い様だ
 履歴書とか戸籍とか必要書類はまた後から知らせるとして、今は早く体を治しなよ
 動けるようになったら日取りを決めて、影森マンションに引っ越してくるといい
 ソシオはそれまで、彼の身の回りの世話を焼いてやりな
 しっぽやの業務の方は大丈夫だ
 な、ナガト」
「ええ、No.1の私が頑張っておりますから」
誇らかに頷く長瀞を見ていると、ちょっとライバル心が芽生えてくる。
「俺が復帰したら、ラッキーキャットパワーで長瀞より多く発見してみせるよ」
俺は約束するようにモッチーに頷いてみせた。
飼い主達はこれ以上ない優しい目で見てくれて、俺達猫は幸福な気持ちで満たされていく。

「そういや、見舞いと言えば果物だと思ってイチゴ買ってきたんだ
 新しい品種だってよ、デカくて真っ赤
 ほら、これ」
「わ、本当だ、美味そう
 お持たせだけど、皆で食ってみましょう」
「では、洗って参ります」
「長瀞、流しはこっち、俺はお皿出すね」
病室の中で甘いイチゴを食べながら、俺達は今後の事を語り合う。
それは輝く光に彩られている未来の話だった。

モッチーに会えるまで暗い闇をあてどなく彷徨(さまよ)っていた俺は、あのお方が見ることが出来なかった光と共に生きていくことが出来るのだ。

俺は初めて化生した自分の選択を、幸運だと思えたのであった。
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