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しっぽや(No.145~157)

side<SOSIO>

事故にあったモッチーを、俺は何とか助けることが出来た。
でもそれは、モッチー自身とナリのおかげによるところが大きくて、俺は本当にささやかな手伝いしかできなかった。
それでも、病院のベッドの上でモッチーは俺にお礼を言ってくれた。
モッチーは俺に対して優しくしてくれる。
俺が化け物だと知った後でも同じなのだろうか。
本性を見せて嫌われるのが怖くて今まで何も伝えなかったが、今回の事故で俺やモッチーの意思とは関係なく離ればなれになってしまうかもしれない恐怖を感じていた。
俺のことを知ってもらえずに永遠に別れるのは、とても寂しかった。
モッチーには、猫であった俺のことも知って欲しいと思うようになっていた。

思い切って打ち明けようと決心したのは、モッチーの『お母さん』に会ったからだ。
『人間のお母さん』
その存在は俺にとって恐怖の対象でしかなかった。
でも、モッチーのお母さんは俺にとても優しくしてくれた。
俺のことを邪険に扱わないし、『キレイ』とか『可愛い』とか、あのお方と同じ言葉で誉めて、あのお方と同じように優しく頭を撫でてくれた。
『ここに居る「お母さん」はあの「お母さん」じゃない
 モッチーは「あのお方」じゃない、「あのお方」よりずっと強い』
それで俺はやっと、自分が猫だった時代とは違う時代に生きているんだという実感を得ることが出来たのだ。
いまのこの『化生』という体になった状態で、モッチーと一緒に居たいと強く願った。
モッチーなら、俺の願いを叶えてくれる予感がしていた。
ナリも後押ししてくれたし、俺はモッチーに全てを見せようと心に決めた。



斯(か)くして、俺は自分の過去をモッチーに転写することになる。
何度も揺らぎそうになる心を叱咤し、彼と一緒に猫だった時の自分の過去に旅をする。
今の俺にはあの時のことが以前よりわかる気がした。
あのお方もその家族も、猫のことをあまりよく知らなかったのだ。
もし今の俺が猫で、ナリやモッチーの家で飼われていたら、あんな騒動にはならなかったんじゃないかと思う。
きっと2人なら全てを承知の上で三毛猫の雄を飼い、『家族』であるからこその特別扱いしかしないのではないか。
『家族』の健康のため食事を吟味し、お金で『家族』を売ることはない。
猫の時の俺はあのお方の『家族』ではなく、あくまでも『ペット』だったと感じるようになっていた。

過去を見終わった後のモッチーに、俺の心は届いていた。
正体を知る前と変わらずに『愛してる』と言ってくれたのだ。
俺に対する恐怖は『お母さんやナリに俺を取られるんじゃないか』という事だけだった。
お母さんやナリのことは好きだけど、モッチーに対する好きとは違う。
そう伝えると、彼はどこかホッとした顔になっていた。

「個室にしてもらってて良かったな
 落ち着いてソシオの過去を見せてもらえたし、2人っきりでゆっくり出来る
 せっかく家に来てもらってたのに、仕事があると気忙しかったから気になってたんだ」
他の人間が居たら、モッチーの胸に頭をのせて髪を撫でて貰うことを我慢しなければならなかったと聞いて、俺も心底そう思った。
「入院費、ソシオが出してくれたようなもんだ
 本当にありがとう」
彼は何度も俺に礼を言うので
「化け物を飼ってくれる方がありがたいんだよ
 側にいさせてくれてありがとう」
俺も彼に礼を伝える。
「側にいてくれて、俺のところに来てくれて、選んでくれてありがとう
 愛してる」
「俺も愛してる」
2人だけの静かな病室の中で、いつまでも愛の言葉を囁く時間は何ものにも代え難い時間であった。




コンコン

ノックの後に病室のドアが開き
「ソシオちゃん、元気?」
「ソシオちゃん、お寿司買ってきたから一緒に食べような
 中トロが入ったマグロばっかりのやつだよ」
モッチーのお父さんとお母さんがやってきた。
2人は毎日お見舞いに来てくれて、俺にも優しくしてくれる。
「モッチーは両親に愛されてるんだね」
「ソシオ、それは違う
 この人達は息子をダシに、おまえに会いたいだけなんだ
 その証拠に、俺用の寿司は無い」
モッチーは両親を前にため息を付いている。
「食事代払ってるんだから、ヤスオは病院の食事を残さず食べなさいよ」
お母さんが笑うと
「いや、さすがに可哀想かと思って、今日はお前にも買ってきたぞ
 ほら、小学生の時好きだったカンピョウ巻きだ
 これなら片手でも食べやすいだろ?」
お父さんが得意げに包みをモッチーに渡す。
「そんな、中トロの存在を知らなかったときの話を持ち出されても…
 まあ良いか…ゴチです」

病室で、俺達は皆でご飯を食べる。
ここではモッチーが俺にお寿司を分けてくれても怒る人は誰もいない。
『家族』でする食事とはこんなにも楽しくて美味しい物なのかと、俺は嬉しい驚きに満たされていくのであった。



両親の他に、バイクの友達やナリも何度もお見舞いに来てくれた。
職場の友人達が来たときは、モッチーは少し緊張しているようだった。
「そっかー、やっぱそうだよな
 事業縮小の話も出てたし、派遣から切られる気はしてた
 労災申請どころじゃねーな」
「縮小、っても事業所の仕事量は変わらないと思うぜ
 これで人だけ減らすってんだから、回らないよ実際」
「退職金出るうちに他に移ろうか、俺も悩んでんだ
 せっかく正規社員になれたんだけど、転職するなら若いうちが良いかなって」
「新人も採用してないし、新年度どうなるのかね」
彼らは俺にはよく分からない話を深刻そうにしていた。

職場の人が帰った後も、モッチーは難しい顔で考え込んでいる。
「何か困ったことでもおきた?
 皆と喧嘩してた感じには見えなかったけど」
心配になって話しかけたら
「ん?ああ、ちょっとね
 退院したら、あのアパートは早々に引き払うことになりそうだ
 実家に戻るしかねーな
 ソシオはどうする?親はお前のこと気に入ってるから同居は構わないって言うと思うが
 しっぽやに通える距離じゃねーし
 俺が次の仕事とアパート見つけるまで、またナリのとこに居候させてもらうのがいいかな
 せっかくだ、心機一転、しっぽやの近くで職探ししてみっか」
彼は笑ってくれたが、いつもの元気はないように感じられた。

「俺が手伝えることあれば良いのに…
 俺、こんな時役に立てなくてイヤになる
 もっとちゃんと人間の生活のこととか勉強してれば良かった」
俯く俺に
「ソシオは人間に殺されたのに、まだ人間と居ることを選んでくれた
 俺には十分すぎる心の支えだ
 ソシオが側にいてくれるなら頑張れる
 それにあのバイク、直してもらえそうなんだ
 正直、廃車にした方が早いんじゃないかって諦めてたよ
 ソシオに気に入ってもらってたからかな
 やっぱ雄の三毛猫は縁起が良いんだ、俺だって何とかなるさ」
モッチーは優しい眼差しを向けてくれる。
あのお方とは違うモッチーの力強さは、いつも俺を安心させてくれた。



モッチーの回復は順調で、来週には退院できそうだった。
もう病院内を歩き回れるようになっている。
「足が折れてなくて良かった、折った腕も利き腕じゃないし
 肋はヒビが入ってたけど、折れて肺にでも刺さってたら大事(おおごと)だったぜ
 何と言っても、俺には『雄の三毛猫』って強力なお守りがあるもんな
 不幸中の幸いが何個もある」
彼に抱き寄せられ優しくキスされることは、とても幸せなことだった。
「モッチーに飼ってもらえることになった俺の方が運が良いと思うよ」
俺達は顔を見合わせてクスクス笑った。

「あっと?あれ?」
ふかやのものではない化生の気配に、俺は驚いてモッチーの腕の中からすり抜けた。
「どうした、ソシオ?ふかやか?」
モッチーは化生同士が気配でお互いを認識できることを知っているので、ノックの前に俺が反応しても特に驚いてはいなかった。


コンコン

ノックの後に入ってきたのは長瀞を伴ったゲンだった。
流石にモッチーが驚いた顔になる。
「ども、お久です
 俺のこと覚えてる?」
悪戯っぽく笑うゲンに
「もちろんですよ!忘れるわけ無いじゃないっすか
 こんな遠くまでわざわざ来てくれたんですか?すいません
 どうぞ、座ってください」
モッチーは慌てて備え付けのパイプ椅子を差し出した。
「長瀞さんもどうぞ」
そう言って同じように椅子を用意し、ハッとした顔になった。
「あ、長瀞さんも化生なのか
 その見事な毛色、チンチラシルバーですね
 だからスズちゃんをあんなに簡単に見つけることが出来たんだ
 そっか、スズちゃん犬嫌いだから、ふかやにはあの依頼難しかったのか
 それで長瀞さんが応援に」
ウンウンと頷きながら納得しているモッチーを見るゲンの目は優しかった。

「ご名答、ナガトは俺の大事な飼い猫だ
 君にとってのソシオが大事な飼い猫である事と同じようにね
 ソシオを飼うことにしてくれたってね
 化生飼いの仲間が増えてくれて嬉しいよ
 ソシオは少し特殊な立場にいたから、俺も今までほとんど会ったことが無かったんだ
 でも、ミイちゃんやナガトから話は聞いていた
 ソシオがソシオである、ということを受け入れてくれる飼い主が出来れば良いなと思ってたよ」
ゲンは俺に視線を向けて笑ってくれる。
「彼はソシオが三毛猫だろうと縞猫だろうと、変わらず愛してくれる存在だろ?」
ゲンに聞かれ
「うん!モッチーは黒が好きだけど黒猫の羽生じゃなく俺を選んでくれた
 長毛種を飼ってたけど、長瀞やひろせじゃなく俺を選んでくれた
 今は俺だけがモッチーの飼い猫なんだ」
俺は誇らかにそう答えた。

自分で言ったその言葉が心を光で満たし、この上ない幸福感をもたらせてくれるのだった。
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