しっぽや(No.145~157)
子猫を飼う時には母親と姉弟の間で一悶着あったが、結局青年が押し通した形で渋々許してはくれた。
しかしことあるごとに『引っかかれると危ない』『柱で爪とぎする』『障子を破く』と文句を言って、捨てる機会を伺っているようだった。
一方の子猫の方はと言うと、この年の猫にありがちな天真爛漫さと愛くるしさを爆発させていた。
子猫は『荘士(そうし)』というたいそうな名前をつけられていたが、ヤンチャ盛りで悟りをひらきそうではなかった。
子猫の姿を見ることが出来ない青年だったが、それでもその可愛さを感じているようだ。
「ちっちゃい手だなー、可愛いなー
ピンと立った耳も可愛い、小さいお口も、牙も可愛い
見えなくたってわかる、お前は可愛い固まりだ
荘士は三毛猫だって姉ちゃんが言ってたっけ、身体に色が3つあるんだってな
色って何だかよくわかんないけど、3つもあるって凄い」
青年に触られながら誉められると、子猫はご機嫌になってのどを鳴らしていた。
「このブルブルって音、どこで鳴ってんだろう
モンブランは鳴らないのに、荘士だけ鳴るんだよな
猫が嬉しいときに鳴らす音だって姉ちゃんが教えてくれたんだ
お前、オレと居るのが嬉しいのか?
そんな奴、他にいないよ…オレも、荘士と一緒にいるの嬉しい」
青年と猫は、正に『相思相愛』と言った感じであった。
さすがに、俺にも理解できた。
あの『荘士』と言う猫は『ソシオ』だ。
常々猫っぽいとは思っていたが、彼は本当に猫だったのだ。
この時代は俺の育ってきた時代より古く感じる。
これは彼が『ソシオ』になる前の物語なのだろう。
俺の知りたかったソシオの過去が、今、俺の目の前で繰り広げられていた。
しかし、猫好きならば気付く事に、この家族は気が付いていないようだった。
それが良くないことを呼ばなければいいが…
一抹の不安を感じながら、俺はソシオの過去に没頭していった。
早送りを見るような感覚で月日が去っていき、猫が拾われて4年近く過ぎた頃であろうか。
荘士は元気そのものだったが、モンブランは老いが目立つようになっていた。
「そろそろ引退かしら、次の犬、すぐに見つかると良いけど
白杖で出かけるのは危ないものね
そうだわ、在宅で出来る仕事を探してあげるから、今の仕事は辞めなさい」
息子を自立させる気など全くない母親が断言する。
社会に参加している、という意義を奪われる青年の顔が陰った。
「まだ、モンブランは頑張れるわよ」
姉が取りなそうとするが
「何かあってからじゃ遅いのよ
お姉ちゃん、来月お嫁に行っちゃうでしょ
新居は遠方で、何かあっても駆けつけられないじゃない
この子にはお母さんしかいないんだからね」
母親が切り捨てるように言うと、姉はそれ以上何も言えなくなってしまった。
母親からの唯一の逃げ道であった姉の不在が、次第に青年の心に影を落としていくのがわかった。
姉が居なくなると、母親はますます青年を支配したがるようになった。
『親の愛情』が根底にあることを青年も理解しているだけに、自分の思いに蓋をするようになっていく姿が哀れだった。
すでにモンブランは引退し、家には居ない。
次の盲導犬を迎え入れていないため、青年はほとんど外出出来ない状態になっていた。
荘士の存在だけが、青年の心の支えだった。
「まったくもう、このバカ猫ったら!何度言ってもトイレの場所を覚えないんだから
あちこちにオシッコかけまくって、家中臭いのよ
でね、母さん、同僚に聞いたんだけど、タマを取っちゃうと良いんですって
去勢手術っていうのがあるらしいの
お金はかかるけど、オシッコ治まるかもって
そこまでやっても治まらなかったら、本当に捨てるからね」
いつものように母親が決定事項として青年に言葉を告げた。
「え…?」
青年は激しい狼狽を見せたが、母親は全く気にしていなかった。
手術前夜、ベッドの上に座った青年は荘士を膝にのせ
「危ない手術じゃないんだって、大丈夫だよ
すぐ、帰ってこれるからね
俺が家の掃除を出来てれば良かったのに
ごめんな、ごめん…
俺、何にも出来なくて、本当にごめん
荘士はずっとオレの心に『光』をくれたのにな
『光』って『明るい』ってわかんないけど、荘士を撫でてるとそんな気がしてたんだ」
泣きながら何時間も撫でてやっていた。
荘士は大人しく撫でられていて、幸せな時間を満喫しているようだった。
手術の日、昼に荘士を病院に連れて行った母親は、早い時間に猫と一緒に帰ってきた。
「病院の先生に聞いたの、この猫、凄く珍しいんですって
手術はもう少し調べてからにして欲しい、なんて言われちゃったわ
しかたないから、そのまま連れ帰ってきたの
後、エサはこれをあげなさいって先生がくださってね
鰹節かけごはんって、栄養が偏るとか
しょっぱいものは猫の身体に悪いから、今までみたいにおかずを分けるのは禁止よ」
「身体に…悪い…」
荘士にねだられるまま竹輪や焼き魚をあげていた青年は、明らかにショックを受けていた。
数日後、再び動物病院に行った母親は、どこかウキウキした様子で戻ってきた。
「荘士は『三毛猫の雄』で生殖機能も異常ないらしいの
凄く珍しいことなんですって
動物病院の先生が300万で買い取りたいっておっしゃってね
こんな駄猫に、ありがたい話じゃない
明日にでもお届けにあがりましょ」
話を進めようとする母親に
「まって、荘士はオレの猫だよ
売らないでよ、オレ、頑張ってもっと働いてお金稼ぐから荘士のこと売らないで
オレから荘士を取り上げないで」
青年は精一杯の反抗を試みていた。
「母さんに何かあったら、貴方1人で猫の面倒なんてみられないでしょ
猫って食べさせちゃいけないもの、人より多いんですってよ
間違って口にしたらどうするの」
「でも、だって…」
青年は泣きながら首を振るばかりで、後は言葉にならなかった。
「じゃあ、1週間後にしてあげるから、それまでに気持ちの整理をつけなさいね」
母親はいつものように一方的に言い放つと、この話題を終了させた。
それからの1週間は、見ている方が辛い日々だった。
夜になると青年はベッドに座り、膝の上の荘士に長く語りかけていた。
それは大抵、謝罪の言葉だった。
『守れなくてごめん』『体に悪いものあげててごめん』『一緒にいられなくてごめん』
荘士はそんな言葉よりいつものように『可愛い』と誉められることを望んでいたが、ついに青年の口から明るい言葉が出ることはなかった。
母親と2人っきりの生活に疲れ果てていた青年は荘士を受け渡す日、自ら命を絶ってしまう。
青年の精神は、とっくに壊れてしまっていたのだ。
荘士はその様子を呆然と見つめることしか出来なかった。
自室の電灯からネクタイで吊り下がっている青年を発見した母親もまた、壊れてしまった。
『お前のせいだ、この疫病神、悪魔、お前さえ来なければ』
母親は箒を振り立てて、荘士を追いかけ回した。
箒なら殺傷力はないと思われたが、母親が力任せに振った箒はタンスの上の物入れを落下させ、運悪く真下に逃げ込んでいた荘士の頭に直撃してしまう。
『ソシオは、人に殺されていたのか…
「母親」という存在を恐れるわけだ』
多分即死だったろうことだけが、見ていた俺のささやかな救いであった。
『もしも俺が人であったら、あのお方の力になれたんじゃないか』
『もう2度と人と関わり合いになりたくない』
『人に愛されたい』
『人の側に居たくない』
『人を愛したい』
『人を呪いたい』
『愛する人を死に追いやった自分を呪いたい』
ソシオは様々な矛盾を抱え込み、今の彼に変容したのだ。
一見無邪気に見えたソシオの心には、こんなにも深い闇が巣くっていた。
荘士が青年にとっての光であったよう、俺はソシオの光になってやりたいと思わずにはいられなかった。
気が付くと、俺は病院のベッドの上で管に繋がれた状態で横たわっていた。
ソシオは涙を流しながら、祈るように俺を見ている。
もちろん、その祈りは俺に届いていた。
俺はソシオを強く抱きしめ深い口づけを交わし「ソシオがどんな存在であっても愛してる、一生幸せにするよ」力強くそう宣言する…
のが、この場の雰囲気的に1番格好良かったのに、ベッドの電動機能がないと上体を起こすことすらままならなかった。
「モッチー、化け物の俺のこと怖い?」
ソシオがオドオドと聞いてくる。
「ああ、怖い」
俺の返事に、ソシオの目に絶望が走った。
「ソシオを、お袋に取られそうで怖いよ」
俺が言葉を続けると、彼は戸惑った表情を浮かべる。
「あの猫キラーのお袋に会ったろ?
あれで今まで何匹の猫を取られたことか
でも、ソシオだけは絶対渡さないからな
ソシオは俺の飼い猫だ、俺だけの特別な猫なんだ
ソシオ、愛してるよ
ソシオだけを愛してる」
こんなに真面目に告白するのは初めてでかなり照れくさかったが、彼が俺の胸に縋って泣き始めたので何とか管で繋がれた右腕を動かして抱きしめることに成功していた。
「ずっと俺の側に居てくれ
ソシオが幸せになる手伝いをさせてくれ」
「俺、モッチーの側にいられて愛してるって言ってもらえるだけで幸せだよ
また人間を、こんなに愛せるなんて思ってなかった
化生して良かった」
震える声で告げてくるソシオがたまらなく愛おしい。
「化生?」
「人に化けて生きていくことを選んだ獣のこと
俺達、人の温もりを忘れられない獣なんだ
しっぽやの所員はみんなそう」
「ってことは、ふかやもそうか、あいつって何か犬っぽいと思ってたんだ
俺は犬に想い人を取られたのか」
ため息を付く俺を、ソシオはキョトンとした顔で見つめている。
「ソシオの過去だけ知るのもフェアじゃないよな
俺も言わなきゃいけないことがある
俺、ずっとナリのこと好きだったんだ」
俺にとっては重大な秘密を告白したのだが
「俺もナリのこと好きだよ?優しいし、モッチーに会わせてくれて、色々助けてくれたもの」
ソシオは不思議そうに首を傾げていた。
『元が猫だから人間の感覚とは「好き」の意味合いがビミョーに違うんだ…
ナリもお袋ほどじゃないけど、猫に好かれるよな
まてよ、今度は俺がナリにソシオを取られないかヤキモキするパターンなのか?』
これからの俺は長年の想い人に嫉妬心を抱くようになる、訳の分からない境遇に陥るのであった。
しかしことあるごとに『引っかかれると危ない』『柱で爪とぎする』『障子を破く』と文句を言って、捨てる機会を伺っているようだった。
一方の子猫の方はと言うと、この年の猫にありがちな天真爛漫さと愛くるしさを爆発させていた。
子猫は『荘士(そうし)』というたいそうな名前をつけられていたが、ヤンチャ盛りで悟りをひらきそうではなかった。
子猫の姿を見ることが出来ない青年だったが、それでもその可愛さを感じているようだ。
「ちっちゃい手だなー、可愛いなー
ピンと立った耳も可愛い、小さいお口も、牙も可愛い
見えなくたってわかる、お前は可愛い固まりだ
荘士は三毛猫だって姉ちゃんが言ってたっけ、身体に色が3つあるんだってな
色って何だかよくわかんないけど、3つもあるって凄い」
青年に触られながら誉められると、子猫はご機嫌になってのどを鳴らしていた。
「このブルブルって音、どこで鳴ってんだろう
モンブランは鳴らないのに、荘士だけ鳴るんだよな
猫が嬉しいときに鳴らす音だって姉ちゃんが教えてくれたんだ
お前、オレと居るのが嬉しいのか?
そんな奴、他にいないよ…オレも、荘士と一緒にいるの嬉しい」
青年と猫は、正に『相思相愛』と言った感じであった。
さすがに、俺にも理解できた。
あの『荘士』と言う猫は『ソシオ』だ。
常々猫っぽいとは思っていたが、彼は本当に猫だったのだ。
この時代は俺の育ってきた時代より古く感じる。
これは彼が『ソシオ』になる前の物語なのだろう。
俺の知りたかったソシオの過去が、今、俺の目の前で繰り広げられていた。
しかし、猫好きならば気付く事に、この家族は気が付いていないようだった。
それが良くないことを呼ばなければいいが…
一抹の不安を感じながら、俺はソシオの過去に没頭していった。
早送りを見るような感覚で月日が去っていき、猫が拾われて4年近く過ぎた頃であろうか。
荘士は元気そのものだったが、モンブランは老いが目立つようになっていた。
「そろそろ引退かしら、次の犬、すぐに見つかると良いけど
白杖で出かけるのは危ないものね
そうだわ、在宅で出来る仕事を探してあげるから、今の仕事は辞めなさい」
息子を自立させる気など全くない母親が断言する。
社会に参加している、という意義を奪われる青年の顔が陰った。
「まだ、モンブランは頑張れるわよ」
姉が取りなそうとするが
「何かあってからじゃ遅いのよ
お姉ちゃん、来月お嫁に行っちゃうでしょ
新居は遠方で、何かあっても駆けつけられないじゃない
この子にはお母さんしかいないんだからね」
母親が切り捨てるように言うと、姉はそれ以上何も言えなくなってしまった。
母親からの唯一の逃げ道であった姉の不在が、次第に青年の心に影を落としていくのがわかった。
姉が居なくなると、母親はますます青年を支配したがるようになった。
『親の愛情』が根底にあることを青年も理解しているだけに、自分の思いに蓋をするようになっていく姿が哀れだった。
すでにモンブランは引退し、家には居ない。
次の盲導犬を迎え入れていないため、青年はほとんど外出出来ない状態になっていた。
荘士の存在だけが、青年の心の支えだった。
「まったくもう、このバカ猫ったら!何度言ってもトイレの場所を覚えないんだから
あちこちにオシッコかけまくって、家中臭いのよ
でね、母さん、同僚に聞いたんだけど、タマを取っちゃうと良いんですって
去勢手術っていうのがあるらしいの
お金はかかるけど、オシッコ治まるかもって
そこまでやっても治まらなかったら、本当に捨てるからね」
いつものように母親が決定事項として青年に言葉を告げた。
「え…?」
青年は激しい狼狽を見せたが、母親は全く気にしていなかった。
手術前夜、ベッドの上に座った青年は荘士を膝にのせ
「危ない手術じゃないんだって、大丈夫だよ
すぐ、帰ってこれるからね
俺が家の掃除を出来てれば良かったのに
ごめんな、ごめん…
俺、何にも出来なくて、本当にごめん
荘士はずっとオレの心に『光』をくれたのにな
『光』って『明るい』ってわかんないけど、荘士を撫でてるとそんな気がしてたんだ」
泣きながら何時間も撫でてやっていた。
荘士は大人しく撫でられていて、幸せな時間を満喫しているようだった。
手術の日、昼に荘士を病院に連れて行った母親は、早い時間に猫と一緒に帰ってきた。
「病院の先生に聞いたの、この猫、凄く珍しいんですって
手術はもう少し調べてからにして欲しい、なんて言われちゃったわ
しかたないから、そのまま連れ帰ってきたの
後、エサはこれをあげなさいって先生がくださってね
鰹節かけごはんって、栄養が偏るとか
しょっぱいものは猫の身体に悪いから、今までみたいにおかずを分けるのは禁止よ」
「身体に…悪い…」
荘士にねだられるまま竹輪や焼き魚をあげていた青年は、明らかにショックを受けていた。
数日後、再び動物病院に行った母親は、どこかウキウキした様子で戻ってきた。
「荘士は『三毛猫の雄』で生殖機能も異常ないらしいの
凄く珍しいことなんですって
動物病院の先生が300万で買い取りたいっておっしゃってね
こんな駄猫に、ありがたい話じゃない
明日にでもお届けにあがりましょ」
話を進めようとする母親に
「まって、荘士はオレの猫だよ
売らないでよ、オレ、頑張ってもっと働いてお金稼ぐから荘士のこと売らないで
オレから荘士を取り上げないで」
青年は精一杯の反抗を試みていた。
「母さんに何かあったら、貴方1人で猫の面倒なんてみられないでしょ
猫って食べさせちゃいけないもの、人より多いんですってよ
間違って口にしたらどうするの」
「でも、だって…」
青年は泣きながら首を振るばかりで、後は言葉にならなかった。
「じゃあ、1週間後にしてあげるから、それまでに気持ちの整理をつけなさいね」
母親はいつものように一方的に言い放つと、この話題を終了させた。
それからの1週間は、見ている方が辛い日々だった。
夜になると青年はベッドに座り、膝の上の荘士に長く語りかけていた。
それは大抵、謝罪の言葉だった。
『守れなくてごめん』『体に悪いものあげててごめん』『一緒にいられなくてごめん』
荘士はそんな言葉よりいつものように『可愛い』と誉められることを望んでいたが、ついに青年の口から明るい言葉が出ることはなかった。
母親と2人っきりの生活に疲れ果てていた青年は荘士を受け渡す日、自ら命を絶ってしまう。
青年の精神は、とっくに壊れてしまっていたのだ。
荘士はその様子を呆然と見つめることしか出来なかった。
自室の電灯からネクタイで吊り下がっている青年を発見した母親もまた、壊れてしまった。
『お前のせいだ、この疫病神、悪魔、お前さえ来なければ』
母親は箒を振り立てて、荘士を追いかけ回した。
箒なら殺傷力はないと思われたが、母親が力任せに振った箒はタンスの上の物入れを落下させ、運悪く真下に逃げ込んでいた荘士の頭に直撃してしまう。
『ソシオは、人に殺されていたのか…
「母親」という存在を恐れるわけだ』
多分即死だったろうことだけが、見ていた俺のささやかな救いであった。
『もしも俺が人であったら、あのお方の力になれたんじゃないか』
『もう2度と人と関わり合いになりたくない』
『人に愛されたい』
『人の側に居たくない』
『人を愛したい』
『人を呪いたい』
『愛する人を死に追いやった自分を呪いたい』
ソシオは様々な矛盾を抱え込み、今の彼に変容したのだ。
一見無邪気に見えたソシオの心には、こんなにも深い闇が巣くっていた。
荘士が青年にとっての光であったよう、俺はソシオの光になってやりたいと思わずにはいられなかった。
気が付くと、俺は病院のベッドの上で管に繋がれた状態で横たわっていた。
ソシオは涙を流しながら、祈るように俺を見ている。
もちろん、その祈りは俺に届いていた。
俺はソシオを強く抱きしめ深い口づけを交わし「ソシオがどんな存在であっても愛してる、一生幸せにするよ」力強くそう宣言する…
のが、この場の雰囲気的に1番格好良かったのに、ベッドの電動機能がないと上体を起こすことすらままならなかった。
「モッチー、化け物の俺のこと怖い?」
ソシオがオドオドと聞いてくる。
「ああ、怖い」
俺の返事に、ソシオの目に絶望が走った。
「ソシオを、お袋に取られそうで怖いよ」
俺が言葉を続けると、彼は戸惑った表情を浮かべる。
「あの猫キラーのお袋に会ったろ?
あれで今まで何匹の猫を取られたことか
でも、ソシオだけは絶対渡さないからな
ソシオは俺の飼い猫だ、俺だけの特別な猫なんだ
ソシオ、愛してるよ
ソシオだけを愛してる」
こんなに真面目に告白するのは初めてでかなり照れくさかったが、彼が俺の胸に縋って泣き始めたので何とか管で繋がれた右腕を動かして抱きしめることに成功していた。
「ずっと俺の側に居てくれ
ソシオが幸せになる手伝いをさせてくれ」
「俺、モッチーの側にいられて愛してるって言ってもらえるだけで幸せだよ
また人間を、こんなに愛せるなんて思ってなかった
化生して良かった」
震える声で告げてくるソシオがたまらなく愛おしい。
「化生?」
「人に化けて生きていくことを選んだ獣のこと
俺達、人の温もりを忘れられない獣なんだ
しっぽやの所員はみんなそう」
「ってことは、ふかやもそうか、あいつって何か犬っぽいと思ってたんだ
俺は犬に想い人を取られたのか」
ため息を付く俺を、ソシオはキョトンとした顔で見つめている。
「ソシオの過去だけ知るのもフェアじゃないよな
俺も言わなきゃいけないことがある
俺、ずっとナリのこと好きだったんだ」
俺にとっては重大な秘密を告白したのだが
「俺もナリのこと好きだよ?優しいし、モッチーに会わせてくれて、色々助けてくれたもの」
ソシオは不思議そうに首を傾げていた。
『元が猫だから人間の感覚とは「好き」の意味合いがビミョーに違うんだ…
ナリもお袋ほどじゃないけど、猫に好かれるよな
まてよ、今度は俺がナリにソシオを取られないかヤキモキするパターンなのか?』
これからの俺は長年の想い人に嫉妬心を抱くようになる、訳の分からない境遇に陥るのであった。