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しっぽや(No.11~22)

side〈HAGURE〉

本日、三峰様にお暇をいただいた私(波久礼 はぐれ)は、しっぽや事務所へと向かっていた。
いつもとは違う道を通ってみると意外な発見がある。
『こんな所に公園があるのか』
そこは、生け垣に大きな木が植えられており、涼やかな木陰を作っていた。
わざわざ違う道を通ったのは、途中にあるペットショップに行ってみるためであった。
欲しい物があるため立ち寄るだけで、私達化生はこの手の店が好きではない。
店頭に並ぶ、年端もいかない子供達を見るに忍びないからだ。
売れ残った子供達は繁殖用に回されて、悲惨な最後を遂げる運命にあるものも少なくない。
野良生活をしていなくとも、犬や猫が良い飼い主と巡り会えないケースは多いのである。

ペットショップに入り、なるべく子供達を見ないようにしながら、私は猫用のオモチャが置いてあるコーナーを物色し始めた。
『うーむ…色々なタイプがあるものだ』
狼犬であった時は自分の尾を使って子猫を遊ばせていたため、このような道具を使った事は無かったのだ。
『今の体格であれば、相手と距離をとれる物の方が良いだろうな』
そう考えて、私は釣り竿の糸の先に鳥の羽を使ったヒラヒラとしたオモチャが付いているタイプを選ぶ。
モロそうな作りであったため予備も含め3つ程買い求めると、それを持ってしっぽや事務所への道を急いだ。

いつもより控えめにノックし扉を開けると、黒谷がニヤニヤとしながら私を迎え入れた。
「何?今日はやけにしおらしく入ってきたじゃない
 具合でも悪いの?」
そう聞いてくる。
「いや、別に、そういう訳では…」
私はキョロキョロと事務所内を見回した。
「あー、その、羽生はいるか?」
ゴホンと咳払いをしながら私が尋ねると
「いるよ、なんだ羽生ご指名?
 おーい羽生、波久礼のご指名入ったよ
 こっち、おいでー」
黒谷がそう叫ぶ。
「お、おい…」
私が制止しようとすると、所員控え室の扉がカチャリと開き、隙間から羽生が顔を覗かせる。
明らかに、怯えた顔をしていた…

「あ、いや、何
 長瀞から『羽生に稽古をつけてくれ』と言われたものでな
 その…、少し体を動かさないか?」
私はなるべく穏やかに聞こえる声で話しかけてみる。
羽生は、困ったように黒谷を見ていた。
「付き合ってあげて、このおじちゃん、飼い主いないから寂しいんだよ」
黒谷がニヤリと笑ってそんな事を言う。
「飼い主がいないのは、お互い様だ」
私はギロリと黒谷を睨むが、彼はいつものように飄々としていた。

羽生はまだ、所員控え室の扉の影から出てこない。
私は先程買い求めたオモチャを取り出すと、それを振ってみせる。
「これを使って、簡単な鍛練などどうかと思うんだが」
まるで、鳥か羽虫が飛んでいるようにオモチャを振ると、羽生の目が輝き扉の影から姿を現した。
「こ、これ、何?」
オモチャを目で追いながら、うわずった声で問い掛けてくる。
もしも子猫の体であったら、瞳孔がまん丸になり、ヒゲが前を向いていたことだろう。

「簡易、鍛練マシーンと言ったところかな」
私の言葉に
「波久礼、いくら何でもマシーンは無いよ
 それ動かすの人力だろ…」
黒谷が呆れた声を出す。
私はそれを無視し
「私がこれを振るから、羽生がこれを捕まえるという、鍛練と言っても遊びのようなものだ」
そう、羽生に話かける。
羽生は瞳を輝かせ
「やりたい!」
元気良く答えた。

「ああ、ちょっと待って、ここでドタバタやられたら、僕が下の階のゲンに怒られるよ
 外でやって」
黒谷の言い分はもっともなことであったので、私と羽生は外に移動した。




早速、今日発見した公園に行ってみる。
木陰なら太陽の下で運動する事を避けられると、先程目星を付けたのだ。
公園に着くと私はオモチャを取り出して、それを振ってみせた。
最初は軽く、徐々に激しく振ってやると、羽生はそれに飛びかかってくる。
羽生の手がオモチャに付いている羽に触れる寸前で、私はそれを逆方向にクイッと動かした。
羽生の手が空を掴む。
バランスを崩しかけた態勢を羽生は見事に立て直し、直ぐにまたオモチャを追い始めた。

『ふむ、なかなかやるな』
オモチャが弧を描くように大きく振ると、羽生はそれに合わせて見事なジャンプを見せる。
だんだん動きの良くなってくる羽生にオモチャを取られまいと、私も激しくそれを振った。
しかしついに、羽生にオモチャを捕まえられてしまった。
プツンと糸が切れ、均衡が崩れた私と羽生は同時によろめいた。
「ごめんなさい!壊しちゃった」
慌てて羽生が謝ってくる。

「大丈夫、モロそうな作りであったので、予備も用意しておいた
 それより羽生は凄いな
 どんどん動きが良くなってくるぞ
 前の世では狩りをしたことは無かったのだろう?
 育っていれば、一流のハンターになったろうな」
私が笑顔を向けると
「タンレンって楽しい!
 波久礼って、もっと怖い人かと思ってた!
 波久礼、もっとタンレンして!」
羽生は満面の笑みを向けてくる。
その笑顔に
『ハーレーおじちゃん、もっと、ちっぽパタパタちて』
狼犬の私と意思疎通を計ろうと、たどたどしく想念を通わせてくる子猫達の姿が被って見えた。
小さくて愛しいその存在、私が育てた子猫達。
羽生の笑顔は、遠い憧憬を思い起こさせた。

「よし!次はそう簡単に取らせんからな、全力で来い!」
私が挑むように言うと
「俺だって、負けないよ!」
羽生はまた、満面の笑みを向けるのであった。

身の軽い羽生は、私がどんなに激しくオモチャを振っても、的確に追ってこれるようになっていった。
『素晴らしい身体能力だ
 猫の体なら、鳥を捕まえる事も可能であろう』
私はその結果に大いに満足する。

最後のオモチャが壊れると、私と羽生は疲れ切ってその場に座り込んでしまった。
暫くは切れた息を整えるため無言であったが、やがて羽生が
「ありがとう!楽しかった!
 また、タンレンしてくれる?」
上目遣いにそんな事を聞いてくる。
「ああ、また三峰様にお暇をいただいたらこちらに来よう」
私が言うと羽生はエヘヘッと笑った。
「あのね、こないだサトシと見たドラマにこんなのあった
 稽古つけてくれる人のこと『師匠』って呼ぶんだよ
 波久礼は俺の『師匠』だね
 今度から波久礼のこと、師匠って呼んで良い?
 人間の真似出来るの、楽しいから」
嬉しそうな羽生の頭を撫でながら
「ああ、楽しいな」
私はそう答える。

『私が子猫達を可愛がっていたのは、あのお方の真似をしたかったからなのだろうか…』
ふとそんな事を考えたが、それが無くとも子猫という存在は守るべき、愛しいものに思えるのであった。

一瞬自分の思考に落ちていた私の肩に、羽生がコツンと頭をぶつけ、そのままズルズルとスベっていく。
「あ、おい、羽生…」
『大丈夫か?』と問い掛けようとした私の耳に、羽生の規則正しい寝息が聞こえてくる。
「まだまだ子猫だな…」
子猫と言うものは全力で遊んだ後、急にコトンと寝てしまうのだ。
『あのお方はそれを「電池切れ」と呼んでいたっけ』
そんな子猫達を回収するのも、私の役目であった。
私は羽生を起こさないようそっと背負うと、事務所への道を歩いて行った。
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