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しっぽや(No.145~157)

両親が病室に入ってくると、ソシオは怯えと緊張で固まってしまった。
「………」
声も出ないほどの状態で、お袋を凝視している。
「ヤスオ、どうせまたイキがってスピード出してたんでしょ
 まったくあなたは、子供の頃から格好ばっかりつけたがって」
満身創痍の息子を前にして、お袋の説教タイムが始まった。
その剣幕に、ソシオは益々縮こまってしまう。
「あー、面目ない、反省してます
 彼が助けを呼んでくれたから、早めに病院にかつぎ込んでもらえたんだ
 お付き合いしてる『影森 ソシオ』君です」
両親は俺のシュミを知っているので、ためらわずに紹介する。
ソシオを見た両親の目は驚愕に見開かれ、すぐに相好を崩していった。

「まあまあ、何て可愛らしいのかしら
 そうなの、ありがとう、凄いわ偉いのね
 どうぞ、立ってないで座ってくださいな」
お袋は自分が率先して備え付けのパイプ椅子に座り、『ここに乗れ』と言わんばかりに膝を叩き出す。
「お腹空いてないかい?何か買ってこようか
 鰹とマグロ、どっちが好きかな?ミルクも飲む?
 ハムとチーズ、魚肉ソーセージもあると良いか、ちょっと売店見てくるよ」
親父は息子に言葉をかけることすらなく、脱兎のごとく病室を出ていった。

ソシオが両親の気を逸らしてくれるだろうと思っていたが、こんなに上手くいくとは思わなかった。
おかげでお袋の説教タイムは数秒で終わった。
ソシオはオドオドとお袋に近寄っていく。
「良い子ね、きっと貴方のおかげでヤスオの怪我が軽かったんだわ
 きれいな毛並み、触ってもいいかしら?」
お袋に優しく話しかけられて、ソシオはコクンと頷いた。
座るお袋にあわせ、ソシオがしゃがみ込む。
お袋に頭を撫でられると、ソシオの緊張が解けていくのがわかった。
気持ちよさそうな、トロンとした表情になっていく。
それを見た俺の心には
『ヤバイ、また取られる』
そんな焦りが生まれていた。

しかし我に返って自分の思考の違和感に気が付いた。
『?お袋に恋人を取られたことなんて1度もないぞ?
 何考えてんだ?』
混乱する俺をよそに、お袋とソシオは親密な空気になっていくようだった。
すぐに色々と買い込んだ親父が帰ってきて、ソシオに勧めまくっている。
「俺の分は?」
「え?お前は点滴してるから良いんじゃないのか?」
「ちゃんと病院から食事が出るから大丈夫でしょ」
息子の見舞いに来たはずの両親は、今やすっかりソシオの虜になっていた。


午後になってやってきたナリに説明を聞いたり、入院に必要な諸々の手続きをして、両親は帰っていった。
俺よりもソシオと別れることの方が寂しそうな素振りで
「また、来るからね」
「ダービーには内緒でな」
などと言っている。
ソシオは2人に懐いてくれて明るい顔で
「うん、またね」
と返事をしていたので、ホッとした。
これでもう親が来ると聞いただけでソシオにあんな顔をさせずにすみそうだった。

「おじさんもおばさんも猫好きだから、ソシオのこと気に入ると思ってた
 また、おばさんに取られなくて良かったね」
ナリは何故かさっきの俺の焦りを言葉にしてみせた。
「モッチーのお母さんって、猫に好かれる優しい人だね
 ちっとも怖くなかった」
ソシオはエヘヘッと笑っている。
そんなソシオを、ナリも優しく撫でていた。

「黒谷が入院費出すって言ってるから、このまま個室使って
 個室の方がソシオの負担にならないと思うから
 えっと、何だっけ、サガクベッドダイ?とか言うのは気にしないでって言ってたよ」
ナリと一緒に来ていたふかやがサラッと言ったので、俺は一瞬意味がわからなかった。
「ん?ってことは、ここの入院費って、しっぽやが出してくれてるの?」
俺は慌ててしまった。
「ソシオは三峰様の身の回りのことずっとやってきたから、その時の給料みたいなものじゃない?」
自分でも、何を言っているのか微妙に理解していないようなふかやにかわり
「ソシオは、しっぽやで1番偉い人の補佐兼スタイリストみたいなことやってたんだよ
 その時は無給だったから、その分のお給料が今、払われてる感じかな
 お礼なら、ソシオに言ってあげて」
ナリが説明してくれた。

「そうなの?俺、三峰様から余ったお茶菓子コッソリ貰ったりしてたよ
 武衆の奴らにみつかると、喧嘩になるからって
 それが俺だけの給料ってやつだったんじゃないの?」
ソシオはソシオで、不思議そうに首を傾げている。
「いや、お茶菓子が給料じゃおかしいだろ
 ともあれ、ソシオ、ありがとう
 正直助かった
 労災下りるにしても、随分先の話だろうからさ
 ここんとこ、散財してたから心許ないと思ってたんだ」
きちんと頭を下げたかったが、身動きができない状態なので精一杯笑って見せた。
「俺、モッチーの役に立ったの?」
ソシオのビックリした顔が、俺につられて笑顔になっていく。

「俺、モッチーを助けられたんだ」
ソシオは目尻に涙を浮かべながらも、誇らしそうな顔になるのだった。




言われていた通り、個室の方が周りに気を使わないのでソシオの精神的負担は軽いようだった。
俺としても2人っきりで居られるのはありがたかった。
同棲状態だったとは言え、仕事が忙しく今まであまりゆっくり語り合うことが出来なかったからだ。
ソシオのことを、もっと深く知りたかった。
トラウマを抱えているのなら、癒してやりたかった。
俺は『母親』という存在を前にした時のソシオの様子が、忘れられなかったのだ。
『入院期間中にきちんと話し合いたい』
俺は密かにそんなことを考えていた。


コンコン

ノックの後、バイク友達を伴(ともな)ったナリが病室に入ってきた。
「ソシオ、久しぶり!って程でもないか
 先々週は一緒に居たんだもんな」
「今日も可愛いねー元気にしてたか?」
友達は怪我人の俺そっちのけでソシオを構っている。
「お前等、俺の見舞いに来たんじゃねーのかよ」
俺はわざとらしくため息を付いて見せた。
「それくらいの怪我、バイク乗りには日常茶飯事だ」
「俺は腕の他に足を2カ所も折ったんだぜ」
「頭が無事だったのは僥倖(ぎょうこう)か、これ以上悪くなったら困るもんな」
悪態(あくたい)をついてはいるが、仕事を休んで駆けつけてきてくれた彼らの厚意が嬉しかった。

「これ、皆からの見舞金な
 色気ねーけど、こんな時は物よりこっちの方が役に立つからさ」
「バイク、修理に出すのか?買い換えた方が安く済みそうな気もするが、お前のってかなりカスタマイズしてたから愛着あるだろ
 廃車にしちまうの、抵抗あるんじゃねーか?」
彼らの言葉に、ソシオの方が先に反応する。
「モッチーのバイク、無くなっちゃうの?」
悲しそうな彼の顔に、一同は思わず息を飲んでいた。
「あのバイク、モッチーみたいに黒くて格好良くて、俺、上手く乗れるようになったのに
 直せないのかな、お別れしたくないよ
 でも、凄くグチャグチャになっちゃってたもんね…」
皆は目を見合わせると、涙ぐむソシオの頭を代わる代わる撫でて慰め始めた。

「バイクのために泣けるなら、ソシオも立派なバイク乗りだ」
「この前、俺が修理頼んだとこ紹介してやるよ
 あそこの親父さん、良い腕してるぜ
 ちょっと費用は嵩(かさ)むがな」
「そういや、お前のバイクきれいに直ってたっけ
 時間かかるかもしれないが、どのみち暫く乗れないだろ
 俺達で修理に出しといてやるか
 必要書類や見積書なんか細々したことは、また追々連絡するよ」
「とにかく、早く怪我治して、またツーリング行こうぜ
 ソシオも一緒にな」
何だかとんとん拍子に話が進んでいく。
「ありがと、次に誰かコケた時は、俺も優しくしてやんなきゃな」
俺の軽口に
「そうそうコケてたまるか」
場がどっと沸き、つられたようにソシオも笑顔になってくれた。

個室の利点で、それから俺達は夕方まで長々と盛り上がって楽しい時を過ごした。
別れ際
「しっぽやの方は大丈夫だから、モッチーが退院した後も完治するまで一緒に居てあげて
 また、格好付けようとして無茶しないように見張ってね」
ナリがソシオに悪戯っぽい笑顔を向ける。
「別に、今回の事故はそんなんじゃねーよ
 山を舐めてたのが原因だ、自分でも反省してる」
俺は難しい顔をしてみせた。
ナリは少し笑うと、急に真顔になりソシオを見つめ
「モッチーと一緒にいられるうちに、伝えた方が良いよ
 少し、胸のつかえが取れた感じがするね
 もっと、もっと解放して、全て彼に見せて
 今まで付き合ってきた人たちとソシオは違う存在だって、彼は気づいてきてる
 きっと、受け止めてくれるから」
真剣な声で話しかけていた。
「おい、ナリ、何言ってんだよ」
ソシオに対する想いをナリに見透かされたようで、俺は慌ててしまう。

「そうだな、こいつ、いつになく真剣だもんな」
「タラシじゃなきゃ、良い奴だからよ」
「よろしく頼むな、ソシオ」
他の奴らまで、ソシオにそんな事を言い始めた。
「うん、頑張る、モッチーが遠くに行っちゃうかもって思ったとき、凄く怖かった
 それに比べたら、きっと怖くない」
ソシオは思い詰めたような顔で頷いていた。


皆が帰ると、病室は急に静まりかえる。
ソシオが閉めたカーテンの向こうは、暗くなり始めていた。
「俺、モッチーに伝えなきゃいけないことがあるんだ
 それを知っても、今までみたいに愛してもらえるか自信はないけど…
 モッチーのお母さんが優しくて、俺、前とは違う場所に居るんだって気が付けた
 あのお方じゃなく、俺は今、モッチーと一緒に居る、モッチーと一緒に居たいって思った」
俺に告白するソシオの腕が震えていることに気がついた。
「ソシオ…」
俺の言葉を遮るように
「でも、もう面会終了時間が近いから
 だから…
 明日まで時間をください」
ソシオはそう言い放つと俺にキスをして、病室から去っていった。

1人ベッドに残された俺の心の中は、ソシオのことで占められていた。
彼の過去がどんなものでも受け止めようと心に決める。

彼が俺の隣で笑って幸せを感じられるなら、何でもしてやりたいと思うのだった。
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