しっぽや(No.145~157)
モッチーの部屋のモッチーの腕の中で目覚めた俺は、愛されている自分を感じ幸せに浸っていた。
「ソシオ、おはよう」
先に起きていた彼からの軽いキス。
「おはよう」
俺からもキスを返す。
「寝顔も可愛いな、と思って見とれてた」
そう言って笑う彼の方が、見とれるほど格好良かった。
「朝飯食ったら、仕事行ってくるわ
ソシオは好きに過ごしてていいからな」
ベッドから抜け出し身支度を始める彼を追って、俺も起き出した。
「何時頃帰ってくるの?俺、ご飯作っとく
昨日色々買っといたから」
「寄り道しないで真っ直ぐ帰るよ、7時前後には家に着くだろ
遅くなりそうなら連絡する」
モッチーとずっと一緒に居られないのは寂しいけど、人間にとって『仕事』は大事なことだから仕方がない。
俺は仕事に行くモッチーを道路まで見送りに行った。
彼が乗るバイクはどんどん遠ざかっていき、角を曲がって直ぐに姿が見えなくなる。
言い知れぬ寂しさが襲ってきたが、帰ってきてくれる飼い主を待つならきっと耐えられるだろう。
俺は彼に喜んで貰うため、料理と格闘し始めるのだった。
モッチーは7時過ぎに帰ってきた。
「ただいま」
彼がドアを開ける前から俺は帰ってきた気配を感じ、ソワソワしながら玄関先に立っていた。
「お帰り!」
嬉しさのあまり抱きついてキスをする。
何度か軽いキスを交わした後
「待っててくれる奴がいる家に帰るのって、良いもんだな」
モッチーは嬉しそうに笑って頭を撫でてくれた。
「夕飯におでん作ってみたよ
昼から煮てたし、味が沁みてると思う
具が多くなりすぎて、お鍋2個使っちゃった
ナリが使ってたお鍋って、大きかったんだなー」
「そいつは楽しみだ
せっかくツマミがあるんだ、ちょっと飲むか
明日に響かないくらいな」
「俺もモッチーと同じ物飲んでみたい」
俺達は幸せな食卓を囲む。
それはあのお方と過ごしていた温かな日々を思い起こさせる、果てしない幸福を感じる時間であった。
夕飯を食べた後はテレビを観たり雑談したり、緩やかで幸せな時間が流れていった。
「シャワー、浴びるか?」
彼が意味ありげに問いかけてくる。
「一緒にね」
俺も期待するように返事を返した。
俺達は手早くシャワーを浴びると、服を身に着けずベッドに直行する。
モッチーは行為の前に、音楽をかけていた。
「うちは壁が薄いから一応気を使ってんだ
あのときの声、あんま響かせる訳にいかなくてさ」
キスをしながら彼が俺の耳元で囁いた。
「あんまり…、大きな声出しちゃダメ?
俺、気を付けるよ…、ふ…、っくぅ」
俺も小声で囁き返すが、彼からの刺激でどうしても甘い悲鳴が口からもれてしまった。
「ソシオは本当に可愛いな
そのうちホテルにでも行ってしようか
あそこなら、思う存分可愛い声を響かせられる」
彼はクツクツ笑って、俺自身を包み込んでいる手の動きを早めていく。
「あっ…モッチー、はあ…ん」
声がもれないよう、手で口を塞いでみるが上手くいっているのかどうかわからなかった。
「んん、んーっ」
俺は彼からの刺激で、直ぐに想いを解放してしまう。
「何つーか、この状況、こっちもスゲー興奮するな」
触れている彼の身体が熱くなり、鼓動が速まっていることが感じられた。
昨夜のように何度も一つに繋がって、俺達の熱い夜は更(ふ)けていく。
それからは毎晩のように同じ行為が繰り返され、繋がるたびにお互いに対する愛が深まっていくのだった。
「明日はやっと休みだぜ、先週ナリのとこに行くために休みの調整してたから今週きつかった」
朝食のトーストをかじって、モッチーは晴れやかな声を出す。
「明日は、しっぽやの方にきちんと挨拶に行こうな」
これは昨日の晩から決めていたことだ。
期日を決めずいつまでもダラダラと仕事を休むのは良くないとモッチーが言うので、今後のことを黒谷を交えて話し合おうと決めてあった。
俺としては仕事より自分のことを打ち明けられないでいる方が問題であったが、俺のことを真剣に考えてくれているモッチーの言葉が嬉しかった。
「明日のために、今夜は早く寝るか」
もっともらしく頷くモッチーに
「でも…1回くらいなら、しても良いんじゃない」
俺はねだるような視線を向けてみる。
「………まあな」
俺達は視線を絡ませ、笑いあった。
「今日は仕事が押してて、残業になるかもしれないんだ
帰る前に電話するよ」
そう言って職場に向かうモッチーを、いつものように見送った。
遠ざかる彼の背に、一瞬黒い影が差した気がしてドキリとする。
彼の着ている黒い革ジャンが風圧ではためいただけだと自分を納得させようとしたが、胸に感じるイヤなモヤモヤは晴れてくれなかった。
『まだ自分の正体も飼って欲しいとも伝えてないのに、しっぽやに帰るからプレッシャー感じてるのかな
今からこんなんじゃダメだぞ』
俺は自分に活を入れるよう頬を軽く叩き、部屋に帰ると夕飯の仕込みに取りかかるのだった。
モッチーから電話が来たのは8時近くになってからだった。
『今から帰るんで、家に着くのは9時頃になるかな
先に夕飯食ってていいぜ、腹減ってるだろ?』
「ううん、モッチーのこと待ってる
一緒に食べた方が美味しいもん」
『そうか、なるべく早く着くようにするよ
寝る前に1回くらいしたいもんな』
少しおどけた明るい声で締めくくり、モッチーからの電話は切れた。
今日はモッチーの好きな炊き込みご飯を炊いてある。
それと根菜と鶏団子を入れた具だくさんのスープ、出来合いのお総菜の大きなメンチカツもあった。
『温め直すのは、モッチーが帰ってきてからで良いよね』
俺はノロノロと進む時計の針と睨めっこしながら時を過ごす。
9時半を回ってもモッチーは帰ってこず、朝からずっと感じているイヤなモヤモヤで、押しつぶされそうになっていた。
『スマホに電話しても、運転中だと出れないかも
もう職場は出ちゃってるから、そっちに電話しても無駄だし
すれ違いになるかもしれないけど、迎えに行ってみようかな』
モッチーがどんな道を走って職場に向かうのか知りたくて、スマホの地図にルートは登録してあった。
『こっちの山道通った方が早く着けるから、遅刻しそうなときとか使ってるんだ
街灯少なくて危ないから、帰りは利用しないけどな』
不意に、モッチーの言葉を思い出した。
『山道…』
何故かその言葉が頭から離れなくなった。
『帰りは利用しないって言ってた
でも、万が一…
いや、いつもの道から帰ってきてたら、完全にすれ違っちゃう』
考えている間にも、時間は過ぎていく。
しかしモッチーは帰ってこなかった。
時計の針は、まもなく10時を指そうとしている。
俺は矢も盾もたまらず、モッチーに買ってもらったジャケットを羽織るとポケットにスマホと財布を入れ部屋を飛び出した。
部屋の鍵をかける俺の手は震えていて上手く鍵穴に入れられず、時間をロスしているんじゃないかと焦りばかりがつのっていく。
俺はルートを深く考えられなくなり、咄嗟(とっさ)に山道へ続く道に向かい駆けだしてしまうのだった。
山というものが懐かしく、昼間に近くまで行ってみたことはあった。
道路が通り切り開かれている明るい場所だったのに、夜には全く違う顔になっていた。
空気は重く澱んでいて、訪れる者を取り込もうとしているようだ。
道に街灯が少ないという物理的な問題ではない暗さがあった。
山の中で暮らしていて山には慣れている俺でさえ、足が竦(すく)む。
三峰様の気配が山の中で清浄な場を作り出していたんだと、俺は改めて気が付いた。
本来、夜の山は生者のものではないのだ。
国道に引き返してモッチーを探した方が良いのではないかと思うのに、俺は山から離れることが出来なかった。
人間に比べれば夜目が効く俺でも、猫だった時のような訳にはいかない。
時折スマホで足下を照らしながら、俺は山道を歩いていった。
いくらも登らないうちにスマホの明かりに照らされて、地面が光っている事に気が付いた。
何かが道路に散らばっていて、光を反射しているのだ。
つまみ上げたそれは、ガラス片のようであった。
きな臭いような匂い、オイルの匂い、それに混じって血の匂いがしてくる。
焦る心にまかせ小走りでカーブを曲がると、ひしゃげたバイクの影が目に飛び込んできた。
もっとよく見えるよう震える手でスマホの光をバイクに向ける。
それは、見知ったモッチーのバイクに他ならなかった。
「モッチー?モッチー!!」
愛しい名を叫んでも、答えてくれる者はいない。
「モッチー、どこ?どこにいるの?ねえ、返事して、モッチー!!!」
俺の絶叫で山にいる小動物の気配が途絶え、痛いような静寂が訪れた。
『落ち着け、落ち着くんだ
俺はモッチーの気配を辿(たど)れる、彼を捜さなきゃ』
俺は何とか自分を宥(なだ)め、モッチーのことを感じ始める。
俺を包み込んでくれる温かく優しい気配、幸せの匂い、俺の存在理由。
鼓動が早まり耳がジンジンと鳴っているけど、そんな雑音には惑わされない。
彼だけを求めれば良いのだ。
微かで弱々しかったが、俺は気配の尻尾をつかむことに成功した。
『あそこだ』
バイクからほど近い道路脇の草むらに、黒い影が見えた。
影はピクリとも動かない。
走り寄ってスマホの光を向けると、誰よりも愛しいモッチーのグッタリした姿が浮かび上がった。
『メットはヘコんでるけど被ってる、モッチーの頭を守ってくれたんだ』
モッチーやナリがバイクに乗ってるときはメットを取ってはいけないと何度も注意してくれたことを思い出し、俺はやっとその理由に気が付いた。
しかし、頭は無事そうでもモッチーは動いてはくれなかった。
俺を力強く抱きしめてくれた彼の左腕は、あり得ない方向に曲がっている。
「モッチー!!!!」
役立たずの猫には、愛しい人間の名を叫ぶことしか出来なかった。
泣きながら飼い主の側にうずくまることしか出来なかった。
こんなに近くにいるのに、遠い場所にいる飼い主を求めるしか出来ないのであった。
「ソシオ、おはよう」
先に起きていた彼からの軽いキス。
「おはよう」
俺からもキスを返す。
「寝顔も可愛いな、と思って見とれてた」
そう言って笑う彼の方が、見とれるほど格好良かった。
「朝飯食ったら、仕事行ってくるわ
ソシオは好きに過ごしてていいからな」
ベッドから抜け出し身支度を始める彼を追って、俺も起き出した。
「何時頃帰ってくるの?俺、ご飯作っとく
昨日色々買っといたから」
「寄り道しないで真っ直ぐ帰るよ、7時前後には家に着くだろ
遅くなりそうなら連絡する」
モッチーとずっと一緒に居られないのは寂しいけど、人間にとって『仕事』は大事なことだから仕方がない。
俺は仕事に行くモッチーを道路まで見送りに行った。
彼が乗るバイクはどんどん遠ざかっていき、角を曲がって直ぐに姿が見えなくなる。
言い知れぬ寂しさが襲ってきたが、帰ってきてくれる飼い主を待つならきっと耐えられるだろう。
俺は彼に喜んで貰うため、料理と格闘し始めるのだった。
モッチーは7時過ぎに帰ってきた。
「ただいま」
彼がドアを開ける前から俺は帰ってきた気配を感じ、ソワソワしながら玄関先に立っていた。
「お帰り!」
嬉しさのあまり抱きついてキスをする。
何度か軽いキスを交わした後
「待っててくれる奴がいる家に帰るのって、良いもんだな」
モッチーは嬉しそうに笑って頭を撫でてくれた。
「夕飯におでん作ってみたよ
昼から煮てたし、味が沁みてると思う
具が多くなりすぎて、お鍋2個使っちゃった
ナリが使ってたお鍋って、大きかったんだなー」
「そいつは楽しみだ
せっかくツマミがあるんだ、ちょっと飲むか
明日に響かないくらいな」
「俺もモッチーと同じ物飲んでみたい」
俺達は幸せな食卓を囲む。
それはあのお方と過ごしていた温かな日々を思い起こさせる、果てしない幸福を感じる時間であった。
夕飯を食べた後はテレビを観たり雑談したり、緩やかで幸せな時間が流れていった。
「シャワー、浴びるか?」
彼が意味ありげに問いかけてくる。
「一緒にね」
俺も期待するように返事を返した。
俺達は手早くシャワーを浴びると、服を身に着けずベッドに直行する。
モッチーは行為の前に、音楽をかけていた。
「うちは壁が薄いから一応気を使ってんだ
あのときの声、あんま響かせる訳にいかなくてさ」
キスをしながら彼が俺の耳元で囁いた。
「あんまり…、大きな声出しちゃダメ?
俺、気を付けるよ…、ふ…、っくぅ」
俺も小声で囁き返すが、彼からの刺激でどうしても甘い悲鳴が口からもれてしまった。
「ソシオは本当に可愛いな
そのうちホテルにでも行ってしようか
あそこなら、思う存分可愛い声を響かせられる」
彼はクツクツ笑って、俺自身を包み込んでいる手の動きを早めていく。
「あっ…モッチー、はあ…ん」
声がもれないよう、手で口を塞いでみるが上手くいっているのかどうかわからなかった。
「んん、んーっ」
俺は彼からの刺激で、直ぐに想いを解放してしまう。
「何つーか、この状況、こっちもスゲー興奮するな」
触れている彼の身体が熱くなり、鼓動が速まっていることが感じられた。
昨夜のように何度も一つに繋がって、俺達の熱い夜は更(ふ)けていく。
それからは毎晩のように同じ行為が繰り返され、繋がるたびにお互いに対する愛が深まっていくのだった。
「明日はやっと休みだぜ、先週ナリのとこに行くために休みの調整してたから今週きつかった」
朝食のトーストをかじって、モッチーは晴れやかな声を出す。
「明日は、しっぽやの方にきちんと挨拶に行こうな」
これは昨日の晩から決めていたことだ。
期日を決めずいつまでもダラダラと仕事を休むのは良くないとモッチーが言うので、今後のことを黒谷を交えて話し合おうと決めてあった。
俺としては仕事より自分のことを打ち明けられないでいる方が問題であったが、俺のことを真剣に考えてくれているモッチーの言葉が嬉しかった。
「明日のために、今夜は早く寝るか」
もっともらしく頷くモッチーに
「でも…1回くらいなら、しても良いんじゃない」
俺はねだるような視線を向けてみる。
「………まあな」
俺達は視線を絡ませ、笑いあった。
「今日は仕事が押してて、残業になるかもしれないんだ
帰る前に電話するよ」
そう言って職場に向かうモッチーを、いつものように見送った。
遠ざかる彼の背に、一瞬黒い影が差した気がしてドキリとする。
彼の着ている黒い革ジャンが風圧ではためいただけだと自分を納得させようとしたが、胸に感じるイヤなモヤモヤは晴れてくれなかった。
『まだ自分の正体も飼って欲しいとも伝えてないのに、しっぽやに帰るからプレッシャー感じてるのかな
今からこんなんじゃダメだぞ』
俺は自分に活を入れるよう頬を軽く叩き、部屋に帰ると夕飯の仕込みに取りかかるのだった。
モッチーから電話が来たのは8時近くになってからだった。
『今から帰るんで、家に着くのは9時頃になるかな
先に夕飯食ってていいぜ、腹減ってるだろ?』
「ううん、モッチーのこと待ってる
一緒に食べた方が美味しいもん」
『そうか、なるべく早く着くようにするよ
寝る前に1回くらいしたいもんな』
少しおどけた明るい声で締めくくり、モッチーからの電話は切れた。
今日はモッチーの好きな炊き込みご飯を炊いてある。
それと根菜と鶏団子を入れた具だくさんのスープ、出来合いのお総菜の大きなメンチカツもあった。
『温め直すのは、モッチーが帰ってきてからで良いよね』
俺はノロノロと進む時計の針と睨めっこしながら時を過ごす。
9時半を回ってもモッチーは帰ってこず、朝からずっと感じているイヤなモヤモヤで、押しつぶされそうになっていた。
『スマホに電話しても、運転中だと出れないかも
もう職場は出ちゃってるから、そっちに電話しても無駄だし
すれ違いになるかもしれないけど、迎えに行ってみようかな』
モッチーがどんな道を走って職場に向かうのか知りたくて、スマホの地図にルートは登録してあった。
『こっちの山道通った方が早く着けるから、遅刻しそうなときとか使ってるんだ
街灯少なくて危ないから、帰りは利用しないけどな』
不意に、モッチーの言葉を思い出した。
『山道…』
何故かその言葉が頭から離れなくなった。
『帰りは利用しないって言ってた
でも、万が一…
いや、いつもの道から帰ってきてたら、完全にすれ違っちゃう』
考えている間にも、時間は過ぎていく。
しかしモッチーは帰ってこなかった。
時計の針は、まもなく10時を指そうとしている。
俺は矢も盾もたまらず、モッチーに買ってもらったジャケットを羽織るとポケットにスマホと財布を入れ部屋を飛び出した。
部屋の鍵をかける俺の手は震えていて上手く鍵穴に入れられず、時間をロスしているんじゃないかと焦りばかりがつのっていく。
俺はルートを深く考えられなくなり、咄嗟(とっさ)に山道へ続く道に向かい駆けだしてしまうのだった。
山というものが懐かしく、昼間に近くまで行ってみたことはあった。
道路が通り切り開かれている明るい場所だったのに、夜には全く違う顔になっていた。
空気は重く澱んでいて、訪れる者を取り込もうとしているようだ。
道に街灯が少ないという物理的な問題ではない暗さがあった。
山の中で暮らしていて山には慣れている俺でさえ、足が竦(すく)む。
三峰様の気配が山の中で清浄な場を作り出していたんだと、俺は改めて気が付いた。
本来、夜の山は生者のものではないのだ。
国道に引き返してモッチーを探した方が良いのではないかと思うのに、俺は山から離れることが出来なかった。
人間に比べれば夜目が効く俺でも、猫だった時のような訳にはいかない。
時折スマホで足下を照らしながら、俺は山道を歩いていった。
いくらも登らないうちにスマホの明かりに照らされて、地面が光っている事に気が付いた。
何かが道路に散らばっていて、光を反射しているのだ。
つまみ上げたそれは、ガラス片のようであった。
きな臭いような匂い、オイルの匂い、それに混じって血の匂いがしてくる。
焦る心にまかせ小走りでカーブを曲がると、ひしゃげたバイクの影が目に飛び込んできた。
もっとよく見えるよう震える手でスマホの光をバイクに向ける。
それは、見知ったモッチーのバイクに他ならなかった。
「モッチー?モッチー!!」
愛しい名を叫んでも、答えてくれる者はいない。
「モッチー、どこ?どこにいるの?ねえ、返事して、モッチー!!!」
俺の絶叫で山にいる小動物の気配が途絶え、痛いような静寂が訪れた。
『落ち着け、落ち着くんだ
俺はモッチーの気配を辿(たど)れる、彼を捜さなきゃ』
俺は何とか自分を宥(なだ)め、モッチーのことを感じ始める。
俺を包み込んでくれる温かく優しい気配、幸せの匂い、俺の存在理由。
鼓動が早まり耳がジンジンと鳴っているけど、そんな雑音には惑わされない。
彼だけを求めれば良いのだ。
微かで弱々しかったが、俺は気配の尻尾をつかむことに成功した。
『あそこだ』
バイクからほど近い道路脇の草むらに、黒い影が見えた。
影はピクリとも動かない。
走り寄ってスマホの光を向けると、誰よりも愛しいモッチーのグッタリした姿が浮かび上がった。
『メットはヘコんでるけど被ってる、モッチーの頭を守ってくれたんだ』
モッチーやナリがバイクに乗ってるときはメットを取ってはいけないと何度も注意してくれたことを思い出し、俺はやっとその理由に気が付いた。
しかし、頭は無事そうでもモッチーは動いてはくれなかった。
俺を力強く抱きしめてくれた彼の左腕は、あり得ない方向に曲がっている。
「モッチー!!!!」
役立たずの猫には、愛しい人間の名を叫ぶことしか出来なかった。
泣きながら飼い主の側にうずくまることしか出来なかった。
こんなに近くにいるのに、遠い場所にいる飼い主を求めるしか出来ないのであった。