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しっぽや(No.145~157)

side<SOSIO>

ナリに頼まれたお使いを済ませ荷物をしっぽやに届けた俺とモッチーは、回転寿司でランチを食べた後ショッピングモールでデートすることになった。
『皆に自慢されてたショッピングモールデートだ
 一緒にご飯は食べたから、後は買い物して映画っての観てみたいな』
俺はワクワクする気持ちが止まらなくなっていた。
けれども、自分では何をどうすれば良いのかわからない。
そんな俺を、モッチーは先に立って案内してくれた。

初めに入った洋服屋でモッチーは俺にパーカーを買ってくれると言ったが、値札を見て躊躇してしまう。
『いつも買う服の倍以上する…汚しちゃったら、きっと怒られる』
猫だったときにカーペットやソファーを汚し、あのお方の家族にうんと叱られた事を思い出し怖くなった。
戸惑う俺に
「いつもどこで服を買ってるんだ?」
彼は優しく聞いてきた。
俺が答えると
「ソシオは欲が無いんだな」
そう言って苦笑していた。
しかし、俺は欲深い自分を知っている。
彼が飼っていた猫や、彼の好みそうな外見の化生達に激しく嫉妬する醜い自分を知っている。
モッチーに俺だけを見て、俺だけを愛して欲しかった。
俺だけの飼い主になって欲しかった。
俺は彼に何も返せないのに、それでも俺だけのものになって欲しかったのだ。

思いの丈(たけ)を口にしてしまい惨めな気持ちの俺の手を、モッチーは強く握って
「俺も、愛してるよ」
そう囁いてくれた。
本当に小さな声だったけれど、俺にははっきりと聞こえた。
何より繋いだ手から彼の優しい温(ぬく)もりと愛が流れ込んできて、俺を温かく包み込むのが感じられた。
「じゃあ、もうちょっとリーズナブルな店を見に行ってみるか」
明るくかけられた声につられ
「うん」
俺も明るい声で返事をすることが出来た。
『そうだ、モッチーの提案はいつだって俺の気分を上げてくれる
 彼が側にいてくれれば、俺は寂しく惨めな想いを感じなくて済むんだ』
俺は彼と出会えた喜びを深く感じるのだった。


その後、俺達はあちこちの店を見て歩く。
次は一緒に映画を観てみたかった。
映画を観たいけど作り物の話はよくわからないと言うと、モッチーは作品の解説をしてくれた。
何作かある中から猫の話を選んで、チケットを取ってくれる。
「これならソシオにもわかるんじゃないか?迷子の猫が飼い主のところに帰ろうとする話だってさ
 協力してくれるボス猫が良い味出してんなー
 野良だから、名前がいっぱいあるって設定みたいだぜ
 アニメなんて観るのガキの頃以来だ、つか、今はこーゆーのもアニメって言うんだな」
「これ、子供向けなの?
 モッチー、もっと違うの観たかった?」
無理に付き合わせてしまったんじゃないかと、俺は少し不安になってしまう。
「いや、猫の話だし面白そうだ
 最近は話題作のアクション系ばっか観てたから、たまにはマッタリ出来るやつも良いかなって思うぜ
 話題作ってなってても、話が今一だったりするしさ
 案外、子供向けの方が外れがないかもな」
彼はそっと俺の頭を撫でてくれた。

「最終上映だから帰りが遅くなるな、先に夕飯食っとかないと店が閉まっちまう
 その前に、もう少し店でも見て回るか
 ソシオ、夕飯は何が良い?」
「空に聞いたんだけど、食べ放題って店があるんだって
 好きな物を好きなだけ食べられるって、本当?」
「1階の角にあった店か、オッケー夕飯はそこにしよう
 もちろん、ソシオの好きな物だけ食べて良いんだぜ」
モッチーは俺が知らないことを知っている。
彼と一緒にいれば、俺は人間の世界の中で安心して過ごすことが出来た。

「バイクだと、帰りは寒くなりそうだ
 これ着て乗りな」
モッチーはそう言って、ジャケットを買ってくれた。
「モッチーとバイクに乗るときだけ着る!汚さないよう大事にする!」
彼に買ってもらったと言うだけで、その服は俺にとっての宝物に変わった。

空の言った通り、食べ放題の店は好きな物を好きなだけ食べられた。
モッチーと一緒に食べたので、ことさら美味しく感じた。
緊張しながら観た映画は、彼が説明してくれていたので作り物の話でもわかったような気になれた。
大満足のデートを終えて、俺達は影森マンションに帰って行く。
名残惜しかったけど次はモッチーの家に行けるのだ。
帰ってからも俺の気持ちは高ぶりっぱなしだった。


部屋に戻ってナリに
「まだでしょ?」
そう聞かれ、俺の浮かれた気持ちは一気に現実に引き戻される。
ナリの言葉は
『飼って欲しいということ、自分は猫であるということ』
それをモッチーに伝えたのか、の問いだった。
ふかやを飼っているナリには、今の俺の状態はお見通しだったようだ。
「あ、うん、それはまだ…」
沈んだ声で答える俺に、ナリは唇の形だけで
『大丈夫、きっと通じる』
そう言って、励ますように優しく笑った。
それから帰宅の予定をモッチーに伝え、寝室に去っていった。

俺とモッチーも部屋に戻る。
初めての体験の連続に疲れていたのか、俺はベッドで彼の腕の中にもぐりこむと直ぐに寝入ってしまった。
起きてからもモッチーと居られるという安心感に包まれて、とても安らかに眠ることが出来たのだった。




モッチーの腕の中で幸せな目覚めをむかえ、俺達は遅い朝食をとるためリビングに向かった。
食べ終わった後もコーヒーを飲みながら、皆は雑談をしていた。
俺とふかやもその輪の中に混ぜてもらっている。
バイクの運転が出来なくても、彼らは俺達を『仲間』として受け入れてくれているのだ。
ふかやはナリの隣に座り、楽しそうに話に加わっていた。
俺もモッチーの隣に座り、話しかけられたことに返事をする。
うっかり変なことを言ってしまわないようドキドキしていたけど、皆猫を飼っているせいか優しくわかりやすく話しかけてきてくれた。
そのまま軽めのランチを食べて身支度を整えると、俺達は出発することになった。


初めは皆で走っていたが1時間以上走るうちに徐々にバラケていき、最後には俺とモッチー、2人だけで走っていた。
昨日よりずっと長く乗っているけれど、彼と一緒にいるので不安は全く感じない。
むしろ、いつまでもこうやって2人で身を寄せ合っていたいくらいだった。
気が付くと遠くの景色に山が見え始めた。
山を見ると三峰様のお屋敷を思いだし、自分の身に起こった状況が不思議に感じる。
『ちょっと前までは、こんなことになると思わなかったのにな』
今ではモッチーの居ない生活など考えられなくなっていた。

「着いたぜ」
モッチーがバイクを止めたのは、2階建ての建物の前だった。
あのお方の家とも、影森マンションとも、しっぽや事務所のあるビルとも違う。
外に向かってドアが何個も並んでいる不思議な建物だ。
「ここが、モッチーのお家」
『俺の新たな家にもなってくれれば良いのに』
思わずそんなことを考えてしまった。
モッチーは鍵を取り出すとノブに差し込み、クルリと回す。

ガチャ

軽やかな音の後にドアを開けた彼は
「長旅で疲れたろ?ナリのとこより狭いけど、気兼ねなくクツロいでくれ」
そう言って俺を部屋に招き入れてくれた。
部屋にはモッチーの気配が満ちていて、俺はいっぺんでこの場所が好きになった。
俺の大事な場所に他の猫の気配がないか、入念にチェックして回る。
ダービーのものと思われる写真が飾ってあったが、そこからはモッチーに対する執着は感じられなかった。
彼に執着している猫は自分だけだとわかり、俺は深い満足を感じるのだった。

俺が部屋を見て回っているうちに、モッチーはコーヒーを淹れてくれていた。
事務所やナリのところで飲む物より、ずっと香りが良くて美味しかった。
『モッチーって、何でも出来るんだ
 俺、役に立てるのかな』
不安を感じた俺を、彼はとても優しい瞳で見つめている。
その目に見られているだけで、不安な気持ちは吹き飛び
『長瀞に連絡して、おかずの作り方とか教えて貰おう
 モッチーに喜んでもらわなきゃ』
そんな前向きな気分になっていった。

部屋で一息ついた後、外で夕飯を食べがてらモッチーは近所の道を案内してくれた。
スーパーで食材を買い込み、彼が何が好きかを胸に刻み込む。
モッチーが仕事を頑張れるよう、俺が補佐してあげたかった。


部屋に帰ると、モッチーはシャワーを浴びると言う。
『皆、飼い主と一緒にシャワー浴びたりしてるって言ってたっけ
 ………俺もやってみたい』
今の俺は飼い主がいる化生の真似がしたくてしかたがなかった。
彼に聞いたら、一緒に浴びても良いと言ってくれた。

ナリのところより狭いシャワールーム。
おかげで俺はモッチーのすぐ側に居ることが出来た。
キレイな筋肉がついている彼の逞しい体を身近にし、俺の息は上がっていった。
彼に触れたくて、触れてもらいたくてたまらなくなる。
自分の中心が熱くなっていくのを感じていた。
彼の胸に指を伸ばしその身体の熱を確かめると、あまりの慕わしさに思わず抱きついてしまった。
彼の唇が耳に触れ
「しても大丈夫か?」
そう囁いてきた。
何をするのかはわからなかったが、俺は夢中で頷いた。
このまま彼から離れることは、考えられなかった。

彼の唇が俺の唇をふさぐ。
今まで何度もキスをしてきたけれど、そのどれよりも熱く激しいものだった。
舌を絡ませ、吐息の全てを貪るような情熱的なキス。
彼の指が身体を這っていき、俺の知らなかったゾクゾクするような感覚を教えてくれる。
唇からどうしようもなく甘い吐息がもれ始めていた。

後ろから彼に貫かれると、体中にスパークが飛び散るようだった。
激しい快楽の中で俺は悟る。
『これが人と、飼い主と契るということなんだ』
皆に説明されても全然わからなかったことが、一瞬で理解できた。
彼の熱い想いが身体に注がれ、俺の身体からも想いが解放される。
その愛の行為は場所を変え、何度も何度も繰り返された。
何度体験しても想いが尽きることはなく、溢れる愛の中で俺達は幸せの眠りにつく。

心も体も繋がりあった俺達は、お互いの存在無しではいられないことに気が付くのだった。
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