しっぽや(No.145~157)
午前様の俺達を、ナリは起きて待っていた。
「あのね、俺、初めて映画館で映画観たよ
ひろせに自慢できる
後ね、夕飯は空が好きな食べ放題の店に行ってみた
帰りは寒くなるからって、モッチーがこのジャケット買ってくれたんだ
あ、バイク!俺、上手くバイクに乗れるから、モッチーのお家に行けるの!
ふかやと乗り方、どっちが上手いかな」
ソシオは興奮して楽しげにナリに今日のことを報告していた。
「楽しかったみたいだね、良かった」
そんなソシオを、ナリは優しい目で見ている。
「遅くなってすまなかったな、映画の上映時間がビミョーでさ」
俺はつい弁解めいたことを言ってしまった。
「どっかに連れ込んでると思った?」
小声で聞くと
「ちょっとね」
ナリは苦笑する。
ナリにそう思われている事が少しショックではあったが、身から出た錆なのでしょうがない。
「ソシオが暫く俺の家に来ること、しっぽやの所長さんに伝えといたよ
あそこ、おおらかな勤め先だよな」
そう言いながら俺が脱いだ革ジャンをハンガーにかけていると
「俺のも一緒にかけて、服もお揃いの場所がいい」
ソシオがジャケットを差し出してきた。
「はいよ」
服を重ねたハンガーを見て
「うん、本当に良かった」
ナリは全てを察したように頷いていた。
「でも、大変なのはこれからだから、まだでしょ?」
ナリの意味深な言葉に
「あ、うん、それはまだ…」
ソシオは先ほどのテンションからはほど遠い、沈んだ声で頷いていた。
『え?まだって、アレがってこと…?』
そんなプライベートなことをナリが聞いてくることに違和感はあったが、ソシオはナリの部屋で暮らしている。
面倒見の良いナリが、保護者のような気持ちになるのもわからないではなかった。
『何だろう、体に傷があるとか?
俺、そーゆーの気にしないけどな…
まさか、過去に性的虐待でも受けて、トラウマで出来ないとかか?』
ソシオのキレイな外見を考えると、それが1番しっくりくる可能性に思われた。
「皆は昼ご飯食べてから帰るって言ってたけど、モッチーはどうする?
皆と一緒に出る?」
俺が悶々と考えていると、ナリが普通に話を振ってきた。
「え?ああ、そうするかな
ソシオは準備があるのか?タンデムのバイクだと、そんなに荷物を持っていけないが」
俺は何気ない風を装ってソシオに話しかける。
「うーん、何が必要かよくわかんないや
財布にお金とカード入れて、スマホ持って…
必要な物は向こうで買った方が早そう」
「そうだね、メットやブーツは私のを貸してあげる
ジャケットはモッチーに買ってもらったし」
「うん!あれは絶対着ていくよ」
彼らは先ほどの意味深な会話などなかったように、明るく計画を立てていた。
「それじゃ、明日と言うか昼のためにもう寝なきゃね
朝ご飯は少し遅めにするよ、ふかやが皆を見送ってから出勤するって言ってるから、ゆっくりでも大丈夫なんだ
しっぽやならではの重役出勤
お休み、ソシオ、モッチー」
ナリはそう言い残し、寝室へと去っていった。
ソシオの部屋に行くと、今更ながら2人っきりと言う状況にドキドキしてきた。
『何かガキみたいだな、俺』
気分を落ち着けようと深呼吸をしてみたりする。
「今日はダメだよ」
不意にソシオがそんなことを言い出して、俺は心臓が口から出そうになった。
「他の人たちにチュルー貰ったの知ってるんだから
あげちゃダメ、ってナリに言われた」
ソシオが話しかけていたのはヤマハとスズキだった。
『そっか、2人っきりじゃなかったっけ』
我ながら何をやっているんだと呆れてしまう。
「もう寝るか」
「うん」
当たり前のように、ソシオはベッドに入ると俺の腕の中に潜り込んでくる。
『今夜はちょっとキツいな』
身近にあるソシオの体に思わず反応しそうになってしまうが
『性的虐待を受けたかも』
先ほどの自分の思考が理性を取り戻させてくれた。
「おやすみ」
俺は挨拶程度の軽いキスをする。
「おやすみ」
ソシオは嬉しそうな声で返事を返してきた。
その後、直ぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
『初めてのバイクで、やっぱ疲れてたんだな』
俺も今日は色々と考え込みすぎて疲れていたのか、ソシオの体温を感じながら直ぐに安らかな眠りに落ちていった。
翌朝、遅めの朝食を取った後の雑談の時間では
「そうか、ソシオも上手くバイク乗れたんだ」
「なら、ふかやと一緒にツーリング混ざろうぜ」
「モッチーの後ろだと怖くねーか?飛ばすだろ」
「ううん、モッチーの後ろでバイク乗るの楽しいよ」
「ソシオを乗せてるときは、安全運転に徹っしてるぜ」
ソシオはすっかり俺達の中に溶け込んで、皆に可愛がられていた。
昼食を食べると楽しくも忙しなかった休暇に別れを告げ、俺はソシオを後ろに乗せてバイクで走り出した。
俺の胸の内は初めて子猫を拾ったときのような嬉しさと不安で緊張していたが、もう少しソシオと一緒に居られるという喜びの方が大きいのであった。
「着いたぜ」
ナリの暮らす高層マンションとは比べものにならないような、ささやかな2階建てのアパートの前で俺はバイクを止めた。
「ここが、モッチーのお家」
ソシオは珍しそうに建物を見渡している。
「2階だとロフト付いてるんだが、バイクが心配なんで俺の部屋は1階のワンルームなんだ
実家を物置代わりにしてるから、ワンルームでも何とかなってるよ」
俺は苦笑して頭をかいた。
「影森マンションも最上階はワンルームだよ
黒谷とか住んでるの
落ち着けて良いんだって」
「所長なのにワンルーム?
ふかやの部屋なんて、あんなに広いのに?」
俺はまた、しっぽやに所属する者の特殊性に驚くのだった。
ソシオを部屋に通すと
「あちこち見ても良い?」
そう聞いて、初めて来た場所をチェックする猫のように入念に部屋を見て回っていた。
俺は彼を好きなようにさせておき、コーヒーを淹れ始める。
自分で豆を挽いて淹れる、割と本格的なものだ。
一通り調べて満足したのか、ソシオはテーブルの周りに置いてあるクッションにちょこんと座る。
その仕草も猫のようで、可愛らしかった。
「ソシオにはカフェオレの方が良かったかな
コンビ二寄って、牛乳買ってくりゃ良かった
クリーム2個入れようか」
俺はソシオのコーヒーに砂糖とコーヒーフレッシュを2個入れてスプーンでかき回すと、カップを彼の前に置く。
自分の分はブラックにした。
「良い匂い、事務所のコーヒーと違う
凄いねモッチー」
彼はカップに顔を近づけ香りを楽しんでいる。
「インスタントも手軽で美味いけど、やっぱ香りが違うよな」
ソシオが誉めてくれるので、俺も満更でもない気になっていた。
「俺の部屋、どうだった?」
「他の猫の気配は無くてホッとした」
「何だそりゃ、思わず猫を探す職業病?
あ、浮気チェックされてたのか」
他の者にやられたらドン引きするような行為も、何故かソシオが相手だと微笑ましく感じてしまう。
『俺にとって、こいつは本当に特別な存在なんだな』
改めて自分の想いに気付かされ『大事にしてやりたい』なんて青臭いことを考えていた。
「モッチーは明日は仕事?バイクで行くの?」
「ああ、相手出来なくて悪いな
合い鍵渡しておくから日中好きに出歩いてて良いよ」
俺は引き出しから合い鍵を取り出してソシオに手渡した。
「モッチーのお家に入れる鍵」
彼は大事そうに受け取ると、丁寧に財布の中にしまい込んでいた。
「俺、ご飯作っといてあげる
皆みたいに上手く作れないけど…
長瀞に教わっておけば良かったな
猫マンマは上手く作れるんだ、ずっと前の主食だったから
でも体にはあんまり良くないんだってね、美味しいのに」
ソシオはため息を付いていた。
『鰹節ご飯が主食って…あんま、良い環境で育ってないのかな
ナリがソシオは今まで苦労してきたって言ってたの、本当だったんだ』
俺の前で明るく振る舞っている彼が不憫(ふびん)だった。
夕飯は外に食べに行き、近所を一通り案内して当座の買い物をすると俺達は部屋に戻ってきた。
「明日から仕事だし、シャワー浴びてもう寝るか」
「あのね…俺も一緒に浴びて良い…?
しっぽやの皆がそーゆーことしてて、羨ましかったの」
モジモジしながら上目遣いで俺を見るソシオに、心臓の鼓動は高まりっぱなしだった。
「良いぜ、狭いけどな」
何でもないことのように答えた語尾が、興奮で震えているのがガキみたいで格好悪かった。
ユニットバスと、かろうじて洗い場と呼べるスペースがあるだけの狭いシャワールームに2人で入る。
ソシオは傷一つないキレイな体をしていた。
「モッチーって、体も格好いいね」
彼はうっとりとした顔で俺を見つめ、確かめるよう胸に触れてきた。
『あれ?そーゆーの、ダメなんじゃないの?』
混乱する俺をよそに、ソシオが抱きついてくる。
興奮して潤む瞳、赤く染まる頬、何よりソシオ自身が激しく反応していた。
ここまでの状況になって我慢できるほど、俺は聖人君子ではない。
「しても大丈夫か?」
耳元で確認をとるのが精一杯で、頷く彼の唇を性急に自分の唇でふさとぐと、俺は彼の体に指を這わせていった。
「ん…ふ…っ」
ソシオは俺の愛撫に反応し、合わせた唇から甘い声をもらしはじめた。
俺はシャワーからお湯を出し声が隣室に響かないよう配慮するが、どのくらい効果があったのかは疑わしかった。
激しく反応しながらも、それはどこか初々しさを感じさせる。
「初めて?」
彼の耳朶を噛みながら囁くと、小さく頷いた。
彼が嫌な思いをしないよう気をつけて行為を進めていく。
俺達はシャワールームやベッドで何度も求め合い、繋がりあった。
「「愛してる」」
想いを交換しながら、俺達は離れられない関係になっていった。
ソシオが家に来てから1週間、俺は職場から家に帰るのが楽しみでしかたなかった。
帰ってから2人で過ごす時間は格別だ。
その時間をさらに延長すべく、休日の明日は2人でしっぽやに出向いて所長と相談をする予定だった。
しかし今日は仕事が押して、遅くまで残業になってしまった。
しかも渋滞で道が混んでいる。
『残業だって連絡はしといたけど、早くソシオの顔が見たいな
暗いけど、山道通った方が早く帰れるかも』
小回りの利くバイクの利点を生かし、俺は何とか渋滞する道を抜け山道に入り込んだ。
案の定、地元の者以外ほとんど利用していない山道は空いていたため、俺はついスピードを上げてしまう。
この道を何度も走っているという気負いも相まっていた。
もうすぐ山道を抜けるというタイミングで、いきなり脇の茂みから黒い影が飛び出してきた。
『ヤバイッ』
そう思ったのは一瞬で、影を避けようとハンドルをきったはずみで前輪が滑る。
浮遊感の後に続く激しい衝撃に、俺の意識は闇に飲まれていくのであった。
「あのね、俺、初めて映画館で映画観たよ
ひろせに自慢できる
後ね、夕飯は空が好きな食べ放題の店に行ってみた
帰りは寒くなるからって、モッチーがこのジャケット買ってくれたんだ
あ、バイク!俺、上手くバイクに乗れるから、モッチーのお家に行けるの!
ふかやと乗り方、どっちが上手いかな」
ソシオは興奮して楽しげにナリに今日のことを報告していた。
「楽しかったみたいだね、良かった」
そんなソシオを、ナリは優しい目で見ている。
「遅くなってすまなかったな、映画の上映時間がビミョーでさ」
俺はつい弁解めいたことを言ってしまった。
「どっかに連れ込んでると思った?」
小声で聞くと
「ちょっとね」
ナリは苦笑する。
ナリにそう思われている事が少しショックではあったが、身から出た錆なのでしょうがない。
「ソシオが暫く俺の家に来ること、しっぽやの所長さんに伝えといたよ
あそこ、おおらかな勤め先だよな」
そう言いながら俺が脱いだ革ジャンをハンガーにかけていると
「俺のも一緒にかけて、服もお揃いの場所がいい」
ソシオがジャケットを差し出してきた。
「はいよ」
服を重ねたハンガーを見て
「うん、本当に良かった」
ナリは全てを察したように頷いていた。
「でも、大変なのはこれからだから、まだでしょ?」
ナリの意味深な言葉に
「あ、うん、それはまだ…」
ソシオは先ほどのテンションからはほど遠い、沈んだ声で頷いていた。
『え?まだって、アレがってこと…?』
そんなプライベートなことをナリが聞いてくることに違和感はあったが、ソシオはナリの部屋で暮らしている。
面倒見の良いナリが、保護者のような気持ちになるのもわからないではなかった。
『何だろう、体に傷があるとか?
俺、そーゆーの気にしないけどな…
まさか、過去に性的虐待でも受けて、トラウマで出来ないとかか?』
ソシオのキレイな外見を考えると、それが1番しっくりくる可能性に思われた。
「皆は昼ご飯食べてから帰るって言ってたけど、モッチーはどうする?
皆と一緒に出る?」
俺が悶々と考えていると、ナリが普通に話を振ってきた。
「え?ああ、そうするかな
ソシオは準備があるのか?タンデムのバイクだと、そんなに荷物を持っていけないが」
俺は何気ない風を装ってソシオに話しかける。
「うーん、何が必要かよくわかんないや
財布にお金とカード入れて、スマホ持って…
必要な物は向こうで買った方が早そう」
「そうだね、メットやブーツは私のを貸してあげる
ジャケットはモッチーに買ってもらったし」
「うん!あれは絶対着ていくよ」
彼らは先ほどの意味深な会話などなかったように、明るく計画を立てていた。
「それじゃ、明日と言うか昼のためにもう寝なきゃね
朝ご飯は少し遅めにするよ、ふかやが皆を見送ってから出勤するって言ってるから、ゆっくりでも大丈夫なんだ
しっぽやならではの重役出勤
お休み、ソシオ、モッチー」
ナリはそう言い残し、寝室へと去っていった。
ソシオの部屋に行くと、今更ながら2人っきりと言う状況にドキドキしてきた。
『何かガキみたいだな、俺』
気分を落ち着けようと深呼吸をしてみたりする。
「今日はダメだよ」
不意にソシオがそんなことを言い出して、俺は心臓が口から出そうになった。
「他の人たちにチュルー貰ったの知ってるんだから
あげちゃダメ、ってナリに言われた」
ソシオが話しかけていたのはヤマハとスズキだった。
『そっか、2人っきりじゃなかったっけ』
我ながら何をやっているんだと呆れてしまう。
「もう寝るか」
「うん」
当たり前のように、ソシオはベッドに入ると俺の腕の中に潜り込んでくる。
『今夜はちょっとキツいな』
身近にあるソシオの体に思わず反応しそうになってしまうが
『性的虐待を受けたかも』
先ほどの自分の思考が理性を取り戻させてくれた。
「おやすみ」
俺は挨拶程度の軽いキスをする。
「おやすみ」
ソシオは嬉しそうな声で返事を返してきた。
その後、直ぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
『初めてのバイクで、やっぱ疲れてたんだな』
俺も今日は色々と考え込みすぎて疲れていたのか、ソシオの体温を感じながら直ぐに安らかな眠りに落ちていった。
翌朝、遅めの朝食を取った後の雑談の時間では
「そうか、ソシオも上手くバイク乗れたんだ」
「なら、ふかやと一緒にツーリング混ざろうぜ」
「モッチーの後ろだと怖くねーか?飛ばすだろ」
「ううん、モッチーの後ろでバイク乗るの楽しいよ」
「ソシオを乗せてるときは、安全運転に徹っしてるぜ」
ソシオはすっかり俺達の中に溶け込んで、皆に可愛がられていた。
昼食を食べると楽しくも忙しなかった休暇に別れを告げ、俺はソシオを後ろに乗せてバイクで走り出した。
俺の胸の内は初めて子猫を拾ったときのような嬉しさと不安で緊張していたが、もう少しソシオと一緒に居られるという喜びの方が大きいのであった。
「着いたぜ」
ナリの暮らす高層マンションとは比べものにならないような、ささやかな2階建てのアパートの前で俺はバイクを止めた。
「ここが、モッチーのお家」
ソシオは珍しそうに建物を見渡している。
「2階だとロフト付いてるんだが、バイクが心配なんで俺の部屋は1階のワンルームなんだ
実家を物置代わりにしてるから、ワンルームでも何とかなってるよ」
俺は苦笑して頭をかいた。
「影森マンションも最上階はワンルームだよ
黒谷とか住んでるの
落ち着けて良いんだって」
「所長なのにワンルーム?
ふかやの部屋なんて、あんなに広いのに?」
俺はまた、しっぽやに所属する者の特殊性に驚くのだった。
ソシオを部屋に通すと
「あちこち見ても良い?」
そう聞いて、初めて来た場所をチェックする猫のように入念に部屋を見て回っていた。
俺は彼を好きなようにさせておき、コーヒーを淹れ始める。
自分で豆を挽いて淹れる、割と本格的なものだ。
一通り調べて満足したのか、ソシオはテーブルの周りに置いてあるクッションにちょこんと座る。
その仕草も猫のようで、可愛らしかった。
「ソシオにはカフェオレの方が良かったかな
コンビ二寄って、牛乳買ってくりゃ良かった
クリーム2個入れようか」
俺はソシオのコーヒーに砂糖とコーヒーフレッシュを2個入れてスプーンでかき回すと、カップを彼の前に置く。
自分の分はブラックにした。
「良い匂い、事務所のコーヒーと違う
凄いねモッチー」
彼はカップに顔を近づけ香りを楽しんでいる。
「インスタントも手軽で美味いけど、やっぱ香りが違うよな」
ソシオが誉めてくれるので、俺も満更でもない気になっていた。
「俺の部屋、どうだった?」
「他の猫の気配は無くてホッとした」
「何だそりゃ、思わず猫を探す職業病?
あ、浮気チェックされてたのか」
他の者にやられたらドン引きするような行為も、何故かソシオが相手だと微笑ましく感じてしまう。
『俺にとって、こいつは本当に特別な存在なんだな』
改めて自分の想いに気付かされ『大事にしてやりたい』なんて青臭いことを考えていた。
「モッチーは明日は仕事?バイクで行くの?」
「ああ、相手出来なくて悪いな
合い鍵渡しておくから日中好きに出歩いてて良いよ」
俺は引き出しから合い鍵を取り出してソシオに手渡した。
「モッチーのお家に入れる鍵」
彼は大事そうに受け取ると、丁寧に財布の中にしまい込んでいた。
「俺、ご飯作っといてあげる
皆みたいに上手く作れないけど…
長瀞に教わっておけば良かったな
猫マンマは上手く作れるんだ、ずっと前の主食だったから
でも体にはあんまり良くないんだってね、美味しいのに」
ソシオはため息を付いていた。
『鰹節ご飯が主食って…あんま、良い環境で育ってないのかな
ナリがソシオは今まで苦労してきたって言ってたの、本当だったんだ』
俺の前で明るく振る舞っている彼が不憫(ふびん)だった。
夕飯は外に食べに行き、近所を一通り案内して当座の買い物をすると俺達は部屋に戻ってきた。
「明日から仕事だし、シャワー浴びてもう寝るか」
「あのね…俺も一緒に浴びて良い…?
しっぽやの皆がそーゆーことしてて、羨ましかったの」
モジモジしながら上目遣いで俺を見るソシオに、心臓の鼓動は高まりっぱなしだった。
「良いぜ、狭いけどな」
何でもないことのように答えた語尾が、興奮で震えているのがガキみたいで格好悪かった。
ユニットバスと、かろうじて洗い場と呼べるスペースがあるだけの狭いシャワールームに2人で入る。
ソシオは傷一つないキレイな体をしていた。
「モッチーって、体も格好いいね」
彼はうっとりとした顔で俺を見つめ、確かめるよう胸に触れてきた。
『あれ?そーゆーの、ダメなんじゃないの?』
混乱する俺をよそに、ソシオが抱きついてくる。
興奮して潤む瞳、赤く染まる頬、何よりソシオ自身が激しく反応していた。
ここまでの状況になって我慢できるほど、俺は聖人君子ではない。
「しても大丈夫か?」
耳元で確認をとるのが精一杯で、頷く彼の唇を性急に自分の唇でふさとぐと、俺は彼の体に指を這わせていった。
「ん…ふ…っ」
ソシオは俺の愛撫に反応し、合わせた唇から甘い声をもらしはじめた。
俺はシャワーからお湯を出し声が隣室に響かないよう配慮するが、どのくらい効果があったのかは疑わしかった。
激しく反応しながらも、それはどこか初々しさを感じさせる。
「初めて?」
彼の耳朶を噛みながら囁くと、小さく頷いた。
彼が嫌な思いをしないよう気をつけて行為を進めていく。
俺達はシャワールームやベッドで何度も求め合い、繋がりあった。
「「愛してる」」
想いを交換しながら、俺達は離れられない関係になっていった。
ソシオが家に来てから1週間、俺は職場から家に帰るのが楽しみでしかたなかった。
帰ってから2人で過ごす時間は格別だ。
その時間をさらに延長すべく、休日の明日は2人でしっぽやに出向いて所長と相談をする予定だった。
しかし今日は仕事が押して、遅くまで残業になってしまった。
しかも渋滞で道が混んでいる。
『残業だって連絡はしといたけど、早くソシオの顔が見たいな
暗いけど、山道通った方が早く帰れるかも』
小回りの利くバイクの利点を生かし、俺は何とか渋滞する道を抜け山道に入り込んだ。
案の定、地元の者以外ほとんど利用していない山道は空いていたため、俺はついスピードを上げてしまう。
この道を何度も走っているという気負いも相まっていた。
もうすぐ山道を抜けるというタイミングで、いきなり脇の茂みから黒い影が飛び出してきた。
『ヤバイッ』
そう思ったのは一瞬で、影を避けようとハンドルをきったはずみで前輪が滑る。
浮遊感の後に続く激しい衝撃に、俺の意識は闇に飲まれていくのであった。