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しっぽや(No.145~157)

<side MOTIDA>

ソシオとベッドを共にした2日目の朝、目が覚めて1番初めに思ったことは
『猫が3匹もいると暖かいけど、布団取られちまうな』
だった。
『って、ソシオは人間じゃないか、寝ぼけてんのか?俺』
当のソシオはまだ俺の腕の中で安らかな寝息を立てていた。
ヤマハとスズキからも『スー』とか『ピー』とか、可愛らしい寝息が聞こえてくる。
『猫が立てる幸せの音だなー』
そんな事を考えると、猫の温もりが恋しくてたまらなくなってしまった。
『次に縁がありそうな猫と出会えたら、飼うか
 ツーリング中に実家に預けて、またお袋に懐いちまったらそのときはそのときだ』
俺はそう決心する。

俺が起きた気配に気が付いて、ソシオとヤマハとスズキも目を開けた。
「モッチー、おはよう」
「ソシオ、おはよう」
俺達は軽く唇を合わせた。
誰かと一緒に目覚める朝は久しぶりで、そのシチュエーションにも幸せを感じてしまった。
俺達はベッドを出ると着替えてリビングに向かい、皆と賑やかな朝食を楽しむのだった。


ソシオを後ろに乗せる練習ついでに、俺達はナリのお使いをする。
教えてもらった通り、店までの道は直線が多く分かり易かった。
最初は緊張して強くしがみついてきていたソシオだったが、徐々に余分な力が抜けていき直ぐに俺の動きについてこれるようになっていた。
少しスピードを上げ激しめの走りに移行しても、俺の背中にピッタリと張り付いて動きに身を任せている。
『初めて乗るんだよな?』
余りに巧みな乗り方のため、実はバイク乗りなんじゃないかと勘ぐってしまうほどだった。
最初の頃の不慣れな様子を背中に感じていなければ、初乗りであるとは信じられないような動きであった。
『きっとバランス感覚が良いんだ』
ソシオの運動神経には感心しきりだった。

店について大量のカツサンドを買うと、俺はそれをバッグに詰め込んでソシオに手渡した。
1人だったら俺が背負うのだが、後ろにソシオを乗せているため彼に背負ってもらうしかなかったのだ。
ソシオは嫌な顔ひとつせず、当たり前のように荷物を受け取って
「背負ってるだけで運べるなんて、楽ちん
 運転はモッチーがしてくれるもんね」
そう言って無邪気に笑ってみせる。
今までに付き合ってきたきた奴達とは全く違う反応の彼に、どんどん惹かれていく自分を感じていた。

それから俺達は昼に回転寿司を食べに行く約束を交わし、しっぽや事務所に向かうことにする。
ナリに説明されていたしマップでも確認していたので、俺は迷わずに目的地に到着することが出来てホッとした。
『初めての道とはいえ、ソシオの前で迷子になったら格好悪いもんな』
俺は、ソシオの目に自分がどのように映っているのかが気になるようになっていた。


大野原不動産の脇にバイクを停めさせてもらい、俺達は事務所に続く階段を上がっていった。
ソシオがノックして扉を開ける。
「所長席」と書かれた札が置いてある机には、30代半ばくらいのキリリとした和風のイケメンが座っていた。
『番犬みたい』
一瞬バカなことを考えて緊張してしまうが、ダービーがお世話になったお礼を述べると彼は朗らかに笑ってくれた。
ターキッシュバンの依頼は珍しかったらしく、覚えていてくれたのだ。
逆にお礼を言われたので恐縮してしまう。
ソシオが『休みたい』と言い出しても喜ばしいことのように対応してくれる、不思議な人だった。

ノックの後に、事務所に人が入ってきた。
登場した彼のあまりの煌びやかさに目が離せなくなってしまった。
白から徐々にグレーに変わっていく不思議な長髪、上品で高貴な感じのたやかな顔立ち、息を飲むほどの美形であった。
俺は親父から話を聞いていた『ひろせさん』だと確信する。
話しかけたら、彼もまたダービーのことを覚えていてくれた。
沢山のペットを取り扱っているであろうペット探偵の人にダービーのことを覚えてもらっていて、俺は親ばかモードで少しハイになっていたのだろう。
初見のひろせさんと長話をしてしまっていた。

服の裾をクイっと引かれ我に返ると、不満そうなソシオの顔があった。
「モッチー、ご飯食べにいこ」
拗ねたような響きの口調で言われ
『他の子に、焼き餅焼いてるんだ』
そう気が付いた。
独占欲が強く嫉妬深いと言うのとは違う気がして、それは何だか可愛らしく感じられる。
それから俺達は『羽生』と言う、これまた凄い美少年から回転寿司の割引券をもらいショッピングモールに移動するため事務所を後にした。

階段を下りながら
「俺、皆みたいにモッチーが好きそうな外見なら良かったのに」
『浮気性だ』と俺を攻めようとはせず、ションボリと呟く彼の健気さがたまらなく愛おしかった。
「ひろせさんと羽生君より、ソシオの方が可愛いよ」
そう言って頭を撫でると、彼は頬を染め華のような笑顔をみせてくれた。

今や俺の心も、ソシオのものになりつつあるのだった。



俺達はショッピングモールで回転寿司を満喫する。
「凄い!本当にお寿司が流れてくる
 好きなの取って良いの?」
「もちろんだ
 でも中トロとか高めの皿は、直に頼んだ方が良いぜ
 お、アナゴの1本握りもあるじゃん、ソシオ、アナゴ食いたいって言ってたな
 中トロと一緒に頼むか」
俺が注文する姿を、ソシオは頼もしそうに見てくれた。
彼は回っている寿司も食べてみたいと、ツナやタマゴ、サーモン等に手をのばす。
安い皿の乾いてきた寿司を美味しそうに食べるソシオに触発され、俺もイカや軍艦巻きを食べてみた。
2人で楽しくしゃべりながら食べると、回転寿司がいつもより何倍も美味い。
店のグレードや値段ばかりを気にする奴と高級店で食べるより性に合ってるのかもしれないと、気付くことが出来た感じだった。

『ソシオと居ると癒される、俺、今まで付き合ってきた奴らの前だと無理してたんだな
 だから、デートよりバカやって騒げるツーリングを優先しちまってたのか
 まあ、ツーリングだとナリと一緒に居られるからっつーのもあったけど』
思わず苦笑した俺に、ソシオがキョトンとした顔を向けてくる。
「ソシオと一緒に食うと、美味いな
 今度は別のチェーン店に連れてってやるよ」
「モッチーとまたデートできて、美味しい物食べられるの嬉しい」
ソシオはこっちまで嬉しくなるような笑顔を向けてくれた。


「お腹いっぱいすぎて苦しいや
 モッチーと甘い物も食べに行きたかったのに」
店を出て2人で歩きながら、不満げな言葉をもらす彼に
「じゃあ、腹ごなしにモール内の店でも冷やかしていくか
 ナリのお使いは済んだから、今日はやることないもんな
 夕飯までに帰りゃいいだろ
 夕飯前に帰ると、またお使い頼まれちまう」
俺は笑って提案してみた。
「ショッピングモールでデート!凄い!
 俺もしてみたかったんだ
 事務所の皆に、いつも自慢されてたから」
「あの人達のデートの場所って、ショッピングモールなのか?」
俺はしっぽや事務所の人達を思い出し、不思議な気持ちになった。
そんなに所帯じみて見えないどころか、皆、モデル顔負けの美形だったからだ。
しかし考えてみれば、ソシオだって相当な美青年だ。
「清楚(せいそ)な美形って、居るとこには居るもんだな」
「?」
俺の呟きを聞いて、ソシオは首を傾げてみせるのだった。

ソシオはいつもパーカーを着ているので、俺達はカジュアルな店に入ってみた。
「デートの記念に何か買ってやろうか?何が良い?」
ソシオはパーカーを見ていたが
「これ、どれも高いよ
 俺きっと、汚しちゃうから勿体ない」
困ったように小声で囁いてきた。
カジュアルとは言えブランド店で、それなりの値段はしてしまう。
「いつもどこで服を買ってるんだ?」
そう聞いてみたら、彼の口からはどこにでもある量販店の店名が出てきた。
「ソシオは欲が無いんだな」
俺は思わず苦笑する。
「そんなことない、俺は欲深いよ
 モッチーに俺だけを愛して欲しい、俺だけの………
 になって欲しい
 俺はモッチーに何も返せそうにないのに」
俯いたソシオの呟きは小さすぎて上手く聞き取れなかったが、それは熱烈な愛の告白に違いなかった。
それなのに何故か寂しそうで、苦しそうで、見ているのが切なくなるようなものだった。

『守ってやりたい』
不意に子供の頃に子猫を拾ったときの気持ちがよみがえった。
勝手に連れて帰ったら親に怒られるかもしれない、猫のエサ代にするからと小遣いをもらえなくなってしまうかもしれない。
でもそんなことより、この子猫がここで1匹で寂しく死んでしまうかもしれないと思うことの方が怖かった。
幸い、親は子猫を飼うことを許してくれて小遣いを減らされることもなかった。
俺は子猫を『守ることが出来た』のだと満足感を覚えていた。

しかし子猫は成長すると俺よりもお袋にベッタリになり、最後はお袋の腕の中で生涯を閉じた。
次に拾った猫も、その次の猫も同じで、ダービーが来る前から俺は何度もそれを繰り返していたのだ。
そんなことがあったせいだろうか、ナリのことがなくても付き合った相手に対し俺は心のどこかで『どんなに愛しても俺以外の奴のところにいってしまうに違いない』そう思っていた節があった。
今度こそお袋への猫の運び屋ではなく、俺だけの猫を手に入れた気がした。
ソシオに対する俺の中途半端な想いは、確信に変わっていた。

『人間と猫を同列に扱うのも何だが、ソシオは猫だって考えた方がしっくりくるんだよな』
自分だけのバカげた妄想だけど、愛しいと思う心は本物だ。
俺はソシオの手を握ると
「俺も、愛してるよ」
そっと呟いた。
彼は驚いたように顔を上げたが、俺の呟きを聞き返そうとはしなかった。
繋いだ手からその想いが伝わった、と感じたのは気のせいだろうか。
「じゃあ、もうちょっとリーズナブルな店を見に行ってみるか」
俺は明るく声をかける。
「うん」
ソシオも明るく返事を返す。

俺達はその後、色んな店を冷やかして歩き夕飯を食べ映画を観て、深夜にマンションに戻った。
それはありきたりだけど最高に楽しいデートであった。
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